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第10話/通算第50話 「先生の名前は、英雄名簿から消された」

第5部 英雄の記録は、誰が作ったのか




前書き








百人の死んだ英雄。








それが、悠真の先生たちだった。








剣を教えてくれた。








戦い方を教えてくれた。








勇者とは何かを教えてくれた。








けれど、レムナ村で悠真は初めて知った。








英雄の答えが、いつも正しいとは限らない。








だから、自分で考えることにした。








仲間に聞くことにした。








失敗しても、自分たちで答えを作ることにした。








そして悠真は、先生たちへ言った。








「先生たちがいなくても、戦えるようになるから」








それは、少年が一人で歩き始めるための言葉だった。








だが。








悠真はまだ知らない。








疑うべきだったのは、








英雄たちの答えだけではなかった。








学院に存在しない地下室。








古い設計図にだけ残された《第零資料庫》。








そこに眠っていたのは、








魔物でも、








伝説の武器でもない。








英雄たち自身が知らない、英雄たちの記録だった。








なぜ、百人の英雄は地下室を知らないのか。








なぜ、勇者の記録が隠されているのか。








そして。








なぜ一人だけ、








ゼルは笑わなかったのか。








百人だと思っていた英雄の歴史に、








もし、








百一人目がいたとしたら。








これは、








落ちこぼれの少年が英雄を目指す物語から、








「英雄とは誰が決めるのか」を問い始める物語へ。








第5部。








「英雄の記録は、誰が作ったのか」








開幕。








最初の謎は、








悠真たちが毎日通っている学院の地下から始まる。








第1話(通算41話)




