第6話 初めてのダンジョン
勇者を育てる名門「王立勇者学院」。
そこで最低評価を受ける落ちこぼれの少年には、誰にも言えない秘密があった。
彼にだけ、死んだ英雄たちの姿が見える。
剣聖、賢者、大魔導師、聖女、軍師。歴代最強と呼ばれた百人の英雄から教えを受け、最弱だった少年は仲間との友情や恋、冒険を通して成長していく。
しかし、百人の中には一人だけ「英雄ではない者」が紛れていた。
その正体は、かつて世界を滅亡寸前まで追い込んだ初代魔王。
なぜ英雄たちは少年を選んだのか。
そして、魔王の本当の目的とは。
これは落ちこぼれの少年が、百一人目の英雄を目指す物語。
サブタイトル
百人の先生が全員「知らない」と言った時、悠真は初めて、自分で答えを選ばなければならなくなった。
「絶対に降りるな」
そう言われる階段ほど。
異世界では、だいたい降りることになる。
神谷悠真はまだ、その事実を知らなかった。
1 初めてのダンジョンは、思っていたより遠足だった
「神谷、顔が死んでるぞ」
「これからダンジョンに入る人間に言う言葉じゃないだろ」
王立アストリア勇者学院。
地下迷宮入口。
巨大な石造りの門の前に、一年生たちが集まっていた。
剣。
杖。
弓。
盾。
回復薬。
水。
食料。
誰もが冒険者らしい装備を整えている。
対する悠真。
木剣。
小さな革袋。
そして。
「お弁当」
「重要よ」
隣でセレスが真顔で言った。
「いや、重要だけど」
「地下迷宮では何が起こるか分からないでしょう?」
「だからって一番最初に確認するのが弁当?」
「昨日、一緒に作ったものよ」
悠真の動きが止まった。
革袋を見る。
中には昨日の学院祭準備で試作した、肉と野菜をパンで挟んだ料理。
サンドイッチに近いものだ。
セレスが作った。
一緒に作った。
そして昨日。
セレスの指が。
自分の口元に。
「……」
「悠真?」
「何でもない!」
「どうして急に顔が赤くなったの?」
「地下は暑いな!」
「まだ入ってないわよ」
鋭い。
『昨日の口元事件を思い出したな』
背後から声。
振り返る。
剣聖ガルディオ。
半透明の大男が、にやにやしている。
「黙れ」
「誰に?」
セレスが首を傾げる。
「人生」
「まだその設定を続けるの?」
「他に思いつかないんだよ」
最近。
人生の人格がかなり騒がしくなっている。
しかも。
今日は一人ではない。
『初迷宮ですか。懐かしいですね』
聖女リリア。
『初心者向けなら問題ないわ』
大魔導師エレノア。
『油断するな』
暗殺王クロウ。
その後ろ。
ぞろぞろ。
ぞろぞろ。
半透明の英雄たち。
「……なんで全員来てるの?」
『弟子の初ダンジョンだからな!』
「遠足の保護者か!」
『お菓子は持ったか?』
「本当に遠足じゃねえか!」
セレスがじっと見る。
「悠真」
「はい」
「今日は特に人生が騒がしいわね」
「百人くらいいるから」
「え?」
「百個くらい悩みがあるって意味」
危ない。
開始前から秘密が漏れそうだった。
そこへ。
「第三班、集合!」
教官の声。
悠真とセレスが向かう。
今回のパーティーは四人。
神谷悠真。
セレスティア・アルヴェイン。
そして。
「ミア・ハーシェルです。よろしくお願いします!」
栗色の髪を肩で切り揃えた少女が頭を下げた。
職業《癒術師》。
回復魔法を得意とするらしい。
もう一人。
「バルト・グレン」
短く名乗ったのは、大柄な少年。
背中には訓練用の大盾。
職業《守護兵》。
悠真より頭一つ大きい。
「神谷」
