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第8話/通算第68話「ゼル先生は、俺に嘘をついていた」

第7部『勇者継承機構編』




勇者は、選ばれるものではない。




《勇者は、作られる》




第6部の最後、古代施設の石壁に刻まれていた言葉が、勇者の歴史を根底から揺るがしました。




才能も魔力も最低。職業は《無職》。




そんな神谷悠真は、百人の死んだ英雄たちに教わりながら、少しずつ強くなってきました。




けれど、もし勇者の強さが、誰かから受け継がされるものだったとしたら?




受け継ぐのは、剣の技なのか。




戦いの経験なのか。




それとも、他人の記憶や想いまでなのか。




百人の先生たちが一斉に苦しみ、百一人目の勇者ゼルが初めて本気で悠真を止めた理由。




そして、百年前の記録に残された《百二人目》の謎。




その答えを求め、悠真とセレスは《勇者継承機構》の真相へ踏み込んでいきます。




しかし、真実に近づくことが、大切な人を守ることにつながるとは限りません。




先生の答えを信じるのか。




自分自身で答えを選ぶのか。




そして、誰かの過去を受け継いだあとも、自分は自分でいられるのか。




第7部『勇者継承機構編』。




これは、最弱だった少年が、強さの秘密ではなく、**「自分自身であり続ける意味」**を問い始める物語です。




悠真とセレス、そして百一人の先生たちが迎える新たな試練。




ぜひ、最後まで見届けてください。

死んだあと、誰が先生たちの記録を書き換えた?

死んだ人間の記録が、死後にも更新されていた。

《対象死亡》

《記録更新》

順番が、おかしい。

死んだあとに、何が変わった?

誰が、何のために更新した?

そして。

俺の先生たちは、死んだあとに何を覚えたんだ?

「……悠真。聞いてる?」

「……え?」

王立アストリア勇者学院。

翌日の午後。

俺たちは、図書塔の小さな閲覧室にいた。

昨日の事故で、資料室は立ち入りが制限されている。

だから今日は、安全な場所で、持ち出した記録だけを調べることにした。

机の上には、古い資料。

隣には、セレス。

そして。

俺にしか見えない百人の先生たち。

「三回目よ」

「……何が?」

「あなたが私の話を聞いていなかった回数」

……三回も?

「ご、ごめん」

「昨日のことを考えていたんでしょう?」

「……うん」

セレスの視線が、俺の腕へ落ちた。

昨日、彼女を救い出したときに痛めた腕だ。

「まだ痛む?」

「少しだけ」

「少しだけ、って?」

「……動かすと、結構」

「それを少しだけとは言わないわ」

……ですよね。

「今日は資料を読むだけ。危険な設備には近づかない。いい?」

「分かってる」

「それから」

「……まだある?」

セレスは、俺をまっすぐ見た。

「昨日の約束、忘れないで」

……昨日の約束。

『次も、一緒に帰る方法を考える』

『勝手に決めない』

俺は、小さく頷いた。

「……忘れてないよ」

「なら、いいわ」

彼女は、ようやく資料に目を戻した。

でも。

俺は、昨日のもう一つの言葉まで思い出してしまった。

『あなたがいなくなるほうが怖い』

……まずい。

顔が熱い。

『おい、馬鹿弟子』

背後から、ガルディオ先生の声。

『資料を読んでるだけで、何を赤くなってやがる』

「赤くなってません!」

「……悠真?」

セレスが顔を上げた。

……しまった。

『昨日から、あの娘のことばかり考えてるんじゃねえか?』

「違います!」

「……何が?」

「……人生に」

「また人生?」

……もう嫌だ。

先生たち。

お願いだから。

今だけは、静かにしてください。

『若いって、いいですねえ』

リリア先生まで。

……本当に。

勘弁してください。

でも。

こうして、いつもどおりの声が聞こえることが。

今日は、少しだけ救いだった。

昨日。

先生たちは、自分たちが本当に死んだ英雄本人なのか分からなくなった。

保存された記憶。

過去の経験。

誰かが作った、英雄の残響。

それでも。

俺にとっては、先生だった。

……だけど。

もし、その記録が後から書き換えられていたとしたら?

今の先生たちは。

いったい、どこまでが本人なんだろう。

「……悠真」

セレスが、一冊の資料を差し出した。

「これを見て」

古い表紙に、見慣れない文字が刻まれていた。

《勇者資産保存》

……勇者。

資産?

