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第2話/通算42話 「先生が、初めて俺に嘘をついた」

第5部 英雄の記録は、誰が作ったのか


前書き




百人の死んだ英雄。




それが、悠真の先生たちだった。




剣を教えてくれた。




戦い方を教えてくれた。




勇者とは何かを教えてくれた。




けれど、レムナ村で悠真は初めて知った。




英雄の答えが、いつも正しいとは限らない。




だから、自分で考えることにした。




仲間に聞くことにした。




失敗しても、自分たちで答えを作ることにした。




そして悠真は、先生たちへ言った。




「先生たちがいなくても、戦えるようになるから」




それは、少年が一人で歩き始めるための言葉だった。




だが。




悠真はまだ知らない。




疑うべきだったのは、




英雄たちの答えだけではなかった。




学院に存在しない地下室。




古い設計図にだけ残された《第零資料庫》。




そこに眠っていたのは、




魔物でも、




伝説の武器でもない。




英雄たち自身が知らない、英雄たちの記録だった。




なぜ、百人の英雄は地下室を知らないのか。




なぜ、勇者の記録が隠されているのか。




そして。




なぜ一人だけ、




ゼルは笑わなかったのか。




百人だと思っていた英雄の歴史に、




もし、




百一人目がいたとしたら。




これは、




落ちこぼれの少年が英雄を目指す物語から、




「英雄とは誰が決めるのか」を問い始める物語へ。




第5部。




「英雄の記録は、誰が作ったのか」




開幕。




最初の謎は、




悠真たちが毎日通っている学院の地下から始まる。




第1話(通算41話)


