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第1話/通算第81話「壊さずに調べるという、第三の約束」

第9部『消せない選択編』


前書き


真実を知るために、誰かを犠牲にしてもいいのか。


《無職》と判定され、勇者学院の落ちこぼれとなった神谷悠真。


死んだ英雄百人を先生に持つ彼は、数々の戦いを経て、勇者制度の裏側に隠された謎へと近づいていた。


しかし、真実を追うほど、新たな疑問が生まれていく。


歴史から消された勇者。


名前を失った《欠損 一》。


そして、百人の先生たちさえ知らない過去。


王都の担当官は、悠真とセレスに問いかけた。


「何を守りながら調べるのか、条件を示せ」


過去を守るために、今を生きる誰かが傷ついてもいいのか。


未来を守るために、消された名前を忘れてもいいのか。


正しい答えを探していた少年は、やがて、正しさだけでは守れないものがあると知る。


そして、隣にはセレスがいる。


一人で背負わなくていい。


一人で答えを出さなくていい。


それでも最後に何を選ぶのかは、自分たちで決めなければならない。


第9部『消せない選択編』。


これは、英雄たちから答えを教わってきた少年が、大切なものを消さずに守る方法を、自分たちの手で探し始める物語。

「俺一人が危険を負えばいい」。その考えを捨てなければ、消された名前を調べることさえ許されない。


王都の担当官に返された申請書が、学院の会議室の机に置かれている。


《勇者を殺すな》という命令の続きを知りたい。名前を失った《欠損 一》を調べたい。俺たちの願いに、担当官はこう答えた。


「何を守りながら調べるのか、条件を示せ」


俺は何度も自分の命を後回しにしてきた。勇者継承機構へ接続したときは、他人の記憶と自分の判断の境界さえ見失いかけた。


その俺が、安全を約束する。言葉だけなら、ずいぶん簡単だ。

白紙に書くもの

「悠真。まず、何を守るのか決めましょう」


セレスは真っ白な紙を引き寄せ、俺の返事を待った。


「原本。調査の記録。それから、これから勇者になる人たちに残す経験」


「もう一つ」


俺は首をかしげた。


セレスの筆先が、紙の一行目をゆっくりなぞる。


《調査する者の安全》


「あなた自身よ」


「……最初に書くのか、それ」


「最後にすると、また忘れるでしょう?」


痛いところを突かれた。彼女は笑わない。俺があの日、接続を切るまで何を考えていたか知っているからだ。


「今度は勝手に危険を引き受けない。約束したよ」


「ええ。でも約束は、破られないように方法まで考えるものよ」


『まったく、その通りだ!』


背後で剣聖ガルディオが大きくうなずいた。


『昔のお前なら、危ない場所へ真っ先に突っ込んでおったな!』


『昔と言うほど時間が経っていない』


暗殺王クロウの冷たい声が重なる。


『それに、書類を作るのはいいが、守らなければ紙くずだ』


「先生たちも、同じことを言ってる」


俺が伝えると、セレスは少しだけ肩の力を抜いた。


「百人の先生に叱られて、ようやく聞いてくれるのね」


「今は君にも叱られてるから百一人だ」


「私は先生じゃないわ」


即答した彼女は、なぜかそのあとの言葉を探すように視線を落とした。


俺も、続きを聞けなかった。


彼女は先生ではない。答えを預ける相手でもない。


俺が隣で一緒に悩みたい相手だ。

三つの約束

セレスは紙を三つの区画に分けた。


「一つ目。機構に接続しない。調査のために、あなたの人格を危険にさらさない」


「賛成。先生たちの記憶を聞くときも、証言として扱う」


「二つ目。原本を壊さない、持ち出さない、書き換えない。閲覧できるのは管理者が認めた範囲だけ」


「でも、写しが間違っていたら?」


「間違っている可能性を記録するの。だから原本との照合を勝手に済ませたことにしない」


俺は、これまで何度も使った帳面を開いた。


《証拠》《証言》《仮説》。


《勇者を殺すな》の文言を確認した。それは証拠だ。類似した印章が二つの資料に残っていることも確認した。


けれど、発令した者が誰なのか。なぜ命令したのか。王国と魔王側が同じ意図で動いたのか。まだ分からない。


「《勇者認定取消 第二号》と《欠損 一》も、同一人物とは断定しない」