「……何だ、これ」

「昨日の記録と、同じ分類に保管されていた資料よ」

「資産って……人を物みたいに扱ってるのか?」

「そう読めるわね。でも、まず中身を確認しましょう」

……うん。

決めつけるな。

昨日、クロウ先生にも言われた。

セレスが、最初のページを開いた。

《保存対象》

《生前経験》

《戦闘判断》

《記憶記録》

そして。

その下。

《死後保存継続》

……待て。

「……セレス」

「何?」

「死んだあとも、保存を続けるってことか?」

「ええ。少なくとも、そういう制度があったことは読み取れるわ」

……制度。

つまり。

英雄たちが死んだあとも、その経験や記憶を残そうとした人たちがいた。

俺は、先生たちを振り向いた。

ガルディオ先生。

クロウ先生。

エレノア先生。

リリア先生。

みんな、いつもの姿で立っている。

だけど。

昨日から。

その姿が、少しだけ違って見える。

「……先生たち」

思わず、呟いた。

「死んだあとまで、誰かに使われていたんですか?」

誰も、すぐには答えなかった。

英雄を残そうとした人たち

「……悠真。こっちにも記録があるわ」

セレスが、次の資料を開いた。

《戦後保存継続に関する会議記録》

……戦後?

「百年前の戦争が終わったあとも、この制度を続けるかどうか、議論されていたみたい」

「……どういうこと?」

「戦争が終わったなら、英雄の記憶を保存する必要はない、と考えた人たちがいた」

セレスは、資料の一節を指さした。

《保存停止を求める意見》

その下には、別の記録。

《保存継続を求める意見》

《次の災厄に備え、英雄の経験を失わない》

……次の災厄。

「……また戦争が起きると思っていたのか?」

「その可能性を恐れていたのでしょうね」

セレスは、静かに続けた。

「百年前の戦争で、どれほど多くの人が亡くなったのか。正確な人数は分からない。でも、次に同じようなことが起きたとしたら?」

……。

俺は、少し考えた。

未知の魔物。

見たこともない魔法。

誰も知らない戦術。

もし。

ガルディオ先生の剣術を教わっていなかったら。

クロウ先生から逃げる技術を学んでいなかったら。

エレノア先生に魔法の考え方を教えてもらっていなかったら。

リリア先生から命を守ることの意味を教わっていなかったら。

俺は。

きっと、何度も死んでいた。

「……そうか」

ようやく、分かった。

「この仕組みを残そうとした人たちは、次の勇者を助けたかったんだ」

「そういう理由もあったのでしょうね」

……なるほど。

俺は、この《勇者継承機構》を、ずっと怖いものだと思っていた。

いや。

実際に、危険なものだ。

俺は一度、機構へ接続しかけて、自分が自分でなくなりそうになった。

昨日は、セレスまで危険な場所に閉じ込められた。

でも。

この仕組みを作った人たちが、最初から誰かを傷つけたかったとは限らない。

「……次の勇者に、同じ失敗をさせたくなかったんだな」

俺が呟くと。

『……まあ、そういう考え方もあるだろうな』

ガルディオ先生が、腕を組んだ。

『戦場じゃ、経験の差が命を分ける』

「……はい」

『俺たちが何十年もかけて覚えたことを、次の奴らが最初から知ってりゃ、助かる命もある』

……そうだよな。

でも。

先生は、そこで顔をしかめた。

『ただし、だ』

「……はい?」

『俺の経験を残すのと、俺を勝手に使い続けるのは、別の話だぞ』

……あ。

リリア先生も、静かに頷いた。

『私も、命を助けるためなら、知識を残したいと思います』

そして。

少しだけ、寂しそうに笑った。

『でも、私が望んだかどうかも分からないまま、ずっと残されるのは……少し怖いですね』

……先生。

セレスが、別の文章を見せた。

《保存対象者の意思確認に関する懸念》

《死後保存の継続について、本人の承諾を再確認することは困難》

……。

「つまり」

俺は、ゆっくり言った。

「人を救うための仕組みでも、本人が望んでいるとは限らないってことか」

「ええ」

セレスは頷いた。

「必要だと考えた人たちにも理由があった。でも、それだけで、何をしてもいいことにはならない」

……難しいな。

勇者って。

敵を倒して終わりじゃない。

人を守る仕組みが、別の誰かを傷つけることもある。

それを。

どう考えればいいんだろう。

「……セレス」

「何?」

「俺だったら、先生たちの記憶を勝手に使われてたって知った時点で、全部壊したくなってたかもしれない」

彼女は、少し考えてから答えた。

「私も、許せないと思うわ」

……え?

