第4話/通算第54話 「英雄百人の中に、勇者じゃない人がいました」
第6部『勇者制度編』
百一人目の勇者。
その正体は、ずっと自分を導いてきた先生、ゼルだった。
けれど、本当に恐ろしいのは、
「百一人目がいたこと」ではない。
なぜ、彼は勇者だったのに歴史から消されたのか。
なぜ、魔王を倒さなかったのか。
そして――
そもそも、誰が「勇者」を決めているのか。
これまで悠真は、百人の英雄たちから答えを教わってきました。
戦い方も。
人を守る方法も。
正しい答えを疑うことさえも。
だから今度は、
先生から答えを教えてもらわないことを選びます。
「また、先生の答えを信じるだけになるから」
ゼルの答えではなく。
王国の答えでもなく。
歴史に書かれた答えでもなく。
悠真はセレスとともに、自分たちで確かめる道を選びます。
その先で見つかるのは、
《勇者選定院》
勇者は、誰が選ぶのか。
何をすれば勇者になれるのか。
そして、なぜ勇者という存在が必要なのか。
第6部『勇者制度編』。
ここから物語は、
「消された一人の勇者」の謎から、「勇者という制度そのもの」の謎へ。
そして最後に、悠真たちは一つの言葉へたどり着きます。
勇者は、作られる。
では――
誰が、何のために?
『俺たちは……最初から百人じゃなかった』
ガルディオ先生の言葉が、資料室に落ちた。
誰も、すぐには口を開けなかった。
百人の英雄。
百一人目の勇者、ゼル。
そして、《勇者候補 百二名》という記録。
数字だけなら、つながっているように見える。
でも。
俺は昨日、そこで一度間違えた。
自分が百二人目なんじゃないか。
そう思った。
証拠もないのに。
「……悠真」
隣にいたセレスが俺を見る。
「大丈夫?」
「うん」
俺は机の上に積まれた資料へ視線を戻した。
「だから、今度は決めつけない」
「何を?」
「百二人目が誰なのかも。先生たちが本当に百人だったのかも」
ガルディオ先生が腕を組む。
『じゃあ、どうする?』
「調べる」
俺は一冊の古い記録簿を引き寄せた。
「残ってるものを、一個ずつ」
セレスが小さく息を吐いた。
「昨日よりは成長したわね」
「一日で?」
「昨日のあなたは、自分に都合のいい答えを見つけた瞬間に飛びついたでしょう」
「まだ言う?」
「大事なことだから」
「反省してます」
『いい相棒じゃねえか』
「先生、楽しそうですね」
『若者の成長を見るのは教師の特権だ』
「先生、生徒の記憶より自分の記憶を思い出してください」
『それを言われると弱い』
セレスが、ほんの少し笑った。
その笑顔を見て。
俺も少しだけ肩の力を抜いた。
答えを急がなくていい。
分からないなら、分からないまま調べればいい。
たぶん。
今の俺に必要なのは、それだった。
二つの名簿
調査を始めて一時間ほど経ったころ。
最初に異変を見つけたのは、セレスだった。
「悠真」
「ん?」
「これ、おかしいわ」
またその言葉だ。
最近、俺たちは「おかしい」という言葉を使いすぎている気がする。
「今度は何人増えた?」
「人数じゃない」
セレスは二冊の資料を並べた。
一冊は、勇者選定院に残されていた《勇者選定記録》。
もう一冊は、学院に保存されていた《百英雄名簿》。
「ここを見て」
俺は二冊を見比べた。
名前。
出身地。
所属。
戦歴。
最初は違いが分からなかった。
「……同じ人が載ってるよね?」
「ええ」
「じゃあ何が……」
「認定番号」
「認定番号?」
セレスが《勇者選定記録》の一行を指さした。
勇者として正式に認められた者には、認定日と番号が記載されている。
ところが。
「……ない」
俺はもう一冊を開いた。
百英雄名簿には、その人物の名前がある。
間違いなく《百英雄》の一人として記録されている。
なのに。
勇者として正式に認定された記録がない。
「待って」
ページをめくる。
もう一人。
さらにもう一人。
