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第6話/通算第56話 「俺、学院の生徒じゃなくなったみたいです」

第6部『勇者制度編』




百一人目の勇者。




その正体は、ずっと自分を導いてきた先生、ゼルだった。




けれど、本当に恐ろしいのは、




「百一人目がいたこと」ではない。




なぜ、彼は勇者だったのに歴史から消されたのか。




なぜ、魔王を倒さなかったのか。




そして――




そもそも、誰が「勇者」を決めているのか。




これまで悠真は、百人の英雄たちから答えを教わってきました。




戦い方も。




人を守る方法も。




正しい答えを疑うことさえも。




だから今度は、




先生から答えを教えてもらわないことを選びます。




「また、先生の答えを信じるだけになるから」




ゼルの答えではなく。




王国の答えでもなく。




歴史に書かれた答えでもなく。




悠真はセレスとともに、自分たちで確かめる道を選びます。




その先で見つかるのは、




《勇者選定院》




勇者は、誰が選ぶのか。




何をすれば勇者になれるのか。




そして、なぜ勇者という存在が必要なのか。




第6部『勇者制度編』。




ここから物語は、




「消された一人の勇者」の謎から、「勇者という制度そのもの」の謎へ。




そして最後に、悠真たちは一つの言葉へたどり着きます。




勇者は、作られる。




では――




誰が、何のために?

