第8話/通算第48話 「セレスには、全部話したい」
第5部 英雄の記録は、誰が作ったのか
前書き
百人の死んだ英雄。
それが、悠真の先生たちだった。
剣を教えてくれた。
戦い方を教えてくれた。
勇者とは何かを教えてくれた。
けれど、レムナ村で悠真は初めて知った。
英雄の答えが、いつも正しいとは限らない。
だから、自分で考えることにした。
仲間に聞くことにした。
失敗しても、自分たちで答えを作ることにした。
そして悠真は、先生たちへ言った。
「先生たちがいなくても、戦えるようになるから」
それは、少年が一人で歩き始めるための言葉だった。
だが。
悠真はまだ知らない。
疑うべきだったのは、
英雄たちの答えだけではなかった。
学院に存在しない地下室。
古い設計図にだけ残された《第零資料庫》。
そこに眠っていたのは、
魔物でも、
伝説の武器でもない。
英雄たち自身が知らない、英雄たちの記録だった。
なぜ、百人の英雄は地下室を知らないのか。
なぜ、勇者の記録が隠されているのか。
そして。
なぜ一人だけ、
ゼルは笑わなかったのか。
百人だと思っていた英雄の歴史に、
もし、
百一人目がいたとしたら。
これは、
落ちこぼれの少年が英雄を目指す物語から、
「英雄とは誰が決めるのか」を問い始める物語へ。
第5部。
「英雄の記録は、誰が作ったのか」
開幕。
最初の謎は、
悠真たちが毎日通っている学院の地下から始まる。
第1話(通算41話)
「学院に、存在しない地下室がある」
百人の先生は、全員言った。
「知らない」
ただ一人。
ゼルだけが、
その扉を見て笑わなかった。
「また一人で抱えるつもり?」
悠真は、答えられなかった。
「……そのつもりは」
「ある顔してる」
「顔で分かるの?」
「最近は分かる」
即答だった。
焼け焦げた第零資料庫の入口には、まだ煤の匂いが残っている。
ついさっきまで、ここでゼルと話していた。
先生を信じたい。
でも、信じるだけじゃ駄目だ。
そう言えたはずなのに、セレスに見つめられた途端、また「大丈夫」と言いかけていた。
「……話したら、セレスまで巻き込むかもしれない」
「もう巻き込まれてる」
「でも」
「黒装束に襲われて、尋問記録を胸に隠して、杖で顎を殴ったところまで来てるのよ?」
「そう言われると、かなり巻き込まれてるな」
「今さら入口に戻そうとしないで」
セレスは一歩、近づいた。
「それとも、私には話せない?」
責める声ではなかった。
だからこそ、悠真は逃げられなかった。
「違う」
「じゃあ?」
百一人目の勇者。
魔王を殺さなかった英雄。
処刑決議。
改変された百英雄の記憶。
消された墓。
全部がゼルへつながっている。
悠真は焼けた床を見た。
「……怖いんだ」
口にした自分が、一番驚いた。
「ゼル先生が、本当に悪い人だったらって考えると、怖い」
セレスは黙って待った。
「百一人目は王国軍の命令に逆らった。魔王を殺さなかった。公式記録では裏切り者だった」
「うん」
「でも、先生は何も否定しなかった」
悠真は拳を握る。
「俺は、先生が正しかったって思いたい」
そこで首を振った。
「……違うな」
「何が?」
「正しかったって思いたいんじゃない」
ようやく、自分の中の言葉に触れた。
「先生が、俺の知ってる先生のままでいてほしいんだ」
ゼルは、いつも少し笑っていた。
答えを教えるようで、最後の一歩だけは悠真に選ばせた。
間違えたときも、怒るより先に考えさせた。
英雄になれとは言わなかった。
むしろ、英雄という言葉を簡単に信じるなと教えた。
「もし全部、嘘だったらって思う。俺に近づいたことも、助けてくれたことも、先生みたいに話してくれたことも」
胸の奥が冷える。