「何?」
「昨日の試合、見た」
「……どうも」
「すごかった」
「ありがとう」
「逃げ方が」
「そこ!?」
バルトは真顔だった。
「俺なら三回は死んでた」
「模擬戦で三回死ぬな」
「だから尊敬している」
「尊敬の方向が変なんだよ!」
ミアが吹き出す。
セレスも笑っている。
なんだ。
思っていたより。
普通だ。
パーティーを組んで。
仲間と話して。
弁当を持って。
地下迷宮へ行く。
少しだけ。
わくわくしている自分がいた。
日本にいた頃なら。
絶対に経験できなかった。
冒険。
その言葉が。
ようやく少しだけ現実になった気がした。
ただし。
悠真は知らなかった。
今日。
この四人のうち。
一人が。
地図から消えることを。
2 百人の攻略本
「地下迷宮実習の目的は、魔物討伐ではない!」
ローディス教官の声が響く。
昨日。
悠真へ「誰に教わった」と尋ねた男。
細い目が生徒たちを見渡す。
「索敵、隊列維持、危険判断。そして撤退だ」
撤退。
その言葉に。
クロウが頷いた。
『良い教師だ』
「お前、逃げる話になると急に評価甘いよな」
『生き残る者は逃げるべき時を知っている』
「格好いいこと言った」
『俺は暗殺王だ』
「肩書きで全部台無しだよ」
「神谷」
ローディスの声。
「はい!」
「何を喋っている?」
「人生と!」
「……そうか」
もう突っ込まれなかった。
それはそれで怖い。
「第三階層までが実習区域だ。第四階層以下への侵入は禁止。班員とはぐれた場合は、その場から動くな」
ローディスが一枚の地図を掲げる。
「迷宮内部では地形が変化する場合がある。地図を過信するな」
エレノアが眉を寄せた。
『昔からそうだったわ』
ガルディオも頷く。
『第一から第三階層なら俺も覚えてる』
悠真は小声で聞く。
「詳しい?」
『目を閉じても歩ける』
「最高じゃん」
百人の英雄。
つまり。
百人分の経験。
初心者用ダンジョン。
負ける気がしない。
「第三班。入れ」
巨大な石門が開く。
ごごごご。
冷たい空気が。
地下から吹き上がる。
悠真は。
木剣を握った。
「行きましょう」
セレスが言う。
「うん」
一歩。
地下迷宮へ。
その瞬間。
空気が変わった。
湿った石。
苔。
淡く光る鉱石。
遠くから聞こえる水音。
壁には。
古い剣傷。
「……すげえ」
思わず。
声が出た。
セレスが振り返る。
「初めて?」
「ダンジョンはね」
「あなたの世界にはなかったの?」
「ゲームにはいっぱいあった」
「げーむ?」
「説明すると長い」
ミアが前方を指す。
「あ、魔物です!」
全員。
止まる。
曲がり角。
緑色。
小柄。
尖った耳。
棍棒。
悠真。
目を見開く。
「ゴブリン……!」
「知ってるの?」
セレス。
「俺の世界では超有名」
「いるの?」
「いない」
「どういうこと?」
説明が難しい。
ゴブリンが。
こちらを見る。
「ギャッ!」
走ってくる。
悠真。
木剣。
構える。
怖い。
模擬戦とは違う。
相手は。
自分を本気で殴る。
『左へ避けろ』
ガルディオ。
悠真。
左へ。
棍棒。
空振り。
『足』
クロウ。
悠真。
ゴブリンの足を見る。
踏み込み。
遅い。
見える。
昨日。
ディランと戦った。
あの速度に比べれば。
「いける!」
木剣。
振る。
ぱこん。
ゴブリンの額。
直撃。
「ギャッ!」
倒れる。
「やった!」
喜んだ。
次の瞬間。
「悠真!」
セレス。
「え?」
背後。
二匹目。
棍棒。
「うわっ!」
間に。
盾。
どん!