「そう。似た記録を、望む結論に合わせて一つにしない」


セレスは三つ目の区画に書き込んだ。


《判断を一人に任せない》


「これ、俺専用の注意書きみたいだな」


「私も守るのよ」


「え?」


「私はあなたを止めたいだけじゃない。私だって調べたい。姉を奪った魔物のことも、英雄と呼ばれた人たちが何をしたのかも、思い込みで決めたくない」


セレスは筆を置いた。


「だから、私が無理をしそうなときはあなたが止めて。私も、間違うから」


いつも正しそうに見える彼女が、そんなふうに言った。


「……分かった。二人で止まる。二人で考える」


俺が答えると、セレスはうなずいた。


『答えを作るのは、簡単ではないね』


窓辺のゼル先生が穏やかに言った。


「先生なら、どうします?」


『僕の言葉を正解にしないことかな』


「それ、質問の答えになってませんよ」


『君がどうしたいかを聞いているんだよ』


ゼル先生は百一人目の勇者で、俺を守るために嘘をついたこともある。


でも、教わった時間が嘘になるわけじゃない。


「記録を残したいです。先生の話も、違っていたら違っていたと書きたい。それでも、先生を信じたい」


『うん。それでいい』


柔らかな笑みの奥に、何が隠れているかは分からない。


それを今、無理に聞き出すのは違う気がした。

二つの署名

申請書を清書し終えるころには、指に筆の跡が残っていた。


俺たちは閲覧対象を管理台帳と許可された写しに限定し、原本への直接接触も、継承機構への接続も求めないと明記した。


写した内容には出典を添え、証拠と推測を区別する。無断で公開せず、不明点は不明と残す。判断に迷えば作業を止め、管理者に確認する。


それから、危険を感じたときには互いに隠さない。


「最後の一行、必要か?」


「一番必要よ」


セレスは俺の手元に視線を落とした。


「誰かが危険を引き受ける前に、隣の人へ相談する。それは資料の扱いと同じくらい大事でしょう」


俺は自分の名前を書いた。神谷悠真。


その横に、セレスが名前を並べる。


二つの署名を見ていると、学院対抗戦で初めて自分の戦い方を選んだ日を思い出した。


あのときは、先生がいなくても戦えると思った。


今は違う。誰かと考えることを、弱さだと思わなくなった。


「行こう、セレス」


「ええ。今度は、二人の申請よ」

許可される範囲

担当官は提出した紙をめくり、しばらく黙っていた。


紙が擦れる音だけが、会議室に響く。


「原本を直接扱わず、機構にも接続しない。記録を外へ持ち出さず、閲覧中に疑問が生じた場合は確認を求める」


「はい」


「では、判断が分かれた場合は?」


「その場では進めません。二人の意見が一致しても、管理者が止めたら中止します」


担当官の指が、申請書の端で止まった。


「あなた方に都合の悪い記録が出た場合も?」


俺は一瞬、言葉に詰まった。


消された名前が、誰かを傷つけた人のものだったら。百人の先生たちが守った歴史に、俺の望まない事実があったら。


「……都合が悪くても、記録は書き換えません」


セレスが隣で続けた。


「ただし、記録が事実かどうかは別に確かめます。読むことと、信じることは同じではありません」


担当官は顔を上げた。


「そこまで理解しているなら、条件付きで許可しましょう」


思わず椅子から腰が浮いた。


「本当ですか!」


「限定閲覧です。管理台帳と、問題のない範囲の照合資料、写しに限ります。原本すべての閲覧を認めるわけではありません」


「分かっています」


「いいえ。喜ぶ前に、もう一度確かめてください」


その声に怒りはなかった。


「経験を残す仕組みは、次の災厄で誰かを救うかもしれない。けれど記録の扱いを誤れば、今ここにいる人間を傷つける。私は、そのどちらも軽く扱えません」


俺は座り直した。


「俺も、どちらも守りたいです」


「ならば、許された範囲で示してください」


初めて、この人と同じ方向を向けた気がした。


答えは一致していなくても、守りたいものを言葉にできた。

そこにない原本

最初に渡された管理台帳には、英雄の名も戦いの物語もなかった。


分類、照合項目、保管区分。見慣れない欄が並ぶだけだ。


「ここに《勇者認定取消 第二号》がある」


俺は指を止めた。


