第21話「目の前にいる人、の意味を聞かれた
第3部消された勇者編
学院対抗戦は終わった。
《無職》の落ちこぼれだった悠真は、百人の先生たちの答えに頼るのではなく、自分で考え、自分で選び、勝つことを覚えた。
そしてセレスとの距離も、ほんの少しだけ変わった。
けれど。
取り戻した《英雄遺物》には、誰かが意図的に消した痕跡が残されていた。
歴史が語るのは、世界を救った**《百英雄》**。
英雄は百人。
そのはずだった。
なのに。
古い記録に残されていたのは、
百一人分の痕跡。
先生たちは何を知っているのか。
なぜ、一人だけ歴史から消されたのか。
そして悠真はまだ知らない。
自分が毎日のように話している百人の先生たちが、決して語ろうとしない過去があることを。
第3部で悠真が学ぶのは、戦い方ではない。
「歴史に答えが書いてあっても、それが正解とは限らない」
ということ。
答えを教わってきた少年が。
今度は、答えそのものを疑い始める。
そしてもちろん。
「今、俺の目の前にいる人だ!」
などと大観衆の前で叫んでしまった以上、セレスとの関係も無事では済まない。
恋と笑い。
百英雄の隠された過去。
そして、歴史から消された一人。
第3部「消された勇者編」
ここから。
百人だったはずの英雄たちの、百一人目の物語が動き始める。
公開告白した覚えはない
「神谷悠真! 決勝で公開告白したって本当か!?」
教室へ入って三秒。
学院対抗戦優勝者、神谷悠真の平穏な学院生活は死んだ。
「違う!」
「否定が早い!」
「やっぱり本当だ!」
「なんでそうなるんだよ!」
朝から教室が沸いた。
昨日まで。
俺は《無職》の落ちこぼれだった。
それが今や、学院対抗戦優勝者。
普通なら。
「すごかったな」
とか。
「優勝おめでとう」
とか。
そういう会話になるはずだ。
なのに。
「『今、俺の目の前にいる人だ!』」
誰かが大声で再現した。
「やめろ!」
「決勝戦で!」
「大観衆の前で!」
「銀髪の美少女に!」
「情報を足すな!」
笑い声が爆発する。
昨日。
セレスへ槍が迫った。
あのまま俺が動かなければ、勝てた。
英雄遺物を取り戻せた。
右脚だって無事だった。
それでも。
気づけば俺は《零式歩法》を使っていた。
そして敵主将から、
なぜ彼女を助けた、と聞かれ。
答えた。
『今、俺の目の前にいる人だ!』
……うん。
今考えると。
かなり告白っぽい。
「…………」
「どうした?」
「昨日の俺を殴りたい」
「照れてるぞ!」
「照れてない!」
助けてほしい。
こんな時こそ。
百人の人生経験。
俺は後ろを振り返った。
そこには。
俺にしか見えない百英雄。
世界を救った伝説の勇者たちがいる。
『ヒュウ!』
『若いねえ!』
『決勝の真ん中で告白とは!』
『勝利より女を選ぶとは、やるじゃねえか!』
「先生たちまで!?」
ガルディオが腕を組んだ。
『なんだ、小僧』
「助けてよ!」
『昨日言っただろ』
「何を?」
『先生がいなくても戦えるんだろ?』
「恋愛戦は授業範囲外だよ!」
クロウが鼻で笑う。
『自分で答えを出せるようになったのだろう?』
「この問題に正解ある!?」
『ない』
「即答するな!」
するとエレノアが、妙に真面目な顔をした。
『悠真。一つ教えておこう』
「何?」
『百人いるからといって、すべての分野に専門家がいるとは思うな』
「……まさか」
クロウが遠い目をした。
『英雄というのはな』
一拍。
『だいたい恋愛が下手だ』
『勝手にまとめるな!』
『俺はモテたぞ!』
『酒場の娘に注文を聞かれただけだろう!』
『あれは脈があった!』
『お前、生涯独身だっただろ』
『言うなあああ!』
百英雄が喧嘩を始めた。
世界は救えても。
俺の恋愛は救えないらしい。
『僕なら相談に乗るよ』
ゼルが穏やかに手を挙げた。
「ゼル!」
救世主。
「どうすればいい?」
『セレスに好きって言えばいいんじゃない?』
「相談相手を間違えた!」
『まだ三秒だよ』
「三秒で終わらせただろ!」
その瞬間。
教室が。
静まり返った。
全員の視線が。
俺の背後へ向いている。
嫌な予感しかしない。
ゆっくり振り返る。
銀色の髪。
青い瞳。
セレスが立っていた。
「……おはよう、悠真」
「お、おはようございます」
なぜ敬語になった。
「朝から楽しそうね」
「違うんです」
「何が?」
「全部です」
「便利な言葉ね」
それだけ言って。
セレスは自分の席へ向かった。
いつもなら。
怪我の具合を聞いてくる。
無茶したことを怒る。
最低一回は「馬鹿」と言う。
今日は。
何もない。
俺を見ない。
「……セレス?」
「何?」
