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第2話/通算第72話 「見えない先生を、私にも教えて」

「その名前だけは、まだ探すな」




百一人目の勇者ゼルが、初めて恐怖を見せた。




勇者継承機構に残された《欠損 一》。


百人の英雄たちの食い違う記憶。


そして、歴史から消された一人の存在。




なぜ、その名前を知ってはいけないのか。




なぜ、英雄たちは同じ過去を覚えていないのか。




そもそも、悠真の前に現れる百人の先生たちは、本当に死んだ英雄本人なのか。




答えを追うほど、信じてきた歴史が揺らぎ始める。




しかし、悠真にはもう一つ、向き合わなければならない秘密があった。




「セレス。俺には、死んだ英雄の先生が百人見えるんだ」




ずっと隠してきた真実。




それを打ち明けたとき、二人の関係もまた、変わり始める。




見えないものを、どう信じるのか。




残された記憶は、誰の真実なのか。




そして、先生たちの教えが間違っていたとしても、自分の答えを選べるのか。




消されたのは、一人の名前だけではないのかもしれない。




第8部『欠損記録編』。




百人の先生を信じてきた落ちこぼれの少年が、今度はその先生たちの記憶を疑い始める。




教わった答えを疑うことは、先生を裏切ることなのか。




悠真とセレスの新たな物語が、ここから始まる

気味悪がられるのが、怖かった

「気味が悪い」


もしセレスの口から、その一言を聞いたら。


俺は、きっと立ち直れない。


だから隠していた。


けれど、その沈黙が今、彼女を傷つけている。


「それを、どうして今まで私に言えなかったの?」


セレスの問いが、胸に突き刺さった。


施設の休憩場所には、俺たち以外にも百人の先生がいる。


正確には、百英雄とゼル先生。


でも、セレスには見えない。


彼女にとって、俺は誰もいない場所に向かって話しかける、奇妙な人間だったのだ。


「……怖かったんだ」


「何が?」


「気味悪がられるのが、怖かった」


セレスの表情が動いた。


俺は視線を落とす。


「学院で《無職》だって笑われたとき、悔しかった。でも、それ以上に怖かったことがある」


「……」


「誰にも見えない死んだ英雄たちが見える。声が聞こえる。毎日、その人たちと話している」


自分で言っていても、普通じゃないと思う。


「ほかの誰に変な奴だと思われても、たぶん我慢できた。でも……」


喉が詰まった。


「セレスにだけは、嫌われたくなかった」


言ってしまった。


今まで何度も飲み込んできた言葉を。


セレスは何も答えなかった。


その沈黙が怖くて、俺は続けた。


「先生たちのことを話そうと思ったことは何度もあった。でも、信じてもらえなかったらどうしようって」


「悠真」


「だから隠した。ごめん」


俺は頭を下げた。


「セレスを守るためじゃなかった。俺が傷つきたくなかっただけだ」


長い沈黙が落ちた。


やがて、セレスが静かに言った。


「……私、怒っているわ」


胸が冷たくなった。


「うん」


「でも、あなたに見えないものが見えるからじゃない」


顔を上げる。


セレスは、まっすぐ俺を見ていた。


「あなたが私を信じてくれなかったことが、悲しかったの」


その言葉は、怒鳴られるより痛かった。


「迷宮で、私が姉のことを話したのを覚えている?」


「……忘れるわけないよ」


「あのとき、私はあなたを信じた。誰にも話せなかったことを、あなたには話せた」


焚き火の前。


涙をこぼしたセレス。


あの夜、彼女は自分の弱さを俺に見せてくれた。


「でも、あなたは……私が信じてもらえる人間なのか、ずっと迷っていたのね」


「……うん」


否定できなかった。


セレスは少しだけ目を伏せた。


「私だけ、あなたの世界の外にいたみたい」


俺は何も言えなかった。


彼女の隣にいた。


一緒に戦った。


何度も命を預け合った。


それなのに、一番大切な秘密を共有していなかった。


「セレス」


「何?」


「今からでも、間に合うかな」


情けない質問だった。


失った信頼を、簡単に取り戻せるはずがない。


それでも、聞かずにはいられなかった。


セレスは少し考えた。


「……それは、これからのあなた次第よ」


俺は頷いた。


「もう、隠さない」


「全部話せる?」


