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第24話「歴史書から消えた一年

第3部消された勇者編




学院対抗戦は終わった。




《無職》の落ちこぼれだった悠真は、百人の先生たちの答えに頼るのではなく、自分で考え、自分で選び、勝つことを覚えた。




そしてセレスとの距離も、ほんの少しだけ変わった。




けれど。




取り戻した《英雄遺物》には、誰かが意図的に消した痕跡が残されていた。




歴史が語るのは、世界を救った**《百英雄》**。




英雄は百人。




そのはずだった。




なのに。




古い記録に残されていたのは、




百一人分の痕跡。




先生たちは何を知っているのか。




なぜ、一人だけ歴史から消されたのか。




そして悠真はまだ知らない。




自分が毎日のように話している百人の先生たちが、決して語ろうとしない過去があることを。




第3部で悠真が学ぶのは、戦い方ではない。




「歴史に答えが書いてあっても、それが正解とは限らない」




ということ。




答えを教わってきた少年が。




今度は、答えそのものを疑い始める。




そしてもちろん。




「今、俺の目の前にいる人だ!」




などと大観衆の前で叫んでしまった以上、セレスとの関係も無事では済まない。




恋と笑い。




百英雄の隠された過去。




そして、歴史から消された一人。




第3部「消された勇者編」




ここから。




百人だったはずの英雄たちの、百一人目の物語が動き始める。

一年だけ、何も起きていない

「二時間半」


朝一番、セレスは俺の顔を見るなり言った。


「何が?」


「昨日あなたが寝た時間」


「どうして分かるの」


「顔」


ひどい。


でも反論できない。


昨夜、《空白の一年》に気づいてから、ほとんど眠れなかった。


俺は図書室の机に三冊のノートを広げた。


学院の歴史教本。


王立史料院で写した記録。


そして、先生たちから聞いた百年前の話。


「ここ」


年表を指す。


「前後は月単位で書いてある。戦線の移動、補給路、将軍の交代まで。でも、この一年だけ」


《各地で戦闘継続》


たった一行。


セレスの目が細くなる。


「一年間、これだけ?」


「うん。別の史料も似たようなものだった」


昨日、百人の先生たちも同じ時期だけ口を閉ざした。


百一人目の記録は消されていた。


名簿のページも切り取られていた。


そして、一年分の歴史まで薄い。


偶然と呼ぶには、多すぎる。


「消えたんじゃなくて」


セレスがページをなぞる。


「消された?」


その瞬間。


背後の空気が止まった。


振り返らなくても分かる。


先生たちだ。


でも、俺は聞かなかった。


昨日までなら、すぐに答えを求めていた。


今は違う。


先生たちが答えないなら、自分で確かめる。


「調べよう」


ノートを閉じる。


「この一年に、何があったのか」


消えたのではなく、消された?