バルト。
受け止める。
「前だけ見るな」
「ごめん!」
セレスの剣。
閃く。
一撃。
魔物が消える。
光の粒。
残る。
悠真。
呆然。
「……強」
セレスが剣を払う。
「何?」
「いや。昨日ちょっと勝ったから、俺も強くなった気がしてた」
「気のせいね」
「即答!」
ミアが笑う。
「でも、神谷君も一匹倒したじゃないですか」
「ありがとう。今日一番優しい」
「私は?」
セレス。
「昨日は優しかった」
「昨日は?」
「今日もです!」
「よろしい」
ガルディオが腹を抱えている。
『尻に敷かれてるな』
「聞こえてるぞ」
「人生?」
「人生!」
初めての迷宮。
思っていたより。
楽しかった。
3 英雄たちの知識
第一階層。
第二階層。
順調だった。
『次の角、右に三匹』
クロウ。
その通り。
魔物。
『あの茸は触るな』
リリア。
毒茸。
『壁の青い鉱石は魔力を吸うわ』
エレノア。
『その先に休憩場所がある』
ガルディオ。
全部。
当たる。
「ずるくない?」
悠真は思った。
攻略本。
しかも。
百冊。
頭の横で喋っている。
これで迷宮攻略に失敗するほうが難しい。
ただ。
問題もある。
『右!』
『左!』
『上!』
『後ろ!』
『しゃがめ!』
『跳べ!』
「一人ずつ言ええええ!」
魔物より。
先生がうるさい。
「悠真!」
セレスが振り返る。
「大丈夫!?」
「先生が多すぎる!」
「先生?」
「人生の!」
「人生に先生が百人いるの?」
「そういう日もある!」
「ないと思う!」
危ない。
本当に。
危ない。
そして。
第三階層。
予定していた休憩地点へ着いた。
広い空洞。
小さな泉。
魔物はいない。
「休憩しましょう」
セレス。
全員。
荷物を下ろす。
悠真。
革袋。
取り出す。
昨日作った料理。
セレスが見る。
「ちゃんと持ってきたのね」
「作った人の前で忘れたら怒られそうだから」
「怒らないわよ」
「本当?」
「少ししか」
「怒るじゃん」
ミア。
サンドイッチを見る。
「それ、何ですか?」
セレスが少し誇らしそうに言う。
「悠真の世界の料理よ」
「正確には俺はほぼ作ってない」
「目玉焼きが作れるでしょう?」
「その設定まだ引っ張る?」
バルトが一口。
食べる。
止まる。
「うまい」
セレス。
少し嬉しそう。
「でしょう?」
悠真は。
その顔を見る。
また。
少し胸が温かくなる。
四人で。
地下迷宮で。
昼食。
昨日まで。
想像もできなかった。
誰かと一緒に食べる。
誰かと笑う。
自分にも。
こういう時間が。
できるんだ。
「悠真」
セレス。
「何?」
「口元」
心臓。
止まる。
昨日。
指。
ソース。
「つ、ついてる!?」
セレス。
一瞬。
固まる。
昨日を。
思い出したらしい。
顔。
少し赤い。
「……今日は自分で取りなさい」
「はい!」
英雄百人。
遠くから。
『残念!』
「黙れ!」
ミアが首を傾げる。
「神谷君、本当に大丈夫ですか?」
「最近それよく聞かれる」
平和だった。
だから。
気づくのが。
遅れた。
クロウが。
立ち上がっている。
壁。
見ている。
『……待て』
悠真。
顔を上げる。
「どうした?」
セレス。
「何?」
「いや」
クロウ。
壁へ近づく。
『ここに通路があったか?』
ガルディオ。
振り返る。
『何?』
全員。
見る。
休憩地点。
奥。
崩れた岩壁。
その向こう。
暗い。
細い。
階段。
下へ。
続いている。
エレノア。
顔色。
変わる。
『知らない』
悠真。
笑う。
「またまた」
誰も。
笑わない。
ガルディオ。
階段を見る。
『俺も知らねえ』
リリア。
『私もです』
