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第27話「セレスは、俺の秘密を疑っている」

第3部消された勇者編




学院対抗戦は終わった。




《無職》の落ちこぼれだった悠真は、百人の先生たちの答えに頼るのではなく、自分で考え、自分で選び、勝つことを覚えた。




そしてセレスとの距離も、ほんの少しだけ変わった。




けれど。




取り戻した《英雄遺物》には、誰かが意図的に消した痕跡が残されていた。




歴史が語るのは、世界を救った**《百英雄》**。




英雄は百人。




そのはずだった。




なのに。




古い記録に残されていたのは、




百一人分の痕跡。




先生たちは何を知っているのか。




なぜ、一人だけ歴史から消されたのか。




そして悠真はまだ知らない。




自分が毎日のように話している百人の先生たちが、決して語ろうとしない過去があることを。




第3部で悠真が学ぶのは、戦い方ではない。




「歴史に答えが書いてあっても、それが正解とは限らない」




ということ。




答えを教わってきた少年が。




今度は、答えそのものを疑い始める。




そしてもちろん。




「今、俺の目の前にいる人だ!」




などと大観衆の前で叫んでしまった以上、セレスとの関係も無事では済まない。




恋と笑い。




百英雄の隠された過去。




そして、歴史から消された一人。




第3部「消された勇者編」




ここから。




百人だったはずの英雄たちの、百一人目の物語が動き始める。

「あなた、どうして百年前の戦い方を知っているの?」


夕焼けの草原で、セレスはそう聞いた。


俺の後ろには百人の死んだ英雄たちがいる。


ガルディオ。クロウ。エレノア。そしてゼル。


誰も、何も言わなかった。


さっきまでなら誰か一人くらい、適当な言い訳を寄越しそうなものなのに。


「悠真」


セレスは足を止めた。


俺も止まる。


少し先を歩いていた学院長たちは、そのまま進んでいく。


たぶん気づいている。


気づいていて、振り返らない。


「聞いてる?」


「聞いてる」


「じゃあ答えて」


「えっと……」


答えならある。


ものすごく簡単だ。


俺には、百年前に死んだ英雄たちが見える。


その人たちに教えてもらった。


以上。


説明時間、十秒。


その後の質問時間、推定三日。


「昔の戦術書を読んだことがあって」


『下手くそ』


後ろからガルディオの声が飛んだ。


うるさい。


俺だって分かってる。


セレスは目を細めた。


「学院の図書館にない本を?」


「家にあったとか」


「あなたの家、百年前の軍事資料を所蔵してるの?」


「……親戚から借りた」


「どんな親戚?」


「遠い親戚」


「どのくらい遠いの?」


「百年くらい」


「それ、親戚じゃなくて先祖じゃない?」


完全に負けていた。


嘘というものは、つけばつくほど自由がなくなるらしい。


『もうやめとけ』


クロウが苦笑する。


『悠真、あなた嘘をつく時、右の眉が上がるわよ』


エレノアが教えてくれた。


もっと早く教えてほしかった。


セレスの視線が俺の右眉へ向いた。


反射的に押さえる。


「今、何で眉を押さえたの?」


「虫」


「眉毛に?」


「珍しい種類の」


「悠真」


「はい」


終わった。


俺の嘘は死んだ。


享年、二分。


言えないこと


その夜。


俺たちは旧戦場近くの野営地に泊まることになった。


学院長たちは、今日見つかった墓地について記録をまとめている。


王国側ではなく、かつて魔王軍領だった場所に存在する大量の人間の墓。


一つの剣に刻まれた王国軍と魔王軍、二つの紋章。


そして、


《勇者たちよ、安らかに眠れ》


何一つ、今の歴史と噛み合わない。


けれど今の俺の頭を占領しているのは、百年前の歴史より近い問題だった。


セレスだ。


焚き火から少し離れた場所で、俺は座っていた。


正確には一人じゃない。


俺と百人の先生で百一人だ。


人口密度がおかしい。


『言っちまえばいいだろ』


ガルディオが言った。


「簡単に言うなよ」


『別に減るもんじゃねえ』


「俺の平穏が減る」


『元からそんなにねえだろ』


それは否定できない。


クロウが腕を組む。


『でも、いつまでも隠せることじゃない』


「分かってる」


『あの娘はもう気づき始めてる』


「それも分かってる」


俺は焚き火を見る。


炎が薪を食べながら、小さな音を立てる。


「俺が先生たちのことを話したら、セレスはどう思うかな」


返事はない。


「死んだ英雄が百人見えます。毎日話してます。戦い方も教えてもらってます」


自分で言ってみる。


「……怖くない?」


『かなり』


「お前が言うな!」


『一般論だよ!』


ゼルが小さく笑った。


いつもの笑顔。


今日、墓地で一瞬消えた笑顔だ。


俺はゼルを見る。


