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第10話/通算第70話 「先生たちは、本当に百人だったんですか?」

第7部『勇者継承機構編』




勇者は、選ばれるものではない。




《勇者は、作られる》




第6部の最後、古代施設の石壁に刻まれていた言葉が、勇者の歴史を根底から揺るがしました。




才能も魔力も最低。職業は《無職》。




そんな神谷悠真は、百人の死んだ英雄たちに教わりながら、少しずつ強くなってきました。




けれど、もし勇者の強さが、誰かから受け継がされるものだったとしたら?




受け継ぐのは、剣の技なのか。




戦いの経験なのか。




それとも、他人の記憶や想いまでなのか。




百人の先生たちが一斉に苦しみ、百一人目の勇者ゼルが初めて本気で悠真を止めた理由。




そして、百年前の記録に残された《百二人目》の謎。




その答えを求め、悠真とセレスは《勇者継承機構》の真相へ踏み込んでいきます。




しかし、真実に近づくことが、大切な人を守ることにつながるとは限りません。




先生の答えを信じるのか。




自分自身で答えを選ぶのか。




そして、誰かの過去を受け継いだあとも、自分は自分でいられるのか。




第7部『勇者継承機構編』。




これは、最弱だった少年が、強さの秘密ではなく、**「自分自身であり続ける意味」**を問い始める物語です。




悠真とセレス、そして百一人の先生たちが迎える新たな試練。




ぜひ、最後まで見届けてください。

その声は、百人の誰でもなかった

『座るな』


背筋が凍った。


俺は《最終席》から目を離し、振り返った。


「……誰だ?」


百人の先生たちが、一斉にこちらを見る。


『どうした、馬鹿弟子』


ガルディオ先生が眉をひそめた。


「今、誰かが『座るな』って……」


『俺は言ってねえぞ』


『私でもない』


クロウ先生も首を振った。


エレノア先生、リリア先生。


そして、ゼル先生。


誰も声の主を知らなかった。


「悠真?」


セレスが俺の腕をつかんだ。


「何か聞こえたの?」


「……うん。でも、誰の声か分からない」


「私には聞こえなかったわ」


……そうか。


俺にしか聞こえなかったのか。


いや。


それも、まだ分からない。


以前、機構へ接続しかけたとき、知らない記憶が流れ込んできた。


あの感覚と関係があるのかもしれない。


でも、今は何も触れていない。


「悠真。戻りましょう」


セレスが言った。


「……でも、あの席には」


「近づくだけで異変が起きたのよ。約束したでしょう?」


……そうだった。


危険だと思ったら引き返す。


一人で決めない。


俺は席から一歩下がった。


「……分かった」


『ほう』


ガルディオ先生が笑った。


『珍しく聞き分けがいいじゃねえか』


「先生。俺だって成長しますよ」


『お前がそれを言うと不安になるな』


……ひどい。


だけど。


先生の軽口に、少しだけ救われた。


俺たちは継承席から離れ、通路側の記録板へ戻った。


セレスが持参した資料を開く。


「ここなら、席に触れずに記録を確認できるわ」


「……うん」


「悠真。何か分かったら、すぐ教えて」


「約束する」


今度こそ。


その約束を破るつもりはなかった。

先生たちは、何を残されたのか

古い記録板に、文字が浮かんだ。


《勇者継承機構 保存記録》


続いて、三つの項目が表示される。


《経験情報》


《戦闘判断》


《記憶情報の一部》


「……これって」


「歴代の勇者や勇者候補が経験したことを、次の世代へ残すための仕組みね」


セレスは資料と照合した。


「ただし、記憶を受け取れば同じ能力を使える、という意味ではないわ」


……そうだ。


第62話で、俺は他人の戦闘記憶を見た。


でも。


剣の動きは再現できなかった。


知っていることと、できることは違う。


そして。


もう一つ。


記録板の下部に、見覚えのある言葉があった。


《継承対象の残響を認識》


……残響。


第67話で見つけた記述だ。


俺は、背後を振り返った。


ガルディオ先生が、黙って立っている。


「……先生」


『何だ?』


「先生たちの記憶って、この機構と関係があるんですよね」


ガルディオ先生は答えなかった。


代わりに、エレノア先生が記録を見つめた。


『少なくとも、無関係とは考えにくいですね』


「……じゃあ」


俺は言葉を探した。


「先生たちは、本当に死んだ英雄本人なんですか?」


沈黙。


ガルディオ先生が、自分の手を見下ろした。


『俺は、俺だと思ってる』


……。


『剣を振ったことも、仲間を失ったことも覚えてる。お前を鍛えてきたことだってな』


「……はい」


『だが、その記憶が残されているからって、今ここにいる俺が、本物だと証明できるのか?』


答えられなかった。


クロウ先生が静かに言った。


『記憶が正しいことと、その記憶を持つ者が本人であることは、同じではない』


……。


怖かった。


先生たちは、ずっと俺の先生だった。


最弱だった俺に。


逃げ方を教えた。


剣を教えた。


誰かを守るための判断を教えた。


でも。


もし、それが保存された記憶の残響だったら?