俺の名前が。

学院から消えた。

昨日まであった《神谷悠真》という名前が。

学院生名簿から。

授業登録から。

訓練参加者名簿から。

寮生一覧から。

きれいに消えていた。

だから。

まず俺がしたことは。

朝飯を食べに行くことだった。

学生証が死んだ

「学生証を」

「はい」

食堂のおばさんに。

いつもの学生証を差し出す。

魔道具へかざす。

ぴ。

赤い光。

「無効です」

「え?」

もう一度。

ぴ。

赤。

「無効です」

「もう一回お願いします」

「何回やっても同じだと思うけどねえ」

「三回やると有効になったりしません?」

「ならないねえ」

「奇跡とか」

「朝食で奇跡を要求しないでおくれ」

後ろから。

小さな笑い声がした。

振り返る。

セレスだった。

「朝から何をしているの?」

「学生証が死んだ」

「学生証は死なないわ」

「じゃあ見てくれ」

学生証を渡す。

セレスが魔道具へかざす。

ぴ。

赤。

「無効ね」

「ほら、死んでる」

「無効なだけよ」

食堂のおばさんが名簿を開いた。

「名前は?」

「神谷悠真です」

指が。

名簿の上を動く。

止まる。

戻る。

もう一度。

「……いないねえ」

「やっぱり」

「ずいぶん落ち着いてるわね」

セレスが俺を見る。

「学院生名簿、授業登録、訓練参加者、寮生一覧」

指を折る。

「これで五つ目」

「慣れることじゃないでしょう」

「俺もそう思う」

腹は減っている。

でも。

学院の記録上。

俺には朝食を食べる資格すらないらしい。

セレスが自分の学生証を出した。

「二人分」

「セレス?」

「食べるんでしょう?」

「でも」

「調べるにしても、朝食は必要よ」

食堂のおばさんが。

二人分の朝食を置く。

「ありがとう」

「どういたしまして」

席へ向かいながら。

俺は呟いた。

「学院から消された初日に、首席に朝飯を奢られるとは」

「まだ消されたと決まったわけじゃないでしょう」

足が止まった。

セレスが。

俺を見る。

「記録と現実を混同しない」

昨日。

俺たちは。

《勇者認定取消 第二号》を調べていた。

死亡記録なし。

処刑記録なし。

国外追放記録なし。

百年前。

その人間は。

存在だけが歴史から消えていた。

そして翌朝。

俺の名前も。

消えた。

でも。

セレスの言う通りだ。

まだ。

同じだと決まったわけじゃない。

消えたもの、消えていないもの

食堂の隅。

俺とセレスは向かい合って座った。

背後には。

いつもの先生たちがいる。

ガルディオ先生。

クロウ先生。

エレノア先生。

リリア先生。

そして。

ゼル先生。

百人の英雄。

その外側にいる。

百一人目。

『しかし妙だな』

ガルディオ先生が腕を組んだ。

『記録から消えたっていうのに、お前は普通にいる』

「俺もそこは安心してる」

『飯も食ってる』

「うん」

『しかも女の金で』

「そこは言わなくていい」

セレスが顔を上げた。

「先生たち?」

「うん」

「何て?」

「人の金で飯を食ってるって」

「事実ね」

「味方がいない」

『私は味方ですよ!』

リリア先生が手を挙げた。

『今度、私が朝食を作りましょう!』

「やっぱり味方がいない」

「何て?」

「知らなくていい」

セレスが少しだけ笑った。

そのあと。

すぐに表情を戻す。

「確認しましょう」

「何を?」

「消えたものと、消えていないもの」

セレスが指を一本立てる。

「学院生名簿」

「消えた」

「授業登録」

「消えた」

「訓練参加記録」

「消えた」

「寮生登録」

「消えた」

「学生証」

「死んだ」

「無効になった」

「はい」

次の指。

「あなた自身」

俺は。

自分の手を見る。

「いる」

「私には見えている」

周囲を確認する。

何人かの生徒が。

普通に俺を見ている。

「他の生徒にも見えてる」

「先生たちは?」

『当たり前だ!』

ガルディオ先生が叫んだ。

「見えてる。かなり元気に」

「なら」

セレスが言った。

「消えたのは、あなたじゃない」

一拍。

「《神谷悠真という学院生の記録》よ」

俺は。

その言葉を頭の中で繰り返した。

俺そのものが。

消えたわけじゃない。

記録だけ。

だったら。

調べるべきことは。

一つ増えた。

「どこまで消えてる?」

セレスが頷く。

「それを確かめましょう」

分からないなら。

分からない範囲を調べる。

今は。

それでいい。

退学って、本人に言わずにできるの!?