「分からないこともある。でも、分からないって正直に言う」


セレスは初めて、小さく頷いた。

見えないことと、信じないことは別

「一つ、勘違いしないで」


セレスが言った。


「私には、その先生たちは見えないわ」


「うん」


「声も聞こえない。今の話が本当なのか、確かめられていない」


胸が少し痛んだ。


けれど、彼女は続けた。


「だからって、あなたが嘘をついていると決めつける理由にはならないでしょう?」


「……え?」


「見えないことと、信じないことは別よ」


思わず顔を上げた。


「私はあなたが迷宮で何をしたか知っている。学院対抗戦で、どう戦ったかも見てきた」


セレスは、少しだけ笑った。


「誰かに教わったからって、あんな無茶ができるとは思わないけれど」


「それは褒めてる?」


「半分くらい」


「残り半分は?」


「お説教よ」


いつものセレスだった。


でも、その表情はまだ少し寂しそうだった。


「……それと、お願いがあるの」


「何?」


「これから私にだけ話したいことがあるときは、先生たちにも席を外してもらって」


俺は息をのんだ。


「……うん。そうする」


「私たちが二人きりだと思っていた時間に、誰が何を聞いていたのか分からないのは、少し怖いから」


「分かる。先生たちにも頼む。でも、どこまで声が届くかは俺にも分からない。確かめられないことは、約束できない」


セレスは頷いた。


「それでいいわ。知らないことまで知っているふりをしないで」


そして、意を決したように言った。


「悠真。見えない先生を、私にも教えて」


「……いいの?」


「何が?」


「本当に、先生たちのことを知りたいの?」


「知りたいわ」


迷いのない声だった。


「あなたに剣を教えてくれた人たちでしょう? 逃げ方も、魔法も、命を守る方法も」


「うん」


「だったら、私にとっても、無関係な人たちじゃないもの」


胸の奥が熱くなった。


俺は振り返った。


「先生たち!」


『おう! やっと俺たちの出番か!』


ガルディオ先生が豪快に笑った。


『待て。最初に話す内容を整理すべきだ』


クロウ先生が腕を組む。


『自己紹介は順番に行いましょう』


エレノア先生が落ち着いて言う。


『悠真! その前に、ちゃんと休んでいますか?』


リリア先生まで心配そうに顔をのぞき込んでくる。


……いつも通りだ。


「先生たち、一人ずつお願いします!」


『誰が最初だ!』


『順番を決めろと言っている』


『まずは悠真の体調確認を!』


「だから、一人ずつ!」


思わず叫んだ。


セレスが目を丸くする。


「……今、何人と話しているの?」


「四人……いや、もっと」


「大変そうね」


「すごく」


セレスの口元が、ほんの少し緩んだ。

剣聖と暗殺王と、二人の先生

「まずはガルディオ先生から」


俺が言うと、剣聖は胸を張った。


『よし! 俺は剣聖ガルディオ! 歴代最強の剣士の一人にして、この馬鹿弟子の師匠だ!』


「ええと……剣聖ガルディオ先生。俺に剣を教えてくれた人で」


『馬鹿弟子を省くな!』


「そこは省きます!」


「……悠真?」


「ごめん。先生が余計なことまで伝えろって」


セレスが小さく笑った。


「その先生に質問してもいい?」


『おう! 何でも聞け!』


「どうして悠真に剣を教えたんですか?」


ガルディオ先生の笑顔が消えた。


少し考えてから、先生は答えた。


『弱かったからだ』


「……それだけ?」


『剣の才能もねえ。何度教えても転ぶ。教えたことをすぐにできるような奴じゃなかった』


「先生、本人が聞いてます」


『でも、翌日にはまた来た』


俺は黙った。


『何度転んでもな。だったら、教えるしかねえだろ』


先生は照れくさそうに鼻を鳴らした。


俺は、その言葉をできるだけ正確にセレスへ伝えた。


「……いい先生ね」


『だろう!』


「今、ものすごく得意そうな顔してる」


「想像できるわ」


続いてクロウ先生。


『俺の紹介は短くていい』


「暗殺王クロウ先生。逃走術と足運びを教えてくれる人」


『余計な肩書きをつけるな』


「正式な肩書きでしょう?」


セレスは少し考えた。


「逃げ方を教える先生なのね」


「うん」


「でも、悠真は最初、逃げることを恥ずかしがっていたでしょう?」


俺は頷いた。


クロウ先生が静かに言った。


『逃げることと、諦めることは違う。俺が教えたのは、その区別だ』