午前中いっぱい、俺とセレスは古い史料を漁った。


「王国戦史、第七巻」


「ない」


「教会年代記」


「『戦乱続く』だけ」


「北方諸侯記録」


「……これも薄い」


机の上に本が積み上がる。


俺の成績なら、本に埋もれる前に知識に埋もれて死ぬところだ。


「悠真」


「はい」


「読んでる?」


「文字を目で追っています」


「普通はそれを読むって言うの」


「内容が頭に入っているとは言ってない」


「胸を張らないで」


セレスがため息をつく。


少しだけ笑っていた。


けれど、並べた史料を見るうちに、その笑みが消える。


王国史。


教会記録。


地方領主の年代記。


書いた人間も、保管場所も違う。


なのに同じ一年だけ、不自然に薄い。


「全部偶然って、ありえる?」


「火事とか戦争なら」


「前後も消えるはずよ」


その通りだ。


空白が、きれいすぎる。


まるで誰かが一年だけ選んで削ったみたいに。


背後を見る。


ガルディオは腕を組み、クロウは目を閉じている。


エレノアは困ったように微笑んでいた。


ゼルだけが、いつも通りだった。


『聞かないの?』


「聞いても答えないでしょ」


『かもね』


「だったら、自分で調べる」


ゼルの笑みが深くなる。


『うん。それでいい』


褒められたはずなのに。


なぜか、その声は少しだけ寂しかった。


死んだ英雄たち

午後。


セレスが一枚の資料を広げた。


「百英雄の死亡記録」


以前から気になっていたことがある。


百英雄の多くは、魔王討伐の前後に集中して死んでいる。


そして、その直前に《空白の一年》がある。


「空白の一年」


「魔王討伐」


「百英雄の死」


セレスが順番に指を置く。


「つながってると思う?」


「分からない」


そこで止める。


分からない。


だから先生に聞く。


今までの俺なら、そうだった。


でも。


「無関係だって決める理由もない」


セレスが俺を見る。


「だから?」


「証拠を探す」


口にしてから、自分でも少し驚いた。


答えを知っている人から、答えをもらうんじゃない。


自分で確かめる。


「ようやく研究者らしい顔になったな」


低い声がした。


「うわっ!」


学院長が立っていた。


「いつからいたんですか」


「君が『文字を目で追っています』と胸を張ったあたりからだ」


「一番聞かれたくないところ!」


セレスが吹き出した。


学院長は笑わない。


机に並ぶ史料を見て、静かに言った。


「その一年を見つけたか」


俺とセレスは、同時に顔を上げた。


学院長も見つけられなかった一年

「知ってたんですか?」


学院長は向かいの椅子に座った。


「私も若い頃に調べた。王国だけではない。教会、都市国家、諸侯、商人の記録までな」


「それでも?」


「完全な答えは見つからなかった」


背中が冷える。


一冊なら偶然。


数冊なら改ざん。


でも、離れた場所の記録まで同じ一年だけ薄いなら?


「誰かが消したんですか」


「断定はできん」


学院長は即答した。


「記録がないことは、消された証拠にはならない」


もっともだ。


「だから、紙以外を見る」


「紙以外?」


「石碑。墓。建物。武器」


学院長が古い地図を広げた。


「そして、戦場だ」


王都から北西。


山脈の手前。


薄れた文字で地名が残っていた。


《アルネ平原》


その瞬間。


背後の気配が揺れた。


ガルディオが目を伏せる。


エレノアの指が止まる。


クロウが目を開いた。


「ここは?」


「百年前の旧戦場跡だ。当時の陣地や石碑が一部残っている」


学院長の指が、地図の一点を叩く。


「王都の史官が整理する前の記録が残っている可能性もある」


心臓が跳ねた。


「行きたいです」


「そのつもりで話した。調査実習として許可する」


「私も行きます」


隣から即答が飛んだ。


「え」


セレスが睨む。


「何?」


「いや、危ないかもしれないし」


「剣術、魔術、実技」


嫌な予感。


「全部、私の方が上よね?」


「まとめて刺すな!」


「あなた一人で行かせる方が危ないわ」


否定できない。


ものすごく悔しい。


「それに」


セレスは地図へ視線を戻した。


「あなたが何を見つけるのか、私も知りたい」


そして、小さく付け足した。


「信用してるから」


胸の奥が跳ねる。


百人もいる先生たちが、珍しく誰も茶化さなかった。


今だけは感謝したい。


ゼルの笑顔が消えた

アルネ平原への出発は三日後と決まった。


放課後。


寮へ戻りながら、俺は先生たちを見回した。


妙に静かだ。


「そんなに危ない場所なの?」


『昔の戦場なんて、だいたい危ねえ』


ガルディオが言う。


「魔物?」


『それもある』


それも。


引っかかる言い方だった。


「ゼル」


最後尾の彼を見る。


「行ってもいいと思う?」


ゼルは、いつものように笑った。


『悠真が行きたいなら、行けばいいよ』


「何があるか知ってる?」


『さあ』


軽い返事。


『百年前のことだからね』


そこで気づいた。


学院長が《アルネ平原》の名を出した瞬間。


ほんの一瞬。


ゼルの笑顔が消えていた。


怒ったわけでもない。


怯えたわけでもない。


ただ。


思い出したくないものを、突然目の前に置かれたような顔だった。


「ゼル?」


『何?』


もう笑っている。


いつもの、優しい先生の顔だ。


だから、それ以上は聞かなかった。


三日後。


俺たちは百年前の戦場へ向かう。


歴史の授業では、こう教わった。


初代魔王は、人類を滅ぼそうとした絶対悪。


百英雄は、その魔王を討って世界を救った。


それが歴史だ。


それが正解だと思っていた。


でも。


もし一年分の歴史を消せるなら。


その一年にあった「答え」だって。


消せるんじゃないか。


第24話 完

次回 第25話

「初代魔王は、本当に人類の敵だったのか」

百年前の旧戦場、アルネ平原。


そこで悠真が見つけた古い石碑には、勝利を讃える言葉も、《魔王討伐》の文字もなかった。


刻まれていたのは、たった四文字。


《戦争終結》


「魔王を倒したなら、なんでそう書いてないんだ?」


その問いに。


ゼルは、答えない。

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