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第22話「百人の英雄なのに、記録は百一人分ある」

第3部消された勇者編




学院対抗戦は終わった。




《無職》の落ちこぼれだった悠真は、百人の先生たちの答えに頼るのではなく、自分で考え、自分で選び、勝つことを覚えた。




そしてセレスとの距離も、ほんの少しだけ変わった。




けれど。




取り戻した《英雄遺物》には、誰かが意図的に消した痕跡が残されていた。




歴史が語るのは、世界を救った**《百英雄》**。




英雄は百人。




そのはずだった。




なのに。




古い記録に残されていたのは、




百一人分の痕跡。




先生たちは何を知っているのか。




なぜ、一人だけ歴史から消されたのか。




そして悠真はまだ知らない。




自分が毎日のように話している百人の先生たちが、決して語ろうとしない過去があることを。




第3部で悠真が学ぶのは、戦い方ではない。




「歴史に答えが書いてあっても、それが正解とは限らない」




ということ。




答えを教わってきた少年が。




今度は、答えそのものを疑い始める。




そしてもちろん。




「今、俺の目の前にいる人だ!」




などと大観衆の前で叫んでしまった以上、セレスとの関係も無事では済まない。




恋と笑い。




百英雄の隠された過去。




そして、歴史から消された一人。




第3部「消された勇者編」




ここから。




百人だったはずの英雄たちの、百一人目の物語が動き始める。

百人しかいない

百英雄は、百人いる。


当たり前だ。


俺は毎日見ている。


なのに。


英雄遺物は、百一人分で作られていた。


「先生」


俺は振り返った。


剣聖ガルディオ。


暗殺王クロウ。


聖女エレノア。


そしてゼル。


その後ろにも、ずらりと並ぶ死んだ英雄たち。


何度数えても百人。


だから聞いた。


「一人、多くない?」


誰も答えなかった。


「…………」


百人いるのに。


全員、黙った。


これはかなり珍しい。


普段なら一つ質問すると、


『俺に聞け!』


『いや私よ!』


『そいつの話は信用するな!』


と、頼んでもいないのに百通りの答えが返ってくる。


なのに今日は。


静かだった。


「ガルディオ?」


『…………』


目を逸らした。


「クロウ?」


『…………』


天井を見た。


「エレノア?」


『…………』


祈り始めた。


「いや、分かりやすすぎるよ!」


思わず叫んだ。


「神谷?」


学院長が眉をひそめる。


しまった。


学院長には先生たちが見えない。


つまり今の俺は、何もない空間へ向かって突然ツッコんだ危ない生徒だ。


「どうしたの?」


隣にいたセレスまで俺を見る。


「独り言です」


「今、誰かの名前を呼んでなかった?」


「高度な独り言です」


「ずいぶん会話形式なのね」


「最近の独り言は進化してるんだよ」


「退化してない?」


痛い。


正論が痛い。


学院長が咳払いした。


「話を戻していいか?」


「お願いします」


むしろ助けてください。


学院長の机には、対抗戦で取り戻した英雄遺物が置かれていた。


端の一部。


そこだけが、不自然に削られている。


そして隣には、王立史料院から届いた古びた製造記録。


そこにあった。


百一名分の刻印配置。


《百英雄》なのに。


百一。


第21話で判明した事実は、何度見ても数字が一つ多い。


「王立史料院から正式な調査要請が来た」


学院長が言った。


「英雄遺物そのものを調べたいそうだ」


その瞬間。


後ろの空気が変わった。


百英雄が。


ほんのわずかにざわついた。


『必要ねえだろ』


ガルディオ。


『今さら何を調べる』


クロウ。


やっぱり。


嫌がっている。


「先生たち」


俺は小声で言った。


「調べられると困ることでもあるの?」


『ねえよ』


「早い」


『何がだ』


「答えるのが」


『ねえもんはねえ』


怪しい。


ものすごく怪しい。


その時だった。


『調べてもらえばいいんじゃない?』


一人だけ。


違うことを言った。


ゼルだった。


『分からないなら、調べればいい』


「ゼル……」


『歴史なんて、調べないと分からないこともあるしね』


いつもの穏やかな笑顔。


ガルディオがゼルを見る。


『ゼル、お前……』


『何?』


『…………』


ガルディオは何も言わなかった。


俺はもう一度、英雄遺物を見る。


百一人分。


先生たちは百人。


