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第9話/通算第49話 「百一人目の勇者を、歴史から消した人」

第5部 英雄の記録は、誰が作ったのか


前書き




百人の死んだ英雄。




それが、悠真の先生たちだった。




剣を教えてくれた。




戦い方を教えてくれた。




勇者とは何かを教えてくれた。




けれど、レムナ村で悠真は初めて知った。




英雄の答えが、いつも正しいとは限らない。




だから、自分で考えることにした。




仲間に聞くことにした。




失敗しても、自分たちで答えを作ることにした。




そして悠真は、先生たちへ言った。




「先生たちがいなくても、戦えるようになるから」




それは、少年が一人で歩き始めるための言葉だった。




だが。




悠真はまだ知らない。




疑うべきだったのは、




英雄たちの答えだけではなかった。




学院に存在しない地下室。




古い設計図にだけ残された《第零資料庫》。




そこに眠っていたのは、




魔物でも、




伝説の武器でもない。




英雄たち自身が知らない、英雄たちの記録だった。




なぜ、百人の英雄は地下室を知らないのか。




なぜ、勇者の記録が隠されているのか。




そして。




なぜ一人だけ、




ゼルは笑わなかったのか。




百人だと思っていた英雄の歴史に、




もし、




百一人目がいたとしたら。




これは、




落ちこぼれの少年が英雄を目指す物語から、




「英雄とは誰が決めるのか」を問い始める物語へ。




第5部。




「英雄の記録は、誰が作ったのか」




開幕。




最初の謎は、




悠真たちが毎日通っている学院の地下から始まる。




第1話(通算41話)


