第1話/通算第51話 「勇者は、誰が決めるんですか?」
第6部『勇者制度編』
百一人目の勇者。
その正体は、ずっと自分を導いてきた先生、ゼルだった。
けれど、本当に恐ろしいのは、
「百一人目がいたこと」ではない。
なぜ、彼は勇者だったのに歴史から消されたのか。
なぜ、魔王を倒さなかったのか。
そして――
そもそも、誰が「勇者」を決めているのか。
これまで悠真は、百人の英雄たちから答えを教わってきました。
戦い方も。
人を守る方法も。
正しい答えを疑うことさえも。
だから今度は、
先生から答えを教えてもらわないことを選びます。
「また、先生の答えを信じるだけになるから」
ゼルの答えではなく。
王国の答えでもなく。
歴史に書かれた答えでもなく。
悠真はセレスとともに、自分たちで確かめる道を選びます。
その先で見つかるのは、
《勇者選定院》
勇者は、誰が選ぶのか。
何をすれば勇者になれるのか。
そして、なぜ勇者という存在が必要なのか。
第6部『勇者制度編』。
ここから物語は、
「消された一人の勇者」の謎から、「勇者という制度そのもの」の謎へ。
そして最後に、悠真たちは一つの言葉へたどり着きます。
勇者は、作られる。
では――
誰が、何のために?
「それを知ったら、君は王国の敵になるかもしれないよ」
ゼル先生は、笑っていた。
いつもの笑い方だった。
少し困ったような。
それでいて、俺がどんな答えを返すのか待っているような。
だから俺も、いつものように聞きそうになった。
「だったら――」
教えて。
先生が知っていることを。
どうして百一人目の勇者だった先生が、歴史から消されたのか。
どうして魔王を殺さなかったのか。
王国は、何を隠したのか。
聞きたいことなら、いくらでもある。
ゼル先生なら。
そのいくつかには、きっと答えられる。
「……」
でも。
俺は、その先を言えなかった。
「悠真?」
隣でセレスが俺を見る。
俺は一度、口を閉じた。
そして。
「……やっぱり、いい」
ゼル先生が瞬きをする。
「何が?」
「聞かない」
「僕が知っていることを?」
「うん」
ゼル先生の笑みが、ほんの少し薄くなった。
「どうして?」
俺にも、少し前までなら分からなかったと思う。
分からないことがある。
先生が答えを知っている。
だったら、教えてもらえばいい。
ずっと、そうしてきた。
百人の英雄たちに。
ガルディオ先生に。
ゼル先生に。
剣の振り方。
敵の見方。
逃げるべきとき。
戦うべきとき。
守り方。
勝ち方。
たくさんのことを教えてもらった。
だからこそ。
「また、先生の答えを信じるだけになるから」
勇者継承室から、音が消えた。
百英雄たちも黙っている。
いつもなら何か言いそうなガルディオ先生まで、腕を組んだまま俺を見ていた。
ゼル先生だけが、静かに俺を見る。
「僕を信じられなくなった?」
「逆」
俺は即答した。
「信じてるから、聞かない」
ゼル先生の目がわずかに開く。
「先生が『王国が間違ってる』って言ったあとで調べたら、俺はたぶん、王国が間違ってる証拠ばっかり探す」
「……」
「先生の答えを正解にするために調べる。それじゃ意味がない」
言葉にすると、怖かった。
先生を疑う。
王国を疑う。
歴史を疑う。
そして。
自分が信じたい答えまで疑う。
でも。
たぶん。
そこまでやらないと駄目なんだ。
「先生が何をしたのかも」
俺は言った。
「王国が何をしたのかも」
ゼル先生を見る。
「俺が自分で確かめたい」
長い沈黙のあと。
ゼル先生が、ふっと笑った。
「困ったな」
「何が?」
「生徒が先生の言うことを聞かなくなった」
「先生が教えたんじゃん」
「僕が?」
「正しい答えを疑えって」
ゼル先生は一瞬、目を見開いた。
それから。
今度は少しだけ嬉しそうに笑った。
「……そうだったね」
その声を聞いた瞬間。
俺は少しだけ寂しくなった。
先生に教えてもらわない。
それは。
先生が必要なくなったという意味じゃない。
むしろ。
先生に教えてもらったから。
自分で歩かなきゃいけないところまで来た。
たぶん。
そういうことなんだと思う。
「珍しいわね」
隣から声がした。
セレスだった。
「何が?」
「あなたが先生の言うことを聞かないなんて」
「俺だって成長するんだけど」
「そう」
「そこ、もうちょっと感動するところじゃない?」
「あとでね」
「あとなんだ」
