第7話/通算47話 「先生を信じたい。でも、信じるだけじゃ駄目だ」
第5部 英雄の記録は、誰が作ったのか
前書き
百人の死んだ英雄。
それが、悠真の先生たちだった。
剣を教えてくれた。
戦い方を教えてくれた。
勇者とは何かを教えてくれた。
けれど、レムナ村で悠真は初めて知った。
英雄の答えが、いつも正しいとは限らない。
だから、自分で考えることにした。
仲間に聞くことにした。
失敗しても、自分たちで答えを作ることにした。
そして悠真は、先生たちへ言った。
「先生たちがいなくても、戦えるようになるから」
それは、少年が一人で歩き始めるための言葉だった。
だが。
悠真はまだ知らない。
疑うべきだったのは、
英雄たちの答えだけではなかった。
学院に存在しない地下室。
古い設計図にだけ残された《第零資料庫》。
そこに眠っていたのは、
魔物でも、
伝説の武器でもない。
英雄たち自身が知らない、英雄たちの記録だった。
なぜ、百人の英雄は地下室を知らないのか。
なぜ、勇者の記録が隠されているのか。
そして。
なぜ一人だけ、
ゼルは笑わなかったのか。
百人だと思っていた英雄の歴史に、
もし、
百一人目がいたとしたら。
これは、
落ちこぼれの少年が英雄を目指す物語から、
「英雄とは誰が決めるのか」を問い始める物語へ。
第5部。
「英雄の記録は、誰が作ったのか」
開幕。
最初の謎は、
悠真たちが毎日通っている学院の地下から始まる。
第1話(通算41話)
「学院に、存在しない地下室がある」
百人の先生は、全員言った。
「知らない」
ただ一人。
ゼルだけが、
その扉を見て笑わなかった。
剣と剣が激突した。
火花が散る。
「セレス! 下がって!」
「分かってる!」
セレスが焼け残った《尋問記録》を胸元へ押し込む。
黒装束の男は彼女へ踏み込んだ。
悠真はその間へ滑り込み、剣を受ける。
重い。
一撃で腕が痺れた。
しかも一人ではない。
黒装束は三人。
顔も紋章も隠している。
だが、悠真はすぐに気づいた。
「こいつら……俺たちを狙ってない」
「え?」
ミアが杖を構えたまま振り返る。
「記録だ!」
三人の視線は、すべてセレスの胸元へ向いていた。
《第百一勇者 処刑決議》。
そして、百一人目が残した言葉。
《こいつを殺せば、戦争は終わる。でも、次の戦争が始まる》
百年前に消された真実を、誰かが今も消そうとしている。
「百年前の話じゃなかったんだ」
悠真は剣を握り直した。
「まだ続いてる」
黒装束が同時に動く。
「来るぞ!」
カイルが一人を受け止め、ミアがセレスの前へ《光壁》を張る。
一撃。
亀裂。
二撃目で光壁が砕けた。
「ちょっと! 普通、一発くらい止まるでしょ!」
「本人に言え!」
「言って聞く相手!?」
黒装束の一人が倒れた棚の横へ走る。
行き止まり。
そう思った瞬間、男は石壁の一部を蹴った。
カチッ。
壁が開く。
「隠し通路!?」
セレスが息を呑む。
学院の教師すら存在を知らないと言った第零資料庫。
その隠し通路を、敵は迷わず使った。
「こいつら、この場所を知ってる!」
黒装束は悠真たちを資料庫から引き離そうとしている。
その瞬間、悠真の頭にいつもの考えが浮かんだ。
先生なら、どうする。
『悠真! 右から回れ!』
ガルディオの声。
悠真は剣を受けながら、息を吐いた。
「……待って」
『何?』
「先生。ごめん」
『何を言っている!』
「今回は、聞かない」
ガルディオが黙った。
「先生たちの記憶が変えられてるなら、その記憶から出てくる答えが本当に正しいか分からない」
怖かった。
先生たちを疑いたいわけじゃない。
むしろ、信じたい。
だからこそ。
「今回は俺たちで考える」
悠真は仲間を見る。
「カイル! 隠し通路を塞いで!」
「敵を追わなくていいのか?」
「いい! 逃げるのが目的じゃない。記録を奪うために俺たちを動かしてる!」
「了解!」
「ミア! セレスの周りだけ火を消して!」
「全部じゃなくていいのね!」
「うん!」
「セレス!」
「聞こえてる!」
「動かないで! 知らない通路へ誘導される!」
「分かった!」
正しいかは分からない。
でも、自分たちで決めた。
悠真はフィリアを見る。
「フィリア先生。一つだけ教えて」
『何でしょう』
「答えじゃなくて、見えてるものを教えて」
フィリアは一瞬だけ目を見開いた。
そして敵を見た。
『左足。踏み込む直前に踵が浮きます』
「ありがとう」
それならいい。
情報は借りる。
決めるのは、自分だ。
黒装束の左の踵が浮いた。
「今!」
悠真が先に踏み込む。
剣を跳ね上げた。
ガキン!
