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第3話/通算第73話 「ガルディオ先生の記憶は、史料と違った」

「その名前だけは、まだ探すな」




百一人目の勇者ゼルが、初めて恐怖を見せた。




勇者継承機構に残された《欠損 一》。


百人の英雄たちの食い違う記憶。


そして、歴史から消された一人の存在。




なぜ、その名前を知ってはいけないのか。




なぜ、英雄たちは同じ過去を覚えていないのか。




そもそも、悠真の前に現れる百人の先生たちは、本当に死んだ英雄本人なのか。




答えを追うほど、信じてきた歴史が揺らぎ始める。




しかし、悠真にはもう一つ、向き合わなければならない秘密があった。




「セレス。俺には、死んだ英雄の先生が百人見えるんだ」




ずっと隠してきた真実。




それを打ち明けたとき、二人の関係もまた、変わり始める。




見えないものを、どう信じるのか。




残された記憶は、誰の真実なのか。




そして、先生たちの教えが間違っていたとしても、自分の答えを選べるのか。




消されたのは、一人の名前だけではないのかもしれない。




第8部『欠損記録編』。




百人の先生を信じてきた落ちこぼれの少年が、今度はその先生たちの記憶を疑い始める。




教わった答えを疑うことは、先生を裏切ることなのか。




悠真とセレスの新たな物語が、ここから始まる

先生の言葉を、消そうとした

俺は、尊敬する先生の証言を消そうとしていた。


たった一行。


その一行を書き換えれば、先生の記憶と歴史の記録は矛盾しなくなる。


先生が間違っていたかもしれないという、嫌な可能性を考えずに済む。


けれど。


「悠真。その筆を止めて」


セレスの声が、俺の手を止めた。


「今、先生の言葉を書き換えようとしたでしょう?」


俺は答えられなかった。


だって、認めるしかなかったからだ。


俺は今、歴史の真実を調べながら、自分に都合の悪い真実を消そうとしていた。


そして、その原因は。


目の前にいる、俺の最初の先生だった。

百人の先生を、一度に調べない理由

少し前。


「まず、一人だけに質問しましょう」


施設の休憩場所で、セレスはそう提案した。


「一人?」


「ええ。百人全員の証言を同時に聞いたら、誰が何を言ったのか分からなくなるでしょう?」


『おい! 百人分の知恵があれば、百倍早く終わるだろうが!』


ガルディオ先生が叫んだ。


『いや、意見の数が増えれば検証も複雑になる』


クロウ先生が冷静に反論する。


「……もう意見が割れてる」


俺が呟くと、セレスはため息をついた。


「だから一人ずつなのよ」


彼女は机に帳面と古い資料を広げた。


王立史料院で以前の調査中に入手した、戦場記録の写し。


そこには、古い地形図と部隊の移動記録が残されていた。


「《欠損 一》について、名前を直接探すのは危険かもしれない。でも、先生たちの記憶なら、記録板に接続しなくても調べられる」


「……うん」


「最初は、ガルディオ先生にお願いしたいわ」


俺は振り返った。


「先生。いいですか?」


『おう! 何でも聞け!』


剣聖ガルディオ。


《無職》だった俺に、剣を教えてくれた最初の先生。


何度転んでも、立ち上がるまで付き合ってくれた人だ。


『俺の記憶が間違っているってんなら、確かめてみろ!』


先生は豪快に笑った。


その笑顔を見て、俺は安心した。


このときは、まだ知らなかった。


その先生が、自分の記憶を疑われて笑えなくなることを。

最初の証言は、一致していた

「先生が戦った場所の特徴を教えてください」


セレスの質問を、俺が伝える。


ガルディオ先生は腕を組んだ。


『広い谷だ。片側には急な斜面があって、谷底には川が流れていた』


俺はそのまま復唱する。


セレスが地形図へ目を落とした。


「川の近くには、何がありましたか?」


『大きな岩場があった。川が曲がるところだ』


「……あった」