けれど、あの剣を知っているのかとは聞けなかった。


先生たちには言えないことがある。


そして俺にも、セレスに言えないことがある。


「俺も先生たちに似てきたのかな」


『どこが?』


「言いたくないことを黙ってるところ」


ガルディオの顔から冗談が消えた。


『悠真』


「うん?」


『黙ってることと、騙すことは違う』


俺は顔を上げた。


『言えねえなら、言えねえって言え』


その言葉が胸に残った。


今日、墓地で俺自身が先生たちへ言った言葉と同じだった。


知らないなら、知らないと言って。


言えないなら、それでもいい。


でも、嘘だけはつかないで。


「……そっか」


どうして俺は、セレスにだけそれを言えなかったんだろう。


たぶん、嫌われたくなかったからだ。


信じてもらえなくなるのが怖かった。


だから、信じてもらうために嘘をついた。


最悪じゃないか。


「悠真」


後ろから声がした。


心臓が跳ねる。


振り返ると、セレスが立っていた。


「隣、いい?」


「どうぞ」


セレスが座る。


肩一つ分もない。


『近いねえ』


クロウ。


黙れ。


「暑い?」


「焚き火が」


「反対側だけど」


「炎は自由だから」


「何それ」


セレスが少し笑う。


でも笑顔はすぐに消えた。


「昼間の話」


来た。


逃げたい。


でも逃げない。


「セレス」


「何?」


「さっき言った、親戚から本を借りたって話」


「うん」


「嘘」


「知ってる」


即答だった。


「そんな即答する?」


「むしろ、あれで信じてもらえると思ったの?」


「途中までは」


「どの辺まで?」


「昔の戦術書を読んだ」


「最初からじゃない」


厳しい。


セレスは怒らなかった。


ただ俺を見ていた。


だから俺も、逃げないことにした。


「本当のことは……今は言えない」


言った。


怖かった。


でも、さっきの嘘よりずっと楽だった。


「ごめん。信じてないからじゃない」


それだけは伝えたかった。


「むしろ逆で」


「逆?」


「大事だから、怖い」


言ってから気づいた。


俺、何を言ってるんだ。


百英雄の視線が一斉に集まった。


頼むから百人全員で見るな。


「……私が?」


セレスの声が小さい。


「何が?」


「大事って」


逃げ道が消えた。


『言え』


ガルディオ。


『言いなよ』


クロウ。


『ここで逃げる男は嫌われるわよ』


エレノア。


「……大事だよ」


言った。


焚き火だけがパチッと鳴った。


セレスが前を向く。


耳が赤い。


俺もたぶん赤い。


聞かないという選択


しばらく、俺たちは焚き火を見ていた。


何を話せばいいか分からない。


でも、離れたいとも思わなかった。


先に口を開いたのはセレスだった。


「一つだけ確認していい?」


「うん」


「その秘密って、誰かを傷つけるもの?」


予想していなかった質問だった。


「違う」


「犯罪とか?」


「違う」


「王国を裏切ってるとか?」


「違う」


「実は魔王軍の生き残りとか?」


ゼルを見る。


ゼルが笑顔で手を振った。


「違う」


「じゃあ、あなた自身が危険になること?」


答えに詰まった。


百英雄の存在を知られたら、俺がどう扱われるかは分からない。


英雄の霊が見える。


百年前の知識を直接聞ける。


そんな人間を学院や王国が放っておくのか。


「……分からない」


正直に答えた。


セレスは目を伏せる。


「そう」


また沈黙。


俺は怖くなった。


やっぱり全部話すべきだったのか。


「セレス」


「言えないなら、今は聞かない」


俺の声に重ねるように、彼女は言った。


「え?」


「聞かない」


「でも」


「あなたが言えないって言ったから」


セレスはこっちを見る。


「それを信じる」


胸の奥が痛いくらい熱くなる。


「……簡単に信じていいの?」


「簡単じゃないわよ」


「え?」


「ものすごく気になる」


ですよね。


「百年前の戦い方を知ってる。見えない方向から攻撃を避ける。学院で教わってない弱点まで知ってる」


指を一本ずつ立てる。


「一人で喋ってることも多い」


最後が痛い。


「たまに誰もいない場所を見て笑う」


「……俺、客観的に見るとかなり怖くない?」


「かなり」


「即答しないで」


セレスが吹き出した。


その笑顔に少し救われる。


「でも」


彼女は続ける。


「弱いくせに誰かを助けようとする」


「褒めてる?」


「一人で突っ込んで失敗する」


「今日の反省会?」


「そのくせ、私が傷ついたら自分の方が痛そうな顔をする」


言葉が止まった。


セレスは焚き火を見たままだった。


「だから、秘密が一つ増えたくらいで、今まで見てきたあなたまで全部嘘になるとは思わない」


何も言えなかった。


百英雄も誰も茶化さなかった。


「セレス」


「何?」


「ありがとう」


「まだ終わってない」


「え?」


