第1話/通算31話「英雄なんて、来なくていい」
第4部「英雄のいない村編」
英雄に教われば、正しい答えが見つかる。
悠真は、ずっとそう思っていた。
剣の振り方も。
魔物の倒し方も。
仲間を守る方法も。
百人の英雄たちは、いつだって悠真より多くの答えを知っていた。
けれど。
英雄の答えが、誰かを傷つけるとしたら?
百一人目の勇者という、新たな謎を残したまま学院へ戻った悠真。
そんな彼に与えられたのは、初めての学院外実地任務だった。
向かうのは、北方の小さな村《レムナ村》。
魔物を倒し、村を守る。
ただそれだけの、簡単な任務のはずだった。
しかし、そこで悠真を待っていたのは、
「助けてほしい人」ではなかった。
百人の英雄がいても、答えが出ない。
教科書にもない。
正解すら、あるのか分からない。
なら。
悠真は初めて、英雄たちの答えではなく、
自分と、今を生きる仲間たちの答えを探し始める。
英雄に教わる少年から。
英雄の答えを疑える少年へ。
そして、
英雄にはない答えを、仲間と作れる少年へ。
第4部。
「英雄のいない村編」
ここから始まるのは、
英雄がいれば人は救えるのか。
その「当たり前」を疑う物語です。
初めての学院外任務は、魔物を倒すだけの簡単な仕事だった。
少なくとも、村に着くまでは。
百一人目の勇者。
百一人で王都を出て、百人だけが英雄になった。
名前を消された、一人。
王立史料院から学院へ戻って三日経っても、その数字は悠真の頭から離れなかった。
「また考えてる」
廊下を歩きながら、セレスが横目で見る。
「考えてない」
「嘘」
「即答だな」
「顔に書いてあるもの」
悠真は苦笑した。
少し前なら、百英雄を問い詰めていただろう。
どうして教えてくれない。
何を隠している。
答えをくれ、と。
今は違う。
話せないなら、自分で調べる。
書かれた答えがおかしいなら、疑う。
そのくらいは、できるようになった。
「でも今日は、その顔やめたほうがいいわよ」
「なんで?」
「初任務で教官に『帰りたいです』って顔してる」
「そこまで書いてある!?」
セレスが少し笑った。
その直後、二人は任務掲示室へ呼ばれた。
◆ 初めての学院外任務
「北方の《レムナ村》で魔物が増えている」
担当教官が地図を指した。
王都から馬車で二日。
山と森に囲まれた、小さな農村。
確認されているのは灰牙狼と小型の角猪。上位個体はいない。
悠真は思わず聞いた。
「……それだけですか?」
教官の眉が動く。
「初任務に竜を出してほしいか?」
「遠慮します」
隣でセレスがため息をついた。
今回派遣されるのは五人。
悠真、セレス、剣士のカイル、魔術師のミレナ、治癒術師のトーマ。
戦力だけを見れば十分だった。
灰牙狼の群れ程度なら、学院で何度も対処法を習っている。
「勘違いするな」
教官が言う。
「任務は魔物を倒して終わりじゃない。現地で情報を集め、住民と連携し、被害を確認し、必要な対策を残して帰る。そこまでが実地任務だ」
悠真は真面目に頷いた。
「最後に報告書も提出」
「そこだけ急に難度上がってません?」
「上がってない」
ミレナが吹き出した。
セレスは呆れた顔をしている。
教官は五人を見回した。
「村を守ってこい」
その言葉に、悠真の胸が少し熱くなる。
村を守る。
人を助ける。
勇者を目指した日から、何度も聞いてきた言葉だ。
百英雄たちも教えてくれた。
力は、人を守るために使え。
だから今回も、難しくないと思った。
魔物がいる。
村人が困っている。
自分たちが行く。
倒す。
助ける。
それでいい。
この時の悠真は、本気でそう思っていた。
◆ 英雄百人、遠足気分
出発の朝から、百英雄はうるさかった。
「北方なら干し肉がうまいぞ!」
「任務だって言ってるだろ!」
「蜂蜜酒もあったな」
「学生に酒を勧めるな!」
ゼルが楽しそうに笑う。
「初めてのおつかいだね」
「誰が子どもだ」
「迷子にならないように」
「村まで一本道だよ!」
「迷子って、道だけの話じゃないからね」
「急に意味深になるのやめてくれる!?」
その横でガルディオが腕を組んだ。
「気を抜くな」
「分かってる」
「村に入る前に地形を見ろ。魔物の痕跡だけじゃない。家畜の怯え方、森の静けさ、鳥の飛び方まで見ろ」
悠真は少し笑った。
「やっぱり先生だな」
「なんだ、その言い方は」
「なんか安心する」
「気持ち悪いこと言うな」
「ひどくない!?」
いつもの百英雄。
隣にはセレスたちがいる。
任務難度も低い。
これ以上ない初任務のはずだった。
◆ 《レムナ村》
二日後。
「見えたぞ」
御者の声で、悠真は馬車から身を乗り出した。
谷間に三十軒ほどの家。
その向こうに畑。
さらに奥には深い森。
穏やかな村に見える。
けれど、近づくほど違和感が増した。
