第6話/通算36話「俺の作戦で、仲間が傷ついた」
第4部「英雄のいない村編」
英雄に教われば、正しい答えが見つかる。
悠真は、ずっとそう思っていた。
剣の振り方も。
魔物の倒し方も。
仲間を守る方法も。
百人の英雄たちは、いつだって悠真より多くの答えを知っていた。
けれど。
英雄の答えが、誰かを傷つけるとしたら?
百一人目の勇者という、新たな謎を残したまま学院へ戻った悠真。
そんな彼に与えられたのは、初めての学院外実地任務だった。
向かうのは、北方の小さな村《レムナ村》。
魔物を倒し、村を守る。
ただそれだけの、簡単な任務のはずだった。
しかし、そこで悠真を待っていたのは、
「助けてほしい人」ではなかった。
百人の英雄がいても、答えが出ない。
教科書にもない。
正解すら、あるのか分からない。
なら。
悠真は初めて、英雄たちの答えではなく、
自分と、今を生きる仲間たちの答えを探し始める。
英雄に教わる少年から。
英雄の答えを疑える少年へ。
そして、
英雄にはない答えを、仲間と作れる少年へ。
第4部。
「英雄のいない村編」
ここから始まるのは、
英雄がいれば人は救えるのか。
その「当たり前」を疑う物語です。
悲鳴
村の方角から、悲鳴が上がった。
悠真の血の気が引いた。
俺が、間違えた。
「悠真!」
セレスの声で我に返る。
「村へ!」
二人は走った。
背後では、魔物の群れがまだ炭焼き場へ流れている。作戦は完全には崩れていない。
だが、群れの一部は村へ向かった。
苦草を嫌うかもしれない。試したことはない。
トーマはそう言った。
それでも作戦に入れると決めたのは、自分だ。
「くそっ……!」
枝を払い、村へ続く道を駆ける。
前方に赤い目が浮かんだ。
四匹。
すでに村へ入っている。
「私が右! 悠真は左!」
セレスが悠真を追い抜く。
「分かった!」
狼型が牙を剥いた。
悠真は剣を振る。
今度は誘導じゃない。
倒す。
一匹目の肩を裂く。浅い。
爪が迫る。身をひねり、返す刃で首を斬った。
一匹。
「セレス!」
「大丈夫!」
セレスも一匹を押さえている。
そのとき。
残る一匹が、悠真たちを無視した。
「待て!」
魔物が村の奥へ走る。
その先に。
「いやっ!」
少女がいた。
この村の過去を教えてくれた、あの少女。
道の真ん中で動けなくなっている。
「逃げろ!」
届かない。
魔物が跳んだ。
悠真も地面を蹴る。
間に合わない。
横から誰かが飛び込んだ。
「伏せろ!」
少女を抱え、地面を転がる。
直後。
爪が振り抜かれた。
赤いものが散った。
「――カイル!」
悠真の声が、夜の村に響いた。
俺が決めたから
カイルが倒れた。
「カイル!」
左肩から背中にかけて服が裂けている。血が滲んでいた。
駆け寄ろうとした、その瞬間。
「前!」
セレスが叫ぶ。
魔物が迫っていた。
剣を上げる。
上がらない。
視界の端に、カイルの血が見える。
俺が。
俺が作った作戦で。
「悠真!」
セレスが飛び込んだ。
剣で魔物の爪を弾く。
「今!」
身体が動いた。
悠真は踏み込む。
一閃。
魔物が倒れた。