「いや」
「なら呼ばないで」
「はい」
よそよそしい。
『意識してるね』
ゼルが耳元で囁く。
「言うな」
『悠真もね』
「先生たち、今日一日黙ってて!」
『また!?』
昨日の決勝より。
今日の方が怖かった。
答えられない方が、たぶん近い
噂は魔法より速い。
昼になる頃には。
「公開告白した《無職》」
だった俺が。
「優勝より愛を選んだ男」
になっていた。
「話が育ってる!」
食堂で頭を抱える。
向かいのクラスメイトがパンをかじる。
「でも、実際セレスを選んだんだろ?」
「それは……」
否定できない。
勝利か。
セレスか。
あの瞬間。
俺は。
セレスを選んだ。
「ほら」
「何が、ほらだ!」
「好きなんじゃん」
「だから!」
言い返そうとして。
止まった。
好き。
妙に。
その二文字だけ重かった。
俺は少し離れた席を見る。
セレスが女子生徒たちに囲まれている。
「違うわ」
彼女の声が聞こえた。
胸が。
ほんの少し。
痛んだ。
何でだ?
違うのは事実だ。
告白していない。
付き合ってもいない。
何も間違っていない。
なのに。
『恋じゃない?』
「ゼル」
『はい』
「人の心を勝手に診断しないで」
『じゃあ病気?』
「もっと嫌だ!」
セレスがこちらを向いた。
目が合う。
俺は。
反射的に逸らした。
昨日は槍の前へ飛び込めたのに。
今日は。
目すら合わせられない。
『戦場より怖いか?』
ガルディオが笑う。
「うるさい」
『俺なら正面突破だ』
「先生、生涯独身だったよね?」
『誰から聞いた!?』
『俺だ』
クロウが即答した。
『貴様ぁ!』
また始まった。
俺はため息をつく。
昨日。
先生たちの答えから選ぶんじゃない。
自分で見て。
考えて。
決める。
そう決めた。
なのに。
セレスのことになると。
また誰かに正解を聞きたくなる。
『悠真』
ゼルだった。
『分からないなら、分からないでいいんじゃない?』
「え?」
『分からないことと、考えていないことは違うから』
俺は黙った。
『答えを急ぐ必要はないよ』
「……うん」
『まあ、セレス本人は急いでるみたいだけど』
「え?」
「悠真」
背後から声。
身体が固まった。
セレス。
「放課後、時間ある?」
「あります!」
即答。
声が裏返った。
セレスの頬も。
ほんの少し赤かった。
「話があるから」
「何の?」
「分かってるでしょう?」
「分かりません!」
「そう」
にこり。
「じゃあ、分からせてあげる」
去っていく。
俺は百英雄を振り返った。
「逃げてもいい?」
百人全員が。
首を横へ振った。
「私じゃなくても?」
放課後。
学院の裏庭。
向かい合う。
「…………」
「…………」
鳥の声。
風の音。
遠くから聞こえる剣術部の掛け声。
世界は平和だった。
俺の心臓以外は。
「脚」
セレスが言った。
「え?」
「右脚。どうなの?」
昨日。
限界を超えて《零式歩法》を使った。
「歩くのは大丈夫。走るのはまだ無理」
「そう」
「心配した?」
「してない」
「即答!?」
「……少ししか」
「してるじゃん」
「うるさい」
顔を逸らす。
いつものセレスだ。
それだけで。
少し安心した。
「悠真」
「うん」
「昨日のこと」
来た。
「あなた、言ったわよね」
「何を?」
「忘れたなら教えてあげる」
一歩。
近づく。
「『今、俺の目の前にいる人だ』」
逃げたい。
敵主将より。
槍より。
今のセレスの方が怖い。
「守りたかったから?」
「……うん」
「私を?」
「うん」
「どうして?」
止まった。
昨日は。
迷わなかった。
でも。
言葉にするとなると分からない。
セレスが俺を見つめる。
「じゃあ」
声が。
少し小さくなる。
「私じゃなくても、同じことをした?」
昨日も。
答えられなかった質問。
「困ってる人なら助ける?」
「助けたい」
「クラスメイトなら?」
「もちろん」
「知らない人でも?」
「できるなら」
「だったら」
セレスの指が、制服の裾をつまんだ。
「私じゃなくても、同じだった?」
「…………」
分からない。
いや。
何かは。
ある。
ただ。
まだ名前をつけられない。
槍が迫った瞬間。
勝利も。
英雄遺物も。
脚の痛みも。
全部。
頭から消えた。
残ったのは。
セレスが傷つく。
それが嫌だ。
ただそれだけだった。
「……分からない」
俺は言った。
セレスの瞳が揺れる。
「そう」
「でも」
「?」
「昨日は」
言葉を探す。
先生たちは黙っている。
誰も答えをくれない。
だから。
俺の言葉で言う。
「セレスしか見えてなかった」
「…………」
言った瞬間。
顔が熱くなった。
何だこれ。
告白してないよな?
