第26話「英雄の墓が、戦場の反対側にある」
第3部消された勇者編
学院対抗戦は終わった。
《無職》の落ちこぼれだった悠真は、百人の先生たちの答えに頼るのではなく、自分で考え、自分で選び、勝つことを覚えた。
そしてセレスとの距離も、ほんの少しだけ変わった。
けれど。
取り戻した《英雄遺物》には、誰かが意図的に消した痕跡が残されていた。
歴史が語るのは、世界を救った**《百英雄》**。
英雄は百人。
そのはずだった。
なのに。
古い記録に残されていたのは、
百一人分の痕跡。
先生たちは何を知っているのか。
なぜ、一人だけ歴史から消されたのか。
そして悠真はまだ知らない。
自分が毎日のように話している百人の先生たちが、決して語ろうとしない過去があることを。
第3部で悠真が学ぶのは、戦い方ではない。
「歴史に答えが書いてあっても、それが正解とは限らない」
ということ。
答えを教わってきた少年が。
今度は、答えそのものを疑い始める。
そしてもちろん。
「今、俺の目の前にいる人だ!」
などと大観衆の前で叫んでしまった以上、セレスとの関係も無事では済まない。
恋と笑い。
百英雄の隠された過去。
そして、歴史から消された一人。
第3部「消された勇者編」
ここから。
百人だったはずの英雄たちの、百一人目の物語が動き始める。
「俺は行く」
昨日、そう決めた。
なのに目的地が近づくほど、百人の先生たちは不自然なくらい静かになった。
「……先生たち」
『聞こえてる』
答えたのはガルディオだけだ。
「百人もいるのに全員黙ると、逆に怖いんだけど」
『英雄にも気分ってもんがある』
「百人同時に?」
『そういう日だ』
「便利だな、気分」
前を歩いていたセレスが振り返る。
「また一人で喋ってる」
「考え事」
「最近、その言い訳が雑よ」
朝からセレスのツッコミだけは元気だった。
戦場の反対側
昨日見つけた石碑から北西へ、およそ一時間。
学院長と二人の教官、その後ろを俺とセレスが進む。
丘を越えたところで、学院長が足を止めた。
「見えたぞ」
草の斜面に、小さな石が並んでいた。
十や二十じゃない。
丘一面。
「……全部、墓?」
セレスの声が低くなる。
墓石と呼ぶには粗末だった。
名前も飾りもない。ただ平たい石が、一定の間隔で地面に立っている。
百年前。
ここは魔王軍の支配地域だった。
王国史を信じるなら、ここに人間の墓がある理由はいくつか考えられる。
捕虜。
奴隷。
魔王軍に殺された人々。
けれど昨日、俺たちは見つけた。
王国軍と魔王軍、二つの紋章を組み合わせた印。
《戦争終結》と刻まれた石碑。
そして、
《敵ではなく、同じ明日を望んだ者として》
俺は一番近い墓の前にしゃがんだ。
「名前もない……」
教官の一人が土を調べ、顔を上げる。
「学院長。埋葬方向が揃っています」
「東向きか?」
「はい」
セレスが首を傾げた。
「それが何か?」
学院長の表情が硬くなる。
「当時の王国軍には、戦死者を東へ頭を向けて埋葬する慣習があった」
俺は墓地を見渡した。
「じゃあ、ここに眠ってるのは王国軍?」
「断定はできん」
「でも、魔王軍の土地ですよね」
「ああ」
敵が、敵兵を王国式で一人ずつ埋めた?
