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第5話/通算第75話 《欠損 一》と《第二号》は、同じ人ですか?

「その名前だけは、まだ探すな」




百一人目の勇者ゼルが、初めて恐怖を見せた。




勇者継承機構に残された《欠損 一》。


百人の英雄たちの食い違う記憶。


そして、歴史から消された一人の存在。




なぜ、その名前を知ってはいけないのか。




なぜ、英雄たちは同じ過去を覚えていないのか。




そもそも、悠真の前に現れる百人の先生たちは、本当に死んだ英雄本人なのか。




答えを追うほど、信じてきた歴史が揺らぎ始める。




しかし、悠真にはもう一つ、向き合わなければならない秘密があった。




「セレス。俺には、死んだ英雄の先生が百人見えるんだ」




ずっと隠してきた真実。




それを打ち明けたとき、二人の関係もまた、変わり始める。




見えないものを、どう信じるのか。




残された記憶は、誰の真実なのか。




そして、先生たちの教えが間違っていたとしても、自分の答えを選べるのか。




消されたのは、一人の名前だけではないのかもしれない。




第8部『欠損記録編』。




百人の先生を信じてきた落ちこぼれの少年が、今度はその先生たちの記憶を疑い始める。




教わった答えを疑うことは、先生を裏切ることなのか。




悠真とセレスの新たな物語が、ここから始まる

消された名前は、一つとは限らない。


そんな考えが浮かんだ途端、俺は机の端を握りしめていた。


百人の先生たちが思い出せない、魔王討伐直前の一夜。


王立史料院の古い目録でも、その夜の欄だけが空白だった。


記録が最初からなかったのか、後から失われたのかは分からない。


なのに俺は、その空白を、別の記録にある《欠損 一》と結びつけようとしていた。


「セレス。これ、同じ人のことじゃないかな」


俺は写しを二枚、彼女の前に滑らせた。


《勇者認定取消 第二号》。


《継承席・第二号 欠損》。


そして、施設の壁面から書き写した文字。


《継承対象 百二》


《保存完了 百一》


《欠損 一》


セレスはすぐには頷かなかった。


紙の端を揃え、一つずつ指で押さえる。


「悠真。この《第二号》は、何の番号?」


「認定を取り消された、二番目の人……じゃないの?」


「それは考えられるわ。でも、番号は人物、席、手続きのどれを指すの?」


答えかけた口が止まった。

同じ数字を見つけると、答えにしたくなる

「認定取消の第二号は、二番目に取り消された人のことかもしれない」


セレスは最初の紙を指した。


「でも、二番目の取消手続きという意味かもしれない。次の《継承席・第二号》は、少なくとも席について書かれているわ」


「じゃあ、《欠損 一》は?」


「一人なのか、一席なのか、記録一件なのか。壁には単位がないの」


俺は三枚を見比べた。


同じような数字が並んでいる。それだけで、ばらばらだった謎が一つにまとまる気がした。


「でもさ、継承対象は百二、保存完了は百一なんだろ? 一つ足りない。それに、第二号は名前を消されてる。だったら……」


「だったら、同じ人だと嬉しい?」


意外な問いに、顔を上げた。


「嬉しいわけじゃないよ」


「ごめんなさい。言い方が悪かったわ」


セレスは紙から手を離さなかった。


「一つの答えで説明できれば、これ以上消された人を探さなくて済む。そう思っていない?」


反論できなかった。


昨夜、ガルディオ先生たちは、自分の記憶を信じるのが怖いと言った。


俺は先生たちを安心させたくて、一人だけ正しい証人を選ぼうとした。


今日も同じだ。


消された人が一人なら、探す相手も一人で済む。


百人の先生たちの記憶が揺らぐ理由も、一つであってほしい。


そんなの、証拠じゃない。


俺の願望だ。


「……俺、また答えを先に決めてた」


「気づいたなら、消さずに書きましょう。可能性として」


セレスが差し出した帳面には、昨日の三つの区分が残っていた。