「百一人目として何か目的があって、俺を利用してたんだったら」
「悠真」
「でも、逆も怖い」
セレスの言葉を遮って続けた。
「先生が悪くないのに消されたなら、誰かが先生を消したことになる」
黒く塗られた名前。
撤去された墓。
焼かれた資料庫。
襲ってきた黒装束。
舌に刻まれた《記憶封印》。
百年前に終わった秘密ではない。
今も誰かが守っている。
「先生は、ずっと何かを知ってた。なのに言わなかった。言えなかったのかもしれない。でも……」
声が細くなる。
「先生が悪い人だったら怖い。でも、もっと怖いのは、先生が何も言わず消えることだ」
静寂。
悠真は、自分で言ってやっと分かった。
一番怖かったのは真実じゃない。
何も分からないまま、もう二度と先生に聞けなくなることだった。
「……ごめん」
「何で謝るの?」
「こんなの話されても困るだろ」
「困るわね」
即答された。
「そこは否定してよ」
「百年前の処刑記録に、歴史改竄に、記憶封印よ? 困らない方がおかしいでしょ」
「確かに」
「でも」
セレスが悠真の袖をつまんだ。
「話してくれない方が困る」
悠真は、その指を見る。
「私、今日かなり怖かったのよ」
「黒装束?」
「それも。でも一番は、悠真がガルディオ先生の指示を断ったとき」
「……あれ?」
「先生たちを疑うって、悠真にとってすごく怖いことでしょ」
見抜かれていた。
「なのに、一人で決めた」
「みんなもいたよ」
「そういう意味じゃない」
セレスは袖を離さない。
「決める瞬間の怖さを、一人で持った」
悠真は黙った。
確かに仲間はいた。
カイルもミアも、セレスも戦ってくれた。
でも、《先生の答えを聞かない》という決断だけは、自分の中で終わらせていた。
「俺、一人で決めないって決めたはずなんだけどな」
「一回決めただけで完璧にできたら、誰も苦労しないわよ」
「セレスはできそう」
「できない」
また即答だった。
「私だって怖いことは黙るし、腹が立ったら言い方を間違える。さっき偽物の記録を投げたときだって、本当は手が震えてた」
「え?」
「気づいてなかったの?」
「全然」
「なら成功ね」
セレスが少し笑った。
悠真も笑う。
胸につかえていたものが、少しだけ軽くなった。
「ねえ、悠真」
「うん」
「全部話して」
「全部?」
「知ってること。考えてること。怖いこと」
セレスは言った。
「答えを出してからじゃなくていい」
その言葉に、悠真は目を見開いた。
考えて。
整理して。
結論を作って。
誰かに話すのは、いつもそのあとだった。
だから人に話す頃には、その人が入れる場所がなくなっていた。
「……分かった」
悠真は息を吐いた。
「じゃあ、最初から話す」
◇
学院の中庭には誰もいなかった。
止まった噴水に、月だけが映っている。
悠真とセレスは石段に並んで座った。
悠真は、第零資料庫で見つけたものを順に話した。
百人と百一人で揺れる記録。
黒く塗られた名前。
ゼルと一致する武器、戦闘法、口癖。
墓苑にゼルの墓だけがなかったこと。
そして。
「『僕は、百英雄と同じ死に方をしていない』」
セレスがその言葉を繰り返す。
「死んでいないとは言ってない。でも、同じ死に方じゃない」
「うん」
「それに、ゼル先生は『君たちも忘れさせられた』って言った」
「今日の《記憶封印》を、ガルディオ先生たちは知っていた。でも、どこで見たか思い出せなかった」
「偶然とは考えにくいわね」
「俺もそう思う」
セレスは少し考えた。
「じゃあ、ゼル先生だけは記憶を消されてない?」
「分からない」
「本人が消された側だから?」
「それも分からない」
「分からないことばっかりね」
「うん」
悠真は笑った。
「でも、今はそれでいい気がする」
「珍しい」
「何が?」