墓は粗末だ。
だが雑ではない。
等間隔に並び、一人ずつ石まで立ててある。
処分したんじゃない。
「……弔ったんだ」
誰かが。
敵だったはずの人間を。
先生に聞かない
墓地の奥には、半分崩れた石造りの遺構があった。
地下へ続く階段。
その周囲には新しい爪痕が残っている。
「魔物だな」
教官が剣へ手をかけた。
入口は狭い。
中は暗い。
数は分からない。
俺は頭の中で状況を並べた。
『悠真。中へ入るなら――』
「待って」
ガルディオを止める。
『あ?』
「まず、自分で考える」
先生たちが静かになった。
対抗戦で決めた。
いつまでも答えをもらって戦わない。
最後に決めるのは俺だ。
「中へ入るのは危険です。外へ誘い出します」
学院長がうなずく。
「方法は?」
「石を投げて音を出します。何かいれば出てくるかもしれない」
「悪くない。教官は左右へ。セレスと悠真は後方」
俺は石を拾い、地下へ投げた。
カン。
カラン。
音が闇へ消える。
何も起きない。
「いないのかしら」
セレスが呟いた、その瞬間。
地面が爆ぜた。
「後ろだ!」
墓石の間から黒い影が飛び出す。
狼に似た四本脚。
背中は岩のような外殻で覆われている。
一匹。
二匹。
五匹。
「《岩甲狼》!」
学院長の声が飛ぶ。
地下じゃない。
墓地そのものが巣だった。
「固まって!」
俺は剣を抜いた。
判断は早かった。
だから、その判断が間違っていることに気づくのも遅れた。
自分で決めた、間違い
正面に三匹。
右から二匹。
「俺が正面を止めます!」
『悠真、待て!』
ガルディオが叫ぶ。
聞かなかった。
今度は自分で決める。
先生たちに頼らない。
一匹目が飛ぶ。
牙を潜り、腹を狙う。
剣が弾かれた。
「硬っ!」
二匹目。
かわす。
三匹目。
「悠真!」
セレスの声。
魔力を刃へ集める。
外殻の隙間を狙い、一閃。
一匹が倒れた。
できた。
自分で。
そう思った瞬間だった。
「後ろ!」
振り返る。
俺が前へ出すぎたせいで、隊列に穴が開いていた。
右から回った岩甲狼が、セレスへ跳ぶ。
「セレス!」
間に合わない。
俺の判断だ。
俺が前へ出たせいだ。
『右へ跳べ!』
ガルディオの声。
聞けば間に合う。
なのに、一瞬迷った。
自分で決めると決めたから。
その一瞬が致命的だった。
「悠真!」
セレスは逃げなかった。
俺へ走り、肩を突き飛ばす。
身体が地面を転がった。
岩甲狼の爪がセレスの袖を裂く。
「セレス!」
「前!」
顔を上げる。
牙が迫っていた。
『左下!』
クロウ。
今度は考えなかった。
身体を沈める。
牙が髪をかすめた。
『首の付け根だ!』
「分かった!」
踏み込む。
斬る。
外殻の隙間へ刃が入った。
一匹が倒れる。
『二歩下がれ!』
従う。
爪が空を切った。
『セレスと挟め!』
「セレス!」
「言われなくても!」
俺が右。
セレスが左。
岩甲狼が一瞬迷う。
「今!」
俺の剣が外殻を割り、セレスの魔術が露出した首を撃ち抜く。
倒れた。
学院長たちも一匹を仕留める。
最後の一匹が丘の向こうへ逃げた。
『追うな!』
先生たちの声。
今度は俺も、同じ答えだった。
「追わない!」
剣を下ろす。
静寂が戻った。
俺はすぐセレスへ駆け寄った。
「腕!」
「服が切れただけ」
「見せて」
「かすり傷よ。それより悠真」
低い声。
怒っている。
「何で一人で前に出たの?」
「自分で考えようと思って」
「それは知ってる」
「先生……じゃなくて、人に頼ってばかりじゃ駄目だから」
セレスは数秒、俺を見た。
「馬鹿なの?」
「もう少し柔らかく」
「大馬鹿なの?」
「強くなった!」
「一人で決める」と「一人でやる」
「自分で決めることと、一人で戦うことは違うでしょ!」
セレスの言葉が胸へ刺さった。
俺は、ようやく気づいた。
対抗戦で俺は先生たちの答えに頼らず、自分で決めて戦った。
その経験を。
いつの間にか、
誰にも頼らないこと。
にすり替えていた。
『やっと気づいたか』
ガルディオが頭をかく。
「……言ってよ」
『言おうとしたら、お前が格好つけて「待って」って止めただろうが!』
「あ」
『しかも妙にいい顔で』
「そこは忘れて」
クロウが笑う。
エレノアが静かに言った。
『人の意見を聞いたあとで決めても、それはあなたの答えよ』
俺は先生たちを見る。
そうか。
答えをもらうことと。
意見を聞くことは違う。
誰かに頼ることと。
決断を丸投げすることも違う。
「……難しいな」
『だから生きてる間に覚えるんだよ』
「先生たちは死んでから教えてるけど」
『うるせえ!』
思わず笑った。
セレスが怪訝そうに見る。
「反省中に笑う?」
「俺の反省、ちょっと人数が多くて」
「意味分かんない」
百人いるからな。
俺は彼女の裂けた袖を見た。
「セレス」
「何?」
