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第5話/通算45話 「死んでいないなら、どうして幽霊なんだ」

第5部 英雄の記録は、誰が作ったのか


前書き




百人の死んだ英雄。




それが、悠真の先生たちだった。




剣を教えてくれた。




戦い方を教えてくれた。




勇者とは何かを教えてくれた。




けれど、レムナ村で悠真は初めて知った。




英雄の答えが、いつも正しいとは限らない。




だから、自分で考えることにした。




仲間に聞くことにした。




失敗しても、自分たちで答えを作ることにした。




そして悠真は、先生たちへ言った。




「先生たちがいなくても、戦えるようになるから」




それは、少年が一人で歩き始めるための言葉だった。




だが。




悠真はまだ知らない。




疑うべきだったのは、




英雄たちの答えだけではなかった。




学院に存在しない地下室。




古い設計図にだけ残された《第零資料庫》。




そこに眠っていたのは、




魔物でも、




伝説の武器でもない。




英雄たち自身が知らない、英雄たちの記録だった。




なぜ、百人の英雄は地下室を知らないのか。




なぜ、勇者の記録が隠されているのか。




そして。




なぜ一人だけ、




ゼルは笑わなかったのか。




百人だと思っていた英雄の歴史に、




もし、




百一人目がいたとしたら。




これは、




落ちこぼれの少年が英雄を目指す物語から、




「英雄とは誰が決めるのか」を問い始める物語へ。




第5部。




「英雄の記録は、誰が作ったのか」




開幕。




最初の謎は、




悠真たちが毎日通っている学院の地下から始まる。




第1話(通算41話)


