第9話/通算39話 「英雄にならなくても、人は救える」
第4部「英雄のいない村編」
英雄に教われば、正しい答えが見つかる。
悠真は、ずっとそう思っていた。
剣の振り方も。
魔物の倒し方も。
仲間を守る方法も。
百人の英雄たちは、いつだって悠真より多くの答えを知っていた。
けれど。
英雄の答えが、誰かを傷つけるとしたら?
百一人目の勇者という、新たな謎を残したまま学院へ戻った悠真。
そんな彼に与えられたのは、初めての学院外実地任務だった。
向かうのは、北方の小さな村《レムナ村》。
魔物を倒し、村を守る。
ただそれだけの、簡単な任務のはずだった。
しかし、そこで悠真を待っていたのは、
「助けてほしい人」ではなかった。
百人の英雄がいても、答えが出ない。
教科書にもない。
正解すら、あるのか分からない。
なら。
悠真は初めて、英雄たちの答えではなく、
自分と、今を生きる仲間たちの答えを探し始める。
英雄に教わる少年から。
英雄の答えを疑える少年へ。
そして、
英雄にはない答えを、仲間と作れる少年へ。
第4部。
「英雄のいない村編」
ここから始まるのは、
英雄がいれば人は救えるのか。
その「当たり前」を疑う物語です。
村の鐘が鳴った。
悠真は反射的に腰の剣へ手を伸ばした。
「魔物!?」
「悠真」
隣のセレスが、じろりと見る。
「腕」
「……ちょっと痛い」
「よろしい」
「何が!?」
昨日までなら「全然」と答えていた。
たった一日で、妙なところだけ成長してしまったらしい。
だが、鐘は昨日の警報とは違った。
一定の間隔で三度。
村人たちが家から出てくる。
誰も逃げない。
男たちは柵へ。子どもたちは決められた家へ。老人が水路を確認し、若者たちが薪を動かす。
昨日、みんなで決めた合図だった。
「学生さん!」
村長が走ってきた。
「北の見張りだ。牙狼が二体、森から出た」
「行きます!」
一歩踏み出した悠真の襟を、セレスが掴んだ。
「ぐえっ」
「昨日、何を決めたの?」
悠真は止まる。
魔物が出たら倒す。
それが勇者の仕事だと思ってきた。
でも、昨日作った仕組みは違う。
自分たちがいなくなったあとも、この村が生きていくためのものだ。
悠真は剣から手を離した。
「……俺たちは、見てよう」
村長が目を丸くする。
「危なくなったら助けます。でも最初から俺たちが倒したら、昨日決めたことが使えるか分からない」
少しの沈黙。
村長はうなずいた。
「分かった。やってみる」
その言葉を聞いた瞬間、悠真は戦うときより怖くなった。
剣を抜かない
北側の柵。
森から牙狼が二体、姿を現した。
悠真なら倒せる。
セレスでも倒せる。
だからこそ、悠真は剣を抜かなかった。
「来たぞ!」
鐘が鳴る。
村人が水路の板を外す。
道に水が流れ、牙狼の足が泥に沈む。
薪を崩して進路を塞ぐ。
逃げ道を炭窯の細い通路へ絞る。
「今だ!」
三人の村人が槍を構えた。
手が震えている。
当然だ。
昨日まで彼らは、勇者が来なければ自分たちは死ぬと思っていた。
一体目が飛び込む。
槍が押し返す。
だが二体目が炭窯の脇を跳び越えた。
「まずい!」
悠真の手が剣へ伸びた。
『右から斬れ』
ガルディオ。
『脚を止めろ』
クロウ。
百英雄の答えが一瞬で頭を駆ける。
どれも正しい。
どれを選んでも倒せる。
それでも。
悠真は、抜かなかった。
「縄!」
村の少女が叫んだ。
村人二人が縄を引く。
積んであった薪が崩れ、牙狼が進路を変える。
村長が木板を叩いた。
「こっちだ!」
牙狼が向きを変える。
泥へ足を取られる。
「今だ!」
槍が突き出された。
やがて、二体とも動かなくなった。
静寂。
「……倒した?」
誰かが呟く。
「俺たちが?」
次の瞬間、歓声が上がった。
泥だらけの村人たちが笑っている。
悠真は剣の柄から手を離した。
一度も抜かなかった。
『悠真』
ガルディオが呼ぶ。
『お前、何もしてねえぞ』
悠真は村人たちを見る。
「うん」
そして笑った。
「だから、よかった」
百英雄は何も言わなかった。
何もしない勇気
村へ戻る途中、セレスが言った。
「本当に何もしなかったね」
「見てた」
「普通、それを何もしてないって言うの」
「ひどくない?」
セレスが笑う。
「途中、飛び出しそうになったでしょ」
「……なった」
「剣にも触った」
「見てたの?」
「見てた」
悠真は頭をかいた。
「怖かったんだよ。何もしないのが」
自分が倒した方が早い。
たぶん安全だ。
それでも、それでは駄目だった。
「俺たち、帰るから」
「うん」
「だったら俺が百匹倒すより、村の人が一匹倒せるようになる方がいい」
言葉にして、ようやく分かった。
「その方が、この村を助けたことになる気がする」
セレスが少しだけ笑う。
「ちょっと勇者っぽかった」
「本当? もう一回言って」
「嫌」
「なんで!?」
「格好つけるから」
「つけない!」
「昨日も言ってた」
悠真は追いかける。
右腕が痛んだ。
「痛っ」
「痛い?」
「ちょっと」
「よろしい」
「やっぱりそれ気に入ってるだろ!」
《魔物討伐成功》
午後。
学院へ提出する任務報告書を前に、悠真はペンを走らせた。
《魔物討伐成功》
そこで、手が止まった。
「どうした?」
カイルが覗き込む。
「字、間違えた?」
「違う」
魔物は倒した。
任務としては成功だ。
けれど、窓の外では村人たちが柵を補強している。
子どもたちは鐘の合図を覚えている。
老人は水路を直している。