『……悠真』


リリア先生が言った。


『私たちは、あなたに教えたつもりでした。でも、それさえ、誰かに残された記録なのかもしれませんね』


その声が、少し寂しそうだった。


俺は首を振った。


「……先生」


『はい』


「俺、先生たちが何者なのか、まだ分かりません」


先生たちを見た。


「でも、俺が教わった時間は、本当にあったんです」


ガルディオ先生の目が動いた。


「先生に何度も転ばされたことも、クロウ先生に逃げ方を叩き込まれたことも」


『……ふん』


「リリア先生の料理で倒れたことも」


『そこは忘れてください!』


……いつもの先生だ。


俺は、少し笑った。


「何でできているのか分からなくても、俺の先生だったことは変わりません」


ガルディオ先生が、顔を背けた。


『……馬鹿弟子が』


その声は。


いつもより、少しだけ優しかった。

百人の先生と、消された一人

「悠真。こっちを見て」


セレスの声が硬くなった。


記録板の別の部分。


《勇者認定取消 第二号》


……第二号。


第一号は、ゼル先生だった。


そして第二号は、名前も正体も消されている。


「続きがあるわ」


《継承処理 完了》


《認定取消記録 削除》


《機構内登録情報 削除》


……。


「待って」


俺は思わず言った。


「この人、一度は継承を終えていたってこと?」


「記録上は、そうね」


「それなのに、消された?」


「ええ。公式記録だけじゃなく、機構内部の登録情報まで」


背筋が冷たくなった。


ただ、勇者として認められなくなったわけじゃない。


その人が何を受け継いだのか。


機構の中に残っていたはずの記録まで、削除されていた。


『……妙だな』


クロウ先生が言った。


『認定を取り消すだけなら、継承済みの情報まで消す必要があるのか?』


……確かに。


でも。


消した理由は、分からない。


そのとき。


壁面に、三行の数字が現れた。


《継承対象 百二》


《保存完了 百一》


《欠損 一》


俺は、数字を見つめた。


「……百二から、百一」


「保存されなかったものが、一つあるように読めるわ」


「それが第二号?」


「まだ決められない」


セレスは即座に答えた。


「《欠損 一》と第二号の記録が関連している可能性はある。でも、同じ人物だという証拠はないわ」


……そうだった。


第69話で、俺たちは数字の意味を取り違えた。


同じ番号でも、同じものを指しているとは限らない。


だから。


今度は、決めつけない。


でも。


俺には、一つの疑問が残った。


百人の先生。


百一人目の勇者、ゼル先生。


そして。


記録から消された、もう一人。


俺は、先生たちを見た。


「……先生たちが忘れたのは、ゼル先生だけじゃない?」


ガルディオ先生の顔から、笑みが消えた。


『……何だと?』


「俺たち、ずっと百人の英雄だと思ってた。でも、本当に百人だけだったんですか?」


誰も答えない。


『……分からん』


クロウ先生が言った。


『覚えていない者がいるとして、覚えていないこと自体をどう確かめる?』


……。


エレノア先生が目を伏せた。


『私たち自身の記憶が、完全とは限りません』


ガルディオ先生は、拳を握った。


『……俺は』


そこで、言葉が止まった。


『仲間のことまで、忘れちまったのか?』


その声を聞いて。


俺は、初めて思った。


先生たちも、怖いんだ。


自分が誰なのか。


何を失ったのか。


それさえ、分からないことが。


「……先生」


俺は言った。


「忘れたかどうかも、まだ分かりません。一緒に調べましょう」


ガルディオ先生は、しばらく俺を見つめていた。


そして。


『……ああ』


小さく頷いた。

《無職》という名前の誤解

「……もう一つ、確認したい記録があるわ」


セレスが資料を開いた。


古い職業分類の注記だった。


《既存継承職 所属判定》


《非所属 既存分類による照合不可》


……。


「これ、俺の《無職》と関係あるのかな」


「可能性はあるわ。でも、同じ判定だったとはまだ言えない」


……そうか。


俺は、第1話のことを思い出した。


職業鑑定で《無職》と告げられた日。


学院中に笑われた。


何もできない。


才能がない。


そう思った。


でも。


既存の分類に当てはまらないことと、何もできないことは違う。


それだけは、もう分かっている。


「……セレス」


「何?」


「俺、まだ自分が何者なのか分からない」


「ええ」


「でも、《無職》って言われただけで、自分の全部が決まるわけじゃないんだよな」


セレスが笑った。


「当たり前でしょう」


……。


「私は、あなたが何を選んできたかを見ているもの」


その言葉に。


胸の奥が、熱くなった。

勇者を残そうとした人たち

突然、記録板から声が流れた。


《……この仕組みがなければ》


俺たちは振り向いた。


古い記録音声だった。


《次の災厄で、また最初から死者を積み上げることになる》


……。


話者の名前は表示されていない。


《戦った者たちの経験を、失わせてはならない》


《次の世代に、同じ犠牲を繰り返させてはならない》


そこで音声は途切れた。


俺は、しばらく黙っていた。


今まで、勇者制度は怖いものだと思っていた。


記憶を受け継ぐ。


自分が自分でなくなる危険がある。


記録から人が消される。


でも。


この仕組みを残そうとした人たちは。


本当に、誰かを犠牲にしたかっただけなのか?