セレスの指が止まった。


古い地形図の一角。


川が大きく曲がり、その外側に岩場を示す記号がある。


「川は、上流から見てどちらに曲がっていましたか?」


『右だ』


俺が伝えると、セレスは頷いた。


「一致しているわ」


「本当に?」


「ええ。少なくとも地形の特徴は、先生の証言と史料で一致している」


俺は嬉しくなった。


「先生、すごいですね!」


『当然だ! 自分が戦った場所を忘れるか!』


ガルディオ先生が胸を張る。


『地形が合っているだけだ。まだ何も証明されていない』


クロウ先生が口を挟んだ。


「クロウ先生、今くらい喜ばせてくださいよ!」


『……馬鹿弟子』


セレスが俺を見る。


「何か言われた?」


「まだ何も証明されてないって」


「その通りね」


「……セレスまで?」


彼女は少し笑った。


「でも、手がかりが一つ確認できたのは大きいわ」


そして、次の質問をした。


「では、その戦場で部隊はどう動いたんですか?」


ガルディオ先生の表情が引き締まった。


『最初に南の斜面を越えた』


俺は帳面に書いた。


『それから谷へ下り、川沿いを進んだ』


「どうして斜面から?」


『高い場所から敵の位置を確かめるためだ。見通しの悪い谷に、いきなり入る馬鹿がいるか』


俺は頷いた。


先生らしい答えだ。


高い場所から周囲を確認する。


安全を確かめてから進む。


それは、俺が先生から何度も教わった戦い方だった。


「なるほど。先生らしいですね」


『だろう!』


だが。


セレスだけは、笑わなかった。

歴史書には、逆に書かれている

「悠真。もう一度確認して」


セレスが静かに言った。


「最初に南の斜面を越えて、その後に川沿いを進んだのね?」


「うん。先生はそう言ってる」


「……おかしいわ」


彼女は古い記録を俺の前に置いた。


そこには、短い文章が残されていた。


川沿いを進軍。


その後、南側の高所へ部隊を移す。


俺は二度読んだ。


そして、息をのんだ。


「……順番が逆だ」


セレスが頷く。


「そうなの」


先生の記憶では、南の斜面が先。


史料では、川沿いの移動が先。


地形は一致している。


なのに、移動の順番だけが違っていた。


「先生」


俺は振り返った。


「本当に、南の斜面が先だったんですか?」


『ああ』


即答だった。


「川沿いを先に進んだ可能性は?」


『ねえよ』


先生の声が低くなった。


『あそこは敵の位置が分からなかった。だから先に高所を押さえたんだ』


「……そうですよね」


俺は思わず頷いた。


先生の説明には筋が通っている。


それに、ガルディオ先生が自分の戦場を間違えるなんて、想像できなかった。


「セレス。記録のほうが間違っているんじゃないかな」


彼女は否定しなかった。


「その可能性はあるわ」


少し安心した。


しかし、続く言葉で胸が冷たくなった。


「でも、先生の記憶が間違っている可能性もある」


『……何だと?』


ガルディオ先生の表情が変わった。


『俺が自分の戦場を間違えるってのか?』


俺はそのままセレスへ伝えた。


彼女は静かに答えた。


「間違っていると決めつけてはいません」


『だったら何だ!』


「確かめたいだけです」


先生の拳が握られる。


俺は初めて見た。


ガルディオ先生が、剣を向けられたときよりも険しい顔をしているところを。

先生を守るための嘘

俺は帳面に目を落とした。


そこには、先生の証言が残されていた。


『南の斜面を越え、その後、川沿いに移動』


その下には、史料との違いを書き込むための空欄。


俺は筆を持った。


少しだけ、表現を変えればいい。


『南の斜面と川沿いを移動』


これなら、順番は分からない。


先生が間違っていると決めつけなくても済む。


史料との矛盾も目立たなくなる。


俺は最初の文章を消しかけた。


「悠真」


セレスの声がした。


「今、何を書き直そうとしたの?」