敵の武器が宙を舞う。
「カイル!」
「任せろ!」
横からカイルが体当たりする。
「ミア!」
「《拘束光》!」
光の輪が黒装束の両腕を縛った。
「一人!」
だが二人目がセレスへ走る。
悠真では間に合わない。
「セレス!」
セレスは逃げなかった。
胸元から焼けた紙を抜き、投げる。
黒装束の視線が紙を追った。
その一瞬。
セレスは杖の柄を男の顎へ叩き込んだ。
「ぐっ!」
紙が落ちる。
悠真が飛び込んで掴む。
「取った!」
「それ、偽物よ」
「え?」
セレスは胸元から本物の《尋問記録》を出した。
「いつ入れ替えたの?」
「さっき」
敵も悠真も気づかなかった。
「やっぱりセレス、すごいな」
「今さら?」
上階から警備兵たちが駆け込んでくる。
残る二人の黒装束は煙玉を投げ、隠し通路へ消えた。
だが一人は残った。
自分たちで考え、自分たちで捕まえた。
◇
捕らえた男は地下の小部屋へ運ばれた。
顔を覆っていた布を外しても、誰も知らない男だった。
教師が尋ねる。
「名前は?」
沈黙。
「所属は?」
答えない。
「誰の命令で学院へ侵入した?」
男の口元が動いた。
悠真は違和感を覚えた。
「待って! 口!」
男が舌を噛もうとする。
教師が顎を押さえた。
「自害する気か!」
「違う!」
セレスが叫ぶ。
「舌を見て!」
ミアが光を近づける。
男の舌には、小さな黒い魔法陣が刻まれていた。
複雑な線が幾重にも重なっている。
フィリアの表情が変わった。
『……記憶封印術式です』
「記憶を封印する?」
『特定の情報へ触れようとしたとき、その記憶へ鍵をかける術式です』
つまり、この男は黙っているのではない。
喋ろうとしても、秘密へたどり着けない。
ガルディオが術式を見つめた。
『待て』
「先生?」
『俺は、これを見たことがある』
悠真の心臓が跳ねた。
「どこで?」
『……分からん』
「え?」
『見たことがある。それだけは分かる。だが、どこで見たのか思い出せない』
レグナスも低く言う。
『俺もだ』
フィリアまで目を伏せた。
『私も……知っている気がします』
ゼルの言葉が蘇る。
《君たちも忘れさせられたんだよ》
悠真は黒い術式と百英雄を交互に見た。
「先生たちにも……同じことがされた?」
誰も答えられない。
だが、誰も否定できなかった。
そのとき男の舌の魔法陣が赤く光った。
身体が震える。
「離れて!」
男の目が一瞬だけ悠真を捉えた。
「……ひゃく……」
「何?」
「……ひゃく……いち……」
光が強くなる。
教師が解除魔法を使う。
しかし間に合わない。
男は意識を失った。
生きている。
けれど、その顔から何かが抜け落ちたように見えた。
百一人目。
記憶封印。
消された英雄。
すべてが一本の線になり始めていた。
◇
夜。
第零資料庫の火は完全に消えた。
残った《処刑決議》と《尋問記録》は厳重に保管された。
悠真は焼けた資料庫の入口に立っていた。
『悠真』
振り返る。
ゼルがいた。
いつものように少しだけ宙に浮いている。
でも、笑っていない。
「先生。今日の敵に《記憶封印》があった」
『うん』
「ガルディオ先生たちも、あれを知ってた。でも、どこで見たのか思い出せなかった」
ゼルは答えない。
以前なら、その沈黙を待った。
先生には理由がある。
先生が言わないなら、聞かない方がいい。
そう思っていた。
でも。
「先生」
『何?』
「俺は先生を信じたい」
ゼルが悠真を見る。
「ずっと助けてもらった。だから、先生が悪い奴だって思いたいわけじゃない」
『……うん』
「百一人目が裏切り者だったって決めたいわけでもない」
一歩、近づく。
「でも、信じるだけじゃ駄目だ」
ゼルの表情が止まった。
「先生を信じたいから、先生が何をしたのか知りたい」
沈黙。
「誰が先生を歴史から消したのか」
沈黙。
「どうして百英雄の記憶が変えられたのか」
そして。
「百一人目は、どうして魔王を殺さなかったのか」
ゼルの目がわずかに揺れた。
悠真は拳を握る。
「俺は先生を信じたい。でも、信じるだけじゃ先生を救えない」
長い沈黙。
やがてゼルは、初めて悠真から目を逸らした。
怒ってはいなかった。
ただ、ひどく寂しそうだった。
『……成長したね』
「先生に教わったから」
『僕はそこまで教えたつもりはないんだけどな』
「じゃあ勝手に覚えた」
『困った生徒だ』
ほんの一瞬、いつものゼルが戻る。
だがすぐに笑顔が消えた。
『悠真。もし僕のことを全部知ったら――』
「知ったら?」
『……いや』
ゼルは首を振る。
『今日は疲れたでしょ。休みなよ』
「また逃げるの?」
『そうだね。今日は逃げる』
「じゃあ明日は?」
ゼルは少しだけ笑った。
『明日は分からない』
そして姿が薄くなる。
「先生!」
『おやすみ、悠真』
消えた。
何もない場所を、悠真はしばらく見つめていた。
「……ずるい」
背後から声がした。
セレスだった。
「聞いてた?」
「最後だけ」
「そっか」
悠真は笑おうとした。
「大丈夫。俺がもう少し考えて――」
言葉が止まる。
セレスがまっすぐ悠真を見ていた。
「悠真」
「何?」
「また一人で抱えるつもり?」
第47話 完
次回 第48話
「セレスには、全部話したい」
百一人目の勇者。
改変された百英雄の記憶。
そして、何かを知りながら語ろうとしないゼル。
悠真は恐怖も疑いも自分一人で背負おうとする。
だが、セレスはそれを許さない。
「先生が悪い人だったら怖い。でも、もっと怖いのは、先生が何も言わず消えることだ」
「だったら、消える前に捕まえよう。二人で」
初めて秘密を分け合おうとした、その直後。
百英雄の中から、ゼルだけが消える。
あなたなら、信じている先生が何かを隠していると分かったとき、それでも理由を聞きますか?
感想や第48話の予想をコメントでもらえるとうれしいです。
この物語の続き・ほかの作品は、note「momokun」と Momokun Official で公開しています。
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