セレスが小さく笑う。
でも、すぐに表情を戻した。
「それで?」
「うん?」
「ゼル先生から聞かないなら、どうするの?」
俺は答えた。
「調べる」
「何を?」
俺は勇者継承室を見回した。
削られた文字。
消された記録。
百一人目。
ゼル。
「先生が正しかったかじゃない」
「……」
「王国が間違ってたかでもない」
もっと手前。
今まで一度も疑わなかったところ。
「勇者って、そもそも何なのか」
セレスが俺を見る。
「勇者?」
「うん」
「ずいぶん大きなところまで戻ったわね」
「俺もそう思う」
「それで、どこから調べるつもり?」
俺は少し考えた。
「……そこまでは考えてなかった」
「でしょうね」
「即答するなよ」
セレスがため息をつく。
そして。
「じゃあ、まず知っていそうな人に聞きましょう」
「ゼル先生には聞かないぞ」
「分かってる」
「じゃあ誰?」
セレスは、当然のように言った。
「学院長」
「……あ」
「気づいてなかったの?」
「今、気づいた」
「でしょうね」
二回目だった。
でも。
俺は少しだけ笑った。
セレスは「あなたが調べなさい」とは言わなかった。
最初から。
一緒に調べるつもりでいる。
そのことが。
今は、妙に心強かった。
◇
勇者は、誰が決める?
「勇者とは誰が決めるのか、だと?」
学院長は、ものすごく嫌そうな顔をした。
学院長室に入ってから、まだ数分しか経っていない。
なのに。
もう帰ってほしそうだ。
「はい」
「神谷」
「はい」
「お前は、もう少し普通の質問をできないのか」
「普通の質問?」
「授業の内容とかだ」
「じゃあ授業について質問します」
学院長が少し安心した顔をした。
「勇者学概論で習う『勇者』の定義って、誰が決めたんですか?」
学院長が額を押さえた。
横でセレスが顔を背ける。
肩が少し震えている。
絶対、笑ってる。
「お前たちは何を調べてきた」
学院長の声が低くなった。
俺とセレスは顔を見合わせる。
全部を話す必要はない。
まだ。
俺たち自身が何を見つけたのか、整理できていない。
だから。
質問を変えないことにした。
「学院長」
「なんだ」
「勇者って、誰が決めるんですか?」
今度は学院長も、すぐには答えなかった。
俺を見る。
セレスを見る。
そして。
「制度上は、王国だ」
短い答えだった。
でも。
その一言が引っかかった。
「制度上?」
「ああ」
「勇者って、王国が決めるんですか?」
「正確には、王国が勇者として認定する」
「認定……」
思っていた言葉と違った。
勇者は。
誰かを救った人が、あとからそう呼ばれるものだと思っていた。
でも。
認定。
その言葉には。
誰かが決めるという意味がある。
「じゃあ」
俺は聞く。
「ものすごく強くても、王国が認めなかったら勇者じゃない?」
「制度上はな」
「魔王を倒しても?」
「極端な例を出すな」
「でも、あり得ますよね?」
学院長が黙る。
それだけで十分だった。
俺は続ける。
「じゃあ、逆は?」
「逆?」
ここからだ。
俺が本当に聞きたかったのは。
「一度、勇者だった人がいる」
学院長の表情が変わった。
「その人が、王国の命令に従わなかった」
「神谷」
「でも、その人は人を救った」
学院長の目が鋭くなる。
「誰の話をしている?」
俺は答えなかった。
代わりに。
学院長の後ろを見る。
そこに。
ゼル先生がいる。
学院長には見えない。
俺にしか見えない先生。
百一人目の勇者。
歴史から消された人。
俺が見たことに気づいたのか。
ゼル先生が少しだけ首を傾ける。
何も言わない。
俺も聞かない。
これは。
先生に答えてもらうための質問じゃない。
俺自身が答えを探すための質問だ。
学院長へ視線を戻す。
「王国が」
ゆっくりと言葉を選ぶ。
「『お前は勇者じゃない』って決めたら」
学院長は黙っている。
「その人は、勇者じゃなくなるんですか?」
返事はなかった。
否定も。
肯定も。
学院長は、ただ俺を見ていた。
「人を救っても?」
沈黙。
「誰かを守っても?」
沈黙。
「それでも、王国が違うって言ったら」
俺は聞く。
「勇者じゃなくなるんですか?」
学院長は椅子に深く座り直した。
そして。
逆に俺へ尋ねた。
「神谷」
「はい」
「お前は、勇者になりたいのか?」
予想していなかった質問だった。
俺は答えようとして。
止まった。
この学院に入ったころなら。
すぐに答えていたかもしれない。