確認できた事実。


先生たちの証言。


まだ確かめられていない仮説。


俺は三枚の写しを、最後の欄へ重ねずに並べた。

名前を消された人と、欠けた席

「第二号の人については、ここまで分かってる」


俺は認定取消の記録を指でなぞった。


その人物は、一度、継承を完了していた。


その後、勇者認定を取り消され、公式の記録から名前を消された。継承機構の内部にも、削除の跡があった。


「なのに、壁には《保存完了 百一》ってある」


「ええ。でも、その百一が誰を数えたものなのか、取消後にどう数え直したのかまでは確認できていないわ」


「……数字って、こんなに厄介だったんだな」


「悠真、あなたが前に《百二人目》を自分のことだと思ったときも、同じ問題があったでしょう」


俺は頷いた。


若いゼル先生の幻影に、そう呼ばれたことがある。


けれど《百二人目》は、人ではなく最後の継承席を指した可能性も残っていた。


「呼び方だけじゃ、誰かは決められないんだね」


「それに、記録された順番にも注意が必要よ」


セレスは別々の書類の端を揃えてみせた。


勇者認定の取消記録と、機構内部の欠損記録。


表記も参照先も違う。記録上の処理の時点にもずれがあるが、それが同一人物に対する別の処理なのか、別々の対象だからなのかは読み取れなかった。


「時点が違うなら、別人ってこと?」


「それも決められないわ。同じ人に、違う時期の処理が行われた可能性だってある」


俺は息を吐いた。


答えを一つ選ぼうとするたび、セレスは選ばなかった可能性を机に戻してくれる。


悔しい。


でも、助かってもいた。


「……先生たちも、こうやって残せばいいんだよね」


「ええ。思い出せない部分を、誰かの推測で埋めない。それはあなたが決めたことよ」


俺の指が止まる。


ガルディオ先生の震える拳。


リリア先生が、治療した人の顔を覚えているのに場所を言い切れなかったこと。


もし、いつか先生たちの名前まで分からなくなったら。


誰かが「最初からそんな英雄はいなかった」と記録に書いたら。


俺が一緒に過ごした時間まで、なかったことになるのだろうか。


そんな考えを振り払うように、帳面を開いた。


「怖いからって、空白に誰かの名前を勝手に書いちゃ駄目なんだ」


「……うん」


セレスは短く答え、俺が書き終わるまで待ってくれた。

嘘をついた先生にも、聞きたいことがある

『君たちは、まだそこを調べていたんだね』


顔を上げると、ゼル先生が立っていた。


百人とは別の、百一人目の勇者。


その穏やかな声を聞くと、以前なら安心した。


今は少し違う。


「ゼル先生。《第二号》と《欠損 一》が同じ人か、知っていますか」


先生は答えず、壁面の写しを見つめた。


俺の喉が詰まる。


以前、先生は継承機構の作動条件を知らないふりをした。


本当は一部を知っていた。俺を危険な席に座らせないためだったと言った。


守ろうとしてくれたのだと思う。


でも、嘘をつかれた事実は消えない。


「知らないなら、知らないって言ってください」


『……悠真』


「知っていて言えないなら、それも、そう言ってください。俺、先生の沈黙を勝手に答えにしたくないんです」


ゼル先生の笑みが消えた。


その表情だけで、また何かを確信しそうになる。


知っているのかもしれない。怖がっているのかもしれない。


でも、どちらも俺の推測だった。


『名前を知るために、君はどこまで確かめるつもりなんだい?』


「……それは」


『機構に触れれば、見えなかったものが見えると考えている?』


胸の奥が冷えた。


確かに、考えた。


内部の記録に直接触れれば、欠けた名前へ届くのではないか。


一度継承を終えた人物なら、その痕跡をたどれるのではないか。


けれど、そんな方法が可能だという証拠はない。


それに俺は、接続したときの危うさを知っている。


他人の経験と、自分の判断。


その境界が薄れていく感覚を、忘れてはいなかった。


「……セレス」


「ゼル先生が何か言ったの?」


