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第5話/通算第55話 「勇者をやめた人は、どこへ行ったんですか?」

第6部『勇者制度編』




百一人目の勇者。




その正体は、ずっと自分を導いてきた先生、ゼルだった。




けれど、本当に恐ろしいのは、




「百一人目がいたこと」ではない。




なぜ、彼は勇者だったのに歴史から消されたのか。




なぜ、魔王を倒さなかったのか。




そして――




そもそも、誰が「勇者」を決めているのか。




これまで悠真は、百人の英雄たちから答えを教わってきました。




戦い方も。




人を守る方法も。




正しい答えを疑うことさえも。




だから今度は、




先生から答えを教えてもらわないことを選びます。




「また、先生の答えを信じるだけになるから」




ゼルの答えではなく。




王国の答えでもなく。




歴史に書かれた答えでもなく。




悠真はセレスとともに、自分たちで確かめる道を選びます。




その先で見つかるのは、




《勇者選定院》




勇者は、誰が選ぶのか。




何をすれば勇者になれるのか。




そして、なぜ勇者という存在が必要なのか。




第6部『勇者制度編』。




ここから物語は、




「消された一人の勇者」の謎から、「勇者という制度そのもの」の謎へ。




そして最後に、悠真たちは一つの言葉へたどり着きます。




勇者は、作られる。




では――




誰が、何のために?

