第4話/通算34話 「正しい作戦が、村を滅ぼす」
第4部「英雄のいない村編」
英雄に教われば、正しい答えが見つかる。
悠真は、ずっとそう思っていた。
剣の振り方も。
魔物の倒し方も。
仲間を守る方法も。
百人の英雄たちは、いつだって悠真より多くの答えを知っていた。
けれど。
英雄の答えが、誰かを傷つけるとしたら?
百一人目の勇者という、新たな謎を残したまま学院へ戻った悠真。
そんな彼に与えられたのは、初めての学院外実地任務だった。
向かうのは、北方の小さな村《レムナ村》。
魔物を倒し、村を守る。
ただそれだけの、簡単な任務のはずだった。
しかし、そこで悠真を待っていたのは、
「助けてほしい人」ではなかった。
百人の英雄がいても、答えが出ない。
教科書にもない。
正解すら、あるのか分からない。
なら。
悠真は初めて、英雄たちの答えではなく、
自分と、今を生きる仲間たちの答えを探し始める。
英雄に教わる少年から。
英雄の答えを疑える少年へ。
そして、
英雄にはない答えを、仲間と作れる少年へ。
第4部。
「英雄のいない村編」
ここから始まるのは、
英雄がいれば人は救えるのか。
その「当たり前」を疑う物語です。
狼の遠吠えが、また響いた。
一つ。二つ。
今度は、数えるのを諦めるほど重なった。
「来る」
カイルが剣を抜く。
夜の森がざわめいた。
風ではない。木々の奥で、何かが走っている。
地面を蹴る無数の音が、少しずつ大きくなっていた。
『悠真。群れだ』
ガルディオの声が低くなる。
『かなり多い』
悠真は剣の柄を握った。
十年前、この村へ来た勇者は魔物を倒すために森を焼いた。
村人は助かった。
だが、薬草も狩場も水源も失った。
勇者は王都へ帰り、《レムナ村救済》の英雄になった。
村だけが、その後を生き続けた。
そして今、同じ森から再び魔物が来る。
「数は?」
ミレナが目を閉じ、杖を地面につける。
魔力が薄く地を走った。
「……四十。最低でも」
トーマが息を呑む。
五人に対して、四十以上。
だが悠真の耳には、すでに百人の英雄の声が飛び交っていた。
『森へ誘導しろ』
『群れを散らすな。狭い場所へまとめろ』
『東側の谷なら退路を塞げる』
『火を使え』
『いや、風向きが悪い』
『なら斜面を崩せ』
さっきまで悠真の問いに答えられなかった先生たちが、戦いになった途端、一斉に動き出した。
当然だった。
これは彼らの領域だ。
百人の英雄は、戦い方なら知っている。
誰よりも。
「先生たちは?」
セレスが尋ねる。
「もう作戦会議してる」
「さすがね」
いつもなら、その一言で安心できた。
百人いれば、誰かが答えを持っている。
今までは。
正解は、簡単だった
『決まった』
ガルディオが言った。
『南東へ誘導して、広範囲魔法で焼く。半分潰せば群れは崩れる。残りを剣士が狩れ』
カイルが頷く。
「合理的だ」
ミレナも杖を握り直した。
「私もできる」
悠真は南東を見る。
「……あそこ、畑がある」
空気が止まった。
『端が少しかかるだけだ』
ガルディオが即答する。
『作物より命だ』
正しい。
四十匹以上の魔物が村へ入れば、人が死ぬ。
畑は作り直せる。
命は戻らない。
「どれくらい焼ける?」
「この風なら、三分の一くらい」
ミレナが答える。
トーマが顔を曇らせた。
「この村、森を失ってから畑が主な食料なんじゃ……」
十年前と同じだ。
今度は森ではない。
畑だ。
『迷うな、悠真。人命優先だ』
「分かってる」
『なら決めろ』
決められない。
そこへクロウの声が入る。
『火を使わなければいい。東の斜面を崩して、群れを谷へ落とせ』
「畑は?」
『無傷だ。ただし水路が潰れる』
悠真の呼吸が止まる。
十年前に水源を失ったあと、村人たちが自分で掘った水路。
『直せる。人間が死ぬよりましだ』
また正しい。
どちらも正しい。
だからこそ、悠真は言った。
「……違う」
『何?』
「それも、違う」
百人の正解
英雄たちはさらに案を出した。
北側に防壁を作る。
住民を避難させる。
村の入口に罠を集中させる。
森の一部だけを焼く。
どの案にも、守れるものがあった。
そして、必ず失うものがあった。
家。
畑。
水路。
家畜。
森。
『悠真』
ガルディオの声に苛立ちが混じる。
『何が気に入らねえ』
「気に入らないんじゃない」
『なら何だ』
「全部、正しいんだよ」
学院の試験なら高得点だ。
魔物を何匹倒せるか。
味方の損害をどれだけ減らせるか。
その二つだけなら。
「でも、それじゃ村が助からない」
『魔物は倒せるぞ』
「うん」
『誰も死なせずに済む』
「うん」
『なら、それが今やるべきことだろ!』
「違う」
自分でも驚くほど、はっきり言えた。
百英雄が静かになった。
悠真は村を見る。
灯りの向こうに人がいる。
さっきパンをくれた少女も。
少女の母親も。
勇者を嫌う村長も。
明日もここで暮らす。
魔物を倒した、そのあとも。
「魔物を倒すことと、村を救うことは同じじゃない」
風が森を抜けた。
十年前の勇者も、きっと正しかった。
あの瞬間だけを見れば。
「俺たちは任務が終われば学院へ帰る。でも、村の人たちは残る」
畑が焼けても。
水路が壊れても。
家畜を失っても。
「俺たちの作戦の続きを生きるのは、俺たちじゃない」
誰も答えなかった。
百人の先生全員が、初めて黙った。
先生たちの答えを、使わない
「悠真」
