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第3話/通算43話 「百一人目の名前だけが、黒く塗られている」

第5部 英雄の記録は、誰が作ったのか


前書き




百人の死んだ英雄。




それが、悠真の先生たちだった。




剣を教えてくれた。




戦い方を教えてくれた。




勇者とは何かを教えてくれた。




けれど、レムナ村で悠真は初めて知った。




英雄の答えが、いつも正しいとは限らない。




だから、自分で考えることにした。




仲間に聞くことにした。




失敗しても、自分たちで答えを作ることにした。




そして悠真は、先生たちへ言った。




「先生たちがいなくても、戦えるようになるから」




それは、少年が一人で歩き始めるための言葉だった。




だが。




悠真はまだ知らない。




疑うべきだったのは、




英雄たちの答えだけではなかった。




学院に存在しない地下室。




古い設計図にだけ残された《第零資料庫》。




そこに眠っていたのは、




魔物でも、




伝説の武器でもない。




英雄たち自身が知らない、英雄たちの記録だった。




なぜ、百人の英雄は地下室を知らないのか。




なぜ、勇者の記録が隠されているのか。




そして。




なぜ一人だけ、




ゼルは笑わなかったのか。




百人だと思っていた英雄の歴史に、




もし、




百一人目がいたとしたら。




これは、




落ちこぼれの少年が英雄を目指す物語から、




「英雄とは誰が決めるのか」を問い始める物語へ。




第5部。




「英雄の記録は、誰が作ったのか」




開幕。




最初の謎は、




悠真たちが毎日通っている学院の地下から始まる。




第1話(通算41話)


