第20話「先生がいなくても、俺は戦える」
百人の英雄を先生に持ち、少しずつ強くなってきた悠真。
そして彼は、百一人目の先生となった謎の男、ゼルから問いかけられました。
「君は、なぜ勇者になりたい?」
その答えを、悠真はまだ持っていません。
そんな彼に訪れた次の舞台は、四学院対抗勇者選抜戦。
学院最弱。
職業《無職》。
本来なら、誰も代表に選ぶはずのない悠真が、まさかの代表候補に選ばれます。
しかし、第2部で試されるのは、単純な「強さ」だけではありません。
百人の先生がいれば、百通りの答えがある。
では、その中から何を選ぶのか。
そして、いつか先生たちの答えすらない状況に立たされた時、悠真は自分で決断できるのか。
教わる者から、選ぶ者へ。
セレスとの距離。
悠真を待ち受けるライバルたち。
百人の英雄が隠している過去。
そして、初代魔王でありながら悠真の「先生」となったゼルの謎。
第1部で蒔かれた物語が、ここから少しずつ動き始めます。
第2部「学院対抗戦編」
学院最弱の《無職》が挑む、初めての大舞台。
悠真はまだ知らない。
この戦いの先で問われるのが、
「どうすれば勝てるか」ではなく、
「自分は何を選ぶのか」
だということを。
先生たち、今日は黙ってて
「先生たち」
俺は百人の英雄を振り返った。
決勝の舞台。
大闘技場を埋め尽くす観客の歓声が、地面まで震わせている。
その真ん中で。
俺は笑った。
「今日は、黙って見てて」
そう言った。
自分で言った。
間違いなく俺が言った。
だから。
『…………』
「…………」
『…………』
「…………」
静かすぎる。
「いや怖い怖い怖い!」
思わず叫んだ。
『なんだ小僧!』
ガルディオが即座に怒鳴る。
「百人全員が急に黙ると怖いんだよ!」
『お前が黙れと言ったんだろうが!』
「言ったけど!」
クロウが呆れた顔をする。
『喋ればうるさい。黙れば怖い。難儀な生徒だな』
「先生にだけは言われたくない!」
『なんだと?』
「ほら! もううるさい!」
『貴様!』
笑い声が起きた。
いつもの先生たちだ。
少しだけ。
肩の力が抜けた。
その中で。
ゼルだけが、いつもの穏やかな笑顔で俺を見ていた。
『悠真』
「何?」
『試合が始まったら、本当に黙るよ』
今度は冗談じゃない。
分かっている。
昨日、ゼルに言われた。
百人の答えから選ぶのではなく。
自分自身の答えを選んでみろ、と。
怖い。
今だって怖い。
でも。
昨日の夜。
俺はセレスにそれを言えた。
そして彼女は。
怖がるなとは言わなかった。
一緒に怖がってくれた。
だから。
「うん」
木剣を握り直す。
「今日は、自分で決める」
ゼルが微笑んだ。
『行ってらっしゃい』
「……先生っぽいな」
『先生だよ』
「たまに忘れる」
『ひどくない?』
その時。
決勝開始を告げる鐘が鳴った。
歓声が爆発する。
俺は前を向いた。
もう。
百英雄を振り返らなかった。
百人の声がない戦場
決勝戦は五対五。
相手を戦闘不能にするか、敵陣最奥の旗を奪えば勝利。
ルールだけなら単純だ。
だが。
単純だからこそ、一つの判断ミスがそのまま敗北になる。
隣にはセレス。
「悠真」
「何?」
「怖い?」
昨日と同じ質問。
だから俺も。
昨日と同じように答えた。
「怖い」
セレスが少し笑った。
「私も」
「じゃあ、一緒だな」
一瞬。
青い瞳が大きくなる。
「……ええ」
そして。
「一緒に戦いましょう」
「ああ」
開始の鐘。
敵前衛が一斉に動いた。
速い。
右から剣士。
左から槍兵。
いつもなら。
『右だ!』
『三歩下がれ!』
『相手の肩を見ろ!』
百人の声が飛んでくる。
今日は。
何も聞こえない。
俺は一人で見る。
剣士の肩。
足。
腰。
呼吸。
怖い。
分からない。
正解が欲しい。
先生ならどうする?