セレスが呼ぶ。
「どうするの?」
答えられなかった。
百人の正解を捨てた。
なら代わりの答えが必要だ。
「……分からない」
カイルの眉が動く。
「分からない?」
「うん」
「魔物は待ってくれないぞ」
遠吠えはもう近い。
「だったら、どれか選ぶしかない」
その通りだ。
けれど悠真は村を見た。
「聞こう」
「誰に?」
「村の人たちに」
カイルが目を見開く。
「村人は戦術なんて知らないぞ」
「俺も、この村のことを知らない」
悠真は答えた。
「森の道も、水路も、畑も。どこなら壊していいのか、どこは絶対に壊しちゃいけないのかも」
戦い方は英雄が知っている。
でも、この村の生き方は村人が知っている。
「だったら、両方ないと村は救えない」
悠真は剣を鞘へ戻した。
「村へ行く」
『待て、悠真』
ガルディオが呼び止める。
『時間がない』
「分かってる」
『拒絶されたら?』
「その時は別の方法を考える」
『間に合わなかったら?』
答えはなかった。
怖い。
先生の作戦を選べば、少なくとも「英雄の答えだった」と思える。
失敗しても、自分だけの責任ではない。
その逃げ道は、ひどく甘かった。
だから。
「先生」
『なんだ』
「今回は、先生たちの作戦を使わない」
静寂。
百人いる。
百人の英雄がいる。
その全員に、悠真は初めて「違う」と言った。
「私も行く」
セレスが悠真の隣へ立った。
「でも」
「一人で説得するつもり?」
「……いや」
「なら二人の方がいいでしょう」
「俺も行く」
カイルがため息をつく。
「俺はまだ広範囲魔法の方が正しいと思ってる。でも、お前だけ行かせるわけにはいかない」
トーマも薬袋を背負う。
「僕も」
ミレナも杖を持ち直した。
「五人で行けば、説得も五倍?」
「その計算はたぶん違う」
「じゃあ四倍」
「そういう問題じゃない」
セレスが小さく笑った。
怖いのに、悠真の足は少しだけ軽くなった。
先生に答えを聞くのではない。
仲間と、村人と、答えを作る。
『悠真』
ゼルの声がした。
百英雄の中で、彼だけがかすかに笑っていた。
『やっと始まったな』
「何が?」
『君の授業』
悠真は聞き返さなかった。
今は時間がない。
「守ってやる」とは言わない
村の入口では、すでに村人たちが鍬や斧、古い弓を手に集まっていた。
中央に村長がいる。
「何しに来た」
「魔物が来ます。四十以上」
ざわめきが走る。
「だから何だ」
悠真は一度だけ息を吸った。
「俺たちだけじゃ、村を守れません」
村人たちが固まった。
少し前の悠真なら言ったはずだ。
任せてください。
俺たちが守ります。
その方が勇者らしい。
でも今は違う。
「力を貸してください」
村長の眉間に皺が寄る。
「……何?」
「この村のことを教えてほしい」
「今さら何を」
「魔物を倒す方法はあります。でも、それをやったら畑か水路が壊れる。だから、その作戦はやめました」
村長の目が変わった。
「なぜだ」
「村を助けに来たからです」
「魔物を倒せば助かるだろう」
「それだけじゃ、助からない」
悠真は首を振った。
「俺たちはこの村を知らない。魔物が通る道も、絶対に壊しちゃいけない場所も。だから教えてください」
遠吠え。
近い。
それでも悠真は命令しなかった。
待った。
やがて村長が口を開く。
「……東の水路は駄目だ。潰れたら畑が死ぬ」
「はい」
「南の畑も駄目だ。冬を越せなくなる」
「はい」
「だが、西に昔の狩り道がある」
悠真の心臓が跳ねた。
「今は?」
「使っとらん。森が焼けてから獲物が減った」
「道幅は?」
「人二人分ほどだ。だが狼型なら通る」
カイルが反応する。
「どうして分かる?」
村長は短く答えた。
「五十年、この村に住んどるからだ」
カイルが黙った。
百英雄の誰も知らない。
学院の教科書にも載っていない。
この村だけが知っていること。
「その道、案内してください」
「勇者様の命令か?」
「違います」
悠真は首を振った。
「お願いです」
老人の目がわずかに揺れた。
その瞬間。
森の闇に赤い光が灯った。
一つ。
二つ。
十。
二十。
魔物の目だった。
「来る!」
カイルが剣を抜く。
村人たちがざわめいた。
作戦はまだない。
先生たちの正解は使わない。
けれど隣には仲間がいる。
目の前には、この村を知る人たちがいる。
悠真は剣を抜いた。
「村長。西の狩り道まで何分ですか」
「走れば三分だ」
「分かりました」
「何が分かった!」
悠真は森を見た。
英雄百人の答えではない。
学院の教科書にもない。
村人と仲間と、自分で作る答え。
それを探す時間が、三分だけある。
「力を貸してください」
今度は村長が、ほんのわずかに頷いた。
悠真は走り出す。
背後で百人の英雄は、誰も答えを言わなかった。
今度の戦いで必要なのは、
英雄の正解ではない。
この村だけの正解だった。
第34話 完
次回 第5話(通算35話)
「先生たちの技を、使わない」
百英雄の作戦をすべて拒否した悠真。
頼ったのは、英雄ではなく、この土地で生きてきた村人たちだった。
地形、獣道、水路、風向き。
悠真は仲間と村人の知識をつなぎ、自分たちだけの作戦を作り始める。
だが、自分で答えを出すということは、
その間違いも自分で引き受けるということだった。
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