だったら。


確かめるしかない。


「学院長」


「なんだ」


「俺も行きます」


そして俺は。


英雄遺物を王立史料院へ預けることを決めた。


王立史料院

三日後。


俺とセレスは王都にいた。


「でか……」


王立史料院を見上げる。


学院の図書館より大きい。


石造りの壁。


小さな窓。


重そうな扉。


入口には武装した衛兵。


本を置く場所というより。


要塞だ。


「本当に図書館?」


「図書館じゃないわ」


セレスが呆れる。


「王国の公文書や歴史資料を保管する施設よ」


「本って読むものじゃないの?」


「記録は武器にもなるの」


さらっと怖いことを言った。


『正しい』


クロウが頷く。


「クロウまで怖いこと言わないで」


「クロウ?」


「…………」


しまった。


セレスがこちらを見る。


「誰?」


「黒い鳥がいた」


「いないけど」


「飛んでいった」


「今?」


「ものすごく速いやつ」


セレスの目が細くなった。


「悠真」


「はい」


「最近、誤魔化し方が雑じゃない?」


「……自覚はあります」


まずい。


最近のセレスは鋭い。


いや。


前から鋭かった。


俺が隠し事をするのが下手になったのかもしれない。


あるいは。


セレスが俺を見るようになったのか。


そう考えた瞬間。


三日前の言葉を思い出した。


『じゃあ、私じゃなくても同じことをした?』


まだ。


答えを返していない。


「…………」


「何?」


「いや」


思わず目を逸らす。


『意識したね』


ゼル。


「黙って」


『何も言ってないけど』


「顔が言ってる」


『僕の顔、そんなに喋る?』


『最近のお前はうるさいぞ』


ガルディオが言う。


「先生たちにだけは言われたくない!」


「……やっぱり誰かと話してる?」


「独り言です!」


「便利ね、それ」


昨日も言われた気がする。


恋愛と秘密。


俺の人生。


急に難易度が上がりすぎじゃない?


歴史は、死人より無口だ

王立史料院の内部は静かだった。


学院図書館とは違う。


学生の話し声も。


ページをめくりながら居眠りする奴もいない。


あるのは。


紙。


石板。


巻物。


古文書。


王国が忘れないために残してきた、膨大な記録。


「こちらです」


案内してくれたのは白髪の研究官だった。


細身で、丸眼鏡をかけた老人だ。


重い扉を開ける。


その奥には、さらに大量の資料が並んでいた。


中央の机には。


英雄遺物。


研究官が白い手袋をはめる。


「まず、こちらをご覧ください」


一枚の古文書が広げられた。


「英雄遺物の製造時に作成された刻印配置表です」


俺とセレスが覗き込む。


材料。


製造工程。


術式。


知らない専門用語ばかり。


でも。


数字だけは読めた。


一。


二。


三。


ずっと続いて。


九十九。


百。


そして。


「百一……」


セレスが呟いた。


研究官が頷く。


「百一名分です」


分かっていた。


第21話で聞いている。


それでも。


実際の記録を見ると。


重さが違った。


「製造ミスじゃないんですか?」


俺が聞く。


「私たちも最初はそう考えました」


研究官は別の古文書を出した。


「ですが、同じ数字が別の記録にもあります」


二枚目。


百一。


三枚目。


百一。


偶然じゃない。


「つまり」


セレスが言う。


「英雄遺物は最初から、百一人が使う前提だった?」


「現時点では、その可能性が高い」


心臓が。


一度、大きく鳴った。


俺は後ろを見る。


百人。


やっぱり。


百人しかいない。


「先生」


小声で呼ぶ。


「これ、どういうこと?」


『知らねえ』


ガルディオ。


「本当に?」


『百年前だぞ。細けえことなんざ覚えてねえ』


「自分が使ってた英雄遺物なのに?」


『年寄りに記憶力を期待すんな』


「死んでる人が老化を言い訳にするなよ!」


研究官が振り返った。


「何か?」


「なんでもありません!」


クロウを見る。


「クロウは?」


『職人に聞け』


「その職人、百年前の人だよね」


『なら死んでいるな』


「終わらせようとするな!」


変だ。


二人とも。


あまりにも。


いつもと違う。


先生たちは、知らないことなら普通に「知らない」と言う。


知っていることなら。


聞いていなくても教える。


なのに。


これは違う。


知らないんじゃない。


話したくない。


そんな気がした。


悠真は、どうして知っているの?