「……そう言ってる」


セレスは深く頷いた。


「私も、それは覚えておきたいわ」


クロウ先生が小さく目を細めた。


次はエレノア先生。


『まず確認したいことがあります』


「何ですか?」


『あなたが私たちの発言を、正確に伝えている保証はありません』


「……自己紹介ですよね?」


『大切な問題です』


俺がそのまま伝えると、セレスの目が輝いた。


「その先生、話が合いそう」


「初対面なのに?」


「ええ。私も同じことを考えていたから」


……なんだろう。


二人が直接会話できないことに、少しだけ安心した。


最後はリリア先生。


『悠真! 最近ちゃんと食事をしていますか?』


「今は自己紹介を!」


『顔色が悪いですよ!』


「いつも通りです!」


セレスが首をかしげる。


「どうしたの?」


「リリア先生が、俺の体調を心配してる」


「それは私も心配しているわ」


『ほら! この子は分かってくれています!』


「先生たち、そこで意気投合しないでください!」


『今度、私の手料理を』


「それだけは絶対に駄目です!」


俺が叫ぶと、セレスは一瞬きょとんとして、それから吹き出した。


「……学院祭の、あの料理?」


「思い出させないで!」


「そうだったのね。あれも先生の指導だったのね」


「もう忘れたいんだよ!」


セレスが笑った。


俺も笑った。


百人の先生が見えることを打ち明けたら、何かが壊れてしまうと思っていた。


でも今。


セレスは、俺の先生たちの話を聞いて笑っている。


それだけで、少し救われた気がした。

先生の言葉を、疑うために

「でも、悠真」


セレスが真剣な表情に戻った。


「一つ問題があるわ」


「何?」


「今の会話、全部あなたが伝えてくれたのよね」


「うん」


「だったら、私は先生たちの言葉を直接確かめられない」


俺は頷いた。


「それに、あなたが聞き間違える可能性もあるし、無意識に意味を補ってしまうかもしれない」


エレノア先生が満足そうに頷いている。


『その通りです』


「……エレノア先生も同意してる」


「でしょうね」


セレスは調査用の帳面を取り出した。


「これから先生たちに何かを聞くときは、言葉を記録しましょう」


「記録?」


「誰に聞いたか。何と答えたか。あなたがどう解釈したか。それを分けるの」


「……先生たちが間違っている可能性も?」


「もちろんあるわ」


背後の空気が変わった。


ガルディオ先生が腕を組む。


『俺が間違っていると言いたいのか?』


「先生、まだそう決まったわけじゃありません」


セレスは俺の反応を見て、静かに続けた。


「先生たちを嘘つきだと言いたいわけじゃないの。でも、記憶が正確とは限らないでしょう?」


俺は言葉を失った。


先生たちは、百年以上も前の出来事を語っている。


しかも、本人の魂なのか、保存された記憶なのかさえ分からない。


『……上等だ』


ガルディオ先生が低く言った。


『俺の記憶が間違っているなら、確かめてみろ』


俺はその言葉をセレスへ伝えた。


彼女は真剣な顔で頷いた。


「分かりました。遠慮なく調べさせてもらいます」


『おう!』


先生が笑った。


だけど、俺には分かっていた。


これは簡単なことじゃない。


今まで俺は、先生たちの言葉を信じてきた。


教えてもらったことを、自分の力に変えようとしてきた。


けれど、これからは違う。


先生たちが語る過去そのものを、確かめることになる。


「……セレス」


「何?」


「先生の記憶が間違っていたら、どうする?」


彼女は少しだけ考えた。


「そのまま記録するわ」


「先生が傷つくかもしれなくても?」


「傷つけないように伝える努力はする。でも、間違いをなかったことにはできないでしょう?」


俺はゆっくり頷いた。


「……そうだね」


セレスは帳面に三つの見出しを書いた。


『確認できた事実』


『先生たちの証言』


『まだ確かめられていない仮説』


「これを混ぜないこと。いい?」


「うん」


「あなた自身の考えも大切。でも、それを先生たちの発言として記録しないで」


「分かった」


特別な魔法はいらない。


セレスに先生が見えるようになる必要もない。


俺が言葉を伝え、二人で記録と照らし合わせる。


それだけだ。


でも、俺にとっては大きな一歩だった。


先生たちと俺だけの世界に、ようやくセレスを招くことができたのだから。

