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第3話/通算33話 「昔、この村を勇者が救った」

第4部「英雄のいない村編」


英雄に教われば、正しい答えが見つかる。




悠真は、ずっとそう思っていた。




剣の振り方も。


魔物の倒し方も。


仲間を守る方法も。




百人の英雄たちは、いつだって悠真より多くの答えを知っていた。




けれど。




英雄の答えが、誰かを傷つけるとしたら?




百一人目の勇者という、新たな謎を残したまま学院へ戻った悠真。




そんな彼に与えられたのは、初めての学院外実地任務だった。




向かうのは、北方の小さな村《レムナ村》。




魔物を倒し、村を守る。




ただそれだけの、簡単な任務のはずだった。




しかし、そこで悠真を待っていたのは、




「助けてほしい人」ではなかった。




百人の英雄がいても、答えが出ない。




教科書にもない。




正解すら、あるのか分からない。




なら。




悠真は初めて、英雄たちの答えではなく、




自分と、今を生きる仲間たちの答えを探し始める。




英雄に教わる少年から。




英雄の答えを疑える少年へ。




そして、




英雄にはない答えを、仲間と作れる少年へ。




第4部。




「英雄のいない村編」




ここから始まるのは、




英雄がいれば人は救えるのか。




その「当たり前」を疑う物語です。

「昔ね。この村に、勇者が来たの」


少女の一言で、悠真の手の中のパンが急に重くなった。


「勇者が?」


「うん」


「……村を襲ったの?」


少女は首を振った。


「助けてくれたの」


悠真は言葉を失った。


助けてくれた。


なのに、この村では「勇者じゃなくてよかった」と言われる。


「どういうこと?」


少女は夜のレムナ村を振り返った。


「十年前、魔物がいっぱい来たんだって。狼みたいなの」


悠真は昼間に見つけた足跡を思い出す。


「王都に助けを頼んだ?」


「うん。勇者が来た」


『名前は?』


ガルディオの声に、悠真は小さく首を振った。


今は名前より、続きを知りたかった。


「その勇者は?」


「魔物を全部倒したって。すごく強かったって」


「じゃあ……」


なぜ、嫌われる。


少女はパンを包んだ布を握った。


「森を焼いたの」


勇者は、間違っていなかった


「……焼いた?」


「魔物が森に逃げたから。逃げられないように火をつけたんだって」


悠真の頭に戦場が浮かぶ。


森へ逃げた魔物。


悪い視界。


分からない数。


待ち伏せの危険。


なら、森ごと焼いて追い出す。


「合理的だ」


いつの間にか起きていたカイルが、天幕の前から言った。


「森に魔物が集中していたなら、火で追い込むのは普通の戦術だ」


『状況次第じゃ最適解だ。俺でも考える』


ガルディオまで同意した。


「それで、魔物はいなくなったの?」


「うん」


「村の人は?」


「助かったって」


成功している。


魔物を倒し、村人を救った。


「じゃあ、何が……」


「お薬がなくなったの」


「薬?」


「森に生えてたんだって。昔は薬草を採って、町に売ってたって」


トーマが息を呑んだ。


「火で全部?」


少女が頷く。


「森なら、また生えるんじゃ」


「薬草によっては環境が変われば育たない。土まで焼ければ、なおさらだ」


トーマの声は重かった。


「動物もいなくなったって。鹿も、兎も」


「狩場か」


カイルが呟く。


薬草が消えた。


狩場が消えた。


「それだけじゃないの」


少女が森の奥を指した。


「泉も埋まったの」


「泉?」


「昔はそこから水を引いてたんだって。森が焼けて、土が崩れて」


悠真は昼間に見た井戸を思い出した。


「今の井戸は?」


「あとで掘ったの」


魔物は消えた。


村人は助かった。


けれど、薬草も、狩場も、水源も失った。


勇者は村を救った。


そのはずだった。


「そのあと」を誰も見なかった


「王都は、そのあと助けなかったの?」


セレスが聞いた。


少女は首を傾げる。


「分かんない。でも、おじいちゃんは怒ってる」


「村長?」


「うん。勇者は帰ったから」


その言葉だけで十分だった。


討伐任務なら、魔物を倒せば帰還する。


学院でもそう教わる。


「勇者は王都で褒められたんだって」


「……村を救ったから?」


「うん」


悠真の胸の奥がざらついた。


報告書なら、きっとこう書かれる。


魔物の群れを討伐。


村人を救出。


任務完了。


薬草が消えたことも。


狩場を失ったことも。


泉が埋まったことも。


その後、村人がどう生きたのかも。


「……救済」


口にした言葉が、ひどく薄っぺらく聞こえた。


『結果論だ』


ガルディオが言った。


『その時、村人が食われそうだったなら、まず魔物を倒す。それ自体は間違っちゃいねえ』


「うん」


