第10話(通算40話) 「先生がいなくても、俺は勇者になれる」
第4部「英雄のいない村編」
英雄に教われば、正しい答えが見つかる。
悠真は、ずっとそう思っていた。
剣の振り方も。
魔物の倒し方も。
仲間を守る方法も。
百人の英雄たちは、いつだって悠真より多くの答えを知っていた。
けれど。
英雄の答えが、誰かを傷つけるとしたら?
百一人目の勇者という、新たな謎を残したまま学院へ戻った悠真。
そんな彼に与えられたのは、初めての学院外実地任務だった。
向かうのは、北方の小さな村《レムナ村》。
魔物を倒し、村を守る。
ただそれだけの、簡単な任務のはずだった。
しかし、そこで悠真を待っていたのは、
「助けてほしい人」ではなかった。
百人の英雄がいても、答えが出ない。
教科書にもない。
正解すら、あるのか分からない。
なら。
悠真は初めて、英雄たちの答えではなく、
自分と、今を生きる仲間たちの答えを探し始める。
英雄に教わる少年から。
英雄の答えを疑える少年へ。
そして、
英雄にはない答えを、仲間と作れる少年へ。
第4部。
「英雄のいない村編」
ここから始まるのは、
英雄がいれば人は救えるのか。
その「当たり前」を疑う物語です。
学院の門が見えた。
「帰ってきたぁ……」
カイルが、心の底から疲れ切った声を出した。
レムナ村を出て三日。悠真たちは勇者学院へ戻ってきた。
見慣れた石造りの校舎。訓練場から響く剣の音。何も変わっていない。
なのに、悠真には少しだけ違って見えた。
『ずいぶん感傷的な顔してんな』
ガルディオの声がする。
「別に」
『村が恋しくなったか?』
「そういうんじゃない」
悠真は学院を見上げた。
ここへ入った頃は、勇者になる意味なんて考えたこともなかった。
強くなって、魔物を倒して、人を助ける。それで十分だと思っていた。
でも今は違う。
「……勇者って、何なんだろうな」
『また始まったぞ』
「先生たちのせいだろ」
『俺たちは剣しか教えてねえ』
「それが問題なんだよ」
『なんだと!?』
隣でセレスがこちらを見る。
「また先生と喧嘩?」
「教育的議論」
『一方的な反抗だ!』
「だそうです」
セレスが笑った。
その笑顔を見て、悠真はようやく帰ってきたのだと思った。
◆ 減点
「では、任務評価を伝える」
教官の声は冷たかった。
机の上には、レムナ村で作成した報告書。
《村民主体による防衛体制を構築》
教官が紙をめくる。
「魔物の群れを排除。村落への重大な被害なし。一方で、作戦指揮を担当した悠真」
「はい」
「お前は魔物の習性を読み違えた。その結果、仲間一名が負傷した」
カイルの傷が脳裏に浮かぶ。
「はい」
「判断ミスだ」
「……はい」
「さらに、百英雄から助言を得られるにもかかわらず、それを十分に活用しなかった」
悠真は顔を上げた。
「事実か?」
「事実です」
教官がペンを走らせる。
「減点する」
「ちょっと待ってください」
カイルが声を上げた。
「俺たち、村は守りましたよ?」
「結果だけを評価しているのではない」
「でも――」
「カイル」
悠真が止めた。
「いいよ」
「よくないだろ」
「判断を間違えたのは本当だから」
自分の作戦で仲間が傷ついた。
そこから目を逸らして、勇者になれるとは思わなかった。
教官が悠真を見る。
「評価は下がるぞ」
「はい」
以前なら悔しかった。
誰より高い評価が欲しかった。
けれど今は、不思議なくらい納得していた。
『おい。本当にいいのか?』
ガルディオが言う。
「うん」
『俺なら文句言うぞ』
「だから先生は黙ってて」
『馬鹿弟子!』
そのとき、職員室の扉が開いた。
学院長だった。
手に一通の封筒を持っている。
「君たちに手紙が届いている」
「手紙?」
机に置かれた封筒。
差出人を見て、悠真は息を止めた。
《レムナ村》
◆ 勇者ではなく
字は、お世辞にもきれいではなかった。
魔物の被害が減ったこと。水路を使った防衛方法を村人たちで改良していること。鐘の合図を毎朝確認していること。
そして最後。
悠真の目が止まった。
《次に何かあったときは、勇者ではなく、悠真たちをまた寄越してください》
「……」
「どうした?」
カイルが覗き込む。
悠真は黙って手紙を渡した。
カイルが読んで、笑った。
「これ、すごくないか?」
セレスも読む。
勇者ではなく。
悠真たちを。
学院では減点された。
英雄と呼ばれたわけでもない。
それでも、あの村の人たちは自分たちを覚えてくれていた。
胸の奥が熱くなる。
「……ずるいな」
「何が?」
セレスが聞く。
「減点された直後にこれ来る?」
「泣く?」
「泣かない」
「目、赤いよ」
「疲れてるだけ」
「格好つけた?」
「つけてない」
「私に?」
悠真は黙った。
セレスが笑う。
「まだ治ってないね」
「何が」
「格好つける病気」
「そんな病気ないだろ!」
教官が咳払いした。
「まだ評価は終わっていない」
「あ、はい」
教官は報告書と手紙を見比べた。
「減点は減点だ」
「はい」
「だが、学院の評価だけが任務の価値を決めるわけではない」
悠真は顔を上げる。
「覚えておけ」
「……はい」
今度の返事は、少しだけ大きくなった。