調査を始めて一時間。


俺は古い記録と格闘していた。


「ガルディオの名前は……ある」


『当然だ』


「クロウも」


『ふん』


「エレノア」


『ありますね』


知っている名前が古文書に並んでいる。


妙な感覚だった。


俺にとって先生たちは。


毎日会う人たちだ。


怒られる。


からかわれる。


喧嘩する。


でも。


この世界にとっては。


百年前に死んだ伝説。


「剣聖ガルディオは、北部戦線で三千の魔族を……」


俺は記述を読む。


『三千五百だ』


「盛った?」


『減らされてんだよ!』


「歴史家が遠慮したんじゃない?」


『なんでだ!』


「その隣にクロウの記録……」


『読むな』


「《暗殺王クロウ、敵陣へ単独潜入》」


『そこまでにしろ』


「《三日間帰還せず》」


『読むなと言った』


「《道に迷っていたとの説あり》」


『その歴史書を燃やせ』


「伝説が急に親しみやすくなった」


『燃やせ!』


吹き出しそうになった。


その時。


「悠真」


セレスが俺を見ていた。


「何?」


「今、何を笑ってたの?」


「歴史って面白いなって」


「まだそのページ、読んでないわよね?」


「…………」


しまった。


セレスの視線が。


俺から資料へ。


資料から俺へ。


「あなた」


嫌な予感。


「百英雄に詳しすぎない?」


「そう?」


「そうよ」


即答。


「授業で習わないことまで知ってる」


「本で読んだ」


「どの本?」


「昔の」


「題名は?」


「忘れた」


「どこで?」


「……図書館?」


「どうして疑問形なの?」


逃げ道が。


どんどん塞がれていく。


「悠真」


青い瞳が俺を真っすぐ見る。


「あなた、何を隠してるの?」


胸が。


少しだけ痛んだ。


言えない。


俺にだけ百英雄が見えること。


その百人に教わっていること。


でも。


嘘もつきたくない。


「……ごめん」


結局。


それしか言えなかった。


セレスは少し黙った。


「そう」


それだけだった。


怒らない。


追及もしない。


だから余計に。


苦しかった。


俺はいつか。


セレスに話せるんだろうか。


俺の秘密を。


一人だけ、消されている

「神谷君」


研究官が呼んだ。


「これを」


別の製造日誌だった。


英雄遺物の完成直前の記録らしい。


俺とセレスが覗き込む。


《刻印登録完了》


その下。


《登録数 百一名》


「やっぱり百一……」


さらに。


別の筆跡が続いていた。


《一名分、登録抹消》


「…………」


部屋から。


音が消えた気がした。


「抹消?」


セレスが呟く。


研究官も険しい顔になる。


「単なる空欄ではありません。いったん百一名を登録した後、一名だけ削除したと読めます」


最初から百人だったんじゃない。


百一人いた。


その後。


一人だけ。


消された。


俺は先生たちを見る。


「これでも知らない?」


返事はない。


ガルディオは目を逸らした。


クロウは腕を組んだまま。


エレノアは俯いている。


そして。


ゼル。


「ゼル」


『何?』


「知ってる?」


ゼルは笑っていた。


いつもの。


優しい顔。


『さあ』


「さあって」


『歴史って、結構適当だからね』


「一人消えるのも?」


『記録なんて、そんなものだよ』


軽い口調だった。


でも。


なぜだろう。


さっきまで。


ガルディオやクロウの態度が怪しいと思っていた。


なのに今は。


いつも通りすぎるゼルの方が、少しだけ気になった。


「ゼル」


『うん?』


「書いてあること、間違ってるの?」


『それは僕にも分からない』


「じゃあ、何を信じればいい?」


ゼルは古文書を見た。


そして。


静かに言った。


『自分で確かめればいい』


「自分で?」


『悠真はもう、先生の答えを選ぶだけじゃないだろ?』


胸に刺さった。


対抗戦で。


俺は初めて。


先生たちの答えではなく。


自分の答えで戦った。


だから。


今度も。


「……分かった」


俺は資料へ向き直った。


先生が答えないなら。


自分で探す。


それでいい。


いや。


それがいい。


先生たちが答えないなら

午後になっても。


俺とセレスは資料を漁り続けた。


英雄遺物。


製造記録。


魔王討伐。


百英雄。


百一。


調べるほど。


妙だった。


百英雄ほどの存在なら。


普通は記録が山ほど残るはずだ。


誰が。


どこで。


何をして。


どう戦ったのか。


なのに。


肝心なところだけ。


妙に薄い。


「おかしい」


俺は呟いた。


「何が?」


「百一人目の名前がない」


英雄遺物には百一名分。


製造記録にも百一。


一名分を抹消した記述まである。


それなのに。


名前だけが。


どこにもない。


「まるで」


口から出た。


「消されたみたいだ」


後ろで。


誰かが息を呑んだ。


振り返る。


誰だった?