「学院に、存在しない地下室がある」




百人の先生は、全員言った。




「知らない」




ただ一人。




ゼルだけが、




その扉を見て笑わなかった。

百一人目だけが、消えていた。


「学院長のところへ行く」


悠真は立ち上がった。


「私も行く」


セレスも立つ。


「……うん」


それだけだった。


止める必要もない。


頼む必要もない。


さっき、自分から言った。


――一緒に来て。


そしてセレスは、何も聞かずに隣へ来てくれた。


悠真は走り出した。


今度は、一人ではなかった。


『待て』


ガルディオの声。


振り返る。


百人の英雄たちがいた。


ガルディオ。


フィリア。


レグナス。


他の先生たちも。


全員いる。


ただ一人。


ゼルだけがいない。


『俺たちも行く』


「先生たちも?」


『当たり前だ』


ガルディオは笑わなかった。


『あいつだけ勝手に消えやがったんだ。文句の一つくらい言わせろ』


いつもの乱暴な口調。


でも。


拳が震えていた。


フィリアが静かに言う。


『悠真』


「はい」


『急ぎましょう』


その声も硬い。


『もし私たちの記憶まで書き換えられているのなら』


一瞬。


フィリアは言葉を止めた。


『私たち自身も、何を忘れているのか分かりません』


悠真は頷いた。


「行こう」


ゼルを探す。


そのために。


まず。


百一人目を消したものを探す。


◇


深夜の学院を走る。


悠真。


セレス。


そして、百人の英雄。


誰も話さなかった。


いつもならガルディオが何か言う。


誰かが突っ込む。


フィリアが呆れる。


ゼルが少し離れたところで笑っている。


でも。


今夜は。


その一人がいない。


それだけで。


学院の廊下が、知らない場所に見えた。


学院長室へ着く。


悠真は扉を叩いた。


返事を待たずに開ける。


「学院長!」


「神谷君?」


学院長は起きていた。


机の上には資料が広げられている。


第零資料庫で見つかった記録。


焼け残った紙。


黒装束の男たちが使った術式。


学院長も。


眠れるはずがなかったらしい。


「どうした」


「ゼル先生が消えました」


学院長の手が止まった。


「……何?」


「百英雄は全員います」


悠真は言った。


「でも」


一度。


息を吸う。


「百一人目だけが、消えました」


学院長の顔から表情が消えた。


ほんの一瞬だった。


でも。


悠真は見た。


驚いたんじゃない。


何かを。


知っている顔だった。


「学院長」


「……」


「百一人目について、知ってますよね」


「私は」


「『知らない』は、もう聞きました」


学院長が黙る。


悠真は机へ近づいた。


「第零資料庫がありました」


一つ。


「学院の設計図から消されていた」


二つ。


「百人と百一人で人数が違う記録があった」


三つ。


「百一人目の名前だけ、黒く塗られていた」


四つ。


「墓も消されていた」


五つ。


「《第百一勇者 処刑決議》って記録もあった」


そして。


「百英雄の記憶まで変えられていた」


背後に。


百人の英雄がいる。


学院長には見えない。


でも。


全員が同じ人を見ている。


「これでも」


悠真は尋ねた。


「何も知らないんですか?」


長い沈黙。


学院長が。


ゆっくり椅子へ座った。


「……知っている」


セレスが息をのむ。


悠真は動かなかった。


「何をですか」


「百一人目が存在したことだ」


学院長は机の引き出しを開けた。


そこから。


黒い鍵を取り出す。


中央に勇者の紋章。


「だが」


学院長は続けた。


「名前を知らない」


「……え?」


「誰だったのかも知らない」


悠真は思わず聞き返した。


「学院長なのに?」


「ああ」


「学院が記録を隠していたんですよね?」


「そうだ」


「なら、どうして」


「神谷君」


学院長が悠真を見る。


「私も、それが分からない」


「……」


「知っているはずなんだ」


学院長は自分の額へ触れた。


「百一人目がいたことは知っている」


指が震える。


「記録が消されたことも知っている」


でも。


「名前を思い出そうとすると」


学院長の眉間に皺が寄った。


「……何を思い出そうとしていたのか分からなくなる」


セレスの顔が変わった。


「学院長」


「何だ」


「今まで、百一人目について調べようとしたことは?」


学院長は口を開いた。


止まった。


「……ある」


「いつですか?」


「それは」


沈黙。


「覚えていない」


セレスが悠真を見る。


悠真も。


同じものを思い出していた。


黒装束。


百英雄。


記憶から。


特定の情報だけを消す魔術。


「《記憶封印》」


悠真が言った。


学院長の目が動く。


「なぜ、その言葉を知っている」


「黒装束の人たちに使われていました」


セレスが続ける。


「百英雄にも、同じ系統の痕跡がありました」


「……」


「学院長」


セレスが一歩前へ出る。


「あなたにも施されているんじゃないですか?」


学院長は答えなかった。


いや。


答えられなかった。


自分の額に触れたまま。


動かない。


やがて。


「学院長に就任した日」


小さく言った。


「ある儀式を受けた」


「儀式?」


「学院の秘密を守るための誓約魔術だと聞かされていた」


悠真の背後で。


フィリアがつぶやく。


『……記憶封印』


学院長が立ち上がった。


本棚へ向かう。


一冊の記録を抜く。


開く。


白紙。


別の一冊。


途中だけ。


数ページが抜けている。


さらに一冊。


また。


同じ場所だけがない。


学院長の顔色が変わった。


「私は」


ページをめくる。


「これを見たことがある」


また。


めくる。


「何度も」


白紙。


「何度も見ている」


別の本。


欠落。


「なのに」


学院長の指が止まった。


「なぜ今まで」


声が震える。


「おかしいと思わなかった」


誰も答えられなかった。


百英雄も。


学院長も。


そして。


悠真も。


◇


「誰がやったんですか?」


悠真は尋ねた。


学院長は首を振る。


「分からない」


「王国?」


「分からない」


「百年前の王様?」


「それも分からない」


「じゃあ」


悠真は言いかけた。


止まる。


何かが。


引っかかった。


百一人目の名前が消された。


墓も消された。


記録も消された。


百英雄の記憶まで変えられた。


学院長にも記憶封印。


そして。


今日。


黒装束の男たちが第零資料庫へ来た。


なぜ?