子どもの声がしない。
家畜の鳴き声も少ない。
畑に人はいるのに、誰もこちらを見ようとしない。
「静かすぎない?」
カイルが言った。
悠真も同じことを思っていた。
馬車が村の入口で止まる。
五人は学院の外套を羽織り、荷物を下ろした。
胸元には王立勇者学院の学院章。
普通なら、誰か迎えに来るはずだった。
誰も来ない。
畑の男と目が合った。
悠真が頭を下げる。
男は顔を背けた。
井戸のそばの女性は、子どもの肩を抱いて家へ入った。
戸が閉まる。
「……歓迎されてない?」
ミレナの声が小さくなる。
セレスは村を見回した。
「歓迎というより、警戒されてる」
その時、村の奥から白髪の老人が歩いてきた。
杖をつき、背は低い。
だが目だけは鋭い。
「村長さんですか?」
悠真が一歩前へ出る。
「王立勇者学院から来ました。周辺の魔物討伐任務を受けています」
老人は学院章を見る。
そして、悠真たち五人を見る。
「帰ってくれ」
悠真は瞬いた。
「……はい?」
聞き間違いだと思った。
「帰ってくれ」
二度目は、はっきり聞こえた。
「魔物が出てるんですよね?」
「ああ」
「家畜も襲われたって」
「ああ」
「だから俺たちが来ました」
老人の表情は変わらない。
「必要ない」
「でも」
「自分たちで何とかする」
悠真は思わず言った。
「危険ですよ」
その瞬間。
老人の目に、初めて感情が浮かんだ。
怒り。
いや。
もっと深い何かだった。
「危険?」
低い声。
「お前たちに、何が分かる」
周囲の家から村人たちが姿を見せ始めた。
近づいてはこない。
ただ、こちらを見ている。
冷たい目で。
「村長」
別の老人が現れた。
右足を引きずっている。
「そいつら、何だ」
「学院から来たそうだ」
「学院?」
男の視線が学院章で止まる。
顔から血の気が引き、それがすぐ憎悪に変わった。
「勇者か」
「いや、まだ学生です」
悠真は答えた。
「勇者を目指してはいますけど」
男が乾いた声で笑った。
「そうか。じゃあ、なおさら帰れ」
「でも魔物が――」
「魔物なら俺たちで何とかする」
カイルが眉を寄せる。
「灰牙狼が群れで出てるんだろ。村の人だけじゃ危険だ」
セレスがすぐに横を見る。
「カイル」
だが遅かった。
老人の顔が歪む。
「そうやって言うんだ」
悠真の背後で、百英雄が静かになった。
「昔もそうだった」
ざわめきが消える。
「俺たちは勇者だ」
老人は誰かの言葉をなぞるように続ける。
「俺たちなら助けられる。任せろ」
悠真の胸がざわつく。
百英雄の誰も何も言わない。
ガルディオも。
ゼルさえも。
老人は吐き捨てた。
「そして、全部壊していった」
「……何を?」
答えはなかった。
村長が杖を地面につく。
乾いた音が響いた。
「宿は貸さん。食事も出さん。今日のところは帰れ」
悠真は食い下がった。
「俺たちは助けに来たんです」
言った瞬間。
その言葉が、ひどく軽く聞こえた。
助けに来た。
正しいはずの言葉。
間違っているはずがない言葉。
なのに。
村人たちは誰一人、安心していない。
むしろ、怯えている者までいる。
「理由だけでも教えてください」
村長は黙る。
「俺たちが何かしたなら――」
右足を引きずる老人が言った。
「お前たちは何もしてない」
「なら、どうして――」
老人の目が、悠真の向こうを見る。
もちろん、彼に百英雄は見えない。
それなのに悠真には、老人が百人を睨んでいるように思えた。
「勇者なんて」
百英雄が息を呑む。
「もう二度と」
怒りなのか。
悲しみなのか。
悠真には分からない。
ただ、その言葉だけが村の入口へ落ちた。
「来なくていい」
悠真は何も言えなかった。
魔物の倒し方なら、百人の英雄が教えてくれる。
剣の振り方も。
魔法への対処も。
戦場で生き残る方法も。
けれど。
助けられることを拒む人を、どう救えばいいのか。
そんなことを教えてくれる英雄は、一人もいなかった。
第31話 完
次回 第32話
「助けに来たのに、嫌われている」
食事もない。
宿もない。
情報ももらえない。
それでも魔物は、確実に村へ近づいている。
「嫌われようが助けりゃいいだろ」
ガルディオの言葉に、悠真は頷きかける。
だが、セレスが静かに問いかけた。
「助けるって、誰が決めるの?」
『勇者学院の落ちこぼれ、死んだ英雄たちにだけ教えてもらえる』の続きはnoteでも公開しています。
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『勇者学院の落ちこぼれ、死んだ英雄たちにだけ教えてもらえる』の続きはnoteでも公開しています。
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