第1話/通算41話 「学院に、存在しない地下室がある」
第5部 英雄の記録は、誰が作ったのか
前書き
百人の死んだ英雄。
それが、悠真の先生たちだった。
剣を教えてくれた。
戦い方を教えてくれた。
勇者とは何かを教えてくれた。
けれど、レムナ村で悠真は初めて知った。
英雄の答えが、いつも正しいとは限らない。
だから、自分で考えることにした。
仲間に聞くことにした。
失敗しても、自分たちで答えを作ることにした。
そして悠真は、先生たちへ言った。
「先生たちがいなくても、戦えるようになるから」
それは、少年が一人で歩き始めるための言葉だった。
だが。
悠真はまだ知らない。
疑うべきだったのは、
英雄たちの答えだけではなかった。
学院に存在しない地下室。
古い設計図にだけ残された《第零資料庫》。
そこに眠っていたのは、
魔物でも、
伝説の武器でもない。
英雄たち自身が知らない、英雄たちの記録だった。
なぜ、百人の英雄は地下室を知らないのか。
なぜ、勇者の記録が隠されているのか。
そして。
なぜ一人だけ、
ゼルは笑わなかったのか。
百人だと思っていた英雄の歴史に、
もし、
百一人目がいたとしたら。
これは、
落ちこぼれの少年が英雄を目指す物語から、
「英雄とは誰が決めるのか」を問い始める物語へ。
第5部。
「英雄の記録は、誰が作ったのか」
開幕。
最初の謎は、
悠真たちが毎日通っている学院の地下から始まる。
第1話(通算41話)
「学院に、存在しない地下室がある」
百人の先生は、全員言った。
「知らない」
ただ一人。
ゼルだけが、
その扉を見て笑わなかった。
「学院の設計図に、存在しない地下室がある」
セレスがそう言ったのは、レムナ村から帰って五日目の放課後だった。
「……どういう意味?」
「そのままの意味」
図書塔の床に、二枚の設計図が並んでいた。
一枚は現在の勇者学院。もう一枚は、百年前の学院。
セレスの指が、本館の地下を示す。
「こっちが今の設計図。地下は一階まで」
「うん」
「でも、百年前は違う」
指が少し下へ動く。
そこには、現在の図面には存在しない階段が描かれていた。
その先に、小さな区画。
かすれた文字が残っている。
《第零資料庫》
「……ゼロ?」
「普通は第一だよね」
「だよな」
悠真は図面へ顔を近づけた。
見間違いではない。
地下第一層より、さらに下。今の学院には存在しない部屋が、百年前には確かにあった。
「改築で埋めたとか?」
「だったら記録が残るはず。でも、見つからない」
「じゃあ、なんで消えたんだ?」
「それを調べてるの」
セレスが当然のように言う。
「それで俺は?」
「本を戻す係」
「調査に参加してなかった!」
『適材適所だな』
ガルディオが笑う。
「先生は黙ってて」
『なんでだ!』
セレスが小さく笑った。
レムナ村から戻って、学院の日常も戻ってきた。
朝は剣術。昼は魔法理論。放課後は図書塔で、セレスに本運びを押しつけられる。
つい数日前まで、村の命運を背負っていたのが嘘みたいだった。
けれど。
悠真には、一つだけ引っかかっていることがあった。
あの夜。
屋上で、ゼルが言いかけた言葉。
『君が僕たちを必要としなくなる日が来たら……』
そして、悠真が去ったあとに残した言葉。
ゼルは何を隠している?