胸が跳ねた。


「……いや、読みやすくしようと思って」


嘘ではなかった。


でも、本当の理由でもなかった。


俺は、先生を守りたかった。


魔法も剣術も最低評価だった俺に、毎日稽古をつけてくれた人。


《無職》と笑われても、見捨てなかった人。


その先生が間違っているかもしれないという記録を、残したくなかった。


「悠真」


セレスの声が少し柔らかくなった。


「先生を大切に思っているのね」


「……うん」


「でも、先生を守るために証言を変えたら、私たちは何を調べているのか分からなくなるわ」


俺は答えられなかった。


「先生が間違っていると決める必要はない。でも、違っている証言を同じだったことにはできないでしょう?」


その言葉が胸に刺さった。


「……先生を信じることと、先生の言葉を全部正しいことにするのは、違うのかな」


「私は、違うと思う」


セレスは迷わず答えた。


「それに、私はあなたの言葉を信じて調べているのよ」


「……え?」


「先生の声は、私には聞こえない。だから、悠真が正確に伝えてくれないと何も確かめられない」


俺は息をのんだ。


第72話。


俺は、先生たちの存在を隠していたことを謝った。


セレスは、俺が彼女を信じなかったことが悲しかったと言った。


そして、二人で確かめようと約束した。


なのに。


俺はまた、彼女に本当のことを伝えなくなるところだった。


「……ごめん」


セレスが首を振る。


「謝るより、続きを書いて」


そのとき。


『……馬鹿弟子』


ガルディオ先生が低く言った。


『いつまで俺の顔色をうかがってやがる』


「先生……」


『俺は、お前に何を教えた?』


言葉に詰まった。


『怖いものから目を逸らせと教えたか?』


「……いいえ」


『だったら、書け』


先生は俺を見据えた。


『俺は間違ってねえと思ってる。だが、お前が勝手に記録を変えたら、確かめることもできねえだろうが』


俺は、ゆっくり頷いた。


そして。


消しかけた一行を、元に戻した。

先生が間違っていても、消えないもの

セレスは帳面に三つの見出しを書いた。


『確認できた事実』


『先生たちの証言』


『まだ確かめられていない仮説』


前に二人で決めた方法だった。


「まず、確認できたこと」


彼女が史料を指す。


「古い記録には、川沿いの移動が先だと書かれている」


俺は書き込んだ。


「ただし、記録自体が正しいかは未確認」


「うん」


「次に、先生の証言」


俺は筆を動かした。


『ガルディオ先生は、南の斜面を先に越えたと記憶している』


セレスが頷く。


「最後に、仮説」


俺は少し考えた。


そして、書いた。


『ガルディオ先生の記憶が間違っている可能性』


胸が痛んだ。


でも、筆を止めなかった。


『史料の記述が間違っている可能性』


続けて書く。


『別の部隊、または別の移動を混同している可能性』


「……これでいい?」


セレスは頷いた。


「ええ。どれが正しいかは、これから調べればいいわ」


ガルディオ先生は腕を組んだまま、しばらく黙っていた。


やがて。


『……俺の記憶が間違っているかもしれねえ、か』


「すみません」


『謝るな』


先生は短く言った。


『お前は俺の弟子だろ』


「はい」


『だったら、師匠が間違っていたら教えろ』


俺は顔を上げた。


『もっとも、俺はまだ間違いだとは認めてねえけどな!』


いつもの豪快な声だった。


俺は思わず笑った。


その言葉をセレスへ伝えると、彼女も微笑んだ。


「本当に負けず嫌いな先生ね」


「すごく」


『聞こえてるぞ、馬鹿弟子!』


「先生、セレスには聞こえてません!」


セレスが吹き出した。


少しだけ、空気が和らいだ。


俺は帳面を見下ろした。


先生の記憶を疑う一行が、そこに残っている。


だけど、不思議だった。


先生への尊敬は、少しも減っていなかった。


たとえ記憶が間違っていたとしても。


