第23話「先生たちの昔話は、だいたい話が食い違う」
第3部消された勇者編
学院対抗戦は終わった。
《無職》の落ちこぼれだった悠真は、百人の先生たちの答えに頼るのではなく、自分で考え、自分で選び、勝つことを覚えた。
そしてセレスとの距離も、ほんの少しだけ変わった。
けれど。
取り戻した《英雄遺物》には、誰かが意図的に消した痕跡が残されていた。
歴史が語るのは、世界を救った**《百英雄》**。
英雄は百人。
そのはずだった。
なのに。
古い記録に残されていたのは、
百一人分の痕跡。
先生たちは何を知っているのか。
なぜ、一人だけ歴史から消されたのか。
そして悠真はまだ知らない。
自分が毎日のように話している百人の先生たちが、決して語ろうとしない過去があることを。
第3部で悠真が学ぶのは、戦い方ではない。
「歴史に答えが書いてあっても、それが正解とは限らない」
ということ。
答えを教わってきた少年が。
今度は、答えそのものを疑い始める。
そしてもちろん。
「今、俺の目の前にいる人だ!」
などと大観衆の前で叫んでしまった以上、セレスとの関係も無事では済まない。
恋と笑い。
百英雄の隠された過去。
そして、歴史から消された一人。
第3部「消された勇者編」
ここから。
百人だったはずの英雄たちの、百一人目の物語が動き始める。
歴史書が信用できないなら、本人に聞けばいい
歴史書が信用できない。
だったら、本人に聞けばいい。
我ながら完璧な作戦だと思った。
「というわけで、先生たち」
翌日の放課後。
誰もいなくなった教室で、俺は机の上にノートを広げた。
目の前には、剣聖ガルディオ。暗殺王クロウ。聖女エレノア。そしてゼル。
その後ろにも、いつもの百英雄がずらりと並んでいる。
死んでいるくせに、人口密度だけは異常に高い。
「百年前のことを教えてください」
『断る』
ガルディオが即答した。
「早いな!」
『面倒くせえ』
「昨日、百一人目について聞いた時より答えるの早いじゃん!」
『知らねえことは答えられねえ』
「じゃあ知ってることだけでいい」
『もっと嫌だ』
「なんでだよ!」
クロウが腕を組む。
『過去を聞いて何になる』
「歴史を調べる」
『歴史書を読め』
「昨日、その歴史書からページが切り取られてたんだよ!」
『なら別の本を読め』
「お前ら本人が目の前にいるのに!?」
『資料とは第三者による客観記録だ』
「道に迷って三日帰れなかったって記録も?」
『その話をした史官を殺せ』
「客観記録を消そうとするな!」
クロウの目が本気だった。
死んでいてよかった。
いや、死んでる暗殺王に安心する状況って何だ。
『悠真』
エレノアが柔らかく微笑んだ。
『昔のことを知りたい気持ちは分かります。ですから、私がお話ししましょう』
「さすがエレノア」
『まず百年前、魔王軍との戦いで最も活躍したのは』
『俺だ』
ガルディオが割り込んだ。
『私です』
エレノアの笑顔が固まる。
「開始三秒で揉めるのやめて」
『ガルディオ。あなた、北方会戦で三日寝込んでいたでしょう』
『あれは寝込んでたんじゃねえ。負傷兵の気持ちを理解するためだ』
『肋骨を七本折られていました』
『実戦的な研修だ』
「負け惜しみを研修って呼ぶな」
すると後ろから別の英雄が叫んだ。
『北方会戦なら敵将を斬ったのは俺だ!』
『嘘をつけ、最後に首を落としたのは私よ!』
『お前、その時は南門にいただろう!』
『南門から走った!』
『三百キロあるぞ!』
『勇者だから!』
「勇者を便利な交通手段にするな!」
百人から一斉に声が飛ぶ。
『敵将は俺が倒した!』
『私だ!』