彼女には、ゼル先生とのやり取りが分からない。


俺は会話を伝えた。


セレスはしばらく黙り、それから俺の帳面を閉じた。


「私だって、誰が消されたのか知りたいわ」


「うん」


「でも、あなたが危険な接続をして手に入れた答えを、私は喜べない」


その指先は、帳面の表紙から離れなかった。


「前に、あなたを助けられないかもしれないと思ったとき、本当に怖かった」


俺は彼女の手を見つめた。


真実を知りたい。


先生たちの記憶を守りたい。


でも、それを理由に、今ここにいる人をまた怖がらせたくない。


「……直接つなぐ方法は選ばない」


俺はゼル先生に向き直った。


「先生。俺は、名前を知るために俺自身を失いたくありません」


『……そうか』


「でも、調べるのはやめません。先生が教えてくれたとおり、どうするかは自分で決めます」


ゼル先生は何も答えなかった。


それでも、今度は沈黙を許せた。


答えを預けるのとは、違う。

署名のない書類

俺は帳面に結論を書いた。


《第二号》と《欠損 一》は、同じ対象を指す可能性がある。


ただし、人物・席・処理の番号を混同できず、同一人物とは確定できない。


書き終えると、肩から少し力が抜けた。


「結局、分からないままだね」


「でも、分からない理由は分かったわ」


セレスは認定取消の写しを裏返した。


「次は、誰の名前かではなく、この書類がどう扱われたかを調べましょう」


「どう扱われたか?」


「誰が処理し、どこに記録したのか。手続きの跡を確認するの」


俺たちはほかの取消書類と並べた。


どの書類にも、処理を確かめるための署名欄がある。


だが、第二号だけは違った。


「……ここ、文字が消えてる」


人物名の欄だけじゃない。


取消処理の署名欄にも、何かを書いた跡はあるのに、読み取れる名前がなかった。


誰が消したのかは分からない。


そもそも、同じ者が両方を消したのかも分からない。


「別の台帳があるわ」


セレスは、史料院で入手した管理台帳の写しを広げた。


俺が名前の欄を追っている間に、彼女は書類の受け渡しや処理に関する記載を確かめていた。


「悠真。これを見て」


彼女の指が止まった場所には、削除に関係する記載があった。


その脇に、短い文字が残っている。


「……差し止め?」


俺はもう一度、目を凝らした。


誰が求めたのか。


何を、いつまで止めようとしたのか。


この写しだけでは読み切れない。


それでも、何も疑問を持たれずに削除が進んだ、とは言い切れなくなった。


「セレス、これって……」


「まだ断定しないで。まず、何の処理を差し止めようとした記録なのか確かめましょう」


俺は頷いた。


名前を消された人物を探していたはずだった。


なのに、今は、その名前のそばに残った小さな文字から目を離せない。


誰かが削除に異議を唱えた可能性がある。


その人は、何を知っていたのだろう。


そして。


誰が、その名前を消すのを止めようとしたのか。




第75話 完

次回予告

第8部『欠損記録編』

第6話/通算第76話

「名前を消すな、と言った誰か」


署名欄の消された取消書類。


その処理に異議を唱えたかもしれない、古い台帳の記載。


悠真とセレスは、名前そのものではなく、記録が処理された経緯を追う。


誰が何を守ろうとしたのか。その答えは、まだ残されていない。




あなたなら、名前を消された人物の正体を知るために、危険な方法を選びますか?


悠真とセレスの判断について、ぜひコメントで聞かせてください。

この物語の続き・ほかの作品は、note「momokun」と Momokun Official で公開しています。

Note:momokun https://note.com/momokun1 https://note.com/dreamy_bonobo524

Momokun Official https://momokun.jp/

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