「悠真が『分からない』で止まってる」
「そんなにすぐ答えを出そうとしてる?」
「してる」
「即答だな」
「今は?」
悠真は少し考えた。
「分からないまま、一緒に考える」
セレスが目を細める。
「それ、今日覚えた?」
「たぶん」
「遅い」
「厳しいな」
「授業料」
「何を払えばいい?」
「今度、食堂のプリン二個」
「急に具体的だな」
二人で笑った。
そのあと悠真は、誰にも言っていなかったことまで話した。
処刑決議を見た瞬間、ほんの一瞬だけ「やっぱり裏切り者だったのか」と思ってしまったこと。
そんな自分を、ゼルに知られたくなかったこと。
「最低だろ」
「何が?」
「先生を信じたいって言いながら、記録一枚で疑った」
「疑うことと、決めつけることは違う」
セレスは静かに言った。
「悠真は疑った。でも、ゼル先生を裏切り者だって決めなかった。だから調べてるんでしょ?」
「……うん」
「なら、それでいいと思う」
悠真は顔を上げる。
「もし先生が本当に悪い人だったら?」
「一緒に怒る」
「え?」
「違ったら、一緒に証拠を探す」
セレスは悠真を見る。
「分からないなら、一緒に考える」
答えではなかった。
ゼルを信じろとも、疑えとも言わなかった。
ただ、悠真の隣にいると決めてくれた。
「セレスって」
「何?」
「たまに先生みたいだな」
「嫌」
「即答?」
「私は先生じゃないもの」
セレスは少しだけ顔を背けた。
「同級生でいたい」
月明かりが横顔を照らす。
悠真の胸が、一度だけ変な音を立てた。
「……うん」
それ以上は言えなかった。
今は、それでよかった。
◇
「じゃあ、次は私」
「え?」
「悠真だけ全部話すの、不公平でしょ」
セレスは膝の上で手を組んだ。
「私も怖い」
「ゼル先生が?」
「それも。でも、一番怖いのは別」
セレスは悠真を見る。
「ゼル先生が消えたあと、悠真が全部自分のせいにすること」
「俺?」
「『もっと早く聞けばよかった』『俺が疑ったからだ』『俺が助けられなかった』って」
「……しないよ」
「する」
「断言する?」
「する」
「信用ないな」
「逆。信用してるから分かるの」
悠真は反論できなかった。
たぶん、そうする。
「だから」
セレスは言った。
「消える前に捕まえよう。二人で」
悠真は目を瞬いた。
「捕まえる?」
「そう」
「先生、幽霊みたいなものだけど」
「方法は考える」
「触れないよ?」
「魔法でどうにかする」
「かなり雑だな」
「悠真に言われたくない」
二人で笑った。
答えは何一つ出ていない。
ゼルが百一人目なのか。
なぜ魔王を殺さなかったのか。
誰が歴史を変えたのか。
誰が百英雄の記憶を封じたのか。
何も分からない。
それでも。
隣に誰かがいるだけで、分からないことは少しだけ怖くなくなる。
「セレス」
「何?」
「ありがとう」
「プリン二個」
「そこは忘れないんだ」
「当然」
セレスが笑う。
その笑顔を見ながら、悠真は思った。
話してよかった。
まだ全部ではないかもしれない。
でも、今の自分が言えることは、全部言った。
「……俺」
「うん?」
「セレスには、全部話したい」
言ってから。
二人とも止まった。
「……」
「……」
意味は間違っていない。
ゼルのこと。
百一人目のこと。
自分が怖いと思ったこと。
これからも、一人で答えを作る前にセレスへ話したい。
ただ。
別の意味にも聞こえる。
セレスの耳が、少し赤くなった。
「……それ、今ここで言う?」
「違う。いや、違わないけど」
「どっち?」
悠真には答えられなかった。
セレスも、それ以上は聞かなかった。
二人の間に沈黙が落ちる。
さっきまでなら、逃げたくなる沈黙だった。
今は少しだけ違った。
近い。
そう思った瞬間。