昨日までなかったものが、ここには残った。
剣でもない。
魔法でもない。
英雄でもない。
「……これだけでいいのかな」
「何が?」
「俺たちがやったこと」
悠真はもう一度、報告書を見る。
《魔物討伐成功》
そして。
その文字に、一本の線を引いた。
「消すの?」
セレスが聞く。
「うん」
悠真は新しく書いた。
《村民主体による防衛体制を構築》
カイルが眉を寄せる。
「地味だな」
「うるさい」
「英雄譚にはならないぞ」
悠真はペンを止めなかった。
「ならなくていい」
自分で言って、少し驚いた。
英雄になりたかった。
今もなりたい。
でも今日、歴史に名前も残らない人たちが、自分たちの手で誰かを救った。
鐘の合図。
避難経路。
水路。
炭窯。
村人の役割。
最後に書く。
《今後、外部戦力への依存を減らし、村民自身による継続的な防衛が可能と判断する》
悠真はペンを置いた。
「英雄じゃなくても、人は救えるんだな」
部屋が静かになる。
セレスだけが笑った。
「今さら?」
「今さらって何だよ」
「自分で気づいたなら、それでいいんじゃない?」
悠真は報告書を見た。
そこに、英雄の名前は一つもなかった。
それでいいと思えた。
あんな勇者にはなるな
夕方。
村長が悠真のところへやってきた。
「明日、帰るそうだな」
「はい」
「そうか」
村長は直された柵を見た。
最初に会った日、この人は言った。
勇者なんて、もう二度と来なくていい。
「悠真」
「はい」
「お前は、勇者になるのか?」
突然の問いだった。
「……たぶん」
勇者になるために学院へ入った。
なのに今は、以前ほど簡単に「はい」と言えない。
勇者とは何なのか。
まだ分からないからだ。
「そうか」
村長は少し黙った。
「あんな勇者にはなるな」
十年前。
魔物を倒すために森を焼き、村を救ったと表彰された勇者。
けれど村人からは、二度と来るなと言われた勇者。
悠真はまっすぐ村長を見る。
「はい」
答えは、まだ分からない。
でも。
なりたくない勇者だけは、分かった。
村長が手を差し出す。
悠真はその手を握った。
「ありがとう」
どちらが言ったのか。
悠真には分からなかった。
英雄って、何ですか?
翌朝。
悠真たちはレムナ村を出た。
来たときとは違い、村人たちが見送ってくれる。
丘の上で、悠真は一度だけ振り返った。
英雄のいない村。
本当に?
槍を持った村人。
鐘を鳴らした人。
縄を引いた人。
子どもを逃がした人。
水路を開いた老人。
誰一人、英雄とは呼ばれていない。
それでも、誰かを救った。
「先生」
『なんだ?』
百人の意識が悠真へ向く。
「英雄って、人を救ったから英雄なの?」
沈黙。
「魔物を倒したから?」
誰も答えない。
「国を守ったから?」
やはり答えはない。
「先生たちは英雄なんでしょ。じゃあ、どうして英雄になったの?」
長い沈黙のあと。
『ふふ』
一人だけ笑った。
ゼルだった。
「何?」
『英雄って、面白い言葉だなと思って』
「面白い?」
『だってさ』
いつもの軽い声。
なのに、その一言だけは妙に冷たく聞こえた。
『歴史にそう書かれたから、英雄になった人もいるよ』
悠真の足が止まる。
「……え?」
『ゼル』
ガルディオの低い声。
『何?』
『余計なことを言うな』
「待って。どういう意味?」
ゼルは答えない。
「先生?」
『さあね』
「さあねじゃない!」
「悠真」
今度は現実の声だった。
少し先でセレスが待っている。
「遅い」
「……ごめん」
「先生と話してた?」
「うん」
「答え、分かった?」
悠真はもう一度、村を見る。
十年前の勇者は歴史に残った。
昨日、自分たちの村を守った人々は、おそらく残らない。
それでも。
「分かんない」
悠真は歩き出す。
「でも、これから考える」
百人の英雄から、たくさんの答えを教わった。
剣。
魔法。
戦術。
勝ち方。
けれど。
英雄とは何か。
勇者とは何か。
人を救うとは何か。
その答えだけは、自分で見つけなければならない。
「悠真、腕」
「ちょっと痛い」
「聞いてない」
「えっ」
セレスが笑った。
悠真も笑う。
その後ろで、レムナ村の鐘が鳴った。
警報ではない。
朝を知らせる鐘だった。
勇者がいなくても。
英雄がいなくても。
村の一日は始まる。
悠真は前を向いた。
けれど、ゼルの言葉だけが頭から離れない。
《歴史にそう書かれたから、英雄になった人もいる》
もし、そうなら。
歴史に書かれなかった人たちは?
そして。
百人の先生たちは、本当に全員――
自分が思っているような「英雄」だったのだろうか。
悠真は初めて。
「英雄」という名前そのものを疑った。
第39話 完
次回 第10話(通算40話)
「先生がいなくても、俺は勇者になれる」
レムナ村から学院へ帰還した悠真たち。
待っていたのは称賛ではなく、悠真の判断ミスに対する減点だった。
それでも、村から一通の手紙が届く。
「勇者ではなく、悠真たちをまた寄越してください」
そして夜。
悠真は百人の英雄へ、初めて宣言する。
「俺、いつか先生たちがいなくても戦えるようになるから」
その言葉を聞いたゼルだけが、笑わなかった。
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作品情報・連載案内は Momokun Official へ。
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