「学院に、存在しない地下室がある」




百人の先生は、全員言った。




「知らない」




ただ一人。




ゼルだけが、




その扉を見て笑わなかった。

カチッ。


百年前に封じられた扉が、悠真の《英雄視》で開いた。


「……開いた?」


セレスが灯りを掲げる。


鉄の扉の向こうから、冷たい空気が流れてきた。


《勇者記録保管庫》


削り取られた番号。


そして、その奥を見つめるゼルだけが笑っていない。


「先生。入るよ」


『悠真』


「止めるなら、理由を教えて」


ゼルは答えなかった。


昨日と同じだ。


危ないから。知らないから。


けれど、悠真はもう、先生の答えだからという理由だけで考えることをやめない。


「俺、自分で確かめる」


扉を押した。


重い音とともに、百年間隠されていた部屋が姿を現した。


◆


石造りの壁。左右を埋める書棚。古びた木箱と巻物。


セレスが一冊の本を抜き取った。


《勇者原記録》


「原記録?」


「たぶん、教科書や公式記録になる前の資料」


ページを開く。


最初に現れた名前を見て、悠真は息を呑んだ。


「ガルディオ先生」


『俺か』


百英雄も後ろから覗き込む。


記されているのは、第三次ベルナ防衛戦。


ガルディオが少数の兵で魔王軍を食い止め、多くの住民を救った有名な戦いだ。


悠真も学院で何度も習った。


だが。


教科書にはない一文が、その下に残されていた。


《作戦判断遅延により兵士十三名死亡》


「……え?」


悠真は読み間違いかと思った。


ガルディオも黙っている。


「先生、これ……」


『知らん』


「知らない?」


『こんな記録は、俺の記憶にない』


セレスが次のページをめくる。


《命令違反》《作戦失敗》《処罰》《民間被害》


別の英雄の記録にも。


その次にも。


勝利の裏側が残されていた。


悠真が教科書で知っている英雄たちは、いつも正しかった。


迷わない。間違えない。最後には人々を救う。


でも、ここにいる英雄たちは違った。


失敗していた。


判断を間違えた。


命令に背いた。


救えなかった人もいた。


「……先生たちも、間違えてたんだ」


『悪かったな』


ガルディオが低く返す。


「違う。そうじゃなくて」


悠真は首を振った。


不思議だった。


失望すると思っていた。


逆だった。


「ちょっと、安心した」


『安心?』


「先生たちでも、最初から正解を知ってたわけじゃないんだなって」


レムナ村で、悠真は英雄の作戦を捨てた。


正しいはずの作戦が、村を救えなかったからだ。


あのときは怖かった。


先生たちの答えを選ばないことが。


でも。


英雄だって、間違えていた。


それでも考えた。


選んだ。


失敗したあと、また選んだ。


だから。


「間違えなかったから英雄になったんじゃないんだ」


誰も答えない。


「間違えても、それでも誰かを救おうとしたから……先生たちは英雄になったんだ」


ガルディオが腕を組む。


『ずいぶん生意気になったな』


「褒めてる?」


『半分な』


「残り半分は?」


『腹が立つ』


セレスが小さく笑った。


悠真も笑いかけて。


やめた。


ゼルだけが、笑っていなかった。


◆


資料庫の最深部。


そこには、一冊だけ異様な本があった。


銀色の鎖で台座につながれている。


「これ……名簿だ」


セレスが表紙を確認する。


悠真が開いた。


勇者の名前が、一人ずつ並んでいる。


ガルディオ。


フィリア。


レグナス。


知っている名前が続く。


九十八。


九十九。


百。


悠真はページをめくった。


そして。


指が止まる。


「……いる」


「誰が?」


「百一人目」


《第百一勇者》


確かに欄がある。


だが。


名前だけが黒い。


インクで塗り潰したものではない。


黒い靄のようなものが、文字の上で揺れている。


「魔術封印」


セレスが顔を近づけた。


「文字を消したんじゃない。読めなくしてる」


「じゃあ、この下に名前がある?」


「ある」


百一人目は、存在した。


ただ、名前だけを奪われている。


悠真はその下へ視線を落とした。


名前以外の記録は残っていた。


《主要武器》


短剣。


悠真の胸がざわついた。


次。


《戦闘特性》


敵の行動を観察し、正面戦闘を避け、最小限の攻撃で戦況を変化させる。


悠真はゆっくり顔を上げた。


ゼルは何も言わない。


さらに読む。


《指導記録》


勇者候補生への助言多数。独自の戦術理論を持つ。


《問題行動》


命令違反。単独行動。上官への反抗。


「……似てる」


思わず声が漏れた。


「誰に?」


セレスに聞かれた。


答えなくても分かっていた。


ページをめくる。


本人の発言記録があった。


《戦闘訓練中の発言》


『正しい作戦なんて、結果が出るまで誰にも分からない』


悠真の指が止まった。


聞いたことがある。


迷ったとき。失敗したとき。逃げたくなったとき。


ゼルはいつも、似たことを言っていた。


さらに下。


《勇者認定試験後の発言》


『英雄になりたいなら、まず英雄を疑った方がいい』


悠真はもう、文字を追えなかった。


短剣。


戦い方。


候補生への指導。


命令違反。


そして、言葉。


一つなら偶然だ。


二つでも、まだ偶然かもしれない。


でも。


重なるたびに、偶然という逃げ道が消えていく。


「先生」


ゼルを見る。


「この人、誰?」


『知らないよ』


また、その答えだった。


けれど今度は、悠真も言い返さなかった。


ただゼルを見る。


ゼルは悠真ではなく、黒く塗り潰された名前を見ていた。


その目が。


あまりにも寂しかったから。


隣で、セレスが名簿へ手を置いた。


「悠真」


短剣。


戦闘法。


指導法。


残された言葉。


一つずつ指でなぞる。


そして。


黒く塗られた百一人目の名前を見る。


セレスは、ゼルへ視線を移した。


「これ……」


静かな声だった。


だからこそ。


その一言が、地下室に大きく響いた。


「ゼル先生じゃない?」


その瞬間。


ゴォン――!


地下全体が震えた。


「何!?」


壁に赤い魔術光が走る。


床。天井。書棚。


百年間眠っていた術式が、一斉に目を覚ます。


セレスが叫んだ。


「警報!」


ゴォン。


二度目の鐘が鳴る。


悠真は黒く塗られた名前を見た。


百一人目は、誰なのか。


その答えを聞く前に。


学院中へ、侵入を知らせる警報が鳴り響いた。




第43話 完


次回 第44話


「英雄の墓に、ゼルの墓だけがない」


第零資料庫への侵入が学院に発覚。


事情聴取を受けた悠真たちは、《百英雄墓苑》へ向かう。


そこには百人分の墓がある。


なのに。


どれだけ探しても、ゼルの墓だけがない。


そして、古い墓守が語る。


「昔は、ここにもう一つ墓があった」


先生は、本当に「死んだ英雄」なのか?





この物語の続き・ほかの作品は、note「momokun」と Momokun Official で公開しています。


note:momokun https://note.com/momokun1


Momokun Official https://momokun.jp/

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