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第29話「先生たちが守っている秘密」

第3部消された勇者編




学院対抗戦は終わった。




《無職》の落ちこぼれだった悠真は、百人の先生たちの答えに頼るのではなく、自分で考え、自分で選び、勝つことを覚えた。




そしてセレスとの距離も、ほんの少しだけ変わった。




けれど。




取り戻した《英雄遺物》には、誰かが意図的に消した痕跡が残されていた。




歴史が語るのは、世界を救った**《百英雄》**。




英雄は百人。




そのはずだった。




なのに。




古い記録に残されていたのは、




百一人分の痕跡。




先生たちは何を知っているのか。




なぜ、一人だけ歴史から消されたのか。




そして悠真はまだ知らない。




自分が毎日のように話している百人の先生たちが、決して語ろうとしない過去があることを。




第3部で悠真が学ぶのは、戦い方ではない。




「歴史に答えが書いてあっても、それが正解とは限らない」




ということ。




答えを教わってきた少年が。




今度は、答えそのものを疑い始める。




そしてもちろん。




「今、俺の目の前にいる人だ!」




などと大観衆の前で叫んでしまった以上、セレスとの関係も無事では済まない。




恋と笑い。




百英雄の隠された過去。




そして、歴史から消された一人。




第3部「消された勇者編」




ここから。




百人だったはずの英雄たちの、百一人目の物語が動き始める。

「悠真。話がある」


翌朝。


目を覚まして最初に聞いたのは、ガルディオの声だった。


いつもなら「起きろ! 朝稽古だ!」と、死者のくせに朝から人の人生を体育会系に染めてくる男だ。


今日は違う。


「朝稽古じゃなくて?」


『違う』


「熱ある?」


『死者に熱はねえ』


「病気?」


『死んでるっつってんだろ!』


少しだけ、いつものガルディオだった。


でも、怒鳴ったあとに黙った。


昨日。


地下遺跡で、先生たちは俺に嘘をついた。


知らない、と。


けれど軍議記録には、ガルディオたちの名前が残っていた。


そして、削り取られた一人の名前。


最後に残っていた文字。


《勇……》


「昨日のこと?」


『ああ』


百人の先生たちは少し離れた場所にいた。


誰も割り込んでこない。


それだけで、今日の話が軽くないと分かった。


知られたくないわけじゃない


朝霧の残る丘で、俺とガルディオは並んだ。


『昨日は悪かった』


「うん」


『嘘をついた』


「うん」


『言い訳はしねえ』


「うん」


『お前、もうちょっと何か言え』


「今のところ全部“うん”なんだけど」


『馬鹿か』


「知ってる」


一瞬だけ空気が緩む。


でも、俺は逃げなかった。


「百年前、何があったの?」


ガルディオは答えない。


「王国軍と魔王軍が一緒に戦ってた」


『ああ』


「先生たちの名前もあった」


『ああ』


「削られた名前も知ってるんだよね」


長い沈黙のあと。


『……ああ』


胸が痛んだ。


それでも昨日よりましだった。


知らない、と言われるよりずっといい。


「その人は誰?」


『言えねえ』


「どうして?」


『それも言えねえ』


「俺が信用できない?」


ガルディオが顔を上げた。


『逆だ』


「え?」


『お前だから言えねえんだ』


意味が分からない。


「俺、馬鹿だから分かるように言って」


『そこは自覚あんのか』


「セレスにも似たようなこと言われた」


『あの嬢ちゃん、いい女だな』


「今その話じゃない」


『そうだった』


ガルディオは小さく息を吐くような仕草をした。


『知られたくないんじゃねえ』


そして、俺をまっすぐ見た。


『お前に背負わせたくねえんだ』


言葉が出なかった。


『知ったら、お前は考える。悩む。自分に関係ねえことまで背負う』


「そんなこと」


『する』


即答だった。


『お前は目の前の人間を放っておけねえ。死んだ奴まで先生って呼ぶ。百年前の俺たちの後悔まで知ったら、お前はきっと』


ガルディオは一度、言葉を切った。


『助けようとする』


胸の奥に何かが落ちた。


先生たちは、俺を信用していないから黙っているんじゃない。


信用しているから、言えない。


でも。


「勝手に決めないでよ」


ガルディオが目を見開く。


「俺が背負うかどうかは、俺が決めたい」


『悠真』


「守ろうとしてくれるのは嬉しい。でも、俺だって先生たちを守りたい」


剣も、魔法も、逃げ方も、立ち方も。


負けたあとに、もう一度立つ方法も。


全部この人たちに教わった。


『……馬鹿野郎』


「なんで?」


『弟子に守られて喜ぶ師匠がいるか』


「いるかもしれないだろ」


『少なくとも俺は嫌だ』


「面倒くさいな」


『誰に似たんだろうな』


「先生」


『……そうだった』


ガルディオが、ようやく笑った。


もう嘘は禁止


「じゃあ、今日も全部は話せない?」


『ああ』


「削られた名前も?」


『言えねえ』


「そっか」


昨日なら腹が立った。


今日は違った。


知らない、と嘘をつかれるのと。


言えない、と正直に言われるのは、全然違う。


「分かった。話せる時に話して」