《勇者認定取消 第二号》


その文字を見つけてから。


俺たちは、三時間。


その人を探し続けていた。


そして。


何も見つからなかった。


「……おかしい」


俺が呟く。


隣で資料を読んでいたセレスが顔を上げた。


「最近、そればかり言ってるわね」


「俺もそう思う」


机の上には、何十冊もの記録が積まれている。


勇者選定記録。


王国軍記録。


戦没者名簿。


処刑記録。


国外追放者記録。


戸籍。


墓地台帳。


百年前の公報まで調べた。


でも。


いない。


《第二号》が。


どこにもいない。


「死亡記録なし」


セレスが一冊閉じる。


「うん」


「処刑記録なし」


「うん」


「国外追放記録もなし」


「うん」


俺も手元の資料を閉じた。


「じゃあ」


少し考える。


「勇者をやめた人って、どこへ行ったんだ?」


誰も答えなかった。


ガルディオ先生も。


黙っている。


百年前のことなら、先生たちが何か知っていてもおかしくない。


でも。


俺は聞かなかった。


聞けば、答えてくれるかもしれない。


あるいは。


先生たち自身も覚えていないかもしれない。


どちらにしても。


今は記録を調べる。


先生の答えを正解にするんじゃない。


残っているものを、自分たちで確かめる。


それが。


今の俺たちのやり方だった。


消えたのは、名前だけじゃない


「悠真」


セレスが一枚の紙を俺の前へ置いた。


「これを見て」


王国軍の古い人員記録だった。


「何?」


「この番号」


指された場所を見る。


兵士たちの名前が並んでいる。


その途中。


番号が一つ飛んでいた。


「……一人分ない?」


「ええ」


偶然かもしれない。


だから。


別の記録を見る。


今度は物資支給台帳。


同じ時期。


同じ部隊。


そこでも。


一人分。


空白がある。


さらに。


宿舎の割り当て記録。


そこにも。


使われた形跡だけがある部屋が一つあった。


なのに。


使用者の名前がない。


「待って」


俺は資料を並べた。


「これ……」


セレスも気づいた。


「名前だけ消したんじゃない」


そう。


一人の人間を記録から消そうとしたなら。


普通は。


どこかに痕跡が残る。


名前を消しても。


給与が残る。


給与を消しても。


部屋が残る。


部屋を消しても。


一緒に戦った人間の記録が残る。


全部を消すなんて。


できるはずがない。


でも。


「消そうとしてる」


俺は呟いた。


完全には消せていない。


だから。


空白だけが残っている。


人がいた痕跡ではなく。


人を消した痕跡として。


「これって……」


喉が乾いた。


「勇者をやめたんじゃないんじゃないか?」


セレスを見る。


「勇者じゃなくされたあと」


言葉を選ぶ。


「その人自身まで、いなかったことにされた?」


セレスはすぐには頷かなかった。


「可能性はある」


「……うん」


「でも」


「分かってる」


俺は先に言った。


「まだ断定しない」


セレスが少しだけ笑う。


「本当に学習したわね」


「何回言うんだよ」


「忘れなくなるまで」


たぶん。


一生言われる気がする。


学院長の空白


夕方。


俺たちは学院長室へ向かった。


机の上に資料を並べる。


学院長は、一枚ずつ黙って読んだ。


やがて。


眼鏡を外す。


「……どこまで調べた?」


「死亡記録、処刑記録、国外追放記録。全部です」


「第二号の名前は?」


「分かりません」


俺は答えた。


「分からないものは、分からないままにしています」


学院長が俺を見る。


少しだけ。


意外そうな顔をした。


「成長したな」


「今日三人目です」


「何の話だ?」


「気にしないでください」


セレスが横で小さく笑った。


でも。


学院長は笑わなかった。


机の資料へ視線を戻す。


「神谷」


「はい」


「人間の記録が消えること自体は、珍しくない」


「そうなんですか?」


「戦争だ。火災もある。役所そのものが失われることもある」


「じゃあ、これも?」


「いや」


学院長は首を振った。


「これは違う」


空気が変わった。


学院長が立ち上がる。


そして。


部屋の奥にある棚から、一冊の古い本を取り出した。


家系図だった。


「私の家は、代々この学院に関わってきた」


ページをめくる。


学院長。


その父。


祖父。


さらに。


何代も前。


学院の歴史と重なるように名前が並んでいる。


でも。


途中で。


一箇所。


系図が途切れていた。


「……ここ」


俺が指さす。


「名前がない」


「正確には」


学院長が言う。


「ないのではない」


指先が、その空白をなぞった。


「消されている」


背中が冷たくなった。


「誰なんですか?」


「分からない」


「学院長でも?」


学院長はしばらく答えなかった。


そして。


低い声で言った。


「空白があることは知っていた」


「はい」


「だが、その空白に誰かがいたはずだと」


学院長の指が止まる。


「考えたことがなかった」


一瞬。


意味が分からなかった。


空白がある。


それを知っている。


なのに。


そこに誰かがいたとは思わない。


「それって……」


セレスの表情からも笑みが消えていた。


学院長が続ける。


「今、お前たちに指摘されて初めて、不自然だと思った」


ぞくり。


背中が冷えた。


記録から名前を消す。


それだけじゃない。


もし。


空白を見ても。


誰も疑問を持たないようにできるなら。


「記録だけじゃない……?」


俺は呟いた。


学院長が俺を見る。


「何だ?」


「人の記憶まで」


そこで。


言葉が止まった。


思い出した。


黒装束。


俺たちが追った者たち。


そして。


《記憶封印術式》。


同じではない。でも、似ている


俺たちは、その日のうちに保管庫へ向かった。


以前の事件で押収された資料。


黒装束が使っていた術式。


その写しが学院に残されている。


学院長が机の上に広げた。