「でも、壊したら、次に救われるはずだった人まで救えなくなるかもしれない」

……。

「だから、まず何が起きたのか確かめるのよ」

……そうか。

この仕組みが必要だった理由。

この仕組みによって傷ついた人。

両方を知らなければ。

何が正しいのか、判断できない。

俺は、資料に目を落とした。

《勇者資産保存》

その文字が。

さっきとは、少し違って見えた。

単なる悪意の記録ではない。

誰かを救おうとした人たちが残した、危険な仕組み。

そして。

その仕組みを、今も誰かが管理しているのかもしれない。

……ただし。

まだ分からない。

死後の記録更新と、この保存制度がどうつながっているのか。

誰が更新したのか。

何を変えたのか。

そして。

先生たち自身の記憶が、更新されたのか。

何一つ、確定していない。

そのときだった。

『……悠真』

聞き慣れた、穏やかな声がした。

振り向く。

黒髪の青年。

ゼル先生。

百一人目の勇者。

俺が、ずっと信頼してきた先生だった。

『その資料は、そこまでにしたほうがいい』

……え?

「……どうしてですか?」

『先へ進めば、君が傷つくかもしれない』

……また。

その言葉だ。

危険だから。

まだ知らなくていい。

君を守りたい。

……でも。

昨日。

俺は、セレスを失いかけた。

俺自身も、何度も危険な目に遭った。

それなのに。

まだ、知らなくていいのか?

「……先生」

『何だい?』

「今度は、ちゃんと教えてください」

ゼル先生の笑顔が。

ほんの少しだけ、消えた。

先生が知らないはずのこと

「……セレス」

「何?」

「少し、廊下に出てもいい?」

「腕が痛いの?」

「……違う。考えたいことがあって」

セレスは、俺の顔を見た。

「……一人で危険なことをしない?」

「しない」

「設備にも近づかない?」

「近づかない」

「本当に?」

「……信用ないな、俺」

「昨日の今日でしょう?」

……返す言葉もありません。

「すぐ戻ってきてね」

「……うん」

俺は閲覧室を出た。

図書塔の廊下。

窓から、午後の光が差し込んでいる。

誰もいない。

いや。

正確には。

生きた人間は、俺しかいない。

ゼル先生は、静かについてきていた。

『……何を聞きたいんだい?』

「先生」

俺は振り向いた。

「《勇者継承機構》のこと、本当はどこまで知ってるんですか?」

先生は、すぐには答えなかった。

『……どうして、そう思うんだい?』

……また。

質問で返す。

いつもの先生なら、それでよかった。

俺は、自分で考えるきっかけをもらえたと思っていた。

でも。

今は、違う。

「先生は、継承機構の作動について、分からないって言ってましたよね」

『……』

「詳しい仕組みは知らない。だから危険なことはしないほうがいいって」

先生は、黙っていた。

「俺、そう受け取ってました」

『……そうだね』

……そうだね?

「でも、先生は機構が動いたとき、何度も俺を止めました」

『……ああ』

「継承席へ近づくなって」

『そうだね』

「触れるなって」

『……ああ』

俺は、先生を見つめた。

「何が起きるのか、知ってたんじゃないですか?」

沈黙。

ゼル先生は、窓の外へ目を向けた。

『……危険だということは、知っていた』

……。

……え?

「……知ってた?」

『全部じゃない。僕にも分からないことは多い』

「でも、危険になる条件の一部は、知ってたんですよね?」

『……ああ』

心臓が、嫌な音を立てた。

……待て。

まだ、決めつけるな。

先生が危険を知っていたことと、嘘をついたことは、同じじゃない。

そうだ。

もっと確かめないと。

俺は、さっきの資料に挟まっていた古い紙を取り出した。

《継承処理に関する安全記録》

その一部には、こう記されていた。

《適合確認》

《継承席への着席》

《継承処理開始》

そして。

《継承開始後の離脱》

最後の文章は、途中から読めなくなっている。

……だけど。

先生は、知っている。

少なくとも。

俺があの席へ座ることを、どうしてあれほど恐れていたのか。

「……先生」

『……何だい?』

「俺が席に座ったら、何が起こるんですか?」

長い沈黙。

そのあと。

先生は、目を伏せた。

『……戻れない可能性があった』

……。

「……戻れない?」

『君が継承席に座って、機構が本格的に作動してしまえば』

先生は、そこで一度言葉を止めた。

『君が、君のまま帰ってこられる保証はなかった』

……何だよ。

それ。

俺が。

俺じゃなくなる?

