第5話/通算35話 「先生たちの技を、使わない」
第4部「英雄のいない村編」
英雄に教われば、正しい答えが見つかる。
悠真は、ずっとそう思っていた。
剣の振り方も。
魔物の倒し方も。
仲間を守る方法も。
百人の英雄たちは、いつだって悠真より多くの答えを知っていた。
けれど。
英雄の答えが、誰かを傷つけるとしたら?
百一人目の勇者という、新たな謎を残したまま学院へ戻った悠真。
そんな彼に与えられたのは、初めての学院外実地任務だった。
向かうのは、北方の小さな村《レムナ村》。
魔物を倒し、村を守る。
ただそれだけの、簡単な任務のはずだった。
しかし、そこで悠真を待っていたのは、
「助けてほしい人」ではなかった。
百人の英雄がいても、答えが出ない。
教科書にもない。
正解すら、あるのか分からない。
なら。
悠真は初めて、英雄たちの答えではなく、
自分と、今を生きる仲間たちの答えを探し始める。
英雄に教わる少年から。
英雄の答えを疑える少年へ。
そして、
英雄にはない答えを、仲間と作れる少年へ。
第4部。
「英雄のいない村編」
ここから始まるのは、
英雄がいれば人は救えるのか。
その「当たり前」を疑う物語です。
三分で、答えを作れ
「力を貸してください」
悠真が言うと、村長はわずかに頷いた。
その瞬間。
「来る!」
カイルが叫んだ。
森の闇に、赤い目が浮かぶ。
十。
二十。
その奥にも、まだいる。
地面を蹴る音が重なり、夜の森そのものが押し寄せてくるようだった。
「村長! 西の狩り道まで三分でしたよね!」
「ああ!」
「案内してください!」
悠真は走り出した。
「悠真!」
セレスたちも続く。
背後で村人が叫ぶ。
「待て! 俺たちはどうすればいい!」
悠真は振り返った。
いつもなら、答えはすぐに出た。
百人の英雄がいる。
戦い方なら、誰よりも知っている。
どこに剣士を置くか。
どこから魔術を撃つか。
敵をどう誘導するか。
聞けばいい。
先生。
どうすればいい?
喉まで出かかった言葉を、飲み込む。
「……分かりません!」
村人たちが固まった。
カイルまで振り返る。
「お前、今それ言うのか!?」
「だって分からないんだ!」
「堂々と言うな!」
「だから一緒に考えてください!」
村長の目が見開かれた。
悠真は叫ぶ。
「この村を一番知ってるのは、俺じゃない!」
勇者でもない。
英雄でもない。
この土地で生きてきた人たちだ。
「魔物を倒す方法は俺たちが考えます! だから、この村でどう戦えばいいかを教えてください!」
一瞬の沈黙。
村長が杖を地面へ叩きつけた。
「ボサッとするな!」
村人たちが跳ねる。
「西の道へ行くぞ! 走れる者はついてこい!」
「村長!」
「勇者様が分からんと言っとるんだ! だったら、分かる奴が教えるしかないだろうが!」
悠真は思わず笑った。
「勇者じゃなくて、学生です!」
「今はどっちでもいい!」
「はい!」
五人と村人たちは、夜の村を走り出した。
英雄が知らない地図
西の狩り道は、本当に細かった。
左右から木々が迫り、人間が二人並べば肩が触れる。
「ここだ」
村長が息を切らしながら言った。
「昔はこの先に鹿が集まる場所があった」
カイルが地面を見る。
「狼型なら通れる。でも四十匹全部は無理だ」
「だからいい。一度に来られない」
『正しい』
頭の中でガルディオの声がした。
『狭所で数の優位を潰す。基本だ』
悠真は反射的に頷きかけた。
「でも、この先は駄目だ」
村長が言う。
「え?」
「二百歩ほど先で道が二つに分かれる。右は古い炭焼き場。左は村の裏手だ」
セレスが顔を上げた。
「左へ抜けられたら、村に入られる」
『なら分岐を塞げ』
別の英雄の声。
『倒木を作ればいい』
「駄目だ!」
村人の男が叫んだ。
「左の道の下には水路がある。太い木を倒したら壊れるかもしれねえ」
悠真は息を止めた。
知らない。
先生たちも知らない。
地図には、ただの森としか書かれていない。
でも村人には、そこに水が流れている。