次に向かったのは。

寮だった。

受付の職員へ学生証を見せる。

「神谷悠真です」

「はい」

「部屋に戻りたいんですけど」

職員が名簿を開いた。

首を傾げる。

別の名簿を開く。

さらに。

首を傾げる。

「神谷……悠真?」

「はい」

「何年生ですか?」

「そこから!?」

嫌な予感しかしない。

職員が確認を続ける。

そして。

「神谷悠真という生徒は登録されていません」

「昨日まで住んでましたよ!?」

「ですが、記録には」

「部屋は?」

部屋番号を伝える。

職員が確認する。

「空室になっています」

「俺の荷物は!?」

「分かりません」

「制服!」

「分かりません」

「昨日机の上に置いたパン!」

「それは早く処分したほうがいいと思います」

「そこだけ正論!」

横を見る。

セレスが。

口元を押さえていた。

「笑ってる?」

「笑ってないわ」

「目が笑ってる」

「気のせいよ」

「セレス」

「何?」

「退学って、本人に言わずにできるの!?」

「普通はできないと思うわ」

「だよな!?」

「それに」

セレスの表情が変わった。

「退学なら、退学処分の記録が残る」

俺も。

気づいた。

そうだ。

退学なら。

《神谷悠真を退学処分とする》

という記録が必要になる。

でも。

それがない。

退学したんじゃない。

最初から。

入学していなかったことになっている。

背中が。

少し冷えた。

「……第二号」

俺が呟く。

「似ているわね」

セレスが言う。

「でも」

「同じとは決めない」

俺が先に答えた。

セレスが。

俺を見る。

それから。

小さく頷いた。

「ええ」

その時。

階段から。

一人の生徒が降りてきた。

俺を見る。

「あれ、神谷?」

「おはよう」

「何してんの?」

「自分がこの学院に存在することを証明してる」

「朝から何やってんだよ」

笑いながら。

通り過ぎていく。

俺とセレスは。

その背中を見送った。

「覚えてる」

「ええ」

セレスが言う。

「少なくとも、人の記憶からは消えていない」

俺は。

背後を見る。

先生たちもいる。

「先生たちも?」

『忘れるわけねえだろ』

ガルディオ先生が即答する。

でも。

一人だけ。

黙っていた。

「ゼル先生?」

黒髪の青年が。

俺を見る。

いつもの。

穏やかな顔。

「何?」

「先生は」

少し迷ってから。

聞いた。

「こういうこと、された?」

一瞬。

ゼル先生の表情が止まった。

「……どうだろうね」

「覚えてない?」

「それも含めて」

ゼル先生は答えた。

「今の僕には、断言できない」

以前の俺なら。

もっと聞いたかもしれない。

先生なら。

答えを知っていると思ったから。

でも。

「分かった」

俺は。

それ以上聞かなかった。

知らないことを。

無理に答えにする必要はない。

先生だって。

同じだ。

私が覚えている

学院長室へ向かう。

その途中。

俺は。

何度も学院を見た。

廊下。

教室。

訓練場。

中庭。

全部。

知っている。

ここで。

《無職》と笑われた。

剣で負けた。

魔法も使えなかった。

何度も。

自分には何もないと思った。

でも。

先生たちに教わった。

セレスと出会った。

仲間と戦った。

迷宮へ入った。

負けた。

逃げた。

助けられた。

誰かを助けた。

全部。

ここで起きた。

なのに。

紙の上では。

なかったことになり始めている。

「変な感じだな」

「何が?」

「記録なんて」

歩きながら言う。

「今まで気にしたことなかった」

学生証も。

名簿も。

授業記録も。

そこにあるのが。

当たり前だった。

でも。

なくなった途端。

怖くなる。

自分がここにいた証拠を。

一枚ずつ。

剥がされているような。

そんな感じがする。

「もし」

俺は言った。

「全部消えたら、どうなるんだろうな」

セレスが足を止めた。

「全部?」

「俺が入学したことも」

俺も止まる。

「授業を受けたことも。迷宮へ行ったことも。学院対抗戦に出たことも」

口にすると。

思っていた以上に。

怖かった。

「全部なくなったら」

俺は。

笑おうとした。

でも。

できなかった。

「俺がここにいたって、何で証明するんだろう」

セレスは。

何も言わなかった。

一歩。

俺に近づく。

そして。

「私が覚えている」

言った。

「……セレス?」

「あなたが入学試験で最低評価だったこと」

「そこから?」

「《無職》で笑われたこと」

「そこは忘れてくれていい」

「初めて勝ったこと」

「……うん」

「迷宮で、私と一緒に逃げたこと」

あの時。

地下で。

セレスは。

俺の前で初めて泣いた。

「王都で、私に髪飾りを選んだことも」

俺は。

セレスの髪を見る。

今も。

そこにある。

「それも覚えてるんだ」

「忘れる理由がないでしょう」

少しだけ。

声が柔らかくなった。

「あなたが何度も無茶をしたことも」

「それは忘れてほしい」

「嫌よ」

「即答?」

「全部、覚えている」

セレスが。

俺を見る。

逃げずに。

まっすぐ。

「だから」

一拍。

「記録から消えたくらいで、あなたが消えるわけじゃないでしょう」

何も。

言えなかった。

学院の記録には。

俺はいない。

でも。

目の前の彼女は。

俺がいたことを。

覚えている。

俺が失敗したことも。

勝ったことも。

逃げたことも。

一緒に戦ったことも。

全部。

「……ありがとう」

やっと。

それだけ言った。

セレスは。

少しだけ視線を逸らした。

「別に」

「それ、久しぶりに聞いた」

「何が?」

「別に」

「行くわよ」

歩き出す。

その横顔を。

少しだけ見る。

耳が。

ほんの少し赤かった。

背後で。

ガルディオ先生が。

にやにやしている。

「何?」

『別に』

「先生、殴れないの知っててやってるだろ」

消えていない名前

学院長室。

俺とセレスは。