第六十五話で、機構に接続しかけたとき。

知らない記憶が、頭の中へ流れ込んできた。

誰かの経験。

誰かの恐怖。

誰かの判断。

それが、俺自身のものなのか分からなくなった。

あの感覚を。

俺は、忘れていない。

「……先生」

『……うん』

「それを、知ってたんですか?」

『……危険の一部はね』

「いつから?」

ゼル先生は、答えなかった。

その沈黙で。

俺は、ようやく分かった。

先生は。

ただ、言わなかったんじゃない。

知らないという印象を、俺に与えたままにしていたんだ。

俺が、それ以上考えないように。

あの席へ近づかないように。

……守るために。

言わなかったんじゃない。嘘をついたんだろ

「……何で?」

自分でも驚くほど、小さな声が出た。

「何で、教えてくれなかったんですか?」

『……悠真』

「俺、先生のこと、ずっと信じてました」

……違う。

今だって。

信じたい。

初めて出会ったとき。

先生は、俺に聞いた。

『君は、どうして勇者になりたいんだい?』

それからも。

何度も。

何度も。

俺が誰かの答えに頼ろうとするたび、先生は問いを返してくれた。

勝つことだけが、勇者じゃない。

強いことだけが、正しいわけじゃない。

誰を守りたいのか。

どう生きたいのか。

自分で決めろ。

そう教えてくれた。

……だから。

俺は。

先生を信じていた。

「先生が、全部を話してくれないことは分かってました」

『……』

「言えないことがあるのも、分かってます」

俺だって。

セレスに、まだ話せていないことがある。

だから。

秘密があること自体を責めるつもりはなかった。

でも。

「知らないって言われたら、俺はどうすればいいんですか?」

声が、震えた。

「先生が本当に知らないなら、俺が調べるしかないと思うじゃないですか!」

『……そうだね』

「危険だって分かってたなら、教えてくれればよかった!」

『……悠真』

「どうして危険なのか、何をしたらいけないのか!」

俺は、一歩踏み出した。

「何も知らないまま近づくほうが、よっぽど危ないじゃないですか!」

先生は、何も言わなかった。

……そうだ。

これが。

俺の怒っている理由だ。

先生が秘密を持っていたからじゃない。

俺に全部を話してくれなかったからでもない。

先生は。

俺に、自分で選べと言いながら。

選ぶための情報を隠していた。

「……先生」

『……何だい?』

「俺、自分で考えろって、何度も教わりましたよね」

『……ああ』

「誰かの答えを、そのまま信じるなって」

『……そうだね』

「だったら!」

声が、廊下に響いた。

「言わなかったんじゃない。嘘をついたんだろ!」

ゼル先生が、目を見開いた。

……言ってしまった。

でも。

止められなかった。

「言いたくないなら、そう言ってくれればよかった!」

「まだ話せないなら、そう言ってくれればよかった!」

俺は、拳を握りしめた。

「俺だって、先生に全部を話せなんて言いません!」

……だけど。

「知らないって、嘘をつかれたら……」

喉が、詰まった。

「俺は、先生を信じて、何を考えればいいんですか?」

……。

沈黙。

窓から風が吹き込んだ。

廊下の端で、古い紙が小さく揺れた。

ゼル先生は、俺を見つめていた。

いつもの穏やかな笑顔は、もうなかった。

『……君を、守りたかった』

……守る。

また、その言葉だ。

『君があの席に座れば、戻れない可能性があった』

「……はい」

『僕は、その危険を知っていた』

……そうか。

『だから、遠ざけたかった』

先生は、少しだけ苦しそうに笑った。

『君には、君の人生を生きてほしかったから』

……。

その言葉が。

胸に刺さった。

分かる。

先生が、俺を大切にしてくれていたことは。

でも。

「……先生」

『……うん』

「俺、昨日セレスを失いかけたんです」

『……ああ』

「俺も、危ない目に遭いました」

先生は、黙って頷いた。

「でも、俺たちは一緒に考えて、帰ってこられました」

……そうだ。

俺は、昨日。

先生たちの最適解に、そのまま従わなかった。

セレスを置いて逃げることが、最も安全だと言われた。

だけど。

俺は、セレスの声を聞いた。

現場を確かめた。

自分で考えた。

そして。

一緒に帰ってきた。

「先生」

俺は、ゆっくり言った。

