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第8話/通算38話 「セレスにだけは、格好つけたい」

第4部「英雄のいない村編」


英雄に教われば、正しい答えが見つかる。




悠真は、ずっとそう思っていた。




剣の振り方も。


魔物の倒し方も。


仲間を守る方法も。




百人の英雄たちは、いつだって悠真より多くの答えを知っていた。




けれど。




英雄の答えが、誰かを傷つけるとしたら?




百一人目の勇者という、新たな謎を残したまま学院へ戻った悠真。




そんな彼に与えられたのは、初めての学院外実地任務だった。




向かうのは、北方の小さな村《レムナ村》。




魔物を倒し、村を守る。




ただそれだけの、簡単な任務のはずだった。




しかし、そこで悠真を待っていたのは、




「助けてほしい人」ではなかった。




百人の英雄がいても、答えが出ない。




教科書にもない。




正解すら、あるのか分からない。




なら。




悠真は初めて、英雄たちの答えではなく、




自分と、今を生きる仲間たちの答えを探し始める。




英雄に教わる少年から。




英雄の答えを疑える少年へ。




そして、




英雄にはない答えを、仲間と作れる少年へ。




第4部。




「英雄のいない村編」




ここから始まるのは、




英雄がいれば人は救えるのか。




その「当たり前」を疑う物語です。

痛くない


「痛い?」


「全然」


セレスの指が、悠真の右腕の傷の横を押した。


「いったぁぁぁ!」


「……全然?」


「今のは反則だろ!」


翌朝。


レムナ村を襲った魔物を退けてから、一晩が過ぎていた。


戦いには勝った。全員、生きている。カイルも命に別状はない。


だから悠真は、自分も平気だと思っていた。


朝、起き上がるまでは。


右腕が痛い。肩も痛い。背中も痛い。


全身が昨日の戦闘を律儀に覚えていた。


『今日は休め』


頭の中でガルディオが言う。


「先生がまともなこと言った」


『どういう意味だ』


『若いのに翌日来るんだねえ』


ゼルが笑った。


「死んでる人に筋肉痛を語られたくない」


そこへセレスが薬草と新しい包帯を持ってきた。


そして冒頭に戻る。


「触っただけだけど」


「絶対わざと押した!」


「ちょっとだけ」


「認めた!」


セレスが笑う。


その顔を見た瞬間、悠真の胸が妙にうるさくなった。


昨日、魔物に囲まれたときより困る。


「座って。包帯、替えるから」


「トーマにやってもらう」


「カイルを診てる」


「じゃあ自分で」


「片手で?」


「……できます」


「やってみて」


「…………」


悠真は黙って座った。


格好つけた?


セレスが古い包帯をほどく。


指先が腕に触れるたび、悠真は無駄に姿勢を正した。


「傷は浅いね」


「だから平気だって」


「昨日、血が出てたけど」


「これくらいなら」


「カイルも同じこと言ってた」


薬草が傷に触れた。


染みる。


かなり染みる。


「痛い?」


「全然」


セレスが無言で見上げた。


「……何?」


「もう一回押していい?」


「痛いです」


即答すると、セレスが吹き出した。


「素直でよろしい」


『成長したね』


「先生は黙ってて」


「ゼル?」


「うん。成長したねって」


「私もそう思う」


「どこが!?」


「痛いって言えるようになった」


悠真は反論できなかった。


少しして、悠真は口を開く。


「……昨日、ありがとう」


「急にどうしたの?」


「俺、一人だったら駄目だったと思う」


「うん」


「そこは否定してくれてもよくない?」


「だって駄目だったでしょ」


「そうだけど!」


セレスは包帯を巻きながら言った。


「だから私たちに聞いた。それで勝った。なら、それでいいじゃない」


昨日、カイルが傷ついたとき、悠真は百英雄へ答えを求めかけた。


止めたのはセレスだった。


『先生に聞かないと』


『違う。私たちに聞いて』


その言葉がなければ、また百年前の正解の後ろに隠れていたかもしれない。


「悠真」


「ん?」


「昨日から思ってたんだけど」


セレスが包帯を結ぶ。


「格好つけた?」


「……何が?」


「怪我してるのに平気って」


「つけてない」


「私に?」


悠真は口を開いた。


閉じた。


「……違う」


「じゃあ誰に?」


答えられない。


カイルにも、ミレナにも、トーマにも、格好悪いところを見られたって構わない。


なのにセレスには。


「……分かんない」


たぶん、少しだけ分かっている。


けれど言葉にした瞬間、何かが変わりそうだった。


「そっか」


セレスは笑った。


その顔を見て、答えを言っていないのに半分くらい伝わった気がした。


一人で?