クロウ。
『地図にない』
百人。
ざわめく。
一人。
また一人。
首を横に振る。
そして。
百人全員が。
同じ答えを出した。
知らない。
悠真の背中を。
冷たいものが走った。
百人の英雄が。
千年間の歴史を持つ死者たちが。
誰一人。
知らない階段。
「セレス」
悠真が呼ぶ。
「この階段、地図にある?」
セレスが地図を見る。
表情。
変わる。
「ないわ」
「だよな」
「戻りましょう」
即答だった。
「教官へ報告する」
正しい。
絶対に。
正しい。
ガルディオも。
言う。
『戻れ』
悠真。
頷く。
「分かった」
その時。
聞こえた。
『……来い』
悠真。
身体。
固まる。
昨日と同じ。
百英雄には聞こえない。
声。
地下。
さらに。
深い場所。
『神谷悠真』
「……」
名前。
呼ばれた。
『来い』
足が。
一歩。
階段へ。
動きそうになる。
その腕を。
誰かが掴んだ。
セレス。
「悠真」
青い瞳。
真っ直ぐ。
「行かないわよ」
「……うん」
「今、降りようとしたでしょう」
「ちょっとだけ」
「駄目」
「はい」
強い。
でも。
なぜか。
安心した。
4 地図から消えた少女
引き返す。
その判断は。
正しかった。
はずだった。
「全員いる?」
セレス。
「悠真」
「いる」
「ミア」
「はい」
「バルト」
「いる」
四人。
いる。
来た道。
戻る。
十歩。
二十歩。
その時。
クロウ。
止まる。
『悠真』
「何?」
『足音』
悠真。
耳。
澄ます。
自分。
セレス。
ミア。
バルト。
四人。
違う。
もう一つ。
後ろ。
ぺた。
ぺた。
何かが。
歩いている。
「止まって」
悠真。
全員。
止まる。
足音。
止まる。
セレス。
剣。
抜く。
「何かいる?」
「たぶん」
バルト。
盾。
構える。
ミア。
杖。
握る。
「帰りたいです」
「奇遇だな。俺も」
「あなた、さっき楽しそうだったでしょう」
「ダンジョンは入口だけで満足しました」
セレス。
小さく笑う。
その時。
ぺた。
一歩。
音。
今度は。
横。
「そこ!」
セレス。
剣。
振る。
空。
何もいない。
でも。
壁。
一瞬だけ。
黒く。
波打った。
エレノア。
叫ぶ。
『離れなさい!』
「離れろ!」
悠真も叫ぶ。
次の瞬間。
壁から。
黒い腕。
伸びた。
「きゃっ!」
ミア。
足。
掴まれる。
「ミア!」
バルト。
腕。
掴む。
セレス。
剣。
振る。
黒い腕。
切断。
消える。
「大丈夫!?」
「は、はい!」
ミア。
震えている。
足首。
黒い痕。
残る。
リリア。
見る。
『呪いではありません』
悠真。
息を吐く。
「よかった」
その瞬間。
床。
揺れた。
どん。
「何!?」
どん。
二度目。
壁。
亀裂。
天井。
石。
落ちる。
「走って!」
セレス。
四人。
走る。
来た道。
戻る。
しかし。
「待って」
バルト。
止まる。
正面。
壁。
「……ここ」
悠真。
見る。
「さっき通ったよな?」
「通った」
通路。
ない。
石壁。
完全に。
塞がっている。
地図。
役に立たない。
ガルディオ。
顔。
険しい。
『迷宮が変わった』
エレノア。
『違う』
「何が?」
『これは迷宮の変化じゃない』
壁へ。
触れようとする。
半透明の指。
すり抜ける。
『誰かが』
エレノア。
低い声。
『道を作り替えている』
その時。
また。
声。
『神谷悠真』
「……!」
『下へ』
床。
赤い光。
走る。
魔法陣。
「全員離れろ!」
遅い。
光。
爆発。
視界。
真っ白。
悠真。
手を伸ばす。
「セレス!」
指。
何かに。
触れる。
細い。
手。
握る。