「俺を守りたかったなら」

一度、息を吸った。

「俺にも、守り方を考えさせてくださいよ」

ゼル先生の表情が、変わった。

「俺だって、先生と一緒に考えたかったんです」

……。

長い沈黙があった。

やがて。

ゼル先生は、静かに目を閉じた。

『……そうだね』

「……」

『僕は、君に自分の意思で選んでほしかった』

先生は、ゆっくり続けた。

『なのに、君が選ぶための情報を、僕自身が奪っていた』

……。

『……矛盾していたね』

その声は。

いつものように優しかった。

でも。

初めて聞くほど、弱々しかった。

……先生だって。

間違える。

先生だって。

怖いことがある。

昨日。

ガルディオ先生たちが、自分たちの正体を疑ったときと同じだ。

俺の先生たちは、何でも知っているわけじゃない。

いつも正しいわけでもない。

……でも。

だからといって。

今すぐ許せるわけじゃなかった。

「……先生」

『……何だい?』

「俺、まだ怒ってます」

『……うん』

「簡単には、許せません」

『……分かっているよ』

俺は、視線を落とした。

先生は、少しだけ笑った。

『それでも、君が自分で考えてくれてよかった』

……。

……何だよ。

それ。

そんなことを言われたら。

もっと怒りにくくなるじゃないですか。

「……今日は、もう話したくありません」

『……分かった』

先生は、それ以上何も言わなかった。

ただ。

最後に。

『……ごめんね、悠真』

小さく、そう言った。

俺は、顔を上げられなかった。

……先生。

俺は。

どうすればいいんだろう。

先生を信じることと、許すこと

『……馬鹿弟子』

背後から、ガルディオ先生の声がした。

……またですか。

「……何です?」

『よく言った』

……え?

俺は、振り向いた。

先生は、腕を組んでいた。

『あいつは、何でも自分で背負い込もうとしやがる』

「……先生」

『自分だけが知ってりゃいい。自分だけが苦しめばいい。そう考えちまう奴なんだ』

……ゼル先生が。

『……まあ、俺たちも人のことは言えねえがな』

ガルディオ先生が、苦笑した。

……そうだった。

先生たちだって。

俺に嘘をついたことがある。

守るため。

背負わせたくなかったから。

でも。

そのときも、俺は怒った。

「……先生」

『何だ』

「俺、ちゃんと怒れてましたか?」

『……は?』

「何というか……」

うまく説明できない。

「先生に怒るのって、嫌なんですよ」

ガルディオ先生は、黙った。

俺は、続けた。

「先生たちには、ずっと助けてもらってきたから」

……だから。

怒っていいのか、分からなくなる。

間違っていると思っても。

自分のほうが間違っているんじゃないかと思ってしまう。

ガルディオ先生は、少し考えてから言った。

『……悠真』

「はい」

『教師を信じるのと、教師の言うことを全部正しいと思うのは違う』

……あ。

『間違ってると思ったら、怒れ』

「……はい」

『ただし』

先生は、俺を見た。

『自分が正しいと決めつけるな。相手の話も聞け』

……うん。

『それで、許すかどうかは、お前が決めろ』

……そうか。

許すことまで。

先生に決めてもらう必要はないんだ。

「……ありがとうございます」

『おう!』

先生は、大きく笑った。

『ただし、いつまでも意地張って、仲直りする機会を逃すんじゃねえぞ!』

「……分かってます!」

……いや。

本当に。

この先生は。

いつも大事なところで、妙に正しい。

『……悠真』

クロウ先生が、静かに言った。

『今は、答えを急ぐな』

「……はい」

『怒りがあるうちは、無理に結論を出す必要もない』

……そうか。

信じるか。

許すか。

今すぐ決めなくてもいい。

俺は、深く息を吐いた。

少しだけ、肩の力が抜けた。

そのとき。

『ところで、悠真くん』

リリア先生が、にこにこしながら近づいてきた。

……嫌な予感。

「……何ですか?」

『セレスさんのことは、いつ決めるんですか?』

……。

……は?

「な、何を!?」

『昨日、あんなに心配してくれたじゃありませんか!』

「そ、それは!」

『大切な人なんでしょう?』

……うっ。

『だったら、いつかは、きちんと言葉にしないと』

「……いや」

ちょっと待ってください。

今。

ゼル先生と大喧嘩したばかりなんですよ?