別の項目には《欠損 一》と記されている。


二つが近くにある。それだけで同じ人の記録だと決めてはいけない。


「関連を示す番号は?」


「この範囲では見つからないわ。存在しないとまでは言えないけれど」


セレスは台帳を読み進め、ある箇所で筆を止めた。


「……悠真、ここを見て」


《欠損 一》の項目の下に、短い文字があった。


《原本保管区分:外部保管》


喉が乾いた。


俺は文字をもう一度読んだ。読み間違いではなかった。


「担当官。この『外部保管』は、どういう意味ですか」


「少なくとも、この管理部署の閲覧対象として原本は置かれていない、ということです」


「王都の別の場所ですか。それとも、もっと遠く?」


「その保管先を、この台帳だけで判断することはできません」


「いつ移したのか、誰が持っているのかも?」


「別の確認が必要です。今の許可には含まれていません」


机の下で握った手に、爪が食い込んだ。


やっと原本へ近づけると思った。許可さえあれば、名前を消された誰かの痕跡に触れられると。


ところが、開いた扉の先には、探していた原本そのものがない。


『悠真』


ゼル先生の声がした。


振り向いた俺を、先生はただ見ていた。何かを知っているのかもしれない。でも、その沈黙だけで答えを決めることはできない。


「……セレス。これ、誰かが隠したってことなのかな」


「まだ分からない」


彼女は短く答えた。


「外部保管は、紛失でも隠蔽でもない。まず記載されたとおりに書くの」


俺は息を整え、帳面を開いた。


《証拠》原本保管区分は「外部保管」。


《不明》実際の保管先、移動時期、管理する者。


《仮説》意図的に隠された可能性。ただし根拠は不足。


「……書けた」


「うん。今のあなたなら、続きを調べられる」


セレスは小さく微笑んだ。


原本が見つかったわけじゃない。それでも俺たちは、分からないことを、勝手な正解に変えずに残せた。

次の頁

「ほかに、この管理台帳で確認できるものはありますか?」


セレスが尋ねると、担当官は閲覧を許された照合索引を示した。


「範囲は変わりません。この中で判断できることだけにしてください」


俺は一つずつ項目を追った。


不完全な記録。番号だけの見出し。説明が足りない欄。


その中で、見覚えのある言葉に目が止まった。


《職業照合》


「……セレス」


「ええ。見えているわ」


俺がこの世界で最初に受けた鑑定。


勇者学院に来てもなお、俺を落ちこぼれと呼ばせた《無職》という判定。


「これ、俺の話とは限らないよな」


「もちろん。用語が同じというだけで、関係は確定しない」


彼女はそこで一度、俺を見た。


「でも、調べる理由にはなるわ」


消された誰かの名前を追っていたはずなのに。


次に調べるべき記録には、俺自身の《無職》につながるかもしれない言葉が残されていた。




第81話 完

次回予告

第9部『消せない選択編』


第2話/通算第82話「《無職》の前にも、異界の候補者がいた」


限定閲覧で見つけた《職業照合》という言葉。悠真とセレスは過去の候補者記録を調べ始める。似た記録は、異界から来た自分自身の答えになるのか。それとも、まったく別の誰かの過去なのか。

この作品を第1話から読む

『勇者学院の落ちこぼれ、死んだ英雄たちにだけ教えてもらえる』第1話:


https://note.com/momokun1/n/n89f9dc02f838?magazine_key=m56c03e194176



あなたなら、知りたい真実のために誰かが危険を負おうとしたとき、どんな約束を交わしますか?

この物語の続き・ほかの作品は、note「momokun」と Momokun Official で公開しています。

Note:momokun https://note.com/momokun1 https://note.com/dreamy_bonobo524

Momokun Official https://momokun.jp/

Tales https://tales.note.com/momokun1

なろう https://mypage.syosetu.com/3115683/

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