「じゃあ、塞げない……」
トーマが呟く。
「いや」
別の老人が前へ出た。
「炭焼き場の方なら、昔の柵が残っとる。猪を追い込むためのものだ」
「使えますか?」
「柱はまだ生きとる」
また一つ。
英雄が知らない答えが出た。
悠真は地面に枝で線を引いた。
一本の細い道。
途中で二つに分ける。
「ここへ群れを誘導する」
カイルがしゃがみ込む。
「誰が?」
「俺が」
「却下」
セレスだった。
「なんで!?」
「一人で決めるのと、一人でやるのは違う」
悠真は言葉を失った。
以前、自分が学んだことだった。
「私も行く」
「でも危ない」
「それ、私が言ったら悠真はやめる?」
「……やめない」
「私も」
「……はい」
カイルがため息をついた。
「話まとまった?」
「たぶん」
「じゃあ続けろ、作戦長」
「作戦長?」
「先生の案を全部蹴ったんだ。最後まで考えろ」
急に肩へ重いものを載せられた気がした。
けれど。
悠真は逃げなかった。
先生たちの技を、使わない
頭の中では、百英雄がまだ戦術を投げてくる。
『誘導役が二人では少ない』
『魔術師を高所へ置け』
『先頭個体を潰せば群れが止まる』
正しい。
きっと全部正しい。
「先生」
声が止まった。
『なんだ』
ガルディオが答える。
「今日は、聞かない」
『……あ?』
「先生たちの技も使わない」
百英雄が完全に黙った。
「おい、それは極端じゃないか?」
カイルが言う。
「違う」
悠真は首を振った。
「先生たちに教わったことを捨てるんじゃない」
剣の握り方。
敵の見方。
間合い。
魔物の習性。
全部、もう悠真の中にある。
「でも、この村の答えを先生に決めてもらわない」
ガルディオはしばらく黙っていた。
『……好きにしろ』
「うん」
『ただし、死ぬな』
悠真は笑った。
「それは聞く」
『そこだけかよ!』
頭の中で笑いが起きた。
その中で。
ゼルだけは笑わず、悠真を見ていた。
「守る」じゃなくて、「一緒にやる」
作戦は、村人と仲間の声で形になっていった。
古い炭焼き場の柵を運ぶ村人たち。
「狼型って、狭い道に入ったらどう動く?」
悠真が聞く。
カイルが答えた。
「前が止まれば後ろが詰まる。群れが大きいほどな」
「ミレナ。火を使わず、大きな音だけ出せる?」
「雷撃を地面に落とせば。威力を絞れば木も燃やさない」
「トーマ。魔物が嫌う匂いは?」
「狼型なら苦草を嫌うかもしれない」
「あるぞ」
村人の女が言った。
「乾燥させたのが倉にある」
「試したことは?」
トーマは首を振る。
「ない」
完璧な答えはない。
だからこそ、全員で穴を埋める。
「先頭を俺とセレスで誘導。狩り道へ入ったらミレナが後方へ雷撃。群れを前へ押す」
「押しすぎたら?」
「詰まる」
「その後は?」
悠真は止まった。
以前なら、先生へ聞いた。
今は。
「カイル、どう思う?」
「俺?」
「剣士として」
カイルは道を見渡す。
「前から倒すより、柵で炭焼き場へ流した方がいい。二匹ずつなら俺でも止められる」
「ミレナは?」
「雷撃のあと風を使う。苦草の匂いを左へ流せば、村への道を嫌がうかも」
「トーマ」
「俺は薬草を追加しながら治療役。あと、水を用意して。火を使わなくても魔術は何が起こるか分からない」
「分かった!」
村人たちが動く。
悠真は、その光景を見た。
誰か一人が答えを持っているわけではない。
みんなが知っていることを出している。
それが一つの作戦になっていく。
『ずいぶん不格好だな』
クロウが言った。
「うん」
『穴だらけだ』
「うん」
『成功率なら、俺たちの案の方が高い』
「たぶんね」
『それでもやるのか』
悠真は村人たちを見た。
「やる」
そして言った。
「失敗したら、一緒に直せるから」
クロウは黙った。
完璧な作戦を英雄からもらうより。
不完全でも、ここにいる人たちと作る。
作戦が終わったあとも、この村で生きるのは彼らなのだから。
百人より、五人で決める
遠吠えが響いた。
近い。
「配置!」
悠真の声で全員が走る。