しかも。

《勇者継承機構》の秘密を調べていて。

先生たちの正体も分からなくて。

ものすごく危険なことが起きているかもしれないのに。

『……つまり、好きなんだな?』

ガルディオ先生まで。

「……違っ!」

……違う?

本当に?

俺は、口を閉じた。

セレス。

首席で。

頭がよくて。

負けず嫌いで。

少し怖くて。

でも。

誰よりも優しくて。

俺が無茶をすると、本気で怒ってくれて。

俺がいなくなることを、怖いと言ってくれた。

……好き?

その言葉が浮かんだ瞬間。

心臓が、大きく鳴った。

……いや。

今は。

今は、駄目だ。

「……こんな状況で言いたくない」

……。

先生たちが、一斉に黙った。

……あ。

しまった。

声に出してた。

『……ほう』

ガルディオ先生が、にやりと笑った。

『こんな状況じゃなかったら、言うのか?』

「……!」

『つまり、そういうことですね!』

リリア先生が、嬉しそうに両手を合わせた。

「ち、違います!」

『何が違うんだ?』

……駄目だ。

完全に墓穴を掘った。

でも。

一つだけ。

分かってしまったことがある。

俺は。

セレスのことを、ただの仲間だと思っているわけじゃない。

……それだけは。

もう、誤魔化せないのかもしれない。

私も、全部知りたい

「……悠真?」

……え?

声のしたほうを見る。

廊下の入り口に、セレスが立っていた。

……いつから?

「……セレス」

「随分、長いわね」

「……ごめん」

彼女は、俺の顔を見た。

「……何かあった?」

「……うん」

……どうしよう。

今の会話。

どこまで聞かれてた?

先生たちの声は聞こえない。

でも。

俺の声は、聞こえていたかもしれない。

「……その」

「……何?」

「……人生に」

「もう、その言い訳はいいわ」

……ですよね。

セレスは、少しだけ眉を寄せた。

「何か、話していたんでしょう?」

……。

俺は、息を止めた。

先生たちのこと。

ゼル先生のこと。

俺にしか見えない存在のこと。

……いつか。

ちゃんと話さなきゃいけない。

でも。

今、ここで。

何も整理できないまま、全部を話すのは違う気がした。

「……ごめん」

俺は、正直に言った。

「まだ、ちゃんと話せないことがある」

セレスは、何も言わなかった。

「でも」

俺は、続けた。

「今日、先生に怒ったんだ」

「……先生に?」

「うん」

「どうして?」

「……嘘をつかれたから」

セレスの表情が、少し変わった。

「……そう」

「俺を守るためだったって」

「……そう」

「でも、それでも許せなくて」

そこまで言って。

俺は、口を閉じた。

……これ以上。

どう説明すればいいんだろう。

セレスは、少し考えてから言った。

「……悠真」

「……何?」

「守ろうとしてくれたことと、嘘をつかれて傷ついたことは、別よ」

……え?