「ごめん。俺の判断で危ない目に遭わせた」
彼女は少しだけ目を細めた。
「じゃあ次から、ちゃんと頼って」
「うん」
「私にも」
顔を上げる。
「先生や学院長だけじゃなくて。私にも」
「……うん」
「そんなに頼りない?」
「逆」
「え?」
「頼りすぎそうで怖い」
言ってから気づいた。
セレスの目が丸くなる。
「それ、どういう意味?」
「戦闘能力の話です」
「今の間は何?」
「戦闘能力の話です」
「二回言うと余計怪しい」
「戦闘能力の――」
「三回目は禁止」
先生たちが一斉にニヤついた。
百人全員で見るな。
墓に残された二つの紋章
岩甲狼が掘り返した土から、錆びた剣が見つかった。
学院長と教官が慎重に取り出す。
刀身は朽ちている。
だが柄頭には、まだ紋章が残っていた。
白鷲。
「王国軍……」
俺が呟く。
学院長は首を振った。
「待て。この形式は王国正規軍のものではない」
「でも紋章が」
「反対側を見ろ」
剣が返される。
柄の裏。
そこには、二本の角。
魔王軍の紋章が刻まれていた。
王国と魔王軍。
一つの剣に、二つの印。
「これを持ってた人は……どっちだったんですか」
学院長は答えなかった。
俺は先生たちを見る。
ガルディオ。
クロウ。
エレノア。
誰も剣を見ようとしない。
ゼルだけが見ていた。
懐かしいものを見るように。
「ゼル」
『何?』
「これ、知ってる?」
ほんの一瞬。
ゼルの目が揺れた。
『知らないよ』
いつもの笑顔。
でも。
その答えを、初めて信じられなかった。
英雄の墓
墓地の最奥。
丘の頂上近くに、一つだけ大きな墓石があった。
表面の文字は削られている。
学院長が紙を当て、炭で擦る。
消された文字が少しずつ浮かび上がった。
《ここに眠る者たちは――》
その先はない。
《王国を――》
削られている。
《魔王を――》
そこも。
「何で、ここまで消すんだ」
名前も。
所属も。
何をしたのかも。
最初から存在しなかったことにするみたいに。
「悠真」
墓石の裏へ回ったセレスが呼んだ。
そこには、一文だけ残っていた。
深く刻まれ、削りきれなかった文字。
《勇者たちよ、安らかに眠れ》
息が止まった。
「……勇者?」
王国史では、英雄たちの墓は戦場の王国側にある。
なのに。
戦場の反対側。
魔王軍側にも。
勇者の墓がある。
「学院長。百英雄以外にも、勇者と呼ばれた人がいたんですか?」
「戦争中、そう呼ばれた者は百英雄だけではない」
「じゃあ、この人たちは?」
「分からん」
また、分からない。
でも今度は怖くなかった。
分からないなら調べる。
自分で。
みんなと。
俺は百人の先生たちへ振り返った。
「この人たちを知ってる?」
誰も答えない。
風だけが墓地を抜ける。
「知らないなら、知らないって言って」
沈黙。
「言えないなら、それでもいい」
ガルディオの顔が歪む。
「でも」
俺は先生たちを見回した。
「嘘だけは、つかないで」
ゼルの笑顔が、ほんの少し消えた。
セレスが見ていたもの
帰り道。
夕焼けが草原を赤く染めていた。
「今日は疲れた」
セレスが言う。
「俺も」
「主にあなたのせいで」
「すみません」
「次、一人で突っ込んだら殴るから」
「助けてから?」
「殴ってから助ける」
「順番!」
セレスが笑った。
俺も笑う。
少しだけ。
昨日より、彼女を頼っていいと思えた。
その時。
「ねえ、悠真」
「何?」
「さっきの戦い」
胸が跳ねる。
「途中から、急に動きが変わったわよね」
「そう?」
「そう」
セレスは前を向いたまま続けた。
「見えてない方向から攻撃を避けた」
何も言えない。
『左下!』
クロウの声で避けた。
「岩甲狼の首の付け根が弱点だって、どうして分かったの?」
「それは……」
「学院では、まだ習ってない」
足が重くなる。
「今日だけじゃない」
セレスが俺を見る。
「対抗戦でもそうだった。百年前の術式。昔の戦い方。今では使われない知識」
一つずつ。
俺が隠してきたものが並べられていく。
怒ってはいない。
だからこそ、ごまかせない。
「悠真」
夕焼けの中。
セレスは静かに聞いた。
「あなた、どうして百年前の戦い方を知っているの?」
答えられない。
俺の後ろには、百人の死んだ英雄たちが立っている。
その中で。
ゼルだけが、笑っていなかった。
第26話 完
次回 第27話
「セレスは、俺の秘密を疑っている」
「あなた、どうして百年前の戦い方を知っているの?」
ついにセレスが、悠真の秘密へ手を伸ばす。
死んだ英雄たちが見える。
その真実を、悠真はまだ言えない。
けれどセレスは、追及する代わりに告げる。
「言えないなら、今は聞かない。でも、いつか話して」
秘密を隠すことは、信じないことなのか。
話せる日まで待つことも、信頼なのか。
二人の距離が、また少し変わる。