『……いいのか?』


「よくはない。めちゃくちゃ気になる」


『だろうな』


「でも待つ。ただし、もう嘘は禁止」


『……ああ』


「知らないふりも禁止」


『ああ』


「誤魔化すのは?」


『多少なら』


「駄目」


『厳しくねえか?』


俺は笑った。


「いい先生が多いから」


ガルディオはしばらく俺を睨み、やがて拳を差し出した。


幽霊だから触れられない。


それでも俺も拳を出す。


『約束する。今すぐ全部は話せねえ。だが、もうお前に“知らねえ”とは言わねえ』


「うん」


『それと、もう少し強くなれ』


「急にそれ?」


『話を聞いた時、ぶっ倒れねえ程度にはな』


「そんなに重いの?」


『……今のは忘れろ』


「無理だよ!」


丘の下からクロウの声が飛んだ。


『朝からうるせえぞ!』


俺とガルディオは顔を見合わせた。


全部ではない。


でも、少しだけ昨日までに戻れた。


それでよかった。


秘密ごと信じる


その日の午後。


俺とセレスは、地下遺跡から回収した記録の書き写しを手伝っていた。


「悠真」


「何?」


「今日、静かね」


「俺?」


「後ろ」


どきりとする。


「いつも独り言、多いじゃない」


「気のせいじゃ」


「昨日“百人”って言った人が何を言ってるの?」


「……忘れてなかったんだ」


「忘れると思う?」


思わない。


セレスは視線を記録板へ戻した。


「仲直りした?」


「誰と?」


「先生」


心臓が跳ねる。


「……比喩の?」


「便利ね、その比喩」


「一生使える」


「たぶん寿命が縮むわよ」


俺は苦笑した。


「仲直りした」


「そう」


それ以上、セレスは聞かなかった。


夕方。


作業を終えた俺たちは、墓地の外れまで歩いた。


目の前には百年前の戦場が広がっている。


「セレス」


「何?」


「誰にでも、言えないことってあるのかな」


「あるんじゃない?」


「セレスにも?」


「あるわよ」


「何?」


セレスが横目で見る。


「聞くの?」


口にしてから気づいた。


俺は少し考え、首を振った。


「聞かない」


「いいの?」


「気にはなる。でも、言えないなら今は聞かない」


昨日、セレスが俺にしてくれたことだった。


「話したくなったら話して」


セレスは黙っている。


「話さなくても」


少しだけ迷った。


でも、今度は言った。


「俺はセレスを信じるから」


セレスの横顔が固まった。


「……悠真」


「何?」


「そういうこと、簡単に言わないほうがいいわよ」


「なんで?」


「分からないなら、そのままでいて」


「またそれ?」


「またそれ」


セレスは前を向いた。


耳だけが少し赤い。


後ろで百人がざわついた。


『今のはかなり攻めたぞ』


『悠真くん、成長したわねえ』


『恋愛指導なら私に任せろ!』


「……うるさい」


「何が?」


「歴史」


「歴史がうるさいって何?」


セレスが笑った。


肩が触れそうな距離。


俺は動かなかった。


セレスも離れなかった。


秘密があるから信じられないんじゃない。


秘密があっても、信じられる人はいる。


たぶん。


そういう相手を、大切な人と呼ぶのかもしれない。


百一名


翌朝。


「悠真、来い!」


学院長に叩き起こされた。


最近、俺の朝は穏やかさを失っている。


「今度は何ですか?」


「復元できた」


眠気が消えた。


調査用の天幕。


中央の机には、王立史料院から届いた写本の断片が広げられていた。


「欠けていた文字列を復元した。見ろ」


セレスも駆け込んでくる。


俺は古い文字を一つずつ追った。


《王都暦四一二年》


《魔王軍侵攻に対し》


そこまでは歴史書と同じ。


次の行。


《勇者》


修復された文字へ目を移す。


「……え?」


読み間違いだと思った。


もう一度読む。


変わらない。


《百一名の勇者、王都より出陣》


「百一……?」


セレスが覗き込む。


「百英雄じゃないの?」


「俺も、そう思ってた」


歴史に残った勇者は百人。


俺の先生も百人。


「書き間違いって可能性は?」


「私も疑った」


学院長が別の資料を置いた。


出陣時の物資記録。


食料。


馬。


武器。


防具。


そして、支給された勇者章。


《百一》


背中が冷えた。


振り返る。


ガルディオも、クロウも、エレノアも何も言わない。


一番後ろ。


ゼルだけが、いつもの柔らかな笑顔を浮かべていた。


百英雄は百人。


でも。


王都を出た時は、百一人だった。


なら。


消えた一人は、どこへ行った?


俺はもう一度、古文書を見る。


そこには確かに書かれていた。


《百一名の勇者、王都より出陣》


第29話 完


次回 第30話

「百一人目の勇者」


百一人で出陣し、百人だけが英雄として歴史に残った。


残る一人の名前は、すべての記録から消されている。


悠真はついに先生たちへ問う。


「その一人は、先生たちの仲間だったんだよね?」


百英雄が守り続けた秘密の輪郭が、ついに姿を現す。


続きはnoteでも公開しています。

momokunのnote

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