百年前の事件なのに。


どうして。


今日。


「……違う」


悠真はつぶやいた。


「悠真?」


セレスが見る。


「百年前に」


頭の中で。


バラバラだったものがつながる。


「百一人目を消しただけなら」


学院長を見る。


「どうして今日、第零資料庫を襲う必要があるんですか?」


学院長の目が見開かれた。


「……何?」


「だって、おかしいです」


悠真は机の上の焼けた記録を指した。


「百年前に全部終わってるなら」


一つ。


「墓を消した」


二つ。


「記録を消した」


三つ。


「百英雄の記憶を消した」


四つ。


「学院長の記憶まで封じた」


そして。


五つ。


「今日も、記録を奪いに来た」


セレスが息をのむ。


「……そういうこと」


「うん」


悠真は。


自分の言葉に。


自分で震えた。


「百一人目は」


百年前に消されたんじゃない。


「百年間」


今も。


「消され続けてるんだ」


静寂。


ガルディオの拳が。


強く握られた。


『……ふざけやがって』


フィリアも。


何も言わない。


でも。


顔に怒りが浮かんでいた。


レグナスが壁に並ぶ歴代学院長の肖像を見上げる。


『歴史ではないな』


「え?」


『百年前に終わった事件ではない』


レグナスは言った。


『今も続いている』


悠真は頷いた。


今まで。


ずっと過去を調べていると思っていた。


百年前。


勇者。


魔王。


戦争。


終わった話。


そう思っていた。


違う。


誰かが。


今も。


この秘密を守っている。


人が変わっても。


学院長が変わっても。


王が変わっても。


百年間。


同じことが続いている。


だとしたら。


百一人目を消したのは。


一人の人間じゃない。


「……仕組み」


悠真がつぶやく。


セレスが見る。


「何?」


「誰か一人が、百一人目を消したんじゃない」


悠真は歴代学院長の肖像を見る。


「人が変わっても続くように」


次。


机の記録。


「忘れても続くように」


そして。


黒い鍵。


「消し続ける仕組みが作られてる」


学院長は。


何も言えなかった。


否定も。


できなかった。


悠真は尋ねた。


「その仕組みを作った人を知る方法は?」


学院長は。


黒い鍵を見る。


長い沈黙のあと。


答えた。


「……一つだけ」


鍵を持ち上げる。


「この学院には、第零資料庫より古い場所がある」


「まだあるんですか?」


「ああ」


「何ていう場所ですか?」


学院長は言った。


「《勇者継承室》」


その瞬間。


百英雄がざわめいた。


『勇者継承室?』


『知らんぞ』


『私もです』


『聞いたことがない』


百人。


全員。


知らない。


悠真はもう驚かなかった。


むしろ。


そのこと自体が答えに近い。


「そこに何があるんですか?」


「分からない」


学院長が答える。


「歴代学院長には、この鍵だけが引き継がれる」


「場所は?」


「知っている」


「入ったことは?」


学院長は。


首を振った。


「ない」


「どうして?」


「入るなと伝えられている」


悠真はセレスを見る。


セレスも悠真を見る。


答えは同じだった。


「行きます」


「行くわ」


学院長が目を閉じた。


「そう言うと思った」


◇


学院地下。


第零資料庫より。


さらに下。


焼け焦げた通路の奥に。


細い階段があった。


悠真たちは降りる。


石壁。


暗闇。


湿った空気。


学院の地下なのに。


途中から。


建物そのものが変わった。


白い石壁が。


黒い石へ変わる。


「ここ……」


セレスが壁へ触れる。


「学院より古い」


学院長が頷く。


「学院が建つ前から存在したと伝えられている」


壁には。


文字が刻まれていた。


古い。


読めない。


フィリアが近づく。


『古代王国文字です』


「読めますか?」


『一部だけなら』


フィリアが指でなぞる。


削れた文字。


『勇者は……』


欠けている。


その先。


『王の……』


また。


削られている。


最後。


そこだけ。


はっきり残っていた。


『勇者は、継承される』


「継承?」


悠真は眉を寄せる。


「勇者って、継承するものなの?」


ガルディオが答えようとする。


『勇者ってのは王国に選ばれた――』


止まった。


『……誰に選ばれた?』


フィリアも。


顔を上げる。


『王国です』


「王国の誰?」


『それは……』


沈黙。


まただ。


知らない。


いや。


覚えていない。


悠真は先を見る。


「進もう」


『悠真?』


「先生たちに聞いても」


階段を降りる。


「先生たち自身が忘れさせられてるなら、答えは出ない」


ガルディオが。


少しだけ笑った。


『お前』


「何?」


『変わったな』


「そう?」


『前なら、俺たちが答えを知ってると思ってた』


悠真は。


少し考えた。


「今も思ってるよ」


『おい』


「でも」


振り返る。


百人の先生。


「先生だって、分からないことがある」


ガルディオが黙る。


「だったら」


悠真は前を向いた。


「一緒に探せばいい」


その言葉に。


ガルディオは何も返さなかった。


ただ。


小さく笑った。


◇


階段の終点。


巨大な黒い扉があった。


取っ手はない。


鍵穴もない。


ただ。


扉の中央に。


小さな窪みが並んでいる。


悠真は数えた。


一。


二。


三。


四。


ずっと。


「……百一」