二人で選ぶ、最初の答え

「もう一つ、約束して」


セレスが言った。


「危険なことを調べるときは、一人で決めないで」


「……それ、前にも約束したよね」


「何度でも言うわ」


セレスは真顔だった。


「あなた、目を離すと自分を犠牲にしようとするから」


「……反論できない」


「でしょう?」


彼女の指が、俺の手首にそっと触れた。


さっき、記録板へ近づこうとした俺を止めた手だった。


「先生たちが百人いても、あなた自身の命は一つしかないのよ」


胸の奥が熱くなる。


「……うん」


「私にも、あなたを止めさせて」


俺は頷いた。


「今度は、ちゃんと相談する」


セレスの表情が少しだけ柔らかくなった。


そのとき。


『……悠真』


ガルディオ先生が静かに呼んだ。


「何ですか?」


『お前、いい相棒を持ったな』


俺は思わずセレスを見た。


「……何?」


「いや、先生が……」


そこまで言って、口を閉じる。


また俺だけの会話にしてしまうところだった。


「いい相棒を持ったな、って」


セレスの頬が、ほんの少し赤くなった。


「……そう」


「うん」


「だったら、その先生にも伝えて」


「何を?」


セレスは姿勢を正した。


「悠真を育ててくださって、ありがとうございます」


ガルディオ先生が目を丸くした。


『……お、おう』


珍しく言葉に詰まっている。


俺がそれを伝えると、セレスは笑った。


「豪快な先生にも、照れることがあるのね」


『馬鹿弟子! 余計なことを伝えるな!』


「正確に伝える約束ですから!」


先生たちの笑い声が重なった。


セレスには聞こえない。


それでも彼女は、俺の顔を見て笑っていた。


そして、帳面を開いた。


「では、始めましょう」


「何から?」


「《欠損 一》についてよ」


胸がざわついた。


あの記録板。


封印された人物名。


名前を探すなと告げたゼル先生。


「……でも、名前を調べるのは危険かもしれない」


「分かっているわ。だから、直接は触れない」


セレスは頷いた。


「ただ、名前を知らなくても調べられることはあるでしょう?」


「例えば?」


「先生たちの記憶よ」


俺は振り返った。


ガルディオ先生が眉をひそめる。


『……俺たちの?』


セレスは続けた。


「何を覚えているのか。そして、何を覚えていないのか」


俺は息をのんだ。


今まで、先生たちには何度も質問してきた。


どんな敵と戦ったのか。


誰が勇者だったのか。


どうすれば勝てるのか。


でも、聞いたことがなかった。


先生たちは、何を忘れているのか。


忘れていることに、気づいているのか。


セレスは帳面の新しいページを開いた。


「悠真」


「うん」


「《欠損 一》について、先生たちが覚えていない部分から調べましょう」


俺はガルディオ先生を振り返った。


先生は初めて、自分の記憶を疑うような顔をしていた。


俺たちがこれから調べるのは、歴史の嘘だけじゃない。先生たち自身の記憶なのだ。



第72話 完

次回予告

第8部『欠損記録編』

第3話/通算第73話

「ガルディオ先生の記憶は、史料と違った」


「先生。あなたが覚えている戦場は、本当にその場所だったんですか?」


悠真とセレスは、百英雄の証言を確かめるため、残された史料との照合を始める。


最初の証言者は、剣聖ガルディオ。


しかし、先生が語る戦場の記憶と、歴史に残された記録には食い違いがあった。


先生の記憶が間違っているのか。


それとも、記録された歴史のほうが間違っているのか。


尊敬する先生を信じたい悠真は、初めて先生の記憶を疑う記録を残す。


次回、第73話へ。



あなたなら、大切な先生の記憶と、残された歴史の記録が食い違ったとき、どちらを信じますか?


悠真とセレスの新しい関係についても、ぜひコメントで感想を聞かせてください。

この物語の続き・ほかの作品は、note「momokun」と Momokun Official で公開しています。

Note:momokun https://note.com/momokun1 https://note.com/dreamy_bonobo524

Momokun Official https://momokun.jp/

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