↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
44/83

第4話/通算44話 「英雄の墓に、ゼルの墓だけがない」

第5部 英雄の記録は、誰が作ったのか


前書き




百人の死んだ英雄。




それが、悠真の先生たちだった。




剣を教えてくれた。




戦い方を教えてくれた。




勇者とは何かを教えてくれた。




けれど、レムナ村で悠真は初めて知った。




英雄の答えが、いつも正しいとは限らない。




だから、自分で考えることにした。




仲間に聞くことにした。




失敗しても、自分たちで答えを作ることにした。




そして悠真は、先生たちへ言った。




「先生たちがいなくても、戦えるようになるから」




それは、少年が一人で歩き始めるための言葉だった。




だが。




悠真はまだ知らない。




疑うべきだったのは、




英雄たちの答えだけではなかった。




学院に存在しない地下室。




古い設計図にだけ残された《第零資料庫》。




そこに眠っていたのは、




魔物でも、




伝説の武器でもない。




英雄たち自身が知らない、英雄たちの記録だった。




なぜ、百人の英雄は地下室を知らないのか。




なぜ、勇者の記録が隠されているのか。




そして。




なぜ一人だけ、




ゼルは笑わなかったのか。




百人だと思っていた英雄の歴史に、




もし、




百一人目がいたとしたら。




これは、




落ちこぼれの少年が英雄を目指す物語から、




「英雄とは誰が決めるのか」を問い始める物語へ。




第5部。




「英雄の記録は、誰が作ったのか」




開幕。




最初の謎は、




悠真たちが毎日通っている学院の地下から始まる。




第1話(通算41話)


「学院に、存在しない地下室がある」




百人の先生は、全員言った。




「知らない」




ただ一人。




ゼルだけが、




その扉を見て笑わなかった。

ゴォン――!