◆ 先生たちがいなくても
その夜。
寮の屋上で、悠真は星を見ていた。
「先生」
百人の気配が現れる。
『なんだ』
『修行か?』
『恋愛相談なら儂は詳しいぞ』
「最後の人は帰って」
『なぜじゃ!?』
悠真は笑った。
百人の死んだ英雄。自分だけに見える先生たち。
この力を得たとき、何でも答えが分かると思った。
どの剣を振るか。どの魔法を使うか。どう戦えば勝てるか。
先生たちは、いつも答えてくれた。
でもレムナ村では、その「正しい答え」だけでは村を救えなかった。
自分で考えた。失敗した。仲間に聞いた。村人に聞いた。
そして、自分たちで答えを作った。
「先生たち」
百人が悠真を見る。
「俺、いつか――」
少しだけ息を吸う。
「先生たちがいなくても、戦えるようになるから」
静かになった。
百人の英雄が、誰も喋らない。
「……あれ? なんか言ってよ」
『当たり前だ』
ガルディオだった。
「え?」
『当たり前だ、馬鹿弟子』
「馬鹿は余計だろ!」
『いつまでも師匠がいなきゃ剣も振れねえ奴を、誰が勇者にするんだ』
別の英雄が笑う。
『ようやく言ったか』
『遅いくらいだ』
『卒業宣言にはまだ早いぞ』
『あと百年は教える』
「俺、死んでるよ!」
百人分の笑い声。
うるさい。
本当にうるさい。
なのに悠真も笑っていた。
「俺、先生たちに教えてもらえてよかった」
少し静かになる。
「でも、先生たちの答えを、そのまま正しいって思うのはやめる」
誰も怒らない。
「自分で考える。仲間にも聞く。失敗したら、また考える」
悠真は百人を見る。
「それでも分からなかったら、そのときはまた教えて」
ガルディオが鼻を鳴らした。
『最初からそうしろ』
たぶん、これでいい。
先生から教わることと、先生の答えだけで生きることは違う。
最後に選ぶのは、自分だ。
「俺」
悠真は星空を見上げた。
「先生がいなくても、勇者になれると思う」
『なれ』
ガルディオが言った。
短い一言だった。
けれど、どんな長い教えより胸に残った。
「うん」
悠真は笑った。
「なるよ」
◆ どんな勇者になる?
「悠真」
振り返ると、屋上の入口にセレスがいた。
「何してるの?」
「先生と話してた」
「終わった?」
「うん」
セレスが隣へ来る。
「何の話?」
「秘密」
「ふうん」
「気にならない?」
「そのうち自分から話すでしょ」
「信用されてるな、俺」
「違う。悠真、秘密にするの下手だから」
「ひどくない!?」
「三日くらい?」
「もう少し持つ!」
「じゃあ二日」
「短くなってる!」
セレスが笑う。
しばらく二人で星を見た。
「ねえ」
「何?」
「勇者になる?」
レムナ村の村長にも聞かれた。
あのときは「たぶん」と答えた。
今は。
「なる」
セレスが悠真を見る。
「今度は迷わないんだ」
「うん」
「どんな勇者?」
悠真は少し考える。
「まだ分からない」
「そこは分からないんだ」
「でも」
悠真は笑った。
「あんな勇者にはならない」
森を焼き、村を壊し、それでも英雄と呼ばれた勇者。
セレスは「そっか」とだけ答えた。
それで十分だった。
◆ ゼルだけが笑わなかった
セレスが去ったあと。
悠真も寮へ戻ろうとした。
「おやすみ、先生」
『おう』
『寝坊するなよ』
『明日は朝から剣術だ』
「分かってるって」
百人の姿が、一人ずつ薄れていく。
最後に。
一人だけ残った。
ゼル。
「先生?」
『悠真』
いつもの笑顔がなかった。
「何?」
ゼルはしばらく黙っていた。
『君が僕たちを必要としなくなる日が来たら……』
言葉が止まる。
「来たら?」
『……』
「先生?」
ゼルは笑おうとした。
けれど、うまく笑えていなかった。
『いや。なんでもない』
「何それ。絶対気になるやつじゃん」
『おやすみ、悠真』
「ちょっと!」
ゼルの姿が消えた。
悠真は首を傾げたが、そのまま屋上を出ていった。
扉が閉まる。
静寂。
そして。
誰もいなくなった屋上に、ゼルがもう一度だけ姿を現した。
悠真が消えた扉を見つめる。
笑っていなかった。
『その時こそ』
小さく呟く。
『僕のことを、話さないといけないのかもしれないね』
月明かりの中。
ゼルの姿が消えた。
悠真はまだ知らない。
自分が百人の英雄から離れ始めたその夜。
百一人目へ続く扉もまた、静かに開き始めていたことを。
第40話 完
第4部「英雄のいない村編」完
次回 第5部 第1話(通算41話)
「学院に、存在しない地下室がある」
レムナ村から帰還し、日常へ戻った悠真たち。
古い学院設計図を整理していたセレスが、奇妙な空白を発見する。
現在の学院には存在しない地下区画。
《第零資料庫》
百英雄は全員、「知らない」と答えた。
ただ一人。
ゼルだけが笑わなかった。
そして封鎖された扉を前に、ゼルが初めて強い声を上げる。
「悠真。そこは開けないで」
第5部「英雄の記録は、誰が作ったのか」へ。
この物語の続き・ほかの作品は、note「momokun」と Momokun Official で公開しています。
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