何もしなければ、もっと多くの人が死んだかもしれない。


だから、十年前の勇者を簡単には責められない。


『だが……』


ガルディオは黙った。


「先生?」


返事はなかった。


いつもなら、戦い方も間違いも即座に言い切る男が。


今は、何も言わない。


救われた人の顔


少女を村の入口まで送ることにした。


「私も行く」


セレスが立つ。


「大丈夫だよ」


「夜道でしょ。それに二人なら、あなたが迷っても大丈夫」


「俺が迷う前提?」


「違うの?」


少女が小さく笑った。


初めて聞く笑い声だった。


村の入口で、少女が立ち止まる。


「ここでいい」


「パン、本当にもらってよかったの?」


「半分だから」


「半分?」


「全部あげたら、お母さんに怒られる」


「それは怒られるな」


「だから半分」


隣でセレスが笑う。


「悠真より計画的ね」


「比較対象にするなよ」


少女は走り出し、数歩先で振り返った。


「お兄ちゃん」


「何?」


「勇者になるの?」


以前なら迷わなかった。


なる。


絶対になる。


百人の先生みたいな勇者になる。


けれど今は。


「……なりたい」


少女はしばらく悠真を見て、「そっか」とだけ言って村へ走った。


「なりたい、なんだ」


セレスが隣で言う。


「前なら『なる』って言ってた」


「うん」


「情けない?」


「どうして?」


セレスは村を見る。


「分からないことが増えただけでしょう」


「それ、成長なのかな」


「少なくとも、分かったふりをするより私は好きよ」


悠真の心臓が一拍遅れた。


「……それ」


「何?」


「いや」


何が好きなのか。


今、それを確認する勇気はなかった。


「帰ろう」


「そうね」


二人の距離は、来た時より少しだけ近かった。


先生なら、どうした?


野営地へ戻り、半分のパンを五人で分けた。


「小さくない?」


ミレナが言う。


「五人で分けるからだろ」


「悠真が全部食べればよかったのに」


「無理だよ」


固いパンだった。


それでも今日食べた何より、うまかった。


少女が自分の分から残したパン。


勇者ではないと知って、それでも渡してくれたパン。


悠真は最後のひとかけを飲み込み、百英雄を見た。


「先生」


何人かが顔を上げる。


「もし十年前、先生たちがこの村に来てたら、どうした?」


沈黙。


「魔物が村を襲って、森へ逃げ込んで、放っておけばまた襲う。でも森を焼けば、村の人が生きていけなくなる」


焚き火が爆ぜた。


「先生なら、どうした?」


答えはなかった。


百人もいる。


百通りの戦い方を知っている。


どんな敵でも、誰か一人は答えを持っていた。


なのに。


「ガルディオ?」


『……』


「クロウ?」


『……』


怖かった。


答えがないことではない。


百英雄ですら、答えられないことがある。


その事実が。


「それを僕たちに聞く?」


ゼルだった。


焚き火の向こうで、いつものように少し笑っている。


「どういう意味?」


「そのままだよ。君は、どうしたいの?」


「俺? でも俺は先生たちみたいに経験もないし」


「だから?」


ゼルの笑みが薄くなる。


「百人が答えれば、正解になる?」


悠真は黙った。


「先生が言えば、間違えない?」


そんなことはない。


もう知っている。


先生たちだって間違える。


意見も割れる。


「悠真」


ゼルが言った。


「これは僕たちに聞いちゃいけない問題なんじゃない?」


その時。


遠くで狼の遠吠えが響いた。


一つ。


二つ。


三つ。


カイルが立ち上がる。


「近い」


森の奥から、さらにいくつもの声が返ってきた。


トーマが薬袋を掴み、ミレナが杖を取る。


『悠真。群れだ』


ガルディオの声が戦いのものに変わる。


「数は?」


『まだ分からん。このまま来れば村まで遠くない』


悠真は剣を握った。


学院で習った方法なら。


百英雄の戦術なら。


魔物を倒す方法はいくらでもある。


けれど、暗い森の向こうに十年前の炎が見えた気がした。


魔物を倒すことと。


村を救うことは。


同じじゃない。


なら。


今度は、どうする?


その答えを。


百人の英雄は教えてくれなかった。


第33話 完


次回 第4話(通算34話)


「正しい作戦が、村を滅ぼす」


魔物の群れがレムナ村へ迫る。


学院で習った最適解は明快だった。


だが悠真は、その「正しい作戦」の先に、十年前と同じ未来を見る。


「魔物を倒すことと、村を救うことは同じじゃない」


そして悠真は初めて。


百人の先生たちの答えに「違う」と告げる。

続きはnoteでも公開しています。


note:https://note.com/momokun1




Momokun Official:https://momokun.jp/

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