↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
77/84

第7話/通算第77話 「《無職》の俺に、誰の記憶が流れた?」

その名前だけは、まだ探すな」




百一人目の勇者ゼルが、初めて恐怖を見せた。




勇者継承機構に残された《欠損 一》。


百人の英雄たちの食い違う記憶。


そして、歴史から消された一人の存在。




なぜ、その名前を知ってはいけないのか。




なぜ、英雄たちは同じ過去を覚えていないのか。




そもそも、悠真の前に現れる百人の先生たちは、本当に死んだ英雄本人なのか。




答えを追うほど、信じてきた歴史が揺らぎ始める。




しかし、悠真にはもう一つ、向き合わなければならない秘密があった。




「セレス。俺には、死んだ英雄の先生が百人見えるんだ」




ずっと隠してきた真実。




それを打ち明けたとき、二人の関係もまた、変わり始める。




見えないものを、どう信じるのか。




残された記憶は、誰の真実なのか。




そして、先生たちの教えが間違っていたとしても、自分の答えを選べるのか。




消されたのは、一人の名前だけではないのかもしれない。




第8部『欠損記録編』。




百人の先生を信じてきた落ちこぼれの少年が、今度はその先生たちの記憶を疑い始める。




教わった答えを疑うことは、先生を裏切ることなのか。




悠真とセレスの新たな物語が、ここから始まる

俺には、覚えているはずのない恐怖がある。


土を蹴る足音。息を詰まらせるような戦場の空気。そして、何かを選ばなければならない恐怖。


《勇者継承機構》に接続したとき、知らない戦場の記憶が俺の中へ流れ込んできた。


でも、俺はその場所へ行ったことがない。


職業鑑定では《無職》。勇者でもない。


それなのに、なぜ俺が、誰かの戦場を覚えている?


もしあれが勇者の記憶ではなかったら、いったい誰のものなんだ?