「悠真!」
セレス。
握り返す。
次の瞬間。
身体。
落ちた。
5 先生が知らない場所
「痛っ……」
背中。
石床。
悠真。
目。
開く。
暗い。
「セレス?」
返事。
ない。
「ミア!」
ない。
「バルト!」
ない。
悠真。
起き上がる。
「先生!」
『いる』
ガルディオ。
すぐ横。
「よかった……」
『よくねえ』
顔。
険しい。
エレノア。
クロウ。
リリア。
他の英雄たち。
いる。
全員。
しかし。
誰一人。
喋らない。
悠真。
周囲を見る。
石壁。
黒い。
今までの迷宮とは。
違う。
壁一面。
古い文字。
赤い線。
そして。
床。
紋章。
悠真。
見覚え。
ある。
「これ……」
英雄墓廟。
あの。
墓に刻まれていた。
紋章。
「ここ何階?」
誰も。
答えない。
「先生?」
ガルディオ。
壁を見る。
『分からねえ』
悠真。
耳を疑う。
「え?」
『知らねえんだ』
剣聖。
世界を救った英雄。
その声に。
迷い。
ある。
エレノア。
壁の文字を読む。
『こんな術式……見たことがない』
クロウ。
通路。
見る。
『匂いも違う』
リリア。
胸元。
手。
当てる。
『嫌な場所です』
百人の英雄。
誰も。
知らない。
悠真は。
初めて。
本当の意味で。
怖くなった。
今までは。
先生がいた。
分からなければ。
聞けばよかった。
剣。
ガルディオ。
魔法。
エレノア。
危険。
クロウ。
怪我。
リリア。
百人。
誰かが。
答えを知っていた。
でも。
ここは。
違う。
「……どうすればいい?」
口から。
出た。
誰も。
答えない。
いや。
答えられない。
ガルディオが。
悠真を見る。
『お前が決めろ』
「俺?」
『そうだ』
「無理だよ」
即答。
『何でだ』
「だって俺、初心者だぞ」
声。
少し。
震える。
「昨日初めて勝っただけだ」
『知ってる』
「魔法も使えない」
『知ってる』
「職業だって無職」
『それも知ってる』
「じゃあ!」
悠真。
拳。
握る。
「先生が分からないことを、俺が分かるわけないだろ!」
静寂。
ガルディオは。
怒らなかった。
ただ。
言った。
『だから見ろ』
「……え?」
『分からねえなら、見ろ』
昨日。
聞いた言葉。
勝とうとするな。
十秒。
生きろ。
ガルディオ。
木剣。
肩。
担ぐ。
『俺たちの答えがないなら』
笑う。
いつもの。
剣聖の顔。
『お前の答えを作れ』
悠真。
息。
止まる。
その時。
遠く。
声。
「悠真ぁぁぁ!」
セレス。
「セレス!」
悠真。
走り出す。
『待て!』
ガルディオ。
「無理!」
『罠かもしれねえ!』
「知ってる!」
『敵かもしれねえ!』
「それも知ってる!」
走る。
怖い。
でも。
聞こえた。
セレス。
生きている。
なら。
行く。
それだけ。
6 絶対に降りるな
通路。
走る。
声。
近い。
「セレス!」
「悠真!」
角。
曲がる。
いた。
セレス。
壁際。
剣。
構えている。
無事。
「よかった!」
「悠真!」
セレス。
こちらへ。
一歩。
その瞬間。
悠真。
気づく。
セレスの背後。
階段。
下へ。
続く。
さっきの。
地図にない階段。
同じ。
いや。
違う。
もっと。
深い。
暗い。
そして。
階段の入口。
数字。
刻まれている。
《十三》
悠真。
息。
止まる。
「十三階層……?」
学院地下迷宮。
確認されているのは。
十二階層。
十三階層など。
存在しない。
ガルディオたち。
追いつく。
そして。
全員。
止まった。
百人。
誰も。
喋らない。
悠真。
振り返る。
「先生?」
ガルディオ。
顔。
青い。
死者なのに。
