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第30話「百一人目の勇者」

第3部消された勇者編




学院対抗戦は終わった。




《無職》の落ちこぼれだった悠真は、百人の先生たちの答えに頼るのではなく、自分で考え、自分で選び、勝つことを覚えた。




そしてセレスとの距離も、ほんの少しだけ変わった。




けれど。




取り戻した《英雄遺物》には、誰かが意図的に消した痕跡が残されていた。




歴史が語るのは、世界を救った**《百英雄》**。




英雄は百人。




そのはずだった。




なのに。




古い記録に残されていたのは、




百一人分の痕跡。




先生たちは何を知っているのか。




なぜ、一人だけ歴史から消されたのか。




そして悠真はまだ知らない。




自分が毎日のように話している百人の先生たちが、決して語ろうとしない過去があることを。




第3部で悠真が学ぶのは、戦い方ではない。




「歴史に答えが書いてあっても、それが正解とは限らない」




ということ。




答えを教わってきた少年が。




今度は、答えそのものを疑い始める。




そしてもちろん。




「今、俺の目の前にいる人だ!」




などと大観衆の前で叫んでしまった以上、セレスとの関係も無事では済まない。




恋と笑い。




百英雄の隠された過去。




そして、歴史から消された一人。




第3部「消された勇者編」




ここから。




百人だったはずの英雄たちの、百一人目の物語が動き始める。

《百一名の勇者、王都より出陣》


その一行だけで、百年分の歴史がひっくり返った。


百名ではない。


百一名。


悠真は古文書を握ったまま、自分にしか見えない百人の英雄を見た。


誰も、笑っていなかった。


「……先生。これ、どういうこと?」


返事はない。


その沈黙が、誤記ではないと告げていた。


百人では、足りない


「別の資料を探しましょう」


隣のセレスが静かに言った。


「一枚だけなら、まだ書き間違いの可能性もあるわ」


「うん」


悠真たちは王立史料院の地下保管庫で、出陣記録、武具支給簿、兵站記録、王都門の通行記録を片っ端から調べた。


やがてセレスの指が、一枚の記録で止まる。


「悠真。これ」


《遠征用保存食、百一名分》


さらに。


《王都北門通過、勇者一行百一名》


《特別武具、百一式を支給》


悠真は息を呑んだ。


「……偶然じゃない」


一つなら誤記で済む。


だが、これだけ重なれば違う。


「百一人、いた」


背後でガルディオが小さく息を吐いた。


悠真は振り返る。


「ガルディオ先生。知ってた?」


「…………」


答えはなかった。


以前なら、そこで腹を立てていたかもしれない。


どうして言ってくれないんだ。


また隠すのか、と。


けれど今は知っている。


先生たちには、話せないことがある。


なら、自分で確かめる。


悠真は再び資料へ向き直った。


消された名前


「変なのよ」


資料を並べていたセレスが眉を寄せる。


「人数は残っているのに、名前がない」


勇者たちの名簿には、百人しか記されていなかった。


何度数えても同じだ。


「一人、足りない」


別の名簿も百人。


別の写本も百人。


戦死者名簿にも、百一人目らしい名前はない。


「途中で離脱したとか?」


「それなら記録が残るはずだよ」


「戦死した?」


「戦死者名簿にもいない」


悠真は黙り込んだ。


出発した人数は正確に百一人。


保存食も百一人分。


武具も百一式。


なのに。


名前だけが、ない。


「……消された?」


口にした瞬間、地下保管庫の空気が一段冷えた気がした。


セレスも何も言わない。


名簿には百人の名前が整然と並んでいる。


その余白に、悠真には見えない一行があるように思えた。


本当なら、そこにあったはずの名前。


百一人目の勇者。


百英雄は、最初から百人だったのか


その夜。


宿舎の机には、史料院で書き写した記録が並んでいた。


百一名。


百一名。


百一名。


悠真は眠れず、百英雄を呼び出した。


淡い光の中に百人が現れる。


普段なら、狭いだの椅子が足りないだのと騒ぎ始める連中が、今日は妙に静かだった。


「俺、ずっと勘違いしてた」


悠真は写しを持ち上げる。


「《百英雄》って呼ばれてるから、最初から百人だったんだと思ってた。でも違う」


誰も否定しない。


「百一人で王都を出た。そして、先生たち百人が英雄として歴史に残った」


魔王討伐前後から消えた記録。


ほぼ同時期に死んだ百英雄。


魔王軍側だったはずの土地に残っていた人間の墓。


そして、百一人の勇者。


断片がつながり始めている。


けれど、その中心だけが抜け落ちていた。


「百一人で戦いに行って、百人だけが英雄になった」


悠真は百人を見回す。


「じゃあ、一人はどうなったの?」


誰も答えない。


怒っている者。


俯く者。


目を閉じる者。


最後に、悠真はゼルを見る。


「ゼル先生も知ってるんだよね?」


ゼルはいつもの穏やかな笑顔を浮かべた。


「どうだろう。百年前のことだからね。僕、記憶力あんまりよくないし」


「先生、死んで百年以上経ってるのに昨日の晩飯の話は覚えてるじゃん」


「食事は大事だから」


「なんでそこだけ鮮明なんだよ」


何人かが吹き出した。


ほんの一瞬だけ、いつもの百英雄に戻る。


でも、ゼルは答えなかった。


悠真も、それ以上は追わなかった。


聞き方を変える。


知りたいことは、名前だけじゃない。


「ガルディオ先生」


「……なんだ」


「百一人目って」


悠真はまっすぐ彼を見る。


「先生たちの仲間だったんだよね?」


空気が止まった。


十秒。


二十秒。