まだ聞けずにいた。
だからこそ。
悠真は、何気ないふりをして百人の英雄へ振り返った。
「先生たち。この部屋、知ってる?」
英雄たちが一斉に設計図を覗き込む。
『知らんな』
『俺もだ』
『こんな地下室があったか?』
『少なくとも、私の時代には聞いたことがない』
『秘密の酒蔵では?』
「なんで学院の地下に酒を隠すんだよ」
『教師とは色々あるのだ』
「何があったんだよ、この学院」
声が飛び交う。
いつもの百英雄だ。
ただ。
一人だけ、少し遅れて答えた。
『僕も知らないよ』
ゼルだった。
悠真は彼を見る。
いつもの笑顔。いつもの声。
『初めて見た』
「そっか」
それだけだった。
本当に、それだけ。
なのに。
なぜか、その言葉だけが胸に残った。
◆
「行くんでしょ?」
夜。
寮を抜け出した悠真を、廊下でセレスが待っていた。
「……なんで分かった?」
「悠真だから」
「説明になってない」
「存在しない地下室を見つけて、明日まで待てる?」
悠真は考えた。
「無理」
「でしょ」
完全に読まれている。
二人は灯りを持ち、旧講義棟へ向かった。
百年前の図面では、《第零資料庫》へ続く階段はこの辺りにある。
だが。
「壁だな」
「壁だね」
目の前にあるのは、何の変哲もない石壁だった。
悠真は叩く。
コン、コン。
「分かる?」
「全然」
「じゃあ、なんで叩いたの?」
「秘密の扉って、こうやって探すものじゃない?」
「誰情報?」
「冒険小説」
「図書塔で何読んでるの」
『右だ』
英雄の一人が言った。
『右端だけ石の積み方が違う』
灯りを近づける。
確かに一本だけ、細い継ぎ目がある。
「セレス」
「うん」
二人で埃を払う。
古い金属の取っ手が現れた。
「……本当にあった」
悠真が力を込める。
動かない。
もう一度。
ゴゴゴゴ……。
重い音とともに、石壁の一部が奥へ沈んだ。
冷たい空気が流れてくる。
その向こうに。
地下へ続く階段があった。
「行こう」
悠真が足を出す。
その袖をセレスが掴んだ。
「待って」
「ん?」
「一人で先に行かない」
「心配してる?」
「してる」
即答だった。
悠真の方が固まった。
セレスも一瞬だけ黙る。
「……また勝手に怪我されたら困るから」
「そっち?」
「何だと思ったの?」
「いや、別に」
『青春だな』
「先生は黙ってて!」
『俺、何も悪くなくないか!?』
セレスが吹き出した。
その笑い声も。
階段を数段下りると、すぐに消えた。
空気が変わった。
冷たい。
音がない。
二人の足音だけが、石の壁に反響する。
一段。
また一段。
やがて。
階段の最下部に、大きな鉄の扉が現れた。
錆びている。
長い間、誰にも開かれていない。
中央には王国の紋章。
その下に文字があった。
いや。
正確には。
文字を削り取った跡があった。
セレスが灯りを近づける。
「読める?」
「少し」
二人で埃を払う。
《勇者記録保管庫》
そして、その下。
《第 号》
数字だけが削り取られていた。
「勇者の記録……?」
悠真が呟く。
『知らん』
ガルディオの声から、いつもの軽さが消えた。
『こんな場所、俺は知らねえ』
『私もだ』
『記憶にない』
百人の英雄。
全員が。
自分たちの記録を保管していたはずの場所を知らない。
「変だよ」
セレスが小さく言った。
「ああ」
悠真は扉を見る。
ここまで来た。
なら。
確かめる。
第4部で学んだ。
誰かが正しいと言ったから、正しいわけじゃない。
英雄が知らないと言ったから、存在しないわけでもない。
自分で見て。
考える。
悠真は扉へ手を伸ばした。
「悠真」
声がした。
手が止まる。
ゼルだった。
「先生?」
返事はない。
悠真は振り返った。
百人の英雄の中で。
ゼルだけが、扉を見ていた。
笑っていない。
「ゼル先生?」
セレスには見えない。
けれど悠真の表情を見て、声を潜めた。
「ゼル先生、いるの?」
「うん」
悠真はゼルから目を離さなかった。
「先生」
『……何?』
「この場所、本当に知らないんだよね?」
短い沈黙。
『知らないよ』
同じ答えだった。
昼間と。
まったく同じ。
なのに。
今度は分かった。
悠真はもう一度、扉へ手を伸ばす。
その瞬間。
『悠真!』
鋭い声が地下に響いた。
悠真の手が止まる。
こんな声を聞いたことがなかった。
怒っているんじゃない。
ゼルは。
怯えていた。
「先生……?」
ゼルが悠真を見る。
そして。
初めて。
命令するような声で言った。
『悠真。そこは開けないで』
第41話 完
次回 第42話
「先生が、初めて俺に嘘をついた」
「危ないから」
ゼルはそう言った。
けれど、悠真には一つだけ分からない。
知らないはずの場所が危険だと、
どうして先生は知っている?
学院の古文書を調べ始めた悠真たちは、やがて奇妙な記録へ辿り着く。
《百英雄》。
その人数が、年代によって違っていた。
百人。
そして、百一人。
先生。あなたは、何を隠している?
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