「学院に、存在しない地下室がある」








百人の先生は、全員言った。








「知らない」








ただ一人。








ゼルだけが、








その扉を見て笑わなかった。

「百二人目」


悠真は、息を止めた。


「……何?」


魔法陣の中央。


鎖につながれた少年は、悠真を見ていた。


黒い髪。


細い身体。


悠真たちと、ほとんど変わらない年齢。


でも。


間違えるはずがない。


「ゼル先生……?」


少年は答えなかった。


ただ。


少し困ったように笑った。


いつものゼルと。


同じ笑い方だった。


「百二人目って、どういう意味?」


カシャン。


鎖が鳴った。


右腕。


左腕。


両足。


そして首。


少年を拘束する鎖が、一本ずつ白く光る。


「悠真!」


セレスが腕をつかんだ。


「下がって!」


間に合わなかった。


魔法陣から光があふれた。


世界が。


白く染まった。


◇


「魔王を殺せ」


声がした。


悠真は目を開けた。


雨。


泥。


血。


知らない戦場だった。


いや。


知らないはずなのに。


目の前にいる人たちは知っている。


ガルディオ。


フィリア。


レグナス。


百人の英雄。


若い。


そして。


生きている。


その少し前に。


一人の少年が立っていた。


「ゼル先生」


若いゼル。


手には剣。


その前に。


誰かが倒れている。


顔は見えない。


黒く欠けていた。


まるで。


そこだけ記憶そのものを削り取られたように。


『殺せ』


王国軍の兵士が叫ぶ。


『ゼル! 命令だ!』


ゼルは動かない。


『魔王を殺せ!』


魔王。


悠真は息をのんだ。


倒れているのが。


魔王。


『聞こえないのか!』


ゼルの剣が震える。


『……できません』


『何?』


『殺せません』


『王命だぞ!』


『分かっています』


『なら殺せ!』


ゼルは。


首を振った。


『こいつを殺せば、戦争は終わる』


悠真は。


その言葉を知っていた。


処刑記録。


百一人目が残した言葉。


ゼルは続ける。


『でも』


顔を上げる。


『次の戦争が始まる』


『何を言っている』


『魔王を倒せば――』


音が。


消えた。


「え?」


ゼルの口は動いている。


でも。


声だけが聞こえない。


『勇者を――』


途切れる。


『王国の――』


消える。


『だから――』


黒い染みが。


記憶を塗り潰していく。


「待って!」


悠真は走った。


「そこだ!」


今。


一番知りたいところ。


「先生、何を知ったんだ!」


届かない。


悠真の手は。


ゼルの身体をすり抜けた。


映像が揺れる。


ゼルの声が。


一瞬だけ戻った。


『魔王を倒せば』


悠真は息を止める。


『勇者を生み出してきた仕組みそのものが――』


消えた。


「仕組み……?」


勇者を。


生み出す仕組み。


何だ。


それは。


次の瞬間。


戦場が崩れた。


◇


石造りの部屋。


ゼルが座っている。


両手には鎖。


正面には。


何人もの人間。


王国軍。


貴族らしき男。


聖職者。


でも。


顔は見えない。


そこだけ。


記憶が欠けている。


机の上。


一枚の紙。


《第百一勇者 処刑決議》


悠真の心臓が鳴った。


『最後に確認する』


男が言う。


『魔王討伐の王命に背いたことを認めるか』


『認めます』


『魔王を助けたことも?』


ゼルは。


首を振った。


『それは違います』


『何が違う』


『僕は魔王を助けたんじゃない』


静かな声。


『知ってしまっただけです』


『何をだ』


ゼルが答える。


でも。


また。


音が消えた。


悠真は歯を食いしばる。


そこだけ。


必ず消える。


ゼルが知ったもの。


魔王を殺せなかった理由。


王国が隠したかったもの。


『黙れ』


男が机を叩いた。


『これ以上、話す必要はない』


ゼルは。


笑った。


『だったら』


いつもの。


少し困ったような笑い方。


『どうして、そんなに怖がるんですか』


沈黙。


『処刑する』


男が言った。


『第百一勇者』


一拍。


『ゼル』


悠真の身体が。


動かなくなった。


ゼル。


聞こえた。


はっきりと。


第百一勇者。


ゼル。


「先生……」


『王命への反逆』


『魔王への利敵行為』


『勇者資格を剥奪する』


ゼルは。


何も言わない。


そして。


男は続けた。


『さらに』


紙を置く。


『この者の名を、英雄名簿から削除する』


ゼルが。


初めて顔を上げた。


『……何?』


『墓碑を撤去』


『関連記録を封印』


『第百一勇者に関する記録の閲覧を禁ずる』


処刑するだけじゃない。


存在を。


消す。


百一人目を。


最初からいなかったことにする。


『待ってください』


ゼルが立ち上がる。


鎖が鳴る。


『僕を消すのは構わない』


兵士が肩を押さえる。


『でも』


ゼルの声が。


初めて震えた。


『あの人たちの記憶には触れないでください』


悠真は。


百人の英雄を思い出した。


ガルディオ。


フィリア。


レグナス。


ゼルと一緒に戦った。


百人。


『必要な措置だ』


『命令に背いたのは僕です!』


ゼルが叫ぶ。


『あの人たちは関係ない!』


『第百一勇者は存在しなかった』


男は。


冷たく言った。


『そういう歴史になる』


『待って!』


魔法陣が光る。


『ガルディオたちは――』


白い光。


『忘れさせないでくれ!』


世界が。


消えた。


◇


暗闇。


悠真は。


一人で立っていた。


「先生」


返事はない。


「ゼル先生」


遠く。


小さな光。


若いゼルが立っている。


今度は。


鎖がない。


『悠真』


「先生?」


『これは記録だ』


ゼルが言う。


『今の僕じゃない』


悠真は。


黙って聞く。


『だから』


少し笑う。


『この僕の言葉も、正しいと思わなくていい』


本当に。


ゼルらしい。


「一つだけ聞いていい?」


『何?』


「百二人目って何?」


ゼルは。


しばらく。


悠真を見た。


『それは』


悠真は待つ。


『まだ、答えを教えられない』


「またそれ?」


『先生だからね』


「便利だな、その言葉」


ゼルが笑った。


でも。


その身体が。


少しずつ透けていく。


「先生」


『悠真』


「何?」


『英雄になるな、とは言わない』


ゼルの輪郭が。


光に溶けていく。


『でも』


最後。


声だけが残る。


『英雄って言葉を、信じすぎるな』


世界が。


砕けた。


◇


「悠真!」


セレスの声。


目を開ける。


勇者継承室。


百一本の柱。


黒い石壁。


