第6話/通算46話 「百一人目の勇者は、魔王を助けた」
第5部 英雄の記録は、誰が作ったのか
前書き
百人の死んだ英雄。
それが、悠真の先生たちだった。
剣を教えてくれた。
戦い方を教えてくれた。
勇者とは何かを教えてくれた。
けれど、レムナ村で悠真は初めて知った。
英雄の答えが、いつも正しいとは限らない。
だから、自分で考えることにした。
仲間に聞くことにした。
失敗しても、自分たちで答えを作ることにした。
そして悠真は、先生たちへ言った。
「先生たちがいなくても、戦えるようになるから」
それは、少年が一人で歩き始めるための言葉だった。
だが。
悠真はまだ知らない。
疑うべきだったのは、
英雄たちの答えだけではなかった。
学院に存在しない地下室。
古い設計図にだけ残された《第零資料庫》。
そこに眠っていたのは、
魔物でも、
伝説の武器でもない。
英雄たち自身が知らない、英雄たちの記録だった。
なぜ、百人の英雄は地下室を知らないのか。
なぜ、勇者の記録が隠されているのか。
そして。
なぜ一人だけ、
ゼルは笑わなかったのか。
百人だと思っていた英雄の歴史に、
もし、
百一人目がいたとしたら。
これは、
落ちこぼれの少年が英雄を目指す物語から、
「英雄とは誰が決めるのか」を問い始める物語へ。
第5部。
「英雄の記録は、誰が作ったのか」
開幕。
最初の謎は、
悠真たちが毎日通っている学院の地下から始まる。
第1話(通算41話)
「学院に、存在しない地下室がある」
百人の先生は、全員言った。
「知らない」
ただ一人。
ゼルだけが、
その扉を見て笑わなかった。
《第百一勇者 処刑決議》
焼け残った紙片に、その文字だけが残っていた。
地下の第零資料庫。
青白い炎が、まだところどころで紙を舐めている。
焦げた匂い。崩れた棚。灰になった百年前の記録。
その真ん中で、悠真は紙片を握っていた。
「……処刑、決議」
口にした瞬間、その言葉が急に重くなった。
勇者を。
王国が。
処刑しようとした。
しかも、その勇者は歴史から消されている。
セレスが隣にしゃがみ込む。
「悠真。まだ読めるところがある」
「本当?」
「全部じゃない。でも、火が回らなかった部分がある」
ミアが小さな光球を浮かべた。
白い光が、焼けた紙の上を照らす。
カイルも覗き込む。
「触ったら崩れそうだな」
「だから触らないで」
「俺、そんな雑に見える?」
「見える」
「即答するなよ」
一瞬だけ、いつもの空気が戻った。
だが、セレスが文字を追い始めると、誰も口を開かなかった。
「《王国軍総司令部》……その下は焼けてる」
紙の端を目で追う。
「《最終決戦前夜》」
ガルディオが反応した。
『最終決戦……』
「覚えてる?」
悠真が聞く。
『当然だ』
答えは早かった。
だが、その声には昨日までの迷いのなさがなかった。
セレスが続ける。
「《第百一勇者は、王国軍最高命令に……》」
そこで文章が途切れている。
黒く焦げた穴。
その下に、二文字だけ残っていた。
《違反》
カイルが眉をひそめる。
「命令違反?」
「それで処刑?」
ミアが言った。
フィリアが静かに首を振る。
『内容によります。戦時下の命令違反なら、重罪になることはあります』
「でも、何の命令だったんだ?」
悠真の問いに、セレスが次の行を追った。
そして、止まった。
「……あった」
「何が?」
セレスは答えず、指で文字を示した。
《魔王》
その下。
《殺害命令》
さらに、その下。
《拒否》
誰も動かなかった。
悠真は三つの言葉を順番に見た。
魔王。
殺害命令。
拒否。
「百一人目は……魔王を殺せっていう命令を拒否した?」
ガルディオの表情が固まった。
『あり得ん』
「ガルディオ先生?」
『我々は、そのために集められた』
声が低い。
『魔王を倒すために戦った。仲間を失った。町が焼かれ、村が消えた。それでも前へ進んだ』
悠真は黙って聞いた。