「相手があなたを大切に思っていても、傷つけたことが消えるわけじゃない」

……。

「だから、無理に許さなくてもいいと思う」

……セレス。

「でも」

彼女は、俺を見た。

「あなたがどうして怒ったのかは、ちゃんと伝えたんでしょう?」

「……うん」

「だったら、今はそれでいいんじゃない?」

……そうか。

俺は、少しだけ笑った。

「……セレスって、すごいな」

「……何が?」

「俺が欲しい言葉を、いつもくれる」

「……!」

彼女の顔が、少し赤くなった。

「べ、別に!」

……あ。

「私が正しいとは限らないんだから!」

「……うん」

「ちゃんと、自分で考えなさい!」

……そうだった。

セレスは、俺を見つめた。

そして。

少しだけ、声を落とした。

「……でもね」

「……何?」

「私も、全部知りたい」

……。

俺は、彼女を見た。

「あなたが何を見て、何を聞いて、何に苦しんでいるのか」

セレスは、静かに続けた。

「私に分からないことがあるのは仕方ない。でも、分からないまま、あなたが一人で危険なことをするのは嫌」

……あ。

「だから」

彼女は、俺の目を見た。

「話せるときでいいから、ちゃんと話して」

……セレス。

俺は、頷いた。

「……うん」

「約束よ?」

「……約束する」

今度は。

守れる約束にしたかった。

セレスが、少しだけ笑った。

その顔を見て。

俺は思った。

……いつか。

ちゃんと。

この子に、全部話そう。

先生たちのことも。

俺が抱えている秘密も。

そして。

今は、まだ言えない気持ちも。

同じ数字が、二つあった

閲覧室へ戻ると。

机の上には、別の古い記録が広がっていた。

「……セレス。これ、何?」

「さっき、資料の綴じ方が気になって調べていたの」

「……綴じ方?」

「ええ」

彼女は、古い書類の端を指さした。

「この《勇者資産保存》の資料、何枚か順番が入れ替わっているみたいなの」

……本当だ。

古い整理番号。

欠けた綴じ穴。

削られた文字。

「……誰かが、あとから入れ替えた?」

「その可能性はあるわ。でも、保管の途中で順番が変わっただけかもしれない」

……相変わらず、慎重だな。

セレスは、二枚の資料を並べた。

「まず、こっち」

一枚目。

《勇者認定取消》

……あ。

これは。

以前、勇者制度を調べたときに見つけた記録と同じ分類だった。

《第一号》

《認定取消》

……ゼル先生。

百一人目の勇者。

王国の勇者認定を取り消され、歴史から名前を消された人物。

そして。

その下。

《第二号》

《認定取消》

《氏名記録削除》

……あった。

以前から、ずっと気になっていた記録だ。

ゼル先生以外にも、勇者認定を取り消された人物がいた。

名前は、消されている。

「……第二号」

俺は、呟いた。

「これ、前にも見たことがある」

「ええ。だから、もう一枚を見てほしいの」

セレスが、別の資料を開いた。

《勇者継承機構》

《継承席管理記録》

……継承席。

あの、座ってはいけない場所。

俺が近づこうとすると、先生たちが苦しみ。

ゼル先生が、本気で止めた場所。

俺は、続きを読んだ。

《継承席・第一号》

記録の一部は、黒く塗り潰されていた。

そして。

その下。

《継承席・第二号》

《欠損》

……。

……え?

「……セレス」

「何?」

「これ……」

俺は、最初の資料を見た。

《勇者認定取消 第二号》

そして。

二枚目。

《継承席・第二号 欠損》

……同じ。

第二号。

「……これって」

俺は、思わず立ち上がりかけた。

「同じ人のことじゃないのか!?」

「……悠真」

セレスが、すぐに言った。

「まだ、分からないわ」

……え?

「でも、両方とも第二号って!」

「ええ。番号は同じ」

彼女は、資料を指さした。

「でも、一つは《勇者認定取消》。もう一つは《継承席》よ」

……あ。

「認定を取り消された人の番号と、継承席を管理する番号が、同じものだとは限らない」

……そうか。

番号が同じ。

それだけで。

同じ人だと決めつけてはいけない。

『……そのとおりだ』

クロウ先生が、静かに言った。

『番号は証拠の一つだ。答えそのものではない』

……うん。

先生が、いつも言っていた。

分かったつもりになるな。

自分に都合のいい答えを選ぶな。

証拠を集めろ。

……そうだった。

「……じゃあ、何でこの二つが一緒にあるんだ?」

「それを、これから調べるのよ」

セレスは、古い綴じ穴を指さした。

「この二枚、同じ記録群に保管されていた形跡があるの」

……え?

「もともと同じ一冊だった可能性もある。でも、それが何を意味するのかは分からない」

「……同じ人だから?」

「可能性の一つね」

「……同じ事件だから?」

「それも考えられるわ」

セレスは、少しだけ考え込んだ。

「でも、別の理由でまとめられただけかもしれない」

……。

難しい。

本当に。

何もかもが、難しい。

でも。

一つだけ。

確かなことがある。

俺たちは。

今まで別々に見つけてきた二つの謎が、同じ記録群に残されていることを知った。

それだけでも。

大きな前進だった。

「……セレス」

「何?」

「俺、さっきまで、第二号って人のことだと思ってた」

「……ええ」

「でも、継承席にも番号があるんだよな」

「そうね」

「だったら、ほかの番号も……」

俺は、そこで言葉を止めた。

……待て。

ほかの番号?

そういえば。

以前にも見たことがある。

《百二》

という数字。

百人の先生。

百一人目の勇者。

そして。

百二人目。

俺は、ずっと。

その数字を、人の数だと思っていた。

……だけど。

「……セレス」

「何?」

「ちょっと、確認していい?」

「ええ」

俺は、二つの資料を見比べた。

「勇者の人数と、継承席の数って……」

セレスが、顔を上げた。

「……何?」

「本当に、同じものを数えてるのかな」

彼女の指が、止まった。

……え?