魔法陣。


悠真は。


床に膝をついていた。


「大丈夫?」


セレスが。


すぐ隣にいる。


「……うん」


「何が見えたの?」


悠真は。


答えようとして。


止まった。


百人の英雄たちを見る。


ガルディオ。


フィリア。


レグナス。


全員。


こちらを見ている。


自分たちの記憶が。


消されたかもしれない人たち。


悠真は。


セレスを見る。


セレスは。


何も言わなかった。


急かさない。


答えもくれない。


ただ。


隣にいる。


悠真は。


自分で決めた。


「先生たち」


百人を見る。


「分かったことがある」


ガルディオが。


一歩前へ出る。


『何だ』


悠真は。


傷だらけの柱を見る。


名前を削られた柱。


一文字だけ残っている。


《ゼ》


「百一人目の勇者は」


息を吸う。


「ゼル先生だった」


画像

誰も。


動かなかった。


『……ゼル?』


ガルディオの声。


「うん」


『あいつが』


「百一人目」


フィリアが。


口元を押さえる。


『では』


「先生たちは」


悠真は続ける。


「ゼル先生を忘れたんじゃない」


百人を見る。


「忘れさせられたんだ」


ガルディオの拳が。


震える。


『俺は……』


言葉が続かない。


英雄。


歴史に名前を残した。


百人の勇者。


でも。


今は。


ただ。


大切な誰かを。


奪われた人たちだった。


そのとき。


「悠真」


セレスが言った。


「魔法陣」


振り返る。


光。


人影。


悠真の心臓が。


跳ねた。


黒い髪。


穏やかな顔。


今度は。


若い少年じゃない。


いつもの姿。


「先生」


ゼルが。


そこに立っていた。


◇


誰も。


動かなかった。


ゼルは。


悠真を見る。


「見ちゃった?」


悠真は。


一瞬。


言葉を失った。


「それだけ?」


「何が?」


「消えて」


一歩。


近づく。


「百年前の記憶を見せられて」


もう一歩。


「先生が百一人目だって分かって」


ゼルは。


困ったように笑う。


「怒ってる?」


「怒ってる」


即答した。


「すごく」


「そっか」


「あと」


悠真は。


拳を握った。


「怖かった」


ゼルの笑顔が消える。


「先生が悪い人だったらどうしようって」


第48話。


セレスに話した。


本当の気持ち。


「先生が俺たちを騙してたらどうしようって」


でも。


それだけじゃない。


「もっと怖かった」


「……何が?」


「先生が」


悠真は。


ゼルを見る。


「何も言わずに、いなくなることのほうが」


沈黙。


ゼルが。


目を伏せた。


「……ごめん」


「謝ってほしいんじゃない」


「じゃあ?」


悠真は。


一度だけ。


息を吸った。


「先生」


「うん」


「百一人目なんだね」


長い。


沈黙。


百人の英雄。


セレス。


学院長。


全員がいる。


それでも。


今だけは。


悠真とゼル。


二人だけのように感じた。


ゼルが。


ゆっくり頷く。


「うん」


それだけだった。


でも。


十分だった。


第百一勇者。


ゼル。


歴史から消された勇者。


王命に背いた。


魔王を殺さなかった。


裏切り者とされた。


悠真は。


聞こうとした。


どうして。


魔王を殺せなかったのか。


勇者を生み出す仕組みとは何なのか。


王国は何を隠しているのか。


百二人目とは何なのか。


でも。


やめた。


ゼルが。


少し驚いた顔をする。


「聞かないの?」


「聞く」


「何を?」


悠真は。


傷だらけの柱を見る。


ずっと。


質問を間違えていた。


ゼルは何者なのか。


ゼルは何をしたのか。


魔王を助けたのか。


裏切ったのか。


正しいのか。


間違っているのか。


でも。


それより先に。


聞かなければならないことがある。


「先生が何をしたのかじゃない」


ゼルの目が。


わずかに開く。


「俺が知りたいのは」


悠真は言った。


「どうして先生が消されたのか」


ゼルは。


答えない。


「王国が正しかったのかもしれない」


学院長が。


顔を上げる。


「先生が間違ってたのかもしれない」


ゼルを見る。


「まだ分からない」


だから。


決めつけない。


ゼルが正義だとも。


王国が悪だとも。


「だから知りたい」


悠真は言った。


「何があったのか」


「悠真」


「先生を信じたい」


一度。


言葉を切る。


「でも」


第47話。


自分で言った。


信じるだけじゃ。


先生を救えない。


「信じるだけじゃ駄目なんだ」


ゼルは。


静かに悠真を見る。


「先生が言ってることも」


一歩。


前へ。


「英雄たちが信じてきたことも」


さらに。


「王国が歴史に書いたことも」


悠真は。


ゼルの前で止まった。


「全部、自分で確かめる」


長い沈黙。


やがて。


ゼルが。


寂しそうに笑った。


「それを知ったら」


悠真は。


黙って待つ。


「君は王国の敵になるかもしれないよ」


セレスが。


悠真を見る。


学院長も。


百人の英雄も。


何も言わない。


答えは。


誰もくれない。


だから。


悠真は。


自分で答えた。


「先生に教わったんだ」


ゼルを見る。


「正しい答えを疑えって」


ゼルの目が。


少しだけ。


大きくなった。


悠真は。


もう目を逸らさなかった。




第50話 完

第5部『消された英雄編』完

次回 第6部 第1話/通算第51話

「勇者は、誰が決めるんですか?」

百一人目の勇者。


ゼル。


その名前は、ついに歴史の闇から姿を現した。


しかし。


なぜゼルは魔王を殺せなかったのか。


なぜ王国は、彼の存在だけでなく百英雄の記憶まで消したのか。


そして。


勇者を生み出す《仕組み》とは何なのか。


悠真が次に疑うのは、一人の英雄ではない。


王国が百年間守り続けてきた、


《勇者》という制度そのものだった。



この物語の続き・ほかの作品は、note「momokun」と Momokun Official で公開しています。


あなたなら、最も信頼していた先生が「歴史から消された勇者」だと知ったとき、それでも先生を信じますか?


感想や予想をコメントで教えてください。

この物語の続き・ほかの作品は、note「momokun」と Momokun Official で公開しています。

Note:momokun https://note.com/momokun1 https://note.com/dreamy_bonobo524

Momokun Official https://momokun.jp/

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