セレスも気づく。


「百じゃない」


学院長が黒い鍵を取り出した。


扉へ近づける。


反応はない。


「鍵穴は?」


「ない」


「どうやって開けるんですか?」


「分からない」


悠真は扉を見る。


百一個の窪み。


その一つ一つが。


なぜか。


百英雄を待っているように見えた。


「……触ってみる」


「悠真」


「大丈夫」


セレスが。


一瞬だけ迷い。


頷いた。


悠真は扉へ手を伸ばした。


触れる。


その瞬間。


視界が。


白く染まった。


「っ!」


《英雄視》


勝手に発動した。


《勇者認証》


文字が浮かぶ。


《照合開始》


扉の窪みが。


光り始める。


一つ。


二つ。


三つ。


ガルディオの身体が光る。


『何だ!?』


フィリア。


レグナス。


次々に。


百英雄の身体が光る。


それと同時に。


扉の窪みが。


一つずつ埋まっていく。


九十八。


九十九。


百。


そこで。


止まった。


最後の一つだけ。


暗い。


悠真は。


その窪みを見る。


「……百一人目」


いない。


だから。


光らない。


《第百一継承者》


文字が浮かぶ。


その下に。


何かが表示されかける。


名前。


悠真は目を凝らす。


しかし。


文字が。


黒く染まった。


《第百一継承者》


《欠番》


「……欠番?」


胸の奥で。


何かが熱くなった。


違う。


「欠番じゃない」


セレスが悠真を見る。


「悠真」


「いたんだ」


名前があった。


生きていた。


戦った。


迷った。


何かを選んだ。


そして。


誰かに消された。


「ちゃんと、いたんだ」


悠真は扉を見る。


「欠番なんかじゃない」


百一個目の窪みに触れる。


「先生には」


口から。


自然に出た。


「名前がある」


その瞬間。


最後の窪みに。


光が灯った。


ゴゴゴゴゴ……。


黒い扉が。


ゆっくり開く。


学院長が息をのむ。


「開いた……」


その先に。


暗闇。


悠真は。


迷わず足を踏み出した。


◇


《勇者継承室》。


そこは。


資料庫ではなかった。


墓でもない。


巨大な円形の空間。


壁一面に。


名前が刻まれている。


一人。


二人。


百人。


それどころではない。


何百。


何千。


「これ……」


セレスが。


言葉を失う。


悠真も。


壁を見上げた。


古い名前。


読めない名前。


消された名前。


百英雄より。


はるか昔のものまである。


《英雄視》が反応する。


《継承記録》


《第一期》


《第二期》


《第三期》


さらに。


その先。


「百英雄だけじゃない」


悠真はつぶやいた。


「ずっと前から」


勇者は。


いた。


いや。


作られていた?


「悠真」


セレスの声。


見る。


部屋の中央。


巨大な魔法陣。


その周囲に。


百一本の柱。


そのうち。


一本だけ。


黒い。


悠真は近づく。


文字がある。


削られている。


何度も。


何度も。


消そうとした跡。


でも。


傷の隙間。


一文字だけ。


残っていた。


《ゼ》


悠真の心臓が。


大きく鳴った。


「……ゼ」


セレスも。


見ている。


「悠真、これ」


その瞬間だった。


カシャン。


音。


「……え?」


カシャン。


金属が擦れる。


鎖。


音は。


魔法陣の中央から聞こえた。


セレスが杖を構える。


ガルディオたちも。


一斉に武器を抜いた。


白い光。


魔法陣が起動する。


人影。


一人。


座っている。


少年だった。


両手。


両足。


鎖につながれている。


黒い髪。


細い身体。


俯いている。


悠真は。


動けなかった。


知っている。


その輪郭。


その髪。


何度も。


見てきた。


戦い方を教えてもらった。


怒られた。


笑われた。


助けてもらった。


「……先生?」


少年が。


顔を上げた。


若い。


いつものゼルより。


ずっと若い。


悠真たちと。


ほとんど変わらない年齢。


でも。


間違えるはずがなかった。


「ゼル……先生?」


画像

少年は。


悠真を見た。


その目が。


少しだけ細くなる。


そして。


笑った。


いつもの。


少し困ったような。


あの笑い方だった。


「やっと来たね」


悠真は。


息を止めた。


少年は。


鎖につながれたまま。


悠真だけを見て。


言った。


「百二人目」


第49話 完

次回 第50話

「先生の名前は、英雄名簿から消された」

《勇者継承室》で待っていたのは、鎖につながれた若き日のゼルだった。


なぜ、彼の名前は消されたのか。


なぜ、百英雄の記憶まで書き換えられたのか。


そして。


悠真へ向けられた、


「百二人目」


という言葉の意味は。


悠真が次に問うのは、


先生が何をしたのかではない。


どうして、先生を歴史から消す必要があったのか。


第5部、最終話へ。


あなたなら、歴史から消されたゼルを信じますか? 感想や予想をコメントで教えてください。

この物語の続き・ほかの作品は、note「momokun」と Momokun Official で公開しています。


note:momokun https://note.com/momokun1


Momokun Official https://momokun.jp/

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