村人が柵を立てる。
ミレナが杖を構える。
トーマが苦草を砕く。
強烈な匂いが夜気に広がった。
「くさっ!」
カイルが顔をしかめる。
「魔物より先に俺が逃げたい!」
「効いてる証拠!」
「人間にも効いてるだろ!」
「カイル、集中!」
セレスに怒られる。
悠真は思わず笑った。
怖い。
失敗するかもしれない。
それでも。
一人じゃない。
「セレス」
「何?」
「行こう」
「うん」
二人は狩り道の入口へ走った。
森から最初の一匹が飛び出す。
黒い狼型の魔物。
赤い目が悠真を捉えた。
「こっちだ!」
剣を抜く。
魔物が跳ぶ。
避ける。
斬らない。
今までなら倒した。
今日の目的は、討伐ではない。
「セレス!」
「分かってる!」
セレスが横から石を投げる。
魔物の注意が逸れた。
「走るよ!」
「うん!」
二人は狩り道へ入る。
背後から足音。
一匹。
三匹。
五匹。
増える。
「悠真!」
「まだ!」
十匹。
十五匹。
狭い道で群れが縦に伸びる。
狙い通り。
『今だ』
ガルディオの声。
悠真は一瞬だけ息を止めた。
そして叫ぶ。
「ミレナ!」
先生ではなく。
仲間を呼ぶ。
「今!」
「了解!」
夜空が白く光った。
ドォン!
雷撃が地面へ落ちる。
森が震えた。
後方の魔物が驚き、前へ殺到する。
狭い道で群れが詰まった。
「成功!」
ミレナが叫ぶ。
「まだ!」
悠真は走る。
分岐が見えた。
左が村。
右が炭焼き場。
苦草の匂いが左から流れてくる。
先頭の魔物が鼻を鳴らす。
迷い。
右へ曲がった。
二匹目。
三匹目。
次々と右へ流れる。
「行った!」
セレスが叫ぶ。
炭焼き場ではカイルと村人が待つ。
「来たぞ!」
「柵を上げろ!」
古い柵が立ち上がり、魔物の進路を絞る。
「いける……!」
悠真の胸が高鳴った。
英雄の作戦ではない。
先生の技でもない。
村人と。
仲間と。
自分で作った。
初めての作戦。
その瞬間。
『悠真』
ゼルの声がした。
「今忙しい!」
『うん。だから、一つだけ』
珍しく笑っていない。
『群れを見ろ』
悠真が振り返る。
二十。
二十五。
三十。
魔物は次々と狩り道へ入ってくる。
予定通り。
そう思った。
一匹を除いて。
群れの中に、他より一回り小さな狼型がいる。
そいつだけが。
苦草の匂いを嫌がっていない。
左を見ていた。
村へ続く道を。
「……え?」
その個体が突然、止まった。
後ろの魔物がぶつかる。
群れが乱れる。
「悠真?」
セレスが振り返った。
小さな狼型が左へ跳ぶ。
「待て!」
一匹ではない。
二匹。
三匹。
群れの一部が、それを追った。
村へ向かって。
トーマが言っていた。
狼型なら嫌がうかもしれない。
試したことはない。
それでも。
作戦に入れると決めたのは。
自分だ。
「悠真!」
セレスの声が飛ぶ。
先生に聞けば。
百人いる。
誰かが正しい答えを知っているかもしれない。
その誘惑が、今までで一番強く胸を引いた。
「先生……」
言いかけた、その瞬間。
村の方角から。
悲鳴が上がった。
悠真の血の気が引く。
初めて自分たちで作った作戦が。
初めて。
自分の判断で、崩れ始めた。
第35話 完
次回 第6話(通算36話)
「俺の作戦で、仲間が傷ついた」
百英雄の答えを拒み、仲間と村人と作った初めての作戦。
だが、悠真が読み違えた一つの習性から、魔物の一群が村へ向かう。
そして。
誰かを守ろうとした仲間が、悠真の目の前で傷つく。
「俺が決めたから……」
自分で答えを出したことが、間違いだったのか。
百英雄へ答えを求めようとする悠真の腕を、セレスが掴む。
「先生に聞かないと」
「違う」
「……え?」
「私たちに聞いて」
次に悠真が頼るのは、百人の英雄ではない。
今、隣で戦っている仲間たちだった。
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作品情報・連載案内は Momokun Official へ。 https://momokun.jp/