『いや、毒で弱っていた!』
『その毒を盛ったのは俺だ』
クロウだった。
「じゃあクロウ?」
『いや。毒は効かなかった』
「じゃあなんで言ったの!?」
『参加したかった』
「暗殺王が会話に参加したがるな!」
その時、誰かがぼそりと言った。
『敵将本人が階段から落ちたんじゃなかったか?』
教室が静まった。
「……え?」
ガルディオが目を逸らした。
クロウも。
エレノアまで。
「ちょっと待って。まさか」
『…………』
「敵将、階段から落ちて死んだの?」
ルシアが咳払いする。
『正確には、我々と戦って疲弊した状態で足を滑らせた』
「階段じゃん!」
『戦略的階段だ』
「どんな階段だよ!」
百年前の英雄譚が、ものすごい勢いで安っぽくなっていった。
百人いれば、歴史も百通り
「じゃあ質問を変える」
俺はノートを開き直した。
「王都防衛戦について」
『俺が門を守った』
ガルディオ。
『私が結界を維持しました』
エレノア。
『俺が敵将を七人始末した』
クロウ。
「七人も?」
『六人』
「減った」
『五人だったかもしれん』
「急に信用できなくなった!」
『クロウはその日、腹を壊してたぞ』
誰かが言った。
クロウの殺気が膨れ上がる。
『誰だ、今言った奴』
『俺じゃない』
『私でもない』
『あいつだ』
『人を指すな!』
「先生たち、歴史書より信用できないんだけど!?」
『歴史書など後世の創作だ』
ガルディオが胸を張る。
「本人証言がもっと創作なんだよ!」
百人いれば、証言も百通り。
剣士は剣士の活躍ばかり覚えている。
魔術師は魔法が戦局を決めたと言う。
斥候は情報戦こそ本当の勝因だったと言い張る。
そして全員、自分が一番頑張ったと思っている。
「よくこれで一緒に戦えたな……」
『戦ってる最中は忙しかったからな』
「今は暇なんだ」
『死んでるからな』
「死後に仲悪くなるタイプ?」
『生前からこんなもんだ』
「もっと駄目じゃん」
思わず笑った。
昨日まで、先生たちの沈黙が怖かった。
百一人目。
刻印から消された一人。
切り取られた名簿。
でも、こうしているとやっぱりいつもの先生たちだ。
うるさくて、勝手で、話を聞かなくて。
それでも、俺がずっと頼ってきた人たち。
少しだけ安心した。
「じゃあ次。灰色平原の戦い」
何人かが答える。
話は食い違った。
「黒森攻略戦」
また食い違う。
「西部撤退戦」
全然違う。
「聖都奪還戦」
もはや同じ戦争の話とは思えない。
俺は夢中で書き取った。
歴史書では一行の戦いにも、先生たちには思い出がある。
誰が怪我をした。
誰が食事を焦がした。
誰が怖がった。
誰が最後まで残った。
英雄だって、最初から英雄だったわけじゃない。
失敗して、喧嘩して、間違えて、それでも戦った。
「……なんか」
俺は笑った。
「先生たち、歴史書より人間っぽいね」
一瞬、百英雄が静かになった。
ガルディオが鼻を鳴らす。
『当たり前だ』
クロウも低く言う。
『英雄になる前は、ただの人間だ』
エレノアが微笑んだ。
『死んだあとに、立派に書かれすぎるのです』
「本人が言うんだ」
『私、あんなに毎日祈っていませんでしたし』
「聖女が歴史修正しないで」
ゼルがくすりと笑った。
『だから歴史って面白いんだよ』
「適当だから?」
『それもあるけど。同じ出来事でも、見ていた人によって全然違う』
確かに。
昨日、王立史料院で見た記録だって、誰かが残した一つの視点だ。
それだけが、世界の全部じゃない。
「じゃあ、もっと聞かせて」
俺は新しいページを開いた。
先生たちは、また一斉に喋り始めた。
食い違っていないところ