同じだった。
百英雄名簿にはいる。
けれど、勇者選定記録には正式な認定がない。
「どういうこと?」
俺は思わず顔を上げた。
「百英雄って……百人の勇者じゃないの?」
セレスは答えなかった。
いや。
答えられなかった。
俺たちは、ずっとそう思っていた。
学院でもそう教えられてきた。
魔王と戦った百人の勇者。
後世に《百英雄》と呼ばれるようになった、歴代最強の勇者たち。
俺の先生たち。
でも。
記録は違うことを言っている。
「ガルディオ先生」
『なんだ?』
「先生は、勇者ですよね?」
『おい。急に何を言い出す』
「確認です」
『そりゃあ……』
先生の声が止まった。
俺は待った。
『俺は勇者だ』
「いつ認定されたんですか?」
『いつ?』
「王国から勇者だと認められた日です」
『そんなもん……』
また、言葉が止まった。
『…………』
「先生?」
ガルディオ先生の顔から、いつもの豪快さが消えていた。
『……いつだ?』
背中が冷たくなった。
「覚えてないんですか?」
『違う』
先生はこめかみに手を当てた。
『思い出そうとしてる』
「何を?」
『俺が……いつから勇者だったのかを』
沈黙。
『魔王と戦った』
「はい」
『仲間がいた』
「はい」
『戦った。助けた。負けた。勝った。死にかけた。何度もな』
先生は自分自身に言い聞かせるように続ける。
『でも……』
その顔が歪んだ。
『誰に勇者だと言われた?』
俺は何も言えなかった。
『いつ認められた?』
答えは出なかった。
『俺は……最初から勇者だったのか?』
昨日とは違う。
昨日、壊れたのは《百人》という数字だった。
今日は。
《勇者》という言葉そのものが揺らいでいる。
英雄は、誰が決めた?
俺たちは、さらに記録を調べた。
すると、一つの可能性が浮かんできた。
「これ……戦後に作られてる」
俺は百英雄名簿の作成年を見る。
魔王との戦いが終わったあと。
つまり。
戦っている最中に、この百人が《百英雄》と呼ばれていたわけではない可能性がある。
「後から選ばれた?」
俺が呟く。
セレスが慎重に答える。
「その可能性はある。でも、まだ断定はできないわ」
「うん」
断定しない。
それを忘れない。
俺は二冊の記録をもう一度見た。
正式に勇者として認定された人。
認定記録がない人。
それでも、後世では同じ《百英雄》として並べられている。
だったら。
「勇者と英雄って……違うのか?」
セレスが俺を見る。
「少なくとも、この記録では同じ扱いじゃない」
勇者。
英雄。
俺はずっと、ほとんど同じ意味だと思っていた。
強くて。
人を救って。
魔王と戦って。
歴史に名前を残した人。
でも。
もし違うなら。
勇者は、誰かに認められるもの。
英雄は、後からそう呼ばれるもの。
だったら。
「英雄って……誰が決めたんだ?」
誰も答えなかった。
ガルディオ先生も。
セレスも。
俺自身も。
百年前に何があったのか。
誰が戦ったのか。
誰が勇者だったのか。
そして。
誰を《英雄》として歴史に残したのか。
俺たちは、歴史に書かれた答えを読んでいただけだった。
その答えを。
誰が書いたのかなんて、考えたこともなかった。
勇者をやめる方法
「悠真」
しばらくして、セレスがまた俺を呼んだ。
今度は声が低かった。
「これ」
机の端に置かれていた薄い資料。
ほかの記録とは違い、表紙に題名がない。
ただ、端に小さな管理番号だけが振られている。
俺は慎重に開いた。
最初のページ。
そこに書かれていた文字を読んで、手が止まった。
《勇者認定取消》
「……取消?」
思わず読み直す。
勇者。
認定。
取消。
「勇者って……やめられるの?」
「自分からやめる制度なのかは分からないわ」
「じゃあ」
セレスがページを指す。
「認定する側が、取り消せるのかもしれない」
ぞくりとした。
勇者は王国が認定する。
なら。
その認定を王国が取り消すこともできる?