複雑な魔法陣。


記憶へ干渉するための《記憶封印術式》。


そして。


俺たちは、その隣にもう一枚の紙を置いた。


《勇者選定院》。


地下資料に残されていた。


古い紋章。


「……似てる」


俺が言う。


セレスは黙って二つを見比べている。


円。


その内側に重なる線。


中心部分。


全部が同じではない。


でも。


一部だけ。


重なる。


「同じ術式ですか?」


俺が学院長へ聞く。


「違う」


学院長は即答した。


「では、黒装束は勇者選定院の人間?」


「それも分からない」


「王国の命令で?」


「証拠がない」


俺は口を閉じた。


まただ。


分からない。


分からないことばかりだ。


でも。


前とは違う。


分からないことが。


怖いだけじゃない。


どこまで分かっていて。


どこから分からないのか。


それが少しずつ見えるようになってきた。


俺は二つの紋章を見る。


「同じじゃない」


「ええ」


セレスが言う。


「でも、無関係とも言い切れない」


「うん」


百年前。


勇者認定を取り消された人間が。


記録から消えた。


現在。


記憶を封じる術式を使う人間がいる。


そして。


二つの印には。


似た部分がある。


だったら。


一つだけ。


考えられることがある。


「学院長」


「何だ?」


「歴史を書き換える仕組みって」


自分で言って。


嫌な言葉だと思った。


「まだ、残ってるんじゃないですか?」


沈黙。


学院長は答えなかった。


答えられないのか。


答えたくないのか。


俺には分からない。


でも。


否定もしなかった。


消された人間


夜。


寮へ戻る途中。


セレスと二人で歩いた。


「ねえ」


「何?」


「第二号」


セレスが言う。


「あなた、誰だと思ってる?」


俺は少し考えた。


《百二人目》


その言葉は。


何度も頭に浮かんでいる。


勇者候補、百二名。


百一人目の勇者、ゼル先生。


そして。


認定取消、第二号。


数字だけなら。


つなげたくなる。


でも。


「分からない」


俺は答えた。


「本当に?」


「うん」


「予想も?」


「ある」


「じゃあ」


「でも言わない」


セレスが俺を見る。


「どうして?」


「口にしたら、自分で信じそうだから」


一度。


俺はそれをやった。


都合のいい答えを見つけて。


証拠より先に。


自分が百二人目なんじゃないかと思った。


だから。


今度は。


答えを急がない。


「分からないまま調べる」


俺が言うと。


セレスは少しだけ笑った。


「それでいいと思う」


「セレスがそう言うなら」


「私の答えも疑いなさい」


「厳しいな」


「成長したんでしょう?」


「今日四回目」


「私は二回しか言ってないわ」


「数えてたの?」


「当然でしょう」


少し笑った。


ほんの少しだけ。


さっきまでの重さが軽くなる。


でも。


寮へ戻る直前。


俺は振り返った。


夜の学院。


百年以上続く建物。


俺はここで学んでいる。


ここで。


先生たちと出会った。


セレスと出会った。


何度も負けて。


何度も助けられて。


少しずつ。


自分の答えを作れるようになった。


その学院の歴史にも。


空白がある。


もし。


人を記録から消す仕組みが。


今も残っているなら。


次に消されるのは。


誰だ?


そんなことを考えて。


俺は。


自分で笑った。


考えすぎだ。


そう思った。


その夜までは。


翌朝


いつも通り。


教室へ向かった。


いつも通り。


廊下には生徒がいる。


いつも通り。


掲示板の前には人だかり。


学院の成績。


授業予定。


代表者の名前。


いろんなものが貼られている。


俺は何となく。


そこを見た。


そして。


足が止まった。


「……あれ?」


学院生名簿。


学年別。


クラス別。


名前が並んでいる。


セレス。


ディラン。


知っている名前。


その中に。


俺の名前が。


ない。


「……貼り替えた?」


別の掲示を見る。


訓練参加者名簿。


ない。


授業登録者。


ない。


寮生一覧。


ない。


「悠真?」


後ろから。


セレスの声。


俺は振り返った。


「セレス」


「どうしたの?」


「俺さ」


笑おうとした。


でも。


うまく笑えなかった。


「学院の記録だと」


もう一度。


掲示板を見る。


昨日まで、確かにあった。


なのに。


《神谷悠真》という学生の記録が。


学院から消えていた。


第55話 完


次回 第6話/通算第56話


「俺、学院の生徒じゃなくなったみたいです」


学生証を差し出す。


「無効です」


「え?」


寮へ戻る。


「神谷悠真という生徒は登録されていません」


「退学って、本人に言わずにできるの!?」


昨日まで確かに存在していた《神谷悠真》が、学院の公式記録から消え始める。


だが。


セレスには悠真が見えている。


百英雄にも見えている。


消されたのは、人間そのものではない。


では。


誰が。


何のために。


《神谷悠真》という記録を消したのか。


そして。


学院長が差し出した一枚の書類。


そこには。


《勇者候補資格・再審査命令》


そう書かれていた。




第55話を読んで、《勇者認定取消 第二号》は誰だと思いましたか?


そして、百年前の《第二号》を調べ始めた直後に、今度は悠真の名前が消えたことをどう感じたでしょうか。


予想や感想があれば、ぜひコメントやメッセージで教えてください。

この物語の続き・ほかの作品は、note「momokun」と Momokun Official で公開しています。

Note:momokun https://note.com/momokun1 https://note.com/dreamy_bonobo524

Momokun Official https://momokun.jp/

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