なりたい。
強くなりたい。
認められたい。
落ちこぼれじゃないと証明したい。
百英雄に教えてもらえる自分なら。
いつか。
そう思っていた。
でも。
今は。
「……分かりません」
学院長の眉が動いた。
「分からない?」
「はい」
「なぜだ」
「勇者になるって何なのか、分からなくなったからです」
学院長は黙る。
「勇者になれるかどうかより」
俺は言った。
「今は、誰が勇者を決めてるのかを知りたい」
俺の後ろで。
誰かが小さく笑った。
ゼル先生だった。
「本当に聞かないんだね」
俺にしか聞こえない声。
俺も小さな声で答える。
「聞かない」
「頑固になったね」
「誰のせいだよ」
「僕かな?」
「先生だよ」
ゼル先生は笑った。
でも。
答えは言わなかった。
それでいい。
今は。
それがいい。
◇
知らないことを知っている人
「神谷」
学院長が口を開いた。
「一つだけ覚えておけ」
「はい」
「王国が、すべてを知っていると思うな」
俺は顔を上げた。
「どういう意味ですか?」
「そのままの意味だ」
学院長の表情は険しい。
「制度は、それを作った人間より長く残ることがある」
「……」
「今、その制度を動かしている者が、なぜ作られたのかを知らないこともある」
セレスが学院長を見る。
「学院長も知らないんですか?」
学院長は答えなかった。
俺は少し驚いた。
学院長なら。
学院のことも。
勇者のことも。
王国のことも。
俺たちよりずっと多く知っていると思っていた。
でも。
違う。
この人にも。
知らないことがある。
「学院長でも?」
「学院長だから何でも知っていると思うな」
「ちょっと思ってました」
「捨てろ、その幻想は」
「今日、二個目です」
「何がだ」
「先生なら答えを知ってるっていう幻想と、学院長なら何でも知ってるっていう幻想」
横で。
「ふっ」
セレスが吹き出した。
「セレス」
「ごめんなさい」
絶対に反省していない。
学院長は大きく息を吐いた。
「だが」
立ち上がる。
「お前の質問に関係するものなら、一つ心当たりがある」
俺とセレスが同時に顔を上げた。
「何ですか?」
学院長は答えない。
そのまま部屋の奥へ歩いていく。
壁一面を覆う本棚。
学院史。
王国法。
魔法史。
戦史。
古い本が隙間なく並んでいる。
学院長は、その中から一冊を抜いた。
何も起きない。
二冊目。
まだ何も起きない。
三冊目。
カチッ。
小さな音。
本棚の一部が、わずかに前へ出た。
「……隠し棚?」
セレスが呟く。
学院長は答えず、その奥へ手を入れる。
取り出したのは。
小さな木箱だった。
黒く変色している。
かなり古い。
学院長は机へ戻ると、箱を置いた。
「これは歴代学院長に引き継がれてきた」
「何が入ってるんですか?」
「一つだけだ」
箱が開く。
中にあったのは。
一本の鍵。
普通の扉に使うには大きすぎる。
黒ずんだ金属。
表面には、細い文字と見たことのない紋章が刻まれている。
剣。
その後ろに円。
俺は思わず顔を近づけた。
「触るな」
「まだ触ってません」
「触ろうとしただろう」
「ちょっとだけ」
「それを触ろうとしたと言う」
セレスが俺の袖を引いた。
「悠真」
「分かってるって」
俺は手を引っ込める。
でも。
目だけは鍵から離せなかった。
何か書いてある。
古い文字。
全部は読めない。
それでも。
一文字ずつなら。
「……勇者」
学院長が俺を見る。
俺はさらに目を凝らす。
その下。
「選……定……」
最後の文字。
「院?」
セレスの表情が変わった。
俺はもう一度。
鍵に刻まれた文字を読んだ。
《勇者選定院》
第51話 完
次回 第6部 第2話/通算第52話
「勇者になるには、王国の許可が必要ですか?」
王立アストリア勇者学院とは別に、かつて王国には《勇者選定院》と呼ばれる施設が存在していた。
しかも、その施設は現在、廃止されたことになっている。
悠真とセレスが次に向き合うのは、「勇者になるための条件」。
そして、古い記録に残されていた人数と、歴史に残る百英雄の人数に、最初の食い違いが現れる。
勇者になるには、本当に王国の許可が必要なのか。
「ここが気になった」「この人物が好き」など、一言でも感想・コメントをいただけると嬉しいです。
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