してない。
たぶん。
セレスは。
完全に固まっていた。
「セレス?」
「……ずるい」
「え?」
「そんな言い方」
「ごめん」
「謝らないで」
「はい」
「素直に返事しないで」
「どうしろっていうの!?」
セレスが。
吹き出した。
俺も笑った。
張りつめていたものが。
少しだけほどける。
「悠真」
「何?」
「じゃあ」
セレスが俺を見る。
今度は。
俺も逸らさなかった。
「その答えが分かったら」
一拍。
「私に教えて」
「……うん」
「先生とか。他の誰かじゃなくて」
胸が。
跳ねた。
「私に」
「分かった」
「約束ね」
「約束する」
セレスが。
ほんの少し。
嬉しそうに笑った。
告白していない。
付き合ってもいない。
答えすら出ていない。
でも。
昨日より。
確かに。
一歩だけ近くなった。
百英雄は恋愛に向いていない
夕方。
英雄墓廟へ入った瞬間。
『聞いたぞ!』
ガルディオが叫んだ。
「何を!?」
『「セレスしか見えてなかった」!』
俺は固まった。
「……なんで知ってるの?」
百英雄が一斉に目を逸らした。
「先生?」
『散歩だ』
「百人で!?」
『健康のためにな』
「死んでるだろ!」
クロウが肩をすくめる。
『暇なのだ』
「そこだけ潔い!」
別の英雄が口を開く。
『セレスしか見えてなかった』
「復唱するな!」
『私に教えて』
「セレス役やるな!」
『約束ね』
「やめろおおお!」
墓廟が笑い声に包まれた。
世界を救った伝説の英雄たちが。
十代の恋愛話で。
楽しそうに騒いでいる。
歴史書には。
絶対書かない方がいい。
『でも』
ゼルが笑った。
『昨日より進んだね』
「そうかな」
『うん』
昨日。
俺は一つ答えを出した。
今日。
また答えられない問いができた。
でも。
それでいいのかもしれない。
分からないなら。
考えればいい。
誰かの答えを借りずに。
「……そのうち分かるかな」
『さあ?』
「そこは励ましてよ」
『答えを教えないのが先生なんでしょ?』
「都合よく使うな!」
その時。
墓廟の扉が開いた。
「神谷悠真。ここにいたか」
学院長だった。
そして。
俺の腕にある英雄遺物を見た。
「その品について、話がある」
百英雄の笑い声が。
止まった。
百英雄の遺物
学院長室。
机の上には。
対抗戦で手に入れた《英雄遺物》。
古びた金属板。
表面には。
百英雄の紋章が刻まれている。
「王立史料院から正式な調査依頼が来ている」
「王立史料院?」
「王国最大の歴史資料保管機関だ」
学院長が遺物を見る。
「この品が本物なら、百英雄研究における重要な一次史料になる」
「壊したりしませんよね?」
「非破壊調査だ」
「なら……」
答えかけ。
止めた。
これは。
先生たちの物だ。
俺だけで決めるのは違う。
「少し待ってください」
英雄墓廟へ戻る。
「先生たち」
百人が見る。
「王立史料院が、これを調べたいって」
空気が。
微かに変わった。
ガルディオの眉が動く。
クロウが腕を組む。
「嫌なら断る」
俺は言った。
「先生たちの物だから」
『……俺たちの物、か』
ガルディオが呟く。
「違うの?」
『いや』
短い返事。
それ以上。
何も言わない。
「調べてもいい?」
『必要ないだろう』
『百年前の品だ』
『今さら掘り返して何になる』
妙だった。
百人いるのに。
意見が似すぎている。
この人たちは。
剣の握り方一つで二時間喧嘩できる。
なのに。
今日は。
揃って話を終わらせようとしている。
「ゼルは?」
俺は彼を見る。
ゼルは。
いつもの笑顔だった。
『僕?』
「うん」
『調べてみれば?』
「え?」
数人の英雄が。