俺に剣を教えてくれた時間まで、間違いになるわけじゃない。


そう思えたことが、嬉しかった。

二人が覚えている、同じ一夜

「もう一つだけ確認しましょう」


セレスが地形図を指した。


「その移動は、いつの出来事だったんですか?」


俺が質問すると、ガルディオ先生は少し考えた。


『……夜だ』


「夜?」


『ああ。日が落ちてからだ』


俺はセレスへ伝える。


彼女は記録を確認した。


「この史料には、正確な時刻までは書かれていないわ」


「じゃあ、確かめられない?」


「今の資料だけではね」


彼女は少し考えた。


「ほかの先生も、その場所を通ったのかしら?」


俺が振り返った、そのとき。


『……待て』


クロウ先生だった。


今まで黙っていた暗殺王が、地形図の前に立つ。


『ガルディオ。お前が言っているのは、川沿いを通ったあの夜か?』


『ああ。そうだ』


『……おかしい』


俺は息をのんだ。


「何がですか?」


『俺も、その夜の撤退経路を覚えている』


クロウ先生は低い声で続けた。


『だが、俺が覚えている移動の順番は、お前の話と違う』


ガルディオ先生が眉をひそめた。


『何だと?』


『俺は川沿いから離れた後、南の斜面へ向かったと覚えている』


「……え?」


俺は二人を交互に見た。


ガルディオ先生は、南の斜面を先に越えたという。


クロウ先生は、川沿いから離れた後だという。


進軍と撤退。


別々の行動だった可能性もある。


けれど、二人とも同じ夜の出来事だと考えていた。


俺は急いでセレスへ伝えた。


彼女の表情が引き締まる。


「待って。二人とも、本当に同じ夜のことを話しているの?」


「……そう言ってる」


「でも、移動の順番が違う?」


「うん」


セレスは帳面の新しいページを開いた。


「それなら、次はクロウ先生の撤退経路を詳しく聞きましょう」


俺は頷いた。


そのときだった。


『……どうしてだ』


ガルディオ先生が呟いた。


「先生?」


『俺は、覚えているんだ』


先生は自分の手を見つめていた。


『あの斜面を越えたことも、川沿いを進んだことも』


いつもの豪快な声ではなかった。


『……なのに、どうして順番が合わねえ?』


俺は何も言えなかった。


剣聖ガルディオ。


どんな強敵を前にしても笑っていた先生。


その人が今、何よりも恐ろしいものを見つけたような顔をしていた。


敵ではない。


魔王でもない。


自分自身の記憶だった。


『……忘れるはずが、ねえんだよ』


その声は、震えていた。


俺は初めて知った。


先生にとって恐ろしいのは、過去を忘れることだけじゃない。


覚えているはずの過去が、間違っているかもしれないことなのだ。



第73話 完

次回予告

第8部『欠損記録編』

第4話/通算第74話

「百人が忘れた、たった一晩」


剣聖ガルディオと暗殺王クロウ。


二人が覚えていた、同じ戦場の夜。


しかし、証言は一致しなかった。


さらにエレノアとリリアの記憶を調べた悠真とセレスは、ある異常に気づく。


百人の英雄たちは、ほかの出来事を鮮明に覚えている。


なのに、魔王討伐直前の一夜だけ、時刻も場所も説明が食い違っていた。


その夜、何があったのか。


そして、百人の先生たちは、本当に何かを忘れているのか。


次回、第74話へ。



あなたなら、大切な先生の記憶と歴史の記録が食い違ったとき、どちらを信じますか?


悠真とセレスが選んだ答えについても、ぜひコメントで感想を聞かせてください。

この物語の続き・ほかの作品は、note「momokun」と Momokun Official で公開しています。

Note:momokun https://note.com/momokun1 https://note.com/dreamy_bonobo524

Momokun Official https://momokun.jp/

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