それに気づいたのは、窓の外が赤く染まり、ノートが三冊目に入った頃だった。
「……あれ?」
ペンを止める。
『どうした』
ガルディオが聞く。
「いや」
ページを戻す。
灰色平原。
黒森。
王都防衛。
聖都。
北方。
百英雄の証言は、笑えるくらいバラバラだった。
日付も人数も、誰が何をしたかも少しずつ違う。
でも。
「先生。この辺の話は?」
俺は年表の一点を指した。
魔王討伐の少し前。
『…………』
声が止まった。
百人が同時に黙ると、それだけで空気が変わる。
「この時期、何してたの?」
『戦争だ』
ガルディオが答える。
「どこで?」
『色々だ』
「具体的には?」
『昔すぎて覚えてねえ』
「さっき百年前の朝飯まで覚えてたよね?」
『あれは重要だった』
「目玉焼きが?」
『焼き加減は重要だ』
笑わない。
俺はクロウを見る。
「クロウ」
『知らん』
「何を?」
『その時期のことだ』
「まだ質問してない」
『…………』
「なんで先に答えた?」
クロウは黙った。
「エレノアは?」
『私も、あまり……覚えていません』
おかしい。
この人たちは、記憶が曖昧なんじゃない。
百年前の失敗を、昨日のことみたいに喧嘩しながら語る。
細かい勘違いまで覚えている。
なのに、この時期だけ誰も具体的に話さない。
「先生たち」
返事はない。
「嘘ついてる?」
ガルディオの顔が険しくなる。
『違う』
「じゃあ何?」
答えない。
そこで、ようやく分かった。
嘘をついているんじゃない。
「何もなかった」と言い張っているわけでもない。
ただ、話さない。
意図的に。
百人全員が。
同じ時期だけ。
「……そこに」
喉が乾いた。
「百一人目が関係してる?」
誰も答えなかった。
ガルディオ。
クロウ。
エレノア。
ほかの先生たち。
そしてゼルも。
いつもなら何か言うはずなのに、ただ穏やかに笑っている。
『悠真』
ガルディオが低く言った。
『今日はそこまでにしろ』
「でも」
『そこまでだ』
怒鳴り声ではなかった。
静かな声だった。
だからこそ、聞けなかった。
誰でも同じだった?
教室を出ると、校舎の入口にセレスがいた。
「遅い」
腕を組んでいる。
「ごめん」
「図書室にも訓練場にもいないから探したのよ」
「探してくれたの?」
「……たまたま」
目を逸らした。
たまたまで校舎をいくつも回るのだろうか。
聞いたら怒られそうなので黙っておく。
俺たちは並んで歩いた。
「史料院のこと、考えてた?」
セレスが聞く。
「うん。百一人目のことも、それ以外も」
「それ以外?」
「先生たちの昔話」
「先生?」
「あ」
しまった。
セレスの眉が動く。
「また?」
「歴史上の先生的な」
「何それ」
「概念」
「便利な言葉ね」
最近、ごまかしが本当に苦しい。
昨日もセレスは俺に聞いた。
どうして百英雄について、そんなに詳しいのか。
俺は答えられなかった。
それなのに、彼女は追及しなかった。
だから余計に、胸が痛む。
「悠真」
「ん?」
「もう一つ」
セレスが立ち止まった。
嫌な予感がした。
いや、知っている。
第21話で聞かれて、答えられなかった質問だ。
「決勝の時のこと」
「……はい」
逃げられない。
「あなた、私を守りたかっただけって言ったわよね」
「うん」
「じゃあ」
青い目が、まっすぐ俺を見る。
「私じゃなくても、同じことをした?」
後ろで百英雄が一斉に反応した。
『来たぞ』
『答えろ』
『男を見せろ』
『ここは「君だけだ」だ』
「黙ってて!」
「え?」
「いや、心の雑音!」
「かなり重症ね」
まずい。
百英雄が恋愛相談に参加すると難易度が百倍になる。
俺はセレスを見る。