そう考えかけて。
やめた。
見るんだ。
俺が。
右の剣士の重心が沈んだ。
来る。
一歩。
いや。
半歩。
身体を引く。
剣先が鼻先をかすめた。
「っ!」
避けた。
反撃。
そう思った瞬間。
左の槍兵が方向を変えた。
狙いは。
セレス。
追う?
戻る?
どっちだ。
ガルディオなら攻めろと言うかもしれない。
クロウなら退けと言うかもしれない。
リリアなら命を優先しろと言う。
エレノアなら、まず全体を見ろと言う。
違う。
聞くな。
俺が決める。
「セレス!」
「分かってる!」
俺は剣士を追わず、距離を切った。
同時にセレスが槍をかわす。
二人の位置が入れ替わった。
敵の連携が一瞬崩れる。
「今だ!」
味方前衛が飛び込んだ。
剣と剣が激突する。
土煙。
歓声。
怒号。
俺は走りながら。
気づいた。
今。
誰にも聞かなかった。
それでも。
選べた。
答えは、もう俺の中にある
試合は互角だった。
こちらも一人負傷。
向こうも一人後退。
だが。
敵主将はほぼ無傷。
強い。
正面からぶつかれば。
俺では勝てない。
それくらいは分かる。
「悠真!」
仲間が叫んだ。
「どうする!?」
どうする。
その言葉に。
胸が跳ねた。
今まで。
それを聞くのは俺だった。
先生。
どうする?
先生。
教えて。
先生。
答えは?
でも今。
仲間が。
俺を見ている。
俺の答えを待っている。
「……旗を取る」
「主将を倒さないのか?」
「倒せない」
俺は即答した。
「少なくとも俺じゃ無理だ」
「悠真」
セレスが俺を見る。
「続けて」
「相手はセレスを警戒してる」
相手の配置を見る。
「俺たちがセレスを敵主将へぶつけると思ってる。だから、それを利用する」
「どうする?」
「セレスには主将へ向かうふりをしてもらう」
地面へ簡単に配置を描く。
「敵が中央へ寄ったら二人で旗へ。残りは敵の足止め」
「あなたは?」
嫌な質問が来た。
「主将を引きつける」
「却下」
早い。
「まだ説明終わってない!」
「右脚」
「…………」
準決勝で《零式歩法》を使いすぎた。
まだ痛む。
「大丈夫」
「歩くたびに顔をしかめている人の台詞ではないわ」
「見てたの?」
「見てるわよ」
即答だった。
俺の方が黙った。
「……そんなに?」
「そんなに」
なんだろう。
今。
妙に心臓が。
「悠真?」
「いや、なんでもない!」
今は決勝だ。
恋愛っぽい何かを考えている場合ではない。
いや恋愛かどうかも分からないけど。
『…………』
百英雄が。
ものすごく喋りたそうな顔をしている。
「先生たち、絶対黙ってて!」
『何も言ってねえだろ!』
ガルディオが怒鳴った。
「喋った!」
『お前が話しかけるからだ!』
「ごめん!」
セレスが眉を寄せる。
「誰と話しているの?」
「人生!」
「決勝中に?」
「人生最大級に!」
セレスがため息をついた。
でも。
少し笑った。
「分かったわ」
「え?」
「あなたの作戦でいきましょう」
「いいの?」
「あなたが考えたのでしょう?」
「……うん」
「なら信じる」
その一言が。
怖いくらい嬉しかった。
「行こう」
五人が散った。
最弱の作戦
俺は敵主将へ向かった。
真正面から。
「俺が相手だ!」
剣が来た。
速い。
「うわっ!」
受けた瞬間、腕が痺れた。
重い。
二撃目。
受けきれない。
横へ逃げる。
三撃目。
地面を転がる。
「弱っ!」
観客席から誰かが叫んだ。
知ってる!
今それ言わなくても俺が一番知ってる!