長い沈黙のあと。


ガルディオが、初めて答えた。


「……ああ」


たった二文字。


それで十分だった。


敵でも、無関係な誰かでもない。


百一人目は、この百人と一緒に王都を出た。


同じ戦場へ向かった。


仲間だった。


悠真には、百人の隣に姿のない一人が立っているように思えた。


「じゃあ」


喉が乾く。


「なんで、その人の名前を消したの?」


答えはない。


「死んだから?」


沈黙。


「裏切ったから?」


沈黙。


「先生たちと……敵になった?」


ガルディオの拳が、わずかに震えた。


悠真は見逃さなかった。


けれど、そこで止めた。


「分かった」


ガルディオが顔を上げる。


「いいのか?」


「よくない。めちゃくちゃ気になる」


何人かが苦笑した。


「たぶん明日も聞く」


「おい」


「明後日も」


「しつけえな!」


ようやくガルディオの怒鳴り声が戻った。


悠真は少し笑う。


「でも、話せないなら、自分で調べる」


ガルディオの表情が変わった。


「歴史書に書いてあることが全部正しいなら、百一人目はいないことになる。でも、いた」


悠真は百英雄を見る。


「先生たちが教えてくれなくても、歴史に答えが書いてなくても、俺は自分で確かめる」


少し前までの自分なら、先生から正解をもらおうとしていた。


今は違う。


答えそのものを疑える。


ガルディオはしばらく悠真を見つめ、鼻を鳴らした。


「……勝手にしろ」


「うん」


それは、止めないという意味に聞こえた。


秘密ごと信じる


翌朝。


資料を返却した悠真は、セレスと並んで史料院の階段を上っていた。


「結局、分からなかったわね」


「うん」


「百一人目が誰なのかも、どうして消されたのかも」


「うん」


「……ずいぶん素直ね」


「じゃあ全部『ううん』にする?」


「面倒だからやめて」


セレスが小さく笑う。


その笑顔を見て、悠真の胸から少しだけ力が抜けた。


「でも、分かったこともある」


「何?」


「百一人目は本当にいた。それに、その人は……たぶん百英雄にとって大事な人だった」


「そうかもしれないわね」


悠真は足を止めた。


「セレス」


「何?」


「俺も、まだ言えないことがある」


セレスの表情がわずかに変わる。


「でも、いつかちゃんと話すから」


少しの沈黙。


それからセレスは笑った。


「じゃあ、待ってる」


「……いいの?」


「言えないなら今は聞かないって、前にも言ったでしょ」


そして一歩近づく。


「その代わり、嘘はつかないで」


「うん」


「本当に?」


「うん」


「……私にだけは」


悠真が瞬いた。


セレスの頬が、わずかに赤くなる。


「今のなし」


「え?」


「なし」


「いや、聞こえた」


「忘れなさい」


「無理じゃない?」


「忘れなさい」


「命令!?」


セレスは先に階段を上っていく。


悠真は慌てて追いかけた。


秘密があるから、信じられないわけじゃない。


秘密ごと信じることだってできる。


セレスがそうしてくれるなら。


自分も、先生たちをもう少し信じてみようと思った。


百一人目の勇者


学院へ戻る馬車の中。


悠真は窓の外を眺めていた。


百一人で王都を出た。


百人が英雄になった。


一人だけ名前を失った。


なぜ?


答えはない。


けれど、以前ほど怖くなかった。


答えがないなら探せばいい。


書かれた答えがおかしいなら、疑えばいい。


そして最後は、自分で決める。


「悠真」


向かいのセレスが呼ぶ。


「また難しい顔してる」


「考え事」


「百一人目?」


「うん」


「少し休みなさい」


「でも」


「史料院は逃げないわ」


「歴史は?」


「もっと逃げない」


「……確かに」


悠真は笑って目を閉じた。


百一人目の勇者は誰だったのか。


なぜ歴史から消されたのか。


百一人で出陣したのに。


なぜ百人だけが、《英雄》になったのか。


答えはまだない。


でも。


問いだけは、もう消えなかった。


エピローグ 今度こそ


深夜。


学院の寮が静まり返った頃。


眠る悠真の部屋に、二人の影が立っていた。


ガルディオ。


そして、ゼル。


「あいつは、いずれ辿り着くぞ」


ゼルは眠る悠真を見たまま答える。


「……分かってるよ」


「百一人目まで来た。このまま調べりゃ、その先にも行く」


「そうだね」


ガルディオはゼルを睨む。


「お前まで辿り着く」


ゼルは答えない。


窓から入る夜風が、カーテンを揺らした。


「その時」


ガルディオが問う。


「お前はどうする?」


長い沈黙。


ゼルは悠真を見る。


百年前。


自分たちは選んだ。


正しいと思った。


守るためだと思った。


そして歴史には、一つの答えだけが残った。


百人の英雄。


一人の魔王。


ゼルは静かに目を細める。


「今度こそ」


そして、穏やかに笑った。


「悠真には、選ばせるよ」


月明かりの中。


百一人目の勇者は、それ以上何も言わなかった。


第30話 完


次回 第31話


「英雄なんて、来なくていい」


百一人目の謎を胸に学院へ戻った悠真。


待っていたのは、初めての学院外実地任務だった。


ところが魔物に苦しむはずの村で告げられたのは、救援への感謝ではない。


「帰ってくれ」


そして村人は言う。


「勇者なんて、もう二度と来なくていい」



『勇者学院の落ちこぼれ、死んだ英雄たちにだけ教えてもらえる』の続きは、note「momokun」https://note.com/momokun1でも公開しています。Momokun Officia lhttps://momokun.jp/

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