あの時、本当に誰でもよかったのか。
別の生徒でも助けたと思う。
困っている人なら、俺は助けたい。
でも。
あんなに胸が苦しくなったのは。
失うのが怖いと思ったのは。
セレスだったからじゃないのか。
「……たぶん」
言葉が出た。
「誰でも同じじゃなかった」
静かになった。
百英雄まで、一言も言わない。
セレスが瞬きをする。
「それって」
「俺もまだ、うまく説明できないけど」
好き。
そこまで言葉にはできない。
でも、嘘はつきたくなかった。
「セレスだったから」
胸がうるさい。
「たぶん、あんなに必死になった」
セレスはしばらく俺を見ていた。
そして、ほんの少し目を逸らす。
「……そう」
それだけ。
でも、耳が少し赤い。
『よっしゃあああ!』
ガルディオが叫んだ。
『第一関門突破!』
「うるさい!」
「何が?」
「鳥!」
「いないわよ」
「俺の心に!」
「やっぱり重症ね」
セレスが笑った。
その顔を見て、俺は思った。
今の答え。
たぶん、間違っていなかった。
先生たちが、話さない一年
その夜。
寮の机に、俺は三冊のノートを広げた。
先生たちから聞いた話。
史料院で写した記録。
学院で習った歴史。
三つを並べる。
「灰色平原……ある」
「北部戦線……ある」
「王都防衛……ある」
「聖都奪還……ある」
百英雄の証言は、内容こそ食い違う。
でも、出来事そのものは存在する。
問題は、ここだ。
魔王討伐の直前。
先生たち全員が、急に口を閉ざした時期。
「何があったんだ……」
学院の歴史教本を開く。
年表を追う。
戦争開始。
各地の会戦。
王国軍反攻。
百英雄結成。
その先。
「……ん?」
指が止まった。
前後は細かい。
月単位で戦線の動きまで記されている。
なのに、そこだけ数行しかない。
《各地で戦闘継続》
それだけ。
次の詳しい記録は、約一年後。
魔王討伐直前。
「一年……?」
史料院で写した記録を見る。
こちらも薄い。
先生たちの証言も、ない。
昨日、百一人目の名前が載るはずだったページは切り取られていた。
登録は抹消されていた。
そして今日。
百人全員が、同じ時期を語らなかった。
一つなら偶然かもしれない。
二つなら、まだ。
でも三つ重なったら。
「歴史から……」
口にした瞬間、部屋の空気が少し冷えた気がした。
「一年、消えてる?」
後ろを見る。
ガルディオ。
クロウ。
エレノア。
百人。
誰も俺と目を合わせない。
ただ、ゼルだけが窓のそばに立っていた。
いつもの笑顔で、俺を見ている。
「ゼル」
『何?』
「この一年に」
聞こうとして、止めた。
たぶん、今は答えてくれない。
それでも。
俺はノートに大きく書いた。
《空白の一年》
先生たちが答えないなら、自分で確かめる。
ゼルが昨日、そう言った。
だから調べる。
百一人目が誰だったのか。
そしてなぜ、その一人の名前だけではなく。
その人がいたかもしれない一年まで、歴史から薄くなっているのか。
俺はまだ知らなかった。
たった一年の空白が。
この世界で教えられてきた歴史そのものを、ひっくり返す入口になることを。
第23話 完
次回 第24話「歴史書から消えた一年」
王国史を調べ直した悠真とセレスは、百英雄が死亡した時期の直前だけ、約一年分の記録が異様に少ないことに気づく。
偶然の欠落なのか。
それとも、誰かが消したのか。
そして学院長から告げられる。
「当時の資料が残っている可能性がある場所が、一つだけある」
向かう先は、百年前の旧戦場跡。
セレスも同行することになる。
その言葉を聞いた瞬間。
いつも笑っているゼルの表情から、ほんの一瞬だけ笑みが消えた。