勇者であることは。
本人が決めることじゃない?
「先生」
呼びかけかけて。
俺は止まった。
ゼル先生なら。
何か知っているかもしれない。
百一人目の勇者。
公式の歴史から消された人。
聞けば、答えてくれるかもしれない。
でも。
俺は口を閉じた。
「聞かないの?」
セレスが言った。
俺は頷いた。
「まず、自分たちで見る」
「ゼル先生なら知っているかもしれないわよ」
「うん」
「それでも?」
「先生が答えを知ってることと、その答えが正しいことは別だから」
セレスが少しだけ目を細めた。
「成長したわね」
「今日二回目」
「大事なことだから」
「それも二回目」
「じゃあ、忘れないでしょう」
……かなわないな。
俺は再び資料へ目を落とした。
そして。
次の行を読んだ。
《勇者認定取消 第一号》
その下。
名前がある。
俺は息を止めた。
《第百一勇者 ゼル》
「……先生」
声が漏れた。
やっぱり。
ゼル先生は、ただ歴史から消えたんじゃない。
勇者として認められ。
そして。
その認定を取り消されている。
「理由は?」
セレスが資料をめくる。
「書かれてない」
「取消日は?」
「ある」
「その後は?」
「……ない」
何もない。
ゼル先生がその後どうなったのか。
なぜ認定を取り消されたのか。
この資料だけでは分からない。
ただ一つ分かる。
百一人目の勇者は、確かに存在した。
そして。
勇者ではなくされた。
第二号
俺は次のページをめくった。
紙が擦れる音だけが響いた。
そして。
手が止まった。
「セレス」
「何?」
「……続きがある」
彼女が隣から覗き込む。
そこには。
《勇者認定取消 第二号》
そう書かれていた。
「二人目……?」
セレスの声が小さくなる。
俺はその下を見る。
名前。
そこに名前があるはずだった。
第一号には《第百一勇者 ゼル》と書かれていた。
なら。
第二号にも。
誰かの名前があるはずだ。
でも。
なかった。
空欄じゃない。
インクが消えたわけでもない。
その部分だけ。
紙の表面ごと、削り取られていた。
「……消されてる」
セレスが呟く。
俺は指を近づける。
触れない。
触れるのが怖かった。
誰かがいた。
勇者として認められた誰か。
そして。
勇者ではなくされた誰か。
さらに。
名前まで消された誰か。
誰だ?
一瞬。
《百二人目》
その言葉が頭をよぎる。
でも。
俺はそこで思考を止めた。
違う。
まだ、つなげるな。
証拠がない。
昨日、学んだばかりだ。
分からないものを、分かったことにしない。
俺は息を吐いた。
そして。
削り取られた名前を見つめた。
「先生以外にも……消された勇者がいる」
第54話 完
次回 第5話/通算第55話
「勇者をやめた人は、どこへ行ったんですか?」
勇者認定を取り消された第二号。
けれど、その人物には死亡記録がない。
処刑された記録もない。
国外へ追放された記録もない。
残されているのは、不自然な空白だけ。
悠真たちが《消された勇者》の行方を追い始めた、その先で。
今度は、現在の学院そのものに異変が起きる。
消されるのは、百年前の勇者だけではなかった。
第54話を読んで、「勇者」と「英雄」の違いをどう感じたでしょうか。
そして、名前を削られた《第二号》は誰なのか。
予想や感想があれば、ぜひコメントやメッセージで教えてください。
この物語の続き・ほかの作品は、note「momokun」と Momokun Official で公開しています。
Note:momokun https://note.com/momokun1 https://note.com/dreamy_bonobo524
Momokun Official https://momokun.jp/