「カイル!」
今度こそ駆け寄る。
「おい、カイル!」
「……うるせえ」
返事があった。
「生きてる」
「当たり前だ!」
「じゃあ、そんな顔すんな」
「どんな顔だよ!」
「世界が終わったみたいな顔」
笑おうとして、カイルが顔を歪める。
「いってぇ……」
「動くな!」
トーマが走ってきた。
傷を確認する。
「深くはない。でも爪がかなり入ってる。すぐ治療する」
悠真は、その手元から目を離せなかった。
血。
仲間の血。
「……ごめん」
カイルが眉を寄せる。
「何が?」
「俺が決めたから」
「は?」
「俺の作戦だった」
苦草を使うと決めた。群れを誘導すると決めた。先生たちの案を拒んだ。
「俺が間違えたから、お前が……」
「悠真」
セレスが呼ぶ。
それでも言葉は止まらなかった。
「先生たちの作戦なら、こんなことにはならなかったかもしれない」
頭の中がざわめく。
百人の英雄。
誰かなら正しい答えを知っている。
今からでも聞けばいい。
これ以上、間違える前に。
「先生……」
呼びかけようとした悠真の腕を。
セレスが掴んだ。
「先生に聞かないと」
「違う」
悠真は彼女を見る。
「え?」
セレスは、手を離さなかった。
「私たちに聞いて」
失敗したときだけ、一人になるな
「でも、俺は間違えた」
「うん」
否定されなかった。
「カイルが怪我した」
「うん」
「村に魔物を入れた」
「うん」
「だったら――」
「だから聞いて」
セレスの指に力が入る。
「一人で決めるのと、一人でやるのは違うって、自分で分かったんでしょ」
悠真は息を止めた。
分かったつもりだった。
なのに失敗した瞬間、また一人で背負おうとしている。
「私も作戦に賛成した」
「セレス」
「カイルも、ミレナも、トーマも。村のみんなも」
「でも最後に決めたのは俺だ」
「じゃあ、私たちは何?」
悠真は言葉を失った。
「悠真の命令を聞いただけ?」
「違う!」
「だったら、失敗したときだけ一人で責任を取らないで」
セレスの声が震えた。
怒っている。
でも。
それだけじゃない。
「私たちも考えた。私たちも選んだ」
セレスは悠真を見つめる。
「成功したらみんなのおかげで、失敗したら悠真一人のせいなの?」
「……」
「それ、ずるいよ」
胸の奥に刺さった。
そのとき。
「俺も一言いい?」
地面から声がした。
カイルだった。
「怪我人は黙ってろ!」
トーマが怒鳴る。
「寝ながら喋ってる」
「そういう問題じゃない!」
カイルは悠真を見る。
「俺があの子を助けたのは、お前に命令されたからじゃない」
少女は村人に抱かれ、泣いている。
でも無事だ。
「俺が助けるって決めた」
「カイル……」
「だから俺の傷まで、お前一人のものにすんな」
悠真は唇を噛んだ。
「あとで反省会はする」
カイルが続ける。
「お前の作戦の悪かったところも全部言う」
「……うん」
「でも今じゃない」
遠くで雷鳴が響いた。
ミレナだ。
まだ戦っている。
戦いは終わっていない。
「悠真!」
村長が駆けてきた。
「炭焼き場の柵がもたん!」
悠真は顔を上げた。
どうする?