一斉にゼルを見た。
『気になるんでしょ?』
「まあ……」
『なら調べればいいよ』
「嫌じゃない?」
『別に』
ゼルの視線が。
英雄遺物の端へ落ちる。
そこには。
不自然に削られた場所。
一瞬だけ。
本当に一瞬。
笑顔が薄れた気がした。
でも。
次の瞬間には。
いつものゼルだった。
『歴史なんて、調べないと分からないこともあるしね』
『ゼル、お前……』
ガルディオが口を開く。
『何?』
『…………』
何も言わなかった。
「じゃあ」
俺は遺物を持ち直す。
「調べてもらう」
誰も。
止めなかった。
なのに。
百英雄の間へ。
俺の知らない何かが落ちた気がした。
小さな石みたいに。
音も立てず。
波紋だけを残して。
百一
三日後。
王立史料院から。
予備調査の結果が届いた。
俺とセレスは。
学院長室へ呼ばれた。
机の上には。
一枚の古びた製造記録。
「妙なものが見つかった」
学院長が言った。
「英雄遺物の製造時に作られた刻印配置表だ」
セレスが身を寄せる。
「ここですね」
「読めるの?」
「これくらいなら」
「すごいな」
「あなたが読まなさすぎるのよ」
「古文書って難しいんだよ!」
「静かに」
学院長に怒られた。
「すみません」
指が。
記録の上をなぞる。
「現在の英雄遺物に残っている紋章は百」
「百英雄ですからね」
「そうだ」
当然だ。
百人の英雄。
だから。
百。
けれど。
学院長の指が。
最後で止まった。
「問題はここだ」
端に。
小さな枠がある。
「……もう一個?」
セレスの声が低くなる。
「そうだ」
学院長が頷いた。
「この製造記録では」
一拍。
「刻印欄が百一名分用意されている」
「…………え?」
静寂。
俺は。
もう一度。
紙を見る。
百。
その隣。
もう一つ。
「間違いじゃ……」
「その可能性も含めて調査中だ」
学院長は慎重に言う。
「だが」
机の上。
実物の英雄遺物。
その端には。
不自然に削られた場所がある。
「現段階で言えるのは」
学院長が告げた。
「この英雄遺物には、かつて百一名分の刻印が存在した痕跡がある」
心臓が。
大きく鳴った。
「百一……」
セレスが呟く。
俺は。
無意識に。
後ろを振り返った。
百英雄。
ガルディオ。
クロウ。
エレノア。
リリア。
ゼル。
いつも通り。
百人。
ちゃんと。
百人いる。
「先生」
声が漏れた。
「一人、多くない?」
ガルディオから。
笑みが消えた。
クロウが目を細める。
何人かは。
視線を逸らした。
「……先生?」
誰も。
答えない。
百人もいるのに。
一人も。
何も言わない。
ゼルだけが。
いつもの穏やかな顔で。
こちらを見ている。
百英雄。
その名前を。
俺は一度も疑ったことがなかった。
百人いるから。
百英雄。
それだけだと思っていた。
でも。
もし。
最初は違ったのなら。
百人いる。
間違いなく。
百人いる。
だったら。
消えた一人は。
誰だ?
英雄遺物の端。
削られた刻印。
百一名分の枠。
そして。
沈黙する。
百人の先生たち。
一つの疑問だけが。
頭から離れなかった。
じゃあ。
百一人目は、どこへ消えた?
第21話 完
次回 第22話
「百人の英雄なのに、記録は百一人分ある」
百英雄。
その名の通り、英雄は百人。
だが。
英雄遺物の製造記録には、百一名分の刻印欄が残されていた。
「先生。一人、多くない?」
問いかけても。
百英雄は、なぜか答えようとしない。
そして王立史料院で。
悠真たちはさらに奇妙なものを見つける。
古い人物名簿から、一枚だけ切り取られたページ。
誰が。
何のために。
百一人目を歴史から消したのか。