敵主将が目を細める。
「君が決勝まで残った理由が分からない」
「奇遇ですね!」
「何?」
「俺もです!」
剣が振り下ろされる。
避ける。
一歩。
二歩。
反撃はしない。
勝つ必要はない。
俺の仕事は。
この人をここに置いておくこと。
「だが」
主将の剣先が迫る。
「君自身は強くない」
「知ってる!」
「……何?」
「そんなの!」
木剣で軌道を逸らす。
「入学した日から知ってるよ!」
魔力。
最低。
剣術。
最低。
魔法。
最低。
職業。
《無職》。
最弱。
落ちこぼれ。
全部。
知ってる。
でも。
だから。
百人に教わった。
ガルディオの剣。
クロウの逃げ方。
エレノアの観察。
リリアの命を守る考え方。
ゼルの問い。
百個の答えを覚えた。
そして。
今日。
ようやく分かった。
大事なのは。
答えを覚えることじゃない。
選ぶことだ。
「俺は!」
剣をかわす。
「一人で最強になる必要なんかない!」
その瞬間。
セレスが敵主将の横を駆け抜けた。
「なに!?」
敵主将が振り返る。
セレス。
ではない。
さらに後ろ。
味方二人が旗へ走っている。
「行け!」
敵守備が動く。
セレスの氷魔法が地面を走った。
一人を止める。
あと十歩。
八歩。
五歩。
三歩。
勝てる。
そう思った。
その瞬間だった。
敵の槍兵が。
セレスの死角へ回った。
勝つか、守るか
「セレス!」
彼女が振り返る。
遅い。
槍が迫る。
俺からなら。
届く。
《零式歩法》なら。
でも。
右脚は。
もう限界だ。
使えば。
俺は戦えなくなる。
そして。
味方は旗まで。
あと数歩。
今動かなければ。
勝てる。
優勝。
英雄遺物。
先生たちの物。
ずっと。
それを取り戻したかった。
先生たちに返したかった。
勝て。
頭の中で。
誰かが言った気がした。
違う。
百英雄じゃない。
俺だ。
勝ちたい俺の声だ。
旗へ手が伸びる。
セレスへ槍が迫る。
勝つか。
守るか。
その時。
思い出した。
ゼルに聞かれた。
あの日の質問。
『君は、誰を守りたい?』
あの時は。
答えられなかった。
みんな。
大切な人。
困っている人。
そんな答えしか。
言えなかった。
でも。
今は。
目の前にいる。
銀色の髪。
青い瞳。
いつも怒っていて。
不器用で。
俺よりずっと強いくせに。
自分の弱さを隠して。
俺が傷つけば。
自分のことみたいに怒って。
昨日。
俺が怖いと言ったら。
「私も一緒に怖がってあげる」
と言ってくれた人。
勝利と。
セレス。
どっちだ。
答えは。
一瞬だった。
「《零式歩法》!」
右脚が悲鳴を上げた。
身体が弾ける。
視界が流れる。
一歩。
それだけで。
俺はセレスの前へ出た。
「悠真!?」
槍。
避けられない。
木剣を横にする。
激突。
「ぐっ!」
身体が吹き飛ぶ。
地面に叩きつけられた。
息が止まった。
右脚に。
焼けるような痛み。
遠くで。
味方の手が旗へ伸びる。
だが。
敵主将が戻った。
間に合わない。
弾き飛ばされる。
勝機が。
消えた。
「悠真!」
セレスが駆け寄ってくる。
「……ごめん」
「何が?」
「勝てたのに」
俺が動かなければ。
旗は取れた。
優勝できた。
敵主将も。
俺を見る。
「なぜだ?」
「……え?」
「君が動かなければ、勝っていた」
そうだ。
「なぜ彼女を助けた?」
俺は。
セレスを見た。
答えなんて。
もう。
探す必要もなかった。
「決まってるだろ」
誰を守りたい?