二度目の鐘が、地下を揺らした。


「警報!」


セレスが叫ぶ。壁を走った赤い魔術光が、床から天井へ広がっていく。


階段の上から、鎧の音がした。もう逃げられない。


悠真は、黒く塗り潰された百一人目の名前を見る。


短剣。正面戦闘を避ける戦い方。そして――『英雄を疑え』という言葉。


「悠真」


ゼルの声だった。


振り返る。


いつもの笑顔はない。


『名簿を置いて』


「でも」


『持ち出したら、本当に盗人になるよ』


「不法侵入は?」


『もうなってる』


「そこは助けてよ」


『無理だね』


軽い口調。なのに、軽く聞こえなかった。


セレスが悠真の腕を引く。


「来る」


直後、扉が開いた。


「動くな!」


学院の警備兵たちが、一斉に雪崩れ込んできた。


◆


「封鎖区画へ無断侵入。百年前の資料庫を開け、警報まで作動させた、と」


学院長が額を押さえた。


「はい」


「なぜだね?」


「確かめたかったからです」


「何を?」


悠真は答えた。


「英雄の記録を」


学院長の指が止まった。


ほんの一瞬だった。


「第零資料庫で、何を見た?」


「《勇者原記録》と、勇者名簿です」


「名簿?」


「百一人目まで載っていました」


沈黙。


悠真は学院長を見つめる。


「百一人目の勇者を知っていますか?」


学院長は少し間を置いた。


「知らない」


その答えに、悠真の胸がざわついた。


まただ。


ゼルも言った。


知らない、と。


「第零資料庫のことも?」


「知らなかった。学院長だからといって、創設以来のすべてを把握しているわけではない」


正しい。


だからこそ、嘘だと決めつけられない。


「王国の公式記録に存在する勇者は百人だ」


学院長はそう言って、書類を閉じた。


「処分は追って知らせる。それまで勝手な行動は慎むように」


「はい」


悠真は立ち上がった。


「悠真君」


扉に手をかけたところで呼び止められる。


「歴史には、知らない方がいいこともある」


悠真は振り返った。


「それは、誰にとってですか?」


学院長は答えなかった。


◆


「それで、処分待ちの人間が墓参り?」


カイルが呆れた顔をした。


「確認したいことがある」


「勝手な行動は慎めって言われたばかりよね」


ミアが言う。


「墓参りは勝手な行動かな」


「かなり勝手ね」


悠真の隣を歩いていたセレスが、小さく笑った。


だが、それ以上は何も聞かなかった。


悠真が何を確かめたいのか。たぶん、もう分かっている。


王都郊外。《百英雄墓苑》。


百年前、魔王との戦いで命を落とした英雄たちが眠る場所。


そこへ行けば、一つだけ確かめられる。


ゼルが本当に――《死んだ英雄》なのか。


◆


丘の上に、白い墓碑が並んでいた。


《第一勇者 ガルディオ》


「ガルディオ先生」


『おお。本当にある』


「自分の墓を見る感想は?」


『もう少し大きくてもよくないか?』


「そこ?」


『第一勇者だぞ?』


思わず笑った。


ほんの少しだけ、肩の力が抜ける。


フィリア。レグナス。


知っている英雄たちの名が続く。


墓は、一人に一つ。


悠真は歩いた。


そして、端まで来たところで止まった。


「……ない」


「何が?」


カイルが聞く。


悠真は答えず、もう一度墓碑を確認した。


百人。


間違いなく、百人分。


セレスが隣へ来る。


「悠真」


「うん」


「ゼル先生の墓だけ、ない」


言葉にされると、急に怖くなった。


悠真はゼルを見る。


「先生。墓、どれ?」


『さあ』


「知らないの?」


『自分の墓参りなんてしたことないからね』


笑っている。


いつものゼルだ。


なのに。


その笑顔を、そのまま信じていいのか分からなくなった。


「何か探してるのかい?」


背後から声がした。


腰の曲がった老人が、箒を手に立っていた。墓守らしい。


悠真は聞いた。


「ここ、昔から百人分でしたか?」


老人の手が止まる。


「……なんだって?」


「百一人目の墓はありませんか?」


老人はしばらく悠真を見つめた。


やがて、墓苑の奥へ歩き出す。


「ついてきな」


◆


木々に隠れた墓苑の端。


そこだけ、不自然に何もなかった。


周囲には草が生えている。なのに、四角い範囲だけ地面の色が違う。


墓守が言った。


「昔は、ここにもう一つ墓があった」


誰も声を出さなかった。


悠真はゼルを見る。


ゼルも、その空白を見つめていた。


「誰の墓ですか?」


「知らん」


「名前は?」


「わしが生まれるより前の話だ。先代から聞いただけでな」


「どうして、なくなったんですか?」


老人は箒の柄を握り直した。


「撤去された」


「誰に?」


老人は、遠くに見える王都へ目を向けた。


「王命だよ」


風が吹いた。


百人の英雄の墓の中に、一つだけ残された空白。


悠真の背中を冷たいものが走った。


「墓だけですか?」


セレスが聞いた。


老人は首を振った。


「墓誌も、供養の記録も処分されたそうだ」


墓を消したんじゃない。


その人が、ここにいたことを消した。


第零資料庫の名簿と同じだ。


百一人目の名前だけが、黒く塗られていた。


「その英雄について、何か残っていませんか?」


老人はしばらく考えた。


「一つだけ」


「何ですか?」


「若かったそうだ」


老人は空白の地面を見る。


「ほかの英雄より、ずっとな」


悠真はゼルを見た。


いつも少年の姿をしている先生を。


ゼルは笑っていなかった。


そのとき。


悠真の手に、そっと何かが触れた。


セレスだった。


握るわけでもない。


ただ、指先が触れるだけ。


「悠真」


「……うん」


「戻ろう」


その声で気づいた。


自分の手が震えていた。


◆


夜。


学院の屋上。


「先生」


『なに?』


ゼルが隣に座っている。


二人きりだった。


「今日、先生の墓がなかった」


『そうだね』


「驚かないんだ」


『墓がないくらいで驚いてたら、幽霊なんてやってられないよ』


いつもの軽口。


悠真は笑えなかった。


先生を疑いたくない。


第零資料庫で、英雄たちの失敗を知った。


英雄は間違える。それでも考え、選び続けたから英雄になった。


なら。


自分も考えなければならない。


たとえ、相手が先生でも。


いや。


先生を信じたいからこそ。


「先生」


『うん』


「第零資料庫の百一人目、先生に似てた」


ゼルは答えない。


「戦い方も。言葉も」


『似てる人くらいいるよ』


「墓も消されてた」


沈黙。


「百一人目の名前も消されてた」


『……うん』


悠真は拳を握った。


怖い。


答えを聞くのが。


もし、自分がずっと信じていたものが違っていたら。


それでも。


聞かない方が、もっと怖かった。


「俺の力って」


悠真はゆっくり言った。


「死んだ英雄たちに教えてもらえる力なんだよね」


ゼルは黙っている。


「ガルディオ先生には墓があった」


『うん』


「ほかの先生たちにも」


『うん』


「百人全員にあった」


『そうだね』


「でも」


悠真は顔を上げた。


逃げずに、ゼルを見る。


「先生の墓だけ、なかった」


ゼルの笑顔が消えた。


ずっと当たり前すぎて、一度も聞かなかった。


その質問を口にする。


「先生は、本当に死んだの?」


夜風が止まった気がした。


ゼルはしばらく黙っていた。


やがて、夜空を見上げる。


そして。


少しだけ笑った。


『その質問』


いつもの軽い声。


なのに、ひどく寂しく聞こえた。


『もっと早くされると思ってた』




第44話 完


次回 第45話


「死んでいないなら、どうして幽霊なんだ」


ゼルが初めて認める。


「僕は、百英雄と同じ死に方をしていない」


揺らぎ始める《死んだ英雄たちに教えてもらえる》という大前提。


そして、百英雄自身にも失われた記憶があることが明らかになる。


百年前、消されたのは一人の名前だけではなかった。




「ゼル先生は何者だと思う?」など、感想や予想をコメントでもらえるとうれしいです。

この物語の続き・ほかの作品は、note「momokun」と Momokun Official で公開しています。


note:momokun https://note.com/momokun1


Momokun Official https://momokun.jp/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。