記録は見つかった。それでも届かない

「……外部保管、か」


俺は机の上に置いた目録の写しを見下ろした。


《氏名抹消差止申出書》。


百年前、勇者認定を取り消された《第二号》の氏名抹消に、誰かが異議を唱えていた。そこまでは記録で確かめられた。


けれど、申出書の原本は王立史料院にない。目録には《外部保管》とあるだけで、保管先も申出人も分からない。


「悠真。その欄を見つめても、書いていない名前は出てこないわ」


向かいの席で、セレスが帳面を閉じた。


「分かってる。でも、ようやく見つけた書類なんだ」


「だからこそ、推測で埋めたくないの」


言い返せなかった。名前を消された人と、消すなと訴えた人。二人を見つけたい思いが先走っていた。


セレスは別の紙を俺の前へ滑らせた。


「こっちも整理しましょう。あなたが機構に接続したときの記録よ」


俺が自分の体験を書き留めたものだった。


「……あの戦場の記憶か」


「あなたは、勇者の記憶だと思っているのよね?」


「機構は、昔の勇者たちの経験を残すためのものだから」


「それは機構について分かっていること。でも、流れ込んだ記憶の持ち主を確認したわけではないでしょう?」


俺は黙った。


機構の名前だけで、勇者の記憶だと決めていた。


「じゃあ、別の人間の記憶かもしれない?」


「可能性はあるわ。でも、誰かを今ここで決める必要はない」


セレスの指が、俺の書いた《無職》という文字で止まる。


「この鑑定結果との関係も、まだ分からないもの」


「……分からないことだらけだな」


「ええ。でも、分からないと書けるようになったでしょう?」


俺は思わず笑った。

三回負けて、初めて自分で選んだ

翌日、俺は久しぶりに学院の訓練場へ戻った。


調査をしていても、授業は続く。過去の謎を解いても、木剣は避けられない。


「準備はいい、悠真?」


セレスが木剣を構える。彼女の足は静かで、剣先がこちらを向く。


「いつでも!」


『右へ抜けろ、馬鹿弟子!』


ガルディオ先生の声に、俺は反射的に右足を運んだ。


その瞬間、セレスの木剣が先回りする。肩に触れる寸前で、ぴたりと止まった。


「一本」


「え、今の右に隙が……」


「隙に見えるようにしたの」


『見事な誘いだな』


「先生、感心する前に教えてくださいよ!」


セレスは小さく首を傾げた。


「先生の助言?」


「……うん」


「じゃあ、次は私も同じ誘い方をするとは限らないわよ」


二度目。『踏み込め!』『待て、剣先を見ろ!』と先生たちの声が重なった。俺は最初の指示で前へ出る。


セレスが半歩退いた。


空を切った木剣の横から、彼女の一撃が迫る。


「二本目」


「……またか」


「悠真。今のは、あなたの判断?」


木剣を持つ手に力が入った。


「先生が踏み込めって……」


「先生がそう言ったのは分かったわ。でも、踏み込むと決めたのは誰?」


俺は答えられなかった。


先生たちは俺より強い。だから、従うのが正しいと思っていた。


『嬢ちゃんの言うとおりだ』


ガルディオ先生が低く言った。


『俺には俺の見え方がある。だが、その場で剣を握っているのはお前だ』


「……もう一回、お願いできる?」


セレスが頷いた。


三度目は、先生たちの声がしてもすぐには動かなかった。


セレスの足を見る。剣先を見る。自分の間合いを確かめる。


右に逃げれば、また追われる。踏み込むにはまだ遠い。


俺は一歩下がり、彼女の剣が動いたところで打ち込んだ。


乾いた音が響く。木剣を受けられ、そのまま手元を崩された。


「三本目」


「……負けた」


「ええ。でも、今のは自分で選んだわね」


俺は荒い息を整えながら頷いた。


三連敗。結果は変わらない。


でも、どこで間合いを誤ったか、自分で説明できる。


「次は、もう少しましに負けるよ」


「勝つつもりで来なさい」


セレスの返事が早すぎて、笑ってしまった。

先生の言葉は、証拠じゃない

訓練のあと、俺たちは資料室で帳面を開いた。


セレスが一枚の紙に三つの言葉を書く。


《証拠》《証言》《仮説》。


「今まで同じ欄に書いていたものを、分けましょう」


「証拠は、資料で確かめたこと」


「ええ。証言は、誰かが見た、聞いたと話していること。仮説は、まだ確かめられていない考え」


俺は《第二号》の記録を読み直した。


氏名抹消への異議申出が記録されている。これは証拠。


申出書が外部保管とされている。これも目録上の事実。ただし、今の保管先は分からない。


「じゃあ、百人の先生が、魔王討伐直前の一夜を思い出せないって話は?」


「先生たちの証言ね」


「俺には先生の声が聞こえる。でも、セレスには聞こえない」


「だからこそ、あなたが聞いたとおりに記録して。私が確かめられる資料とは、別にしておきたいの」


俺が一人で抱え込まないよう、誰が何を確かめたか残そうとしている。


俺は別の欄に書いた。


《機構への接続中、見知らぬ戦場を体験した》


その下には、少し手を止めてから記す。


《その記憶の持ち主と、《無職》の鑑定結果に関係があるかもしれない》


「これは仮説、だよね」


「ええ」


さらに、《第二号》と《欠損 一》が同じ人物かもしれない、と書きかけて、筆を止めた。


「……これも、まだ分からない」


「そのまま残しましょう。消さずに、仮説として」


俺は頷いた。