「……悠真」

「……何?」

「今、何て言った?」

「……勇者の人数と、継承席の数が、同じ意味なのかなって」

セレスは、黙った。

そして。

もう一度、資料を見比べた。

「……待って」

……え?

彼女の表情が、変わった。

今まで、何度も見てきた顔。

新しい魔法を理解したとき。

敵の弱点を見つけたとき。

古い記録の矛盾に気づいたとき。

セレスは、いつも。

こういう顔をする。

「……そうか」

小さな声。

「私たち、ずっと……」

そこで。

セレスは、言葉を止めた。

「……セレス?」

「いえ。まだ、確かめないと」

彼女は、別の記録を広げ始めた。

「悠真。以前の《百二席》の資料、もう一度確認できる?」

「……ああ。たぶん」

「それと、勇者候補の人数が書かれていた記録も」

「……分かった」

俺は、机の端に積まれた資料を取り寄せた。

以前、俺たちは、こういう記録を見つけていた。

《勇者候補 百二名》

そして。

《継承機構 百二席》

……百二。

同じ数字。

でも。

勇者候補は、人間だ。

継承席は、場所だ。

それを。

どうして、同じものだと思っていたんだ?

俺は、もう一度、資料を見た。

《勇者認定取消 第二号》

《継承席・第二号 欠損》

……番号が同じ。

でも。

対象は違うかもしれない。

だったら。

《百二人目》も。

俺たちが思っている意味とは、違うのかもしれない。

そのとき。

ふと、気になって振り返った。

ゼル先生。

さっきまで、廊下にいた先生。

今は、少し離れた場所に立っていた。

先生は。

俺を見ていなかった。

セレスが広げた資料を、じっと見つめていた。

……先生?

『……悠真』

声が、小さかった。

「……はい」

『君たちは、そこまで調べたんだね』

……。

俺は、答えなかった。

まだ。

先生を許せる気がしなかったから。

でも。

一つだけ。

伝えたいことがあった。

「……先生」

『……何だい?』

「俺、もう何も知らないまま、先生の言うことを聞くだけには戻りません」

先生は、黙っていた。

「でも」

俺は、少しだけ息を吸った。

「先生のことを、嫌いになりたいわけじゃないです」

……。

長い沈黙。

そして。

ゼル先生は、悲しそうに笑った。

『……うん』

それだけだった。

俺は、セレスの隣へ戻った。

机には、二つの記録。

《勇者認定取消 第二号》

《継承席・第二号 欠損》

そして。

その隣には。

もう一つの数字。

《勇者候補 百二名》

《継承機構 百二席》

……百二。

俺は、ずっと。

百二人目が誰なのかを考えていた。

異世界から来た俺。

《無職》と判定された俺。

百人の先生が見える俺。

機構に反応する俺。

もしかしたら。

俺が百二人目なのかもしれない。

そう思っていた。

でも。

今は。

その考えさえ、怪しくなってきた。

「……悠真」

セレスが、小さく言った。

「……何?」

彼女は、二つの資料を見つめていた。

その目は、真剣だった。

そして。

ゆっくりと、俺を見た。

「悠真。私たちは、本当に同じものを数えていたのかしら?」

……。

百人の先生。

百一人目の勇者。

そして。

《百二》。

……待て。

俺は。

いったい、何を数えていたんだ?


第68話 完

次回予告

第7部『勇者継承機構編』

次回 第9話/通算第69話

「百二人目は、人の名前じゃない」

百人の英雄。

百一人目の勇者。

そして、謎の《百二》。

勇者の人数と、継承席の数。

二つの数字は、本当に同じ意味だったのか。

セレスの推理によって、《勇者継承機構》に隠された数字の意味が揺らぎ始める。

さらに、魔王側に残された古い命令書が、勇者と魔王の歴史を覆す新たな疑問を投げかける。

《勇者を殺すな》

誰が、何のために命じたのか。

そして。

継承機構の奥で、悠真を待つものとは?

次回、第69話へ。




あなたなら、大切な人を守るための嘘を許せますか?

ゼル先生は、悠真を守ろうとしていました。

でも、そのために、悠真が自分で選ぶための情報を隠していました。

守るためなら、嘘をついてもいいのでしょうか。

そして、セレスへの気持ちに気づき始めた悠真は、これからどうするのか。

ぜひ、感想や考察をコメントで教えてください。

この物語の続き・ほかの作品は、note「momokun」と Momokun Official で公開しています。

Note:momokun https://note.com/momokun1 https://note.com/dreamy_bonobo524

Momokun Official https://momokun.jp/

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