『青春だな!』
「うわっ!」
悠真が飛び上がった。
ガルディオが豪快に笑っている。
『何を驚いている』
「先生! いつからいたの!?」
『最初からだ』
「最悪!」
セレスが両手で顔を覆う。
フィリアがため息をついた。
『ガルディオ。黙っているという選択肢はなかったのですか』
『なぜだ?』
レグナスが短く言う。
『若いな』
「レグナス先生まで!」
一気にいつもの空気が戻った。
悠真は頭を抱えながら、ふと笑った。
先生たちはここにいる。
ガルディオも。
フィリアも。
レグナスも。
なら。
「……ゼル先生」
返事がない。
悠真は顔を上げた。
「先生?」
いつもなら少し離れた場所に浮かんで、面白そうに笑っているはずだった。
いない。
「ゼル先生?」
セレスの表情が変わる。
「どうしたの?」
「いない」
悠真は立ち上がった。
中庭。
回廊。
噴水。
校舎の窓。
どこにもいない。
「先生!」
返事はない。
ガルディオが眉をひそめた。
『何を言っている、悠真』
「ゼル先生がいない!」
『……何?』
フィリアも周囲を見回す。
レグナスも。
百英雄たちがざわめき始めた。
ガルディオはいる。
フィリアもいる。
レグナスもいる。
ほかの英雄たちも。
百英雄は、全員いる。
ただ一人を除いて。
悠真の頭に、さっき自分で言った言葉が戻ってきた。
先生が悪い人だったら怖い。
でも、もっと怖いのは。
先生が何も言わず消えることだ。
「……嘘だろ」
悠真は走り出した。
「悠真!」
セレスが追う。
第零資料庫へ。
さっきまでゼルがいた場所へ。
階段を駆け下りる。
焼けた入口へ飛び込む。
「ゼル先生!」
返事はない。
「先生!」
何もない。
悠真の息だけが響く。
『もし僕のことを全部知ったら――』
ゼルは、そう言いかけた。
そして。
『今日は逃げる』
あれは。
ただ、質問から逃げたという意味だったのか。
それとも。
「先生……?」
いつもゼルが浮かんでいた場所へ手を伸ばす。
何にも触れない。
背後からガルディオの低い声がした。
『悠真』
振り返る。
いつもの豪快さが消えている。
『俺たちにも見えん』
「……え?」
フィリアの顔も青ざめていた。
『悠真の能力が一時的に不安定になったのではありません』
レグナスが続ける。
『我々からも、ゼルだけが消えた』
胸の奥が凍った。
そのとき。
手を握られた。
セレスだった。
強く。
「悠真」
セレスも怖そうだった。
それでも手を離さない。
「一人で行かないで」
今までなら。
大丈夫。
そう言った。
でも、今日は違う。
悠真はその手を握り返した。
「……一緒に来て」
「もちろん」
悠真はもう一度、空っぽの場所を見る。
ガルディオもいる。
フィリアもいる。
レグナスもいる。
百英雄は、全員いる。
ただ一人。
百一人目だけが、消えていた。
第48話 完
次回 第49話
「百一人目の勇者を、歴史から消した人」
ゼルだけが消えた。
悠真たちは学院長へ真実を迫る。
なぜ百一人目は、歴史から消されたのか。
なぜ歴代学院長さえ、その名前を知らないのか。
残された手がかりは、学院地下よりさらに深い《勇者継承室》。
そこで悠真を待っていたのは、百年前に消されたはずの「答え」だった。
あなたなら、大切な人を疑ってしまったとき、それでも「一緒に答えを探したい」と言えますか?
感想や第49話の予想をコメントでもらえるとうれしいです。
この物語の続き・ほかの作品は、note「momokun」と Momokun Official で公開しています。
note:momokun https://note.com/momokun1
Momokun Official https://momokun.jp/