外へ出ると、村ではもう復旧作業が始まっていた。


壊れた柵を直し、散らばった薪を集め、踏み荒らされた道をならしている。


「悠真!」


ミレナが手を振った。


トーマと、肩を固定されたカイルもいる。


「なんでカイルまでいるんだよ!」


「俺は監督」


「働けないから偉そうにしてるだけじゃん」


「怪我人にひどくない!?」


ミレナが悠真の腕を見た。


「あれ? 包帯、新しくなってる」


「ああ」


「トーマ?」


「違う」


「自分で?」


「……セレス」


三人が同時に悠真を見る。


「何?」


「別に」


ミレナが笑う。


「絶対何かあるだろ」


カイルまで笑った拍子に肩を押さえた。


「痛っ」


「平気なんじゃなかった?」


「平気だ」


トーマが肩に触れる。


「いだぁぁぁ!」


「全然?」


「お前までやるな!」


悠真も笑った。


昨日、カイルが倒れた瞬間は、もうこんなふうに笑えないかもしれないと思った。


今は全員いる。


それだけで十分だった。


「学生さん」


村長が呼んだ。


「昨日のことだ。礼を言う」


「俺たちだけじゃありません。村のみんなが動いてくれたから勝てました」


「分かってる。だから、だ」


村長は直された柵を見た。


「前に来た勇者は全部やった。魔物を倒して、森を焼いて、帰った」


悠真は黙る。


「俺たちは助けられた。だから、自分たちじゃ何もできないと思った」


村人たちは今、自分たちの手で村を直している。


「でも昨日は違った。俺たちも戦った」


その声には、昨日までなかった誇りがあった。


「もう一つ、頼んでもいいか?」


「何ですか?」


「昨日逃げた魔物が戻るかもしれん。だから、俺たちだけでも守れる方法を、一緒に考えてくれないか」


守ってくれ、ではない。


倒してくれ、でもない。


一緒に考えてくれ。


「もちろんです」


悠真が答えた瞬間、背後から声がした。


「一人で?」


セレスだった。


腕を組んでいる。


「いや」


悠真は笑う。


「みんなで」


「よろしい」


「先生みたいになってない?」


「誰かさんが一人でやろうとするから」


「もうしないって」


「本当に?」


「……努力します」


セレスが笑った。


セレスにだけは


午後、悠真たちは村人と防衛策を考えた。


森を焼かない。畑を潰さない。誰か一人に頼らない。


魔物が来たら鐘を鳴らす。炭窯の間を使う。薪の置き場所を変える。水路も誘導に利用する。


英雄の必殺技は一つもない。


歴史書にも載らないだろう。


でも、この村には必要な方法だった。


夕方。


悠真は村外れの丘に座り込んだ。


「疲れた……」


「平気じゃなかったの?」


セレスが隣に座る。


「今日はもう格好つけるのやめた」


「やっぱり格好つけてたんだ」


「……そこ拾う?」


少し沈黙してから、悠真は村を見たまま言った。


「俺、たぶん」


「うん」


「セレスに格好悪いところ見られるの、嫌なんだと思う」


言ったあとで気づいた。


かなり恥ずかしい。


隣を見る。


セレスがこちらを見ている。


「……何?」


「朝は違うって言ったのに」


「そのときは分かんなかったんだよ」


「今は分かった?」


「ちょっとだけ」


「どうして?」


そこから先が言えない。


「……まだ分かんない」


セレスはしばらく悠真を見ていた。


やがて立ち上がる。


「まあ、いいけど」


数歩進んで、振り返った。


夕日が髪を照らす。


「格好悪くても、私は別に嫌いにならないよ」


心臓が跳ねた。


「……え?」


「だから、次はちゃんと頼って」


昨日と同じ言葉。


けれど今日は、その先があった。


「一番に」


風が吹く。


悠真は何も言えなかった。


セレスは先に村へ戻っていく。


『悠真』


ゼルが呼んだ。


「何?」


『それ、たぶん僕たちに聞いても答えは出ないよ』


珍しく、からかう声ではなかった。


悠真はセレスの背中を見る。


「……分かってる」


百人の英雄にも教えてもらえない問題だ。


だから、いつか自分で答えを出すしかない。


村の鐘が鳴った。


警報ではない。夕刻を知らせる鐘だった。


昨日まで「勇者なんて来なくていい」と言っていた村で、人々が自分たちの手で明日に備えている。


悠真は立ち上がった。


少し先で、セレスが待っていた。


「遅い」


「ごめん」


「腕、痛い?」


いつもの答えが喉まで出る。


全然。


でも、今日は。


「……ちょっと痛い」


セレスが笑った。


「じゃあ、ゆっくり帰ろう」


「うん」


二人は並んで歩き出した。


昨日より、ほんの少しだけ近い距離で。


悠真は村を見た。


英雄がいなければ、人は救えない。


ずっと、そう思っていた。


でも。


本当に、そうなのだろうか。




第38話 完


次回 第9話(通算39話)


「英雄にならなくても、人は救える」


魔物は退けた。


けれど、悠真たちの任務はまだ終わらない。


「また勇者が来ないと守れない村じゃ、意味がない」


戦うためではなく、自分たちがいなくても村を守れるようにするために。


そして任務報告書の《魔物討伐成功》という文字を前に、悠真はペンを止める。


英雄とは、魔物を倒した人間なのか。


それとも、人を救った人間なのか。


「先生。英雄って、人を救ったから英雄なの?」


百人の英雄が沈黙する。


その中で、ゼルだけが笑った。


「歴史にそう書かれたから、英雄になった人もいるよ」


英雄という名前そのものを、悠真は初めて疑い始める。



この物語の続き・ほかの作品は、note「momokun」と Momokun Official で公開しています。


note:momokun https://note.com/momokun1


Momokun Official https://momokun.jp/

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