「学院に、存在しない地下室がある」




百人の先生は、全員言った。




「知らない」




ただ一人。




ゼルだけが、




その扉を見て笑わなかった。

『その質問、もっと早くされると思ってた』


「じゃあ、答えてよ」


夜の学院。屋上を吹き抜ける風が、悠真とゼルの間を通り過ぎる。


「先生は、本当に死んだの?」


ゼルは夜空を見上げたまま答えなかった。


「俺の力は、《死んだ英雄たちに教えてもらえる》力なんだよね」


『そうだね』


「だったら、先生も死んでるはずだ」


『普通に考えればね』


「普通じゃないの?」


ゼルが、ようやく悠真を見る。


いつもの笑顔はなかった。


『僕は、百英雄と同じ死に方をしていない』


悠真は息を止めた。


「……どういう意味?」


『言った通りだよ』


「分からないよ」


『だろうね』


「死んでないってこと?」


『そうは言ってない』


「じゃあ、死んでるの?」


ゼルは答えない。


「先生」


『うん』


「そこだけ黙るの、ずるいよ」


少しだけ間が空いた。


『そうだね』


否定しなかった。


悠真は拳を握る。


第零資料庫。黒く塗り潰された百一人目の名前。短剣。正面戦闘を避ける戦い方。『英雄を疑え』という言葉。


そして、百英雄墓苑から消された一つの墓。


「百一人目の勇者って、先生なの?」


ゼルの表情は変わらなかった。


『それには答えられない』


「どうして?」


『今の僕が答えたら、たぶん君は、その答えを信じるから』


「……何それ」


『君、先生を信じたいんだろ?』


胸を突かれた。


その通りだった。


疑っている。怖がっている。


それでも最後には、ゼルの口から「違う」と言ってほしい自分がいる。


悠真は視線を落とした。


「信じたいよ」


『うん』


「でも」


顔を上げる。


「信じたいから、聞いてるんだ」


ゼルが目を細めた。


そのとき。


『待て』


低い声がした。


振り返る。


ガルディオが立っていた。その後ろにフィリア、レグナス。ほかの英雄たちもいる。


『今の話は何だ』


「ガルディオ先生……」


ガルディオは悠真ではなく、ゼルを見ていた。


『百英雄と同じ死に方をしていない?』


『聞いてたんだ』


『聞こえた』


『盗み聞きは感心しないなあ』


『幽霊に言われたくない』


いつもなら笑えるやり取りだった。


誰も笑わなかった。


ガルディオが一歩前へ出る。


『ゼル。第零資料庫とは何だ』


『……』


『百一人目とは誰だ』


『……』


『なぜ、お前の墓だけがない』


沈黙。


ガルディオの声が低くなる。


『俺は知らん』


「え?」


『第零資料庫も、百一人目も知らん。お前の墓がない理由も知らん』


悠真は言いかけて止まった。


それは、今までにも聞いている。


だがガルディオが言いたいのは、そのことではなかった。


『妙なのだ』


「何が?」


『知らないことではない』


ガルディオは自分の頭を指した。


『知らないことを、一度も不思議に思わなかったことだ』


フィリアが静かに口を開いた。


『私もです』


「フィリア先生も?」


『勇者は百人。それを疑ったことがありません』


「でも、公式記録も百人で……」


『私は公式記録を読んで知ったわけではありません』


悠真の背中を冷たいものが走った。


そうだ。


彼らは百年前を生きた本人だ。


『私たちは、同じ時代に戦っていました』


フィリアが続ける。


『それなのに、百一人目がいた可能性を誰も覚えていない』


屋上が静まり返った。


「忘れてる……?」


『違う』


ガルディオが即座に言った。


『忘れたのなら、何かが抜け落ちた感覚くらいあるはずだ』


『普通ならね』


ゼルだった。


全員の視線が集まる。


ガルディオが睨む。


『どういう意味だ』


ゼルは、しばらく黙っていた。


そして。


『君たちも忘れさせられたんだよ』


誰も動かなかった。


「……忘れさせられた?」


『そう』


『誰にだ』


『それは分からない』


『何を忘れさせられた』


『それも全部は分からない』


『ふざけるな!』


ガルディオの怒声が夜空に響いた。


ゼルは逃げなかった。


『ふざけてないよ』


『なら、なぜお前だけ知っている!』


ゼルは答えない。


その沈黙が、何より重かった。


悠真は百英雄を見る。


「ガルディオ先生。魔王との最後の戦い、覚えてる?」


『当然だ』


「誰と戦った?」


『魔王軍だ』


「誰と一緒に?」


『それは……』


ガルディオが止まった。


フィリアも答えられない。


レグナスも、自分が東門を突破した後、誰と合流したのか思い出せない。


覚えている。


でも、つながらない。


魔王と戦った。世界を救った。百人の勇者がいた。


結果だけはある。


その途中が、ところどころ抜けている。


「先生たちの記憶が……変えられてる?」


誰も否定しなかった。


ゴォン!


突然、鐘が鳴った。


一度。


二度。


三度。


学院全体へ響く警報。


「火事だ!」


学院の一角から黒い煙が噴き出していた。


フィリアが煙の方向を見る。


『地下です』


悠真の心臓が跳ねた。


「第零資料庫!」


ゼルの顔色が変わった。


『悠真、行け!』


◆


階段を駆け下りたところで、セレスたちと合流した。


地下では青白い炎が燃えていた。


水を浴びせても石壁には燃え移らず、紙だけを焼いている。


ミアが息を呑む。


「魔術火……燃やすものを指定できる火よ」


「記録だけを燃やしてる……?」


セレスと悠真が同時に走り出した。


「待て! 地下は立入禁止だ!」


警備兵が叫ぶ。


「中の記録を消される!」


「危険だ!」


「だから行くんです!」


後ろからカイルが叫ぶ。


「お前、処分待ちなの忘れてないよな!?」


「あとでまとめて怒られる!」


「その『まとめて』が怖いのよ!」


ほんの一瞬だけ、いつもの四人に戻った。


だが。


第零資料庫へ着いた瞬間、その空気は消えた。


燃えていた。


百年前の記録が。


英雄たちの戦績。失敗。処罰。死亡理由。


教科書には残らなかった記録が、次々と灰になっていく。


「消火より、残ってる資料を運ぶ!」


セレスが叫ぶ。


四人は資料庫へ飛び込んだ。


熱い。


煙で目が痛む。


「名簿は!?」


悠真は最深部へ走る。


そして止まった。


「……ない」


鎖だけが残っていた。


足元には黒い灰。


焼かれた。


「くそっ……!」


また消された。


百年前と同じように。


誰かが、自分たちに都合の悪い歴史を消そうとしている。


「悠真!」


セレスの声。


倒れた棚の下に、一枚の紙が挟まっていた。


ほとんど燃えている。


悠真は上着で手を包み、紙を引き出した。


「ミア!」


小さな水球が弾ける。


ジュッ。


白い煙。


火が消えた。


残ったのは、手のひらより少し大きな紙片だけ。


王国の紋章。


古い日付。


そして、一行。


《第百一勇者》


「百一人目……」


その下にも文字がある。


半分焼けている。


「処……刑……?」


最後の二文字。


決議。


悠真の手が止まった。


誰も声を出さない。


墓を消された英雄。


名前を消された勇者。


百英雄の記憶からも消えた誰か。


そして。


王国が残していた、最後の一枚。


そこに書かれていたのは。


《第百一勇者 処刑決議》




第45話 完


次回 第46話


「百一人目の勇者は、魔王を助けた」


焼け残った《処刑決議》から明らかになる、百年前の罪。


百一人目は最終決戦直前、王国軍の命令に背いた。


公式記録に残された言葉は、《裏切り》。


だが、消された勇者は別の答えを選んでいた。


「こいつを殺せば、戦争は終わる。でも、次の戦争が始まる」


なぜ、勇者は魔王を殺さなかったのか。


そして、その選択とゼルには何の関係があるのか。


百年前の《正義》が、初めて揺らぎ始める。






「百一人目は、なぜ処刑されることになったと思う?」感想や予想をコメントでもらえるとうれしいです。

この物語の続き・ほかの作品は、note「momokun」と Momokun Official で公開しています。


note:momokun https://note.com/momokun1


Momokun Official https://momokun.jp/

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