「学院に、存在しない地下室がある」




百人の先生は、全員言った。




「知らない」




ただ一人。




ゼルだけが、




その扉を見て笑わなかった。

『悠真。そこは開けないで』


地下に、ゼルの声が響いた。


悠真は鉄の扉へ伸ばした手を止める。


「……どうして?」


『危ないから』


「ここ、知らないんだよね?」


『知らないよ』


「じゃあ、なんで危ないって知ってるの?」


沈黙。


セレスも、百人の英雄も黙った。


ゼルだけが悠真を見ている。


『古い地下室だ。崩れるかもしれない』


「それだけ?」


『それだけだよ』


いつもの声。いつもの笑顔。


だからこそ、悠真には分かった。


「先生。嘘、下手だね」


ゼルの笑顔が、ほんの少し止まった。


◆


『おい、ゼル』


ガルディオが低い声を出した。


『お前、何か知ってるだろ』


『知らないよ』


『だったら、なぜ止める?』


『危ないからだって』


『それを誤魔化してるって言うんだ』


他の英雄たちもざわめいた。


『俺もこの場所は知らん』『私も記憶にない』『こんな保管庫、聞いたことがない』


百人全員が知らない。


それなのに、ゼルだけが開けるなと言った。


「ゼル先生」


セレスが悠真の視線の先へ向かって言う。


「本当に危ないだけなら、悠真はここまで気にしないと思います」


『セレスちゃんまで厳しくなったなあ』


「先生」


悠真は扉から手を離した。


「今日は開けない」


『……そうして』


「でも、調べる」


ゼルの表情が止まった。


「この部屋が何なのか。どうして消されたのか。先生が何を知ってるのか」


『悠真』


「先生がやめろって言ったから考えるのをやめる。それは、もうしない」


レムナ村で学んだ。


英雄の作戦だから正しいわけじゃない。歴史に書かれた答えだから正しいわけでもない。


自分で見て、考える。


「俺、自分で答えを決めるって決めたから」


ゼルは何も言わなかった。


「帰ろう、セレス」


「うん」


階段を上がる直前、悠真は一度だけ振り返った。


ゼルはまだ、削られた番号の扉を見ていた。


その顔は、今まで見たことがないほど寂しそうだった。


◆


翌日の放課後。


図書塔の机に、古文書が山積みになった。


「多くない?」


「少ないよ」


セレスは当然のように答えた。


「百年前まで調べるんだから」


「今日、寮に帰れる?」


「頑張れば」


「帰れない言い方だ」


「大丈夫。私も帰れないから」


「何が大丈夫なの?」


「で、俺たちは何をすればいい?」


声に振り返る。


レオン、ミナ、カイル、フィオナが立っていた。


「なんでいるの?」


「セレスに呼ばれた」


「俺、聞いてないけど」


「聞いたら一人でやるでしょ」


セレスの即答に、悠真は黙った。


カイルが肩を叩く。


「仲間を頼る練習だな」


「俺が呼んだんじゃない」


「そこは次の課題」


「勝手に採点するな」


小さな笑いが起きた。


セレスが百年前の設計図を広げる。


《第零資料庫》


「学院の公式記録から消えた部屋。昨日、悠真と実際に見つけた」


「二人で? 夜に?」


ミナが反応する。


「そこは後で」


「後で聞くんだ……」


悠真は咳払いした。


「扉には《勇者記録保管庫》って書いてあった。それと、ゼル先生が開けるなって言った」


空気が変わる。


レオンは理由を聞かなかった。


ただ椅子を引いた。


「分かった。調べよう」


その一言が、悠真にはありがたかった。


◆


一時間。


二時間。


学院史。歴代勇者名簿。王国戦史。卒業生記録。


《第零資料庫》は、どこにもない。


まるで最初から存在しなかったように。


「待って」


フィオナが声を上げた。


「これ、変」


九十七年前の学院記録。


《王国認定勇者一覧》


「何人いる?」


悠真が尋ねる。


フィオナはもう一度数えた。


「百一人」


「……え?」


セレスが別の記録を開く。


「こっちは百人」


発行年は、わずか五年違い。


レオンがさらに古い資料を持ってくる。


「これは?」


「百一人」


ミナが別の本を開いた。


「こっちは百人」


机の上に資料が並ぶ。


百人。百一人。百人。百一人。


「人数だけが違う」


悠真は二冊を並べた。


名前。戦績。魔王軍との戦闘。授与された勲章。


ほとんど同じ。


なのに、総数だけが揺れている。


「誰か一人……」


セレスが呟いた。


「消えてる?」


図書塔が静まり返った。


一人。


歴史から消された英雄。


悠真はゆっくり顔を上げた。


ゼルを見る。


「先生」


『……何?』


「知ってた?」


『知らないよ』


早すぎる答えだった。


「じゃあ、俺の目を見て言って」


ゼルが悠真を見る。


「百一人目の英雄なんて知らないって」


長い沈黙。


やがてゼルは笑った。


『知らないよ』


胸が痛んだ。


証拠なんてない。


それでも分かる。


この人をずっと見てきたから。


悠真が失敗したときも。迷ったときも。逃げたくなったときも。


ゼルはいつも笑っていた。


だから今の笑顔が、笑っていないことくらい分かる。


「先生」


悠真は静かに言った。


「嘘をつくなら、せめて俺を守るためだって顔をしないでよ」


ゼルの目が揺れた。


『……悠真』


「俺、先生を疑いたいわけじゃない」


声が震えそうになる。


「信じたいから、聞いてるんだよ」


ゼルは答えなかった。


ただ、初めて悠真から目を逸らした。


◆


その日の夜。


悠真とセレスは、もう一度地下へ降りた。


「本当に開けるの?」


「今日は開けない」


「今日は?」


「調べるだけ」


「悠真の『調べるだけ』は信用してない」


「ひどくない?」


「昨日を思い出して」


「……反論できない」


鉄の扉は変わらずそこにあった。


《勇者記録保管庫》


削り取られた番号。


セレスが灯りを近づける。


「鍵穴」


王国紋章の下に、小さな鍵穴がある。


「でも、鍵なんてないよ」


「ああ。学院のどこかに残ってるのかな」


悠真が何気なく手を近づけた。


その瞬間。


「悠真!」


セレスの声。


「え?」


悠真の手の甲が淡く光っていた。


《英雄視》。


光は指先へ流れ、鍵穴へ吸い込まれていく。


カチッ。


小さな音がした。


二人とも動けなかった。


鍵穴の奥で、何かが光っている。


まるで。


悠真を待っていたように。


「どうして……?」


セレスが呟く。


悠真にも分からない。


百年前に消された地下室。


百人と百一人。


そして。


なぜか、この扉に反応する《英雄視》。


悠真は振り返った。


「先生」


ゼルは、そこにいた。


けれど。


今度は笑っていなかった。


悠真はもう一度、光る鍵穴を見る。


先生。


この扉の向こうに。


あなたは何を隠している?


第42話 完


次回 第43話


「百一人目の名前だけが、黒く塗られている」


《英雄視》に反応した、第零資料庫の扉。


悠真たちはついに、その奥へ足を踏み入れる。


そこに残されていたのは、教科書には書かれなかった英雄たちの失敗、処罰、そして死。


最深部には、一冊だけ鎖につながれた名簿。


百一人目の名前だけが、黒く塗り潰されていた。


その横に残された記録を見て、セレスが呟く。


「これ……ゼル先生じゃない?」



この物語の続き・ほかの作品は、note「momokun」と Momokun Official で公開しています。


note:momokun https://note.com/momokun1


Momokun Official https://momokun.jp/

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