……違うのかもしれない。


大勢の人が死ぬことを恐れていた。


次の世代を守ろうとしていた。


そのために、経験を残そうとした。


「……セレス」


「何?」


「俺、この機構を全部壊せばいいって思ってた」


彼女は黙って聞いていた。


「でも、それだけじゃ駄目なのかもしれない」


「……そうね」


セレスが頷く。


「残すべきものと、残してはいけないやり方は、分けて考えないと」


……。


俺は、先生たちを見た。


「先生たちから教わったことは、なくしたくない」


ガルディオ先生が、静かにこちらを見た。


「でも、誰かが自分じゃなくなるような仕組みなら、俺は嫌です」


『……悠真』


ゼル先生が口を開いた。


『君は、難しい道を選ぶんだね』


「……まだ、答えは出てません」


『そうだね』


「でも、自分で考えます」


俺はセレスを見た。


「一人じゃなくて」


彼女が頷いた。


「ええ。一緒に」

言えなかった言葉

記録を確認し終え、俺たちは設備から距離を取った。


危険な接続は起きていない。


セレスが息を吐いた。


「……今日は、ここまでね」


「……うん」


俺は頷いた。


でも。


歩き出せなかった。


第69話で約束した。


戻ったら、話したいことがある。


セレスは、その約束を覚えているはずだ。


俺は、彼女を見た。


「……セレス」


「何?」


「さっき、戻ったら話すって言ったことなんだけど」


……。


彼女の頬が、少し赤くなった。


「……覚えているわ」


「……うん」


「忘れると思った?」


「いや……」


言葉が出てこない。


先生たちは、珍しく静かだった。


いや。


『……行け、馬鹿弟子』


ガルディオ先生が、小さく言った。


『今度は、お前が決めろ』


……先生。


分かってます。


俺は、セレスを見た。


彼女は逃げなかった。


少し緊張した顔で。


それでも、まっすぐ俺を見つめている。


この子が好きだ。


もう、誤魔化せない。


「セレス、俺……」


彼女の指が、わずかに動いた。


俺は続けようとした。


「俺は……」


その瞬間。


低い振動が、通路を走った。

消された一人

「……何!?」


セレスが振り返った。


記録板が、再び光り始める。


俺たちは、何も操作していない。


なのに。


文字が浮かび上がった。


《欠損 一》


その下。


《人物記録 封印》


……。


名前の欄だけが、明滅していた。


『……駄目だ』


ゼル先生の声だった。


俺は振り返った。


先生の顔から、笑みが消えていた。


今まで何度も見てきた、穏やかな表情。


それが。


完全に失われていた。


「……ゼル先生?」


『悠真』


声が震えていた。


『その名前だけは、まだ探すな』


……。


俺は、先生を見つめた。


「……どうしてですか?」


ゼル先生は答えない。


「先生は、誰なのか知っているんですか?」


『……』


「その人が、機構から消された理由も?」


先生は、目を伏せた。


俺は、一歩踏み出しかけた。


でも。


すぐに足を止めた。


近づくべきなのは、あの席じゃない。


まず、確かめるべきなのは。


先生が何を知っていて、何を恐れているのかだ。


「……先生」


俺は言った。


「俺は、先生の言うことを全部疑いたいわけじゃありません」


『……悠真』


「でも、危険だから教えないって言われるだけじゃ、もう納得できません」


先生は黙っている。


「消された一人は、誰なんだ?」


ゼル先生の目に、はっきりと恐怖が浮かんだ。


……。


百一人目の勇者。


魔王を殺せなかった英雄。


俺が、一番優しい先生だと思っていた人。


その先生が。


たった一つの名前を、これほど恐れている。


「……どうして?」


もう一度、聞いた。


ゼル先生は、長い間黙っていた。


そして。


ようやく口を開いた。


『僕が魔王を殺せなかった理由と、同じだからだよ』




第70話 完


次回予告

第8部『欠損記録編』


第1話/通算第71話


「百人の先生が、俺にだけ見えるんだ」


消された一人の名前を、決して探すなと告げたゼル先生。


しかし、悠真自身にも、セレスへ明かしていない秘密があった。


死んだ百人の英雄たちが、自分にだけ見えること。


そして今も、その声が聞こえていること。


「セレス。俺、まだ君に話していないことがあるんだ」


最も大切な秘密を打ち明けたとき、二人の関係はどう変わるのか。


次回、第71話へ。



悠真と百人の先生たちの関係、そしてセレスとの今後について、ぜひ感想をコメントで教えてください。

この物語の続き・ほかの作品は、note「momokun」と Momokun Official で公開しています。

Note:momokun https://note.com/momokun1 https://note.com/dreamy_bonobo524

Momokun Official https://momokun.jp/

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