分からない。


百英雄は。


全員、黙っていた。


「ガルディオ」


『なんだ』


「先生たち、何か隠してる?」


『…………』


「言えないこと?」


『…………』


「それとも」


俺は。


少しだけ怖くなった。


「俺に知られたくないこと?」


ガルディオの眉が動く。


でも。


答えなかった。


百人もいるのに。


誰一人。


何も言わない。


その沈黙が。


初めて。


怖かった。


切り取られた一枚

夕方。


「見つかりました!」


史料院の奥から研究官が戻ってきた。


抱えているのは。


分厚い革張りの名簿。


「当時の遠征参加者記録です」


俺は立ち上がる。


「魔王討伐の?」


「その直前に編成された部隊のものです」


研究官が慎重にページを開く。


古い名前が並んでいる。


騎士。


魔術師。


兵士。


支援部隊。


そして。


勇者。


「ガルディオ」


あった。


「クロウ」


あった。


「エレノア」


あった。


百年前。


先生たちは。


本当にここにいた。


当たり前のはずなのに。


胸が熱くなった。


「九十七……九十八……九十九……」


指で追う。


「百」


次のページをめくろうとして。


止まった。


「……え?」


ない。


ページそのものが。


ない。


「どうしたの?」


セレスが覗き込む。


「ここ」


百番の次。


紙の根元だけが残っていた。


破れたんじゃない。


切られている。


きれいに。


意図的に。


研究官の顔色が変わった。


「触らないでください」


紙の断面を確認する。


しばらくして。


低い声で言った。


「自然な欠損ではありません」


セレスが息を呑む。


「誰かが切り取った?」


「その可能性が高い」


「何が書かれていたんですか?」


俺が聞く。


研究官は前後の記録を確認した。


そして。


答えた。


「勇者名簿の続きです」


胸の奥が。


冷えた。


「何人目?」


「断定はできません」


研究官が百番の記載を指す。


「ですが」


その次に。


ページが存在した。


英雄遺物には。


百一名分の刻印。


製造記録には。


《登録数 百一名》。


そして。


《一名分、登録抹消》。


さらに。


百番の次の名簿だけが。


切り取られている。


もう。


偶然では片づけられない。


俺は。


先生たちを振り返った。


ガルディオは。


笑っていなかった。


クロウも。


エレノアも。


誰も。


俺を見ようとしない。


「先生」


声が震えた。


「百一人目って」


沈黙。


「先生たちの知ってる人?」


誰も答えない。


ただ一人。


ゼルだけが。


俺を見ていた。


いつもの穏やかな笑顔で。


『悠真』


「何?」


『今日は帰ろうか』


それだけだった。


でも。


その瞬間。


俺は確信した。


先生たちは。


知らないんじゃない。


知っている。


百年前。


百一人いた。


そのうち。


百人は英雄として歴史に残った。


そして。


一人だけ。


刻印を削られ。


登録を抹消され。


名前の書かれたページまで切り取られた。


まるで。


その人間が。


最初から存在しなかったことにするように。


俺は切断された紙の跡を見る。


百一人目は。


誰だった?


いや。


もっと知りたいことがある。


なぜ、その一人だけが歴史から消された?


窓の外で。


夕陽が沈んでいた。


王立史料院の床へ。


俺たちの長い影が伸びる。


俺。


セレス。


そして。


俺にしか見えない百人の英雄。


その向こうに。


もう一人。


名前も。


顔も。


影さえ残されなかった誰かが。


立っているような気がした。


第22話 完

次回 第23話

「先生たちの昔話は、だいたい話が食い違う」

歴史書が信用できないなら。


本人に聞けばいい。


そう思った俺は、百英雄から百年前の話を聞くことにした。


『敵将を倒したのは俺だ!』


『私よ!』


『お前、その時寝てただろ!』


「先生たち、歴史書より信用できないんだけど!?」


百人いれば、証言も百通り。


笑っていた俺は。


やがて気づく。


先生たちは昔を忘れているんじゃない。


ある時期のことだけ、誰も話そうとしない。


そしてセレスは、俺にもう一度問いかける。


「悠真。あなた、本当は百英雄の何を知ってるの?」

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