朝から起きたことを説明した。

学生証。

食堂。

寮。

学院生名簿。

授業登録。

訓練記録。

学院長は。

一つずつ確認した。

そして。

机の引き出しを開ける。

「昨日の夜」

「はい」

「王都から通達が届いた」

俺とセレスは。

同時に顔を上げた。

「王都から?」

「お前についてだ」

一枚の文書が。

机の上へ置かれる。

王国の紋章。

正式な書式。

そして。

そこに。

名前があった。

《神谷悠真》

俺は。

思わず紙へ顔を近づけた。

「ある」

「何が?」

「俺の名前」

「見れば分かるわ」

「いや」

少しだけ。

笑った。

「今日初めて見たから」

学院中から。

消え始めた名前。

それが。

王都から届いた文書には。

確かに残っている。

セレスも。

文書を見つめた。

「学院では消えている」

「そうだ」

学院長が答える。

「でも、王都の文書には残っている」

俺が言う。

「つまり」

考える。

「全部の記録から消えたわけじゃない?」

「その可能性が高いわ」

セレスが答える。

「ただし、王都のどの記録まで残っているかは分からない」

「うん」

王国軍。

史料院。

勇者認定記録。

調べるべき場所は。

まだある。

でも。

一つだけ。

分かった。

俺は。

世界中から消えたわけじゃない。

学院の記録だけが。

今のところ。

おかしい。

「学院長」

「何だ」

「これ」

俺は。

文書の下を見る。

《対象者》

《神谷悠真》

《現所属》

空欄。

「……本当に学院生じゃなくなってる」

「そこじゃないわ」

セレスが。

さらに下を指す。

《職業》

空欄。

「無職じゃない」

「喜ぶところでもないわ」

「人生で初めてだから」

「悠真」

「はい」

さらに。

その下。

俺の目が。

止まった。

《勇者候補資格》

そして。

赤い文字。

《再審査》

「……何だ、これ」

学院長が。

俺を見る。

「勇者候補資格の審査は、本来、学院から提出された記録を基に行われる」

職業。

魔力。

戦闘能力。

実績。

適性。

俺は。

入学時。

そのほとんどで。

最低だった。

《無職》。

最低魔力。

剣術も最低。

それでも。

ここまで来た。

「ですが」

セレスが言う。

「今は悠真の学院記録そのものが消えている」

「そうだ」

学院長が頷く。

「普通なら、審査できない」

「じゃあ」

俺は。

文書を見る。

「何で再審査?」

「記録がないからだ」

学院長が答えた。

「本人を直接確認する」

部屋が。

静かになった。

俺は。

赤い文字を見つめる。

《勇者候補資格・再審査命令》

昨日。

俺たちは。

《勇者認定取消 第二号》を調べていた。

歴史から。

消された人間。

そして。

今日。

俺の名前が。

学院から消えた。

その直後。

王国から。

俺を名指しした命令が届いた。

つなげたくなる。

全部。

同じ仕組みなんじゃないか。

王国がやったんじゃないか。

これは。

罠なんじゃないか。

そんな答えなら。

簡単に作れる。

でも。

俺は。

首を振った。

「まだ、分からない」

セレスが俺を見る。

「何が?」

「この命令と、俺の記録が消えたことが関係あるのか」

もう一度。

文書を見る。

「王国が消したとも限らない」

「ええ」

「この再審査が罠だとも限らない」

「ええ」

分からないものを。

分かったことにしない。

だったら。

確かめる。

「学院長」

「何だ」

「再審査は、どこで?」

学院長は。

一枚の書類を。

俺の前へ置いた。

王都。

王国中枢。

勇者制度を運用する場所。

そこへの。

召喚状。

俺は。

それを手に取った。

背後で。

先生たちは黙っている。

ゼル先生も。

何も言わない。

昨日まで。

俺は。

歴史から消された人間を探していた。

そして。

今度は。

俺自身が。

記録から消え始めた。

でも。

まだ。

俺はここにいる。

セレスが覚えている。

先生たちが覚えている。

仲間たちが覚えている。

そして。

王都にも。

《神谷悠真》という名前は残っている。

なら。

行けばいい。

自分の目で。

確かめればいい。

「分かりました」

俺は。

顔を上げた。

学院長は。

机の上の文書へ手を置く。

《勇者候補資格・再審査命令》

そして。

静かに言った。

「悠真」

「はい」

「王都がお前を呼んでいる」

第56話 完

次回 第7話/通算第57話

「王国は、俺を勇者にしたいらしい」

学院の記録から消えた《神谷悠真》。

その悠真を。

王国は。

正式な勇者として認定したいという。

職業《無職》。

魔力最低。

学院史上最低評価だった少年を。

なぜ。

今になって。

王国は勇者にしようとするのか。

そして。

悠真は。

勇者になる条件を聞いた。

「王国が敵と認定した存在を倒していただきます」

その答えに。

悠真は。

一つの疑問を返す。

「敵って」

一拍。

「誰が決めるんですか?」



第56話では、学院の記録から《神谷悠真》という名前が消えました。

それでも、セレスは悠真を覚えている。

百英雄も覚えている。

そして王都から届いた文書にも、悠真の名前は残っていました。

消されたのは、悠真そのものではない。

では、なぜ学院の記録だけから消えたのか。

そして王国は、なぜ今になって悠真を《勇者》にしようとしているのか。

予想や感想があれば、ぜひコメントやメッセージで教えてください。

この物語の続き・ほかの作品は、note「momokun」と Momokun Official で公開しています。

Note:momokun https://note.com/momokun1 https://note.com/dreamy_bonobo524

Momokun Official https://momokun.jp/

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