『最後に魔王を殺せるところまで行って、それを拒否しただと?』
紙片のさらに下。
そこには、もっと短い言葉が残っていた。
《敵対行為》
《王国への反逆》
そして。
《裏切り》
「……裏切り者」
ミアの呟きが、やけに大きく聞こえた。
勇者。
裏切り者。
同じ人間に向けられたとは思えない二つの言葉。
ガルディオが吐き捨てるように言った。
『当然だ』
悠真が顔を上げる。
「何が?」
『魔王を殺せる状況で命令に背いた。それで味方に被害が出れば、裏切りと呼ばれても仕方あるまい』
「被害が出たって、ここに書いてある?」
『何?』
「魔王を殺さなかったせいで、誰かが死んだって書いてある?」
ガルディオが黙った。
「魔王の味方になったって書いてある?」
『……』
「王国を攻撃したって書いてある?」
『……ない』
「じゃあ」
悠真は紙片を見る。
「誰が《裏切り》って決めたんだ?」
空気が止まった。
少し前までの悠真なら、そんな疑問は持たなかった。
勇者は魔王を倒す。
魔王を倒すことが正しい。
英雄たちがそう言う。
教科書にもそう書いてある。
だから、それが答えだった。
けれど、レムナ村で知った。
正しい作戦でも、人を救えないことがある。
敵を倒すことと、人を救うことは同じじゃない。
「俺、百一人目が正しかったって言いたいわけじゃない」
悠真は言った。
「間違ってたのかもしれない」
ガルディオを見る。
「でも、理由も知らないのに《裏切り者》って決めるのは違うと思う」
ガルディオは反論しなかった。
代わりに、焼けた資料庫を見回した。
自分たちの失敗。
処罰。
教科書には残らなかった戦い。
そして、自分たち自身から消された記憶。
『……俺は』
ガルディオが、ぽつりと言った。
『魔王を倒すことを、一度も疑わなかった』
悠真は何も言わない。
『疑う必要があるとも思わなかった』
その声は、誰かに説明しているというより、自分自身へ向けているようだった。
フィリアが目を伏せる。
『私もです』
『俺もだ』
レグナスが続いた。
百年前の英雄たちが。
初めて、自分たちの正義を疑っていた。
そのとき。
「こっち!」
ミアが声を上げた。
倒れた棚の下から、焦げた紙が覗いている。
四人で棚を持ち上げる。
「せーの!」
重い木材がずれた。
セレスが紙を引き抜く。
半分以上が焼けている。
だが、上部に王国軍の印が残っていた。
「同じ記録かもしれない」
「読める?」
「待って」
セレスが灰を吹き飛ばす。
《尋問記録》
悠真の心臓が跳ねた。
「百一人目の?」
「名前の部分は……駄目。焼けてる」
まただ。
名前だけがない。
まるで、その人物だけを世界から切り取ったように。
セレスが続きを読む。
「《被告は、魔王殺害命令を意図的に拒否したことを認めた》」
カイルが息を呑む。
「認めてるのか」
「次は?」
「《理由を問われ――》」
そこで大きく焼け落ちていた。
悠真は思わず歯を食いしばる。
「そこが知りたいのに……!」
「待って」
セレスが紙を裏返した。
「裏にも残ってる」
文章の後半だけだった。
《――次の戦争が始まる》
悠真は目を細めた。
「次の戦争?」
「前が焼けてる」
ミアが光を近づける。
紙の端に、黒い煤に紛れて薄い文字があった。
セレスが顔を近づける。
「……読める」
「何て?」
「《こいつを殺せば》」
悠真の喉が鳴った。
さらに別の紙片を重ねる。
文字がつながる。
セレスが、ゆっくり読んだ。
「《こいつを殺せば、戦争は終わる》」
そこで一度、言葉を止める。
そして。
「《でも、次の戦争が始まる》」
誰も声を出さなかった。
《こいつを殺せば、戦争は終わる。でも、次の戦争が始まる》
百年前。
魔王を殺す直前。
百一人目の勇者が残した言葉。
『……何だ、それは』
ガルディオの声が震えた。
怒りではなかった。
『魔王を倒せば、戦争は終わる』
フィリアが彼を見る。
『ガルディオ』