そう見えるほど。
表情が。
変わっている。
「どうした?」
返事。
ない。
「先生」
ガルディオ。
ようやく。
口。
開く。
『悠真』
声。
震えている。
悠真は。
初めて聞いた。
剣聖の。
恐怖。
『その階段には』
一歩。
悠真へ。
『絶対に降りるな』
その直後。
「きゃああああっ!」
悲鳴。
悠真。
振り返る。
「セレス!?」
いない。
さっきまで。
そこにいた。
消えた。
階段。
下。
暗闇。
何かが。
セレスの腕を掴み。
引きずり込んでいく。
「悠真!」
手。
伸びる。
悠真。
走る。
「セレス!」
掴む。
指先。
触れる。
でも。
滑る。
「っ!」
セレスの身体。
暗闇へ。
落ちる。
「セレス!」
ガルディオ。
叫ぶ。
『行くな!』
悠真。
止まる。
階段。
暗闇。
セレス。
先生。
選択。
ほんの。
一秒。
昨日。
ガルディオに言われた。
十秒生きろ。
今日。
セレスに言われた。
行かないわよ。
でも。
今。
セレスが。
そこにいる。
「ごめん」
ガルディオ。
『悠真!』
「それは聞けない」
一歩。
階段へ。
『待て!』
二歩。
『そこは俺たちにも分からない!』
「だから行くんだよ!」
振り返る。
怖い。
足。
震えている。
逃げたい。
本当は。
めちゃくちゃ。
逃げたい。
それでも。
「俺が昨日勝てたのは」
ガルディオを見る。
「先生が、勝ち方じゃなくて生き残り方を教えてくれたからだ」
ガルディオ。
黙る。
「だったら今日は」
悠真。
木剣。
握る。
「セレスと一緒に生き残る」
そして。
十三階層へ。
飛び込んだ。
7 百人の先生にも、分からない敵
落下。
暗闇。
「うわああああ!」
床。
近づく。
悠真。
身体。
丸める。
どん!
「ぐっ!」
痛い。
でも。
生きている。
「セレス!」
返事。
「……悠真」
いた。
少し先。
倒れている。
悠真。
駆け寄る。
「大丈夫!?」
「ええ……たぶん」
足。
擦り傷。
血。
でも。
意識。
ある。
悠真。
息。
吐く。
「よかった……」
セレス。
悠真を見る。
「どうして来たの?」
「え?」
「先生たちに戻れと言われたでしょう?」
悠真。
固まる。
「なんでそれを」
セレス。
首を傾げる。
「先生?」
「いや!」
危ない。
「人生に戻れと言われた!」
「人生の指示に逆らったの?」
「今日は反抗期!」
意味が分からない。
でも。
セレス。
少し。
笑った。
「馬鹿ね」
「知ってる」
「本当に馬鹿」
「二回言う?」
「でも」
セレス。
悠真の袖。
握る。
小さく。
「……来てくれて、ありがとう」
悠真。
心臓。
跳ねる。
暗闇で。
顔が見えにくくて。
よかった。
その時。
上から。
英雄たち。
次々。
降りてくる。
幽霊なので。
落下ダメージ。
ゼロ。
「ずるい!」
『何がだ!』
ガルディオ。
怒鳴る。
『この馬鹿弟子!』
「ごめん!」
『命令を聞け!』
「セレス見捨てろっていう命令は無理!」
ガルディオ。
止まる。
悠真。
言ってから。
少し怖くなる。
先生に。
逆らった。
初めて。
でも。
ガルディオは。
怒鳴らなかった。
しばらく。
悠真を見る。
そして。
鼻で笑った。
『……そうかよ』
「え?」
『なら最後まで責任持て』
木剣を指す。
『生きて帰れ』
「うん」
セレスが。
不思議そうに。
悠真を見る。
「本当に誰と話しているの?」
「人生」
「いつか紹介して」
「難易度高いな!」
その時。
クロウ。
振り返る。
『来る』
悠真。
木剣。
構える。
セレス。
剣。
抜く。
暗闇。
音。
がり。
がり。
何かが。
石を。
削っている。