先生に聞けばいい。
頭の中には百人いる。
自分より強く。自分より賢く。戦場を知っている英雄たちが。
正解を教えてくれる。
でも。
悠真はセレスを見た。
次に、治療を続けるトーマ。
傷ついたカイル。
遠くで戦うミレナ。
そして村長。
今までなら。
「どうすればいい?」
そう先生に聞いた。
悠真は息を吸った。
「……どうする?」
村長が眉を寄せる。
「それを聞いとるんだ!」
「違います」
悠真は首を振る。
「俺が、みんなに聞いてるんです」
沈黙。
「どうすればいい?」
セレスが悠真を見る。
そして。
ほんの少し笑った。
「やっと聞いた」
「え?」
「なんでもない」
セレスは村の方角を見る。
「まず状況を整理しよう」
トーマが言う。
「カイルは俺が治療する。ここは任せて」
カイルが片手を上げる。
「俺も口は動く」
「お前は黙れ!」
「戦力外通告が早い!」
こんなときなのに。
悠真は少しだけ笑った。
その笑いで、呼吸が戻った。
「村へ入った魔物は?」
「俺たちが見たのは四匹」
セレスが答える。
「倒したのは三匹。あと一匹」
村長が言った。
「子供と年寄りは石造りの貯蔵庫へ入れる。あそこなら簡単には破られん」
また一つ。
悠真の知らない答え。
「炭焼き場は?」
「ミレナ一人じゃ長くもたない」
セレスが言う。
「戻る必要がある」
悠真は頷きかけて。
止めた。
決めるな。
一人で。
「セレス」
「何?」
「どう思う?」
一瞬。
セレスの目が見開かれた。
「私は炭焼き場へ戻るべきだと思う」
「トーマは?」
「賛成。ただし村にも戦える人を残して」
「村長さんは?」
「避難は任せろ」
最後に。
悠真はカイルを見る。
「カイル」
「おう」
「どうする?」
カイルは少しだけ笑った。
「やっと作戦長らしくなったな」
「作戦長なら自分で決めるんじゃないの?」
「逆だ、馬鹿」
カイルは傷の痛みに顔をしかめながら言った。
「みんなの答えを聞いて、それでも最後に決めるのが作戦長だろ」
悠真は黙った。
胸の奥で。
何かが、少しだけ変わった。
先生ではなく
「行こう」
悠真とセレスは炭焼き場へ走り出した。
しばらくして。
セレスが横から聞く。
「悠真」
「なに?」
「怖い?」
答えるまでに時間がかかった。
「……怖い」
また間違えるかもしれない。
また誰かが傷つくかもしれない。
先生に任せていたときより、ずっと怖い。
「私も」
「セレスも?」
「当たり前でしょ」
悠真は横を見る。
セレスは前を向いたままだった。
「でも」
彼女が続ける。
「次に間違えたら、また聞けばいい」
「誰に?」
セレスが悠真を見る。
その答えは。
もう分かっていた。
「私たちに」
悠真は笑った。
「うん」
前方で雷光が弾ける。
炭焼き場。
ミレナがまだ戦っている。
「急ごう!」
「うん!」
頭の中から声がした。
『悠真』
ガルディオだった。
『今度こそ、聞かなくていいのか?』
悠真は走りながら答える。
「聞きたいよ」
本当は。
ものすごく聞きたい。
正しい答えが欲しい。
失敗しない方法が知りたい。
「でも今日は、みんなに聞く」
しばらく沈黙があった。
『……そうか』
それだけだった。
そして。
別の声。
ゼル。
『先生ってさ』
いつもの軽い声で。
『教えない方が、難しいんだね』
悠真は答えなかった。
炭焼き場が見える。
柵が軋み。
魔物の群れが押し寄せている。
ミレナが叫んだ。
「悠真! もう無理!」
悠真は剣を抜く。
そして。
初めて先生ではなく。
隣を見た。
「セレス」
「何?」
「どうする?」
セレスが剣を抜いた。
「まずミレナと合流する」
「うん」
「それから三人で考える」
「うん」
「あと」
「なに?」
セレスが笑った。
「勝手に一人で責任取ったら、今度は私が殴る」
「カイルより怖い!」
「聞こえてるぞ!」
遠くからカイルの声がした気がした。
たぶん気のせいだ。
悠真は笑った。
失敗した。
仲間を傷つけた。
それでも。
もう一人では決めない。
百人の英雄より先に。
今、隣にいる仲間へ聞く。
その戦い方を。
悠真はようやく覚え始めていた。
第36話 完
次回 第7話(通算37話)
「英雄百人より、仲間四人」
悠真は、一人で指示を出すことをやめた。
「どうする?」
剣士に聞く。魔術師に聞く。治癒術師に聞く。そして、セレスに聞く。
百英雄も口を挟もうとする。
だが。
「今日は先生、休みでいいんじゃない?」
それを止めたのは、ゼルだった。
完璧ではない。失敗もする。
それでも五人は、互いの足りないものを埋めながら戦う。
そして悠真は気づく。
百人の英雄から教わった自分が、一番知らなかったもの。
それは――仲間との戦い方だった。
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