セレスが俺を指さした。


「条件がある」


嫌な予感。


「いつか話して」


「……いつか?」


「あなたが話せると思った時でいい」


彼女の指が少し下がる。


「でも、いつか私には話して」


私には。


その二文字が、妙に嬉しかった。


誰でもいいんじゃない。


自分だけには、いつか。


そう言ってくれている。


「うん」


俺は答えた。


「約束する」


セレスが微笑む。


「なら、いい」


秘密は何も減っていない。


俺は百英雄のことを話していない。


セレスも真相を知らない。


なのに、さっきよりずっと近くなった気がした。


全部話すことだけが、信頼じゃないのかもしれない。


話せる日まで待ってもらうこと。


話せる日まで逃げないこと。


それもたぶん、信じるってことなんだ。


私だけには


「ところで」


セレスが立ち上がる。


「何?」


「もう一つだけ」


「まだあるの?」


「ある」


嫌な予感しかしない。


「さっき、大事だから言えないって言ったわよね」


「……言いました」


「私が大事なの?」


「そこ掘り返す?」


「確認」


百英雄が一斉に前のめりになる。


やめろ。


「その……仲間として」


百人が一斉に肩を落とした。


何で先生たちが失望するんだよ。


セレスも少し目を細める。


「仲間として」


「はい」


「ふうん」


怖い。


「じゃあ学院長も大事?」


「もちろん」


「教官たちも?」


「まあ」


「クラスのみんなも?」


「大事だと思う」


「私と同じくらい?」


来た。


第21話でも似たことを聞かれた。


あの時、俺はようやく認めた。


たぶん、誰でも同じじゃなかった。


今はもう少しだけ分かる。


「……同じじゃない」


セレスが止まる。


俺も止まる。


「それ、どういう」


「おやすみ!」


「待ちなさい!」


走った。


「悠真!」


「明日も調査あるから!」


「逃げるな!」


「戦略的撤退!」


『それを逃げるって言うんだ!』


ガルディオの声まで飛んでくる。


背後からセレスの足音。


まずい。


速い。


俺より速い。


「捕まえた!」


「うわっ!」


背中を掴まれた。


「説明!」


「明日!」


「今!」


「秘密は待ってくれるって言った!」


「それとこれは別!」


理不尽だ。


でも俺も、セレスも笑っていた。


百人の先生たちも。


一人を除いて。


ゼルだけは少し離れた場所で、静かに俺たちを見ていた。


百年前の扉


翌朝。


俺たちは学院長の声で起こされた。


「悠真、セレス。来てくれ」


「何かあったんですか?」


学院長の表情が昨日より険しい。


「墓地の地下遺構を教官たちが調べた」


昨日、岩甲狼が潜んでいると思っていた地下への階段。


実際には狼の巣ではなかった。


崩れた壁の向こうから、さらに下へ続く階段が見つかったという。


「地下に、もう一つ部屋がある」


俺とセレスは顔を見合わせた。


「何の部屋ですか?」


「まだ分からん」


学院長は一枚の金属片を見せた。


錆びている。


けれど表面には文字が残っていた。


《軍議》


背筋が冷えた。


軍議。


百年前。


王国軍と魔王軍。


消された勇者たち。


俺は百英雄を見る。


その瞬間、昨日までとは違うことに気づいた。


ガルディオ。


クロウ。


エレノア。


何人かの先生が、明らかにその金属片から目を逸らしていた。


「先生?」


返事はない。


ゼルだけが、いつもの笑顔で立っている。


けれど、その笑顔が昨日より少し遠く見えた。


俺たちはまだ知らなかった。


あの地下に残されていた記録が、俺と百人の先生たちの間に初めて、はっきりした亀裂を作ることを。


そしてその夜。


俺たちから少し離れた丘の上で、ゼルは一人、墓地を見ていた。


百年前の風が草を揺らす。


『悠真』


誰にも届かない声で、ゼルは呟いた。


『君はいつか、僕のことも知る』


いつもの笑顔はなかった。


『僕たちが何をしたのか』


少しだけ目を伏せる。


『僕が何を選んだのか』


そして墓地の向こう。


戦場の反対側を見つめた。


『その時、君はどんな答えを選ぶんだろうね』


百年前に消された答えは。


まだ地下で眠っている。


第27話 完


次回 第28話

「百英雄が、初めて俺に嘘をついた」


地下遺構から発見された、百年前の軍議記録。


そこには、王国史には存在しない戦いが記されていた。


悠真は先生たちへ尋ねる。


「これ、知ってる?」


けれど返ってきたのは、初めて分かるほど明確な嘘だった。


「言えないなら、それでいい。でも、嘘はつかないでよ」


信じていたからこそ。


その嘘は痛かった。


続きは Momokun note でも公開しています。

https://note.com/momokun1

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