『そうだろう』
誰も答えない。
『俺たちは、そのために戦ったんだ』
悠真は紙片を見つめた。
「百一人目は、そう思わなかった」
『なぜだ』
「分からない」
悠真は即答した。
「だから知りたい」
魔王を殺せば戦争は終わる。
誰もがそう信じていた世界で。
たった一人。
その先にあるものを見ていた勇者がいた。
正しかったのか。
間違っていたのか。
まだ分からない。
でも。
少なくとも、その答えは《裏切り》という二文字だけでは足りない。
悠真はゆっくり振り返った。
「先生」
ゼルが立っていた。
炎の向こう。
いつものように、少しだけ宙に浮いている。
けれど笑っていない。
悠真は焼け残った尋問記録を見せた。
「これ」
ゼルは紙を見る。
「百一人目が言ったんだよね」
沈黙。
「魔王を殺さなかった」
ゼルは答えない。
「王国は、それを《裏切り》って書いた」
答えない。
「でも百一人目は、《次の戦争が始まる》って言った」
ゼルの目が、ほんのわずかに揺れた。
悠真はそれを見逃さなかった。
「先生は、この意味を知ってる?」
長い沈黙。
『……』
「先生」
ゼルは否定しなかった。
それだけだった。
でも。
悠真には十分だった。
この記録とゼルは、つながっている。
百一人目とゼルは、つながっている。
ただし。
まだ答えを決めてはいけない。
ゼルが何者なのか。
百一人目が何を守ろうとしたのか。
自分で確かめる。
それが今の悠真の答えだった。
その瞬間。
ゴォン!
学院中に鐘が響いた。
一度。
二度。
三度。
「また警報!?」
カイルが剣を抜く。
だが、さっきの火災警報とは違う。
短く、鋭い鐘が連続する。
セレスの顔色が変わった。
「侵入警報よ」
「侵入?」
上階から叫び声。
金属がぶつかる音。
そして。
ドンッ!
地下へ続く扉が揺れた。
警備兵の声が響く。
「止まれ!」
次の瞬間。
悲鳴。
悠真たちは顔を見合わせた。
「誰か来る!」
ミアが杖を構える。
足音。
一人じゃない。
階段を駆け下りてくる。
速い。
迷いがない。
まるで、この学院の構造を知っているように。
最初の影が地下へ飛び込んだ。
全身を黒い布で覆った人間。
顔も見えない。
その後ろから、さらに二人。
「何者だ!」
カイルが叫ぶ。
返事はない。
黒装束は悠真たちを見た。
いや。
違う。
悠真たちではない。
その視線は一直線に。
セレスが持っている焼け残った紙へ向いていた。
《尋問記録》。
悠真は息を呑んだ。
「まさか……」
黒装束の一人が剣を抜く。
狙いは、人じゃない。
百年前の真実。
「セレス!」
「分かってる!」
セレスが紙を胸元へ隠す。
黒装束が床を蹴った。
まっすぐ彼女へ。
悠真も走る。
百年前。
誰かが百一人目の名前を消した。
墓を消した。
英雄たちの記憶からも消した。
そして今。
まだ消そうとしている。
「渡すな!」
悠真は叫んだ。
剣と剣が激突する。
火花が散った。
黒装束の手が、《処刑記録》へ伸びる。
百年前の《裏切り》は。
まだ終わっていなかった。
第46話 完
次回 第47話
「先生を信じたい。でも、信じるだけじゃ駄目だ」
百年前の真実を消すため、学院へ侵入した黒装束。
悠真たちは《処刑記録》を守るため、自分たちだけの判断で戦う。
だが、捕らえた敵から見つかったものは、百英雄の失われた記憶へつながる、新たな手がかりだった。
「先生たちの記憶が変えられてるなら、今回は俺たちで考える」
信じるだけでは、救えない。
悠真は初めて、ゼルを信じるためにゼルを疑う。
百一人目は、なぜ「次の戦争が始まる」と考えたのでしょうか。
感想や予想をコメントでもらえるとうれしいです。
この物語の続き・ほかの作品は、note「momokun」と Momokun Official で公開しています。
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