分からないものを、答えのふりで埋めない。


少し面倒だ。でも、このやり方なら、いつか間違いに気づける。

忘れたことより、つらいこと

『……悠真』


振り向くと、ガルディオ先生が立っていた。いつもの豪快な笑みがない。


『俺はな。自分の戦いを、もっと覚えているつもりだった』


「先生?」


『誰と戦って、何を守ろうとしたか。大事なことだけは、忘れねえと思っていた』


先生の手が、ゆっくり握られる。


『なのに、あの一晩だけが思い出せねえ。百人もいるのに、誰一人、確かなことを言えねえんだ』


俺は帳面を見た。


先生たちが失った、魔王討伐直前の一夜。


それがなぜなのか、まだ分からない。


『情けねえよな。先生を名乗っておきながら』


「……俺は、そう思いません」


ガルディオ先生が顔を上げる。


「忘れたことより、嘘で埋められるほうがつらいです」


言い終えると、喉の奥が少し熱くなった。


「俺は先生たちを信じたい。でも、分からないことまで、分かったふりをしてほしくない」


『……そうか』


「覚えてないなら、覚えてないでいいんです。そこから先は、俺も調べます。セレスと一緒に」


長い沈黙のあと、先生の口元が緩んだ。


『生意気になったな、馬鹿弟子』


「誰の弟子だと思ってるんですか」


『はっ。そりゃ、俺の教え方がよかったんだな!』


「さっき三回負けましたけどね」


『そこは忘れろ!』


俺は笑った。


先生も笑った。そして、最後に静かに言った。


『俺たちの答えだけで、お前の人生を決めるなよ』


その言葉は帳面には入れなかった。


証拠でも仮説でもなく、先生から今の俺への教えだったからだ。

急がなくても、逃げない

資料室を出る頃、窓の外は夕暮れから夜へ変わりかけていた。


廊下の長椅子に座ると、セレスが小さく息をついた。


「今日は三回も勝ってしまったわ」


「うれしそうに言わないでよ」


「三回目は、少し危なかったもの」


俺は彼女を見た。


褒められたのだと気づくまで、一拍かかった。


「……ありがとう」


「次は負けないけど」


「そこは譲らないんだ」


笑い合って、静かになった。


以前、セレスに伝えかけて、言えなかった言葉がある。


今も彼女の隣にいると、胸の奥でその続きが動き出す。


「セレス。あのとき、俺……」


彼女が顔を上げた。


視線が合う。そこでまた、言葉が止まった。


調査は終わらず、彼女を心配させたことも忘れていない。


「……ごめん」


するとセレスは、膝の上で組んだ指をそっとほどいた。


「急がなくても、逃げない」


「……え?」


「あなたが何を言おうとしていたか、全部分かるわけじゃない。でも、ちゃんと聞けるときに聞くわ」


その声は静かだった。


「その代わり、一人で危険なことを決めないで。私は、あなたが戻ってこないほうが怖いの」


「……うん。約束する」


セレスは少しだけ目を逸らした。


俺も、それ以上は言わなかった。


急がなくても、二人で確かめたいことがある。

敵国の文書に、なぜ同じ形がある?

「そうだわ。もう一つ、見てほしいものがあるの」


セレスが鞄から二枚の写しを取り出した。


一枚は王国側の戦場記録。もう一枚は、以前調べた魔王側の古文書だった。


「内容を見比べていて、気づいたの」


彼女は王国側の写しの隅を指さす。かすれた小さな印章がある。


続いて、魔王側の文書を並べた。


「……こっちにも?」


線の一部は欠け、完全な形は分からない。それでも、印章の輪郭にはよく似たところがあった。


「王国と魔王軍だぞ。敵同士だったはずなのに」


「ええ。ただし、同じ印章だと決まったわけではないわ」


「同じ人が押したとも、言えない」


俺がそう返すと、セレスは少し驚いたように瞬きをした。


「……そう。よく覚えていたわね」


「今日、三回も教わったから」


二人で並んだ写しを見つめた。


記憶の持ち主さえ分からない。印章の形だけで過去は決められない。


帳面を開き、《二つの文書に類似した印章がある。発令者、用途、同一性は未確認》と書く。


セレスがその一行を確認して、頷いた。


今日、俺は三回負けた。けれど一つだけ、以前の俺とは違う答えを出せた。


先生の言葉を聞いても、最後に選ぶのは自分だ。


そして、目の前には新しい問いが残っている。


敵同士だったはずの王国と魔王軍。


なぜ、その両方に、これほどよく似た印章が残されているんだ?




第77話 完

次回予告

第8部『欠損記録編』

第8話/通算第78話

「魔王軍の古文書に、王国と似た印章があった」


王国側の戦場記録と、魔王側の古文書。そこに残る印章を照合する悠真とセレスは、《勇者を殺すな》という不可解な命令に向き合う。敵だったはずの二つの勢力のあいだに、何があったのか。


あなたなら、信頼する先生の言葉と目の前の証拠が食い違ったとき、どちらをどう確かめますか?

この物語の続き・ほかの作品は、note「momokun」と Momokun Official で公開しています。

Note:momokun https://note.com/momokun1 https://note.com/dreamy_bonobo524

Momokun Official https://momokun.jp/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。