赤い光。
二つ。
目。
姿。
現れる。
黒い甲殻。
六本の脚。
人間ほどの大きさ。
顔。
ない。
口だけ。
巨大。
悠真。
息。
呑む。
「……何あれ?」
百英雄。
沈黙。
「先生?」
ガルディオ。
剣。
構える。
『知らねえ』
エレノア。
魔法陣。
展開。
『私も』
クロウ。
短剣。
抜く。
『記録にない』
リリア。
後ろへ。
『初めて見ます』
悠真。
喉。
鳴る。
百人。
全員。
知らない。
魔物。
それが。
一匹。
二匹。
三匹。
暗闇。
さらに。
赤い目。
増える。
十。
二十。
三十。
セレス。
悠真の隣。
剣。
構える。
「悠真」
「何?」
「怖い?」
昨日と。
同じ質問。
悠真。
笑う。
「めちゃくちゃ」
「私も」
「え?」
セレス。
剣先。
少しだけ。
震えている。
学院首席。
《聖剣姫》。
天才。
その少女が。
怖い。
でも。
逃げない。
悠真。
少し。
笑った。
「じゃあ」
セレスを見る。
「一緒に怖がろう」
セレス。
一瞬。
目を丸くする。
そして。
笑う。
「何それ」
「俺、格好いいこと言うの苦手なんだよ」
「知ってる」
「ひどい!」
魔物。
一斉に。
動く。
悠真。
木剣。
構える。
先生たちに。
答えはない。
だから。
見る。
考える。
試す。
自分で。
その瞬間。
奥。
巨大な石扉。
赤い文字。
浮かんだ。
《適合者確認》
《神谷悠真》
悠真。
まだ。
気づかない。
文字。
続く。
《第一回収対象》
《英雄番号――》
数字。
現れる。
《一》
そして。
百英雄の中。
一人の身体が。
赤く。
光った。
剣聖ガルディオ。
「先生?」
ガルディオ。
自分の手を見る。
半透明だった指。
少しずつ。
粒子へ。
変わっている。
『……何だ、これ』
悠真。
目を見開く。
「先生?」
石扉。
最後の文字。
浮かぶ。
《回収開始》
ガルディオの身体から。
光。
引き剥がされる。
「待て!」
悠真。
手を伸ばす。
触れない。
死者だから。
最初から。
触れられない。
それでも。
手を伸ばす。
「先生!」
ガルディオ。
初めて。
恐怖の顔。
そして。
扉の向こうから。
あの声。
響いた。
『一人目』
悠真の背筋が。
凍る。
『英雄を』
鎖。
鳴る。
ガシャン。
『返してもらう』
「……返す?」
百人の英雄。
誰も。
答えられない。
ただ一人。
ここにいない男を除いて。
英雄墓廟。
名前を削られた。
黒い墓。
その前。
ゼルが。
一人。
立っていた。
十三階層から。
赤い光。
墓碑へ。
走る。
ゼル。
目を閉じる。
『始まったか』
いつもの。
優しい声。
でも。
笑っていない。
『悠真』
そして。
誰にも聞こえない声で。
呟いた。
『君が百人を超えるたび』
黒い墓に。
亀裂。
走る。
『先生は、一人ずつ消える』
第1部 第6話 完
次回 第7話
百人の先生にも、分からない敵
百人の英雄が知らない魔物。
剣が通らない。
魔法も効かない。
そして。
戦っている間にも。
ガルディオの身体は。
少しずつ。
消えていく。
「先生を助ける方法は!?」
誰も答えられない。
なら。
悠真が。
見つけるしかない。
先生の答えではなく。
自分の答えを。
だが。
その時。
セレスが。
黒い魔物の一撃を受けた。
「セレス!」
倒れる少女。
消えていく先生。
そして。
石扉に浮かぶ。
新たな文字。
《英雄回収まで》
《残り十秒》
昨日。
悠真を初勝利へ導いた。
あの言葉が。
今度は。
最悪の意味で帰ってくる。
十。
九。
八。
悠真は。
初めて。
先生を救うために。
先生の教えを捨てる。