今なら。
言える。
俺自身の答えを。
「今、俺の目の前にいる人だ!」
闘技場が。
静まり返った。
「…………」
セレスが固まっている。
「セレス?」
「…………」
「どうした?」
耳まで赤い。
次の瞬間。
観客席が爆発した。
「告白したあああ!」
「決勝戦で!?」
「《無職》やるじゃねえか!」
「違う!」
俺の声が裏返った。
「そういう意味じゃない!」
セレスが。
ゆっくりこちらを見る。
「……そういう意味じゃないの?」
「え?」
「どういう意味?」
「今聞く!?」
「聞いているだけよ」
「だから、守りたかったっていうか!」
「私じゃなくても?」
「え」
一瞬。
言葉が止まった。
セレスの青い瞳。
昨日より。
ずっと近く感じた。
俺は。
答えられなかった。
セレスは何も言わない。
ただ。
少しだけ。
頬を緩めた。
「その答え」
「え?」
「試合が終わったら聞くわ」
「待って! 何を!?」
セレスは立ち上がった。
「逃げないでね」
「逃げたい!」
「駄目」
笑った。
俺の心臓に。
敵の槍より強烈な一撃が入った。
一人じゃ勝てない
「立てる?」
「……無理」
右脚に力が入らない。
セレスがため息をつく。
「でしょうね」
「怒ってる?」
「かなり」
「助けたのに!?」
「だから怒ってるの」
難しい。
女の子。
難しすぎる。
「でも」
セレスが。
俺へ手を差し出した。
「ありがとう」
小さな声。
歓声に消えそうな。
その一言だけは。
はっきり聞こえた。
「セレス」
「何?」
「勝ちたかった?」
「もちろん」
「ごめん」
「だから」
彼女は。
俺の手を握った。
「勝つわよ」
「え?」
「あなたが私を助けた」
セレスが敵陣を見る。
「今度は私が、あなたを勝たせる」
胸が跳ねる。
だが。
彼女は続けた。
「違うわね」
「え?」
味方三人を見る。
「一人で勝つんじゃない」
俺を見る。
「五人で勝つの」
その言葉に。
俺は笑った。
「……うん」
まだ。
終わってない。
立てなくても。
剣を振れなくても。
俺にできることはある。
「作戦変更!」
仲間が振り返る。
「まだやるのか!?」
「脚は動かないけど、頭と口は動く!」
「口は最初から一番元気だ!」
「うるさい!」
敵を見る。
位置。
距離。
視線。
疲労。
全部。
見る。
「右!」
仲間が走る。
「まだ!」
耐える。
敵が寄る。
「今!」
セレスの氷が走った。
敵主将の足元が凍る。
一秒。
それでいい。
味方が駆ける。
敵が追う。
もう一人が割って入る。
敵主将が氷を砕いた。
「セレス!」
「分かってる!」
彼女が立ちはだかる。
剣。
氷。
激突。
セレスも。
敵主将を倒す必要はない。
三秒。
止めればいい。
「行けえええええ!」
味方の手が。
旗を掴んだ。
鐘が鳴った。
一度。
二度。
三度。
『決着!』
声が響く。
『勝者!』
大闘技場が。
揺れた。
『王立アストリア勇者学院!』
歓声。
叫び。
拍手。
仲間たちが抱き合う。
俺は。
座り込んだまま。
しばらく動けなかった。
「……勝った?」
「勝ったわ」
セレスが立っている。
「本当に?」
「ええ」
「俺、最後ほとんど座ってただけだけど」
「そうね」
「そこ否定してよ!」
セレスが。
笑った。
「でも」
手を差し出す。
「あなたがいなければ、この勝ち方にはならなかった」
俺は。
その手を取った。
立ち上がる。
右脚が痛む。
身体が傾く。
セレスが支えてくれた。
近い。
「……セレス」
「何?」
「顔近くない?」
「怪我人を支えているの」
「でも近い」
「落とすわよ」
「すみません!」
観客席から。
また歓声が上がった。
「付き合えー!」
「違う!」
二人同時に叫んだ。
顔を見合わせる。
「…………」
「…………」
先に。
セレスが笑った。
俺も。
笑った。
優勝より大切なもの
表彰式。
優勝杯。
歓声。
そして。
優勝賞品。
《英雄遺物》。
古びた金属板を受け取った瞬間。
百英雄が。
静かになった。
試合中の沈黙とは違う。
誰も。
何も言わない。
俺は。
それを大切に鞄へ入れた。
その夜。
英雄墓廟。
「ただいま」
『遅いぞ、小僧!』
「表彰式が長かったんだよ!」
『優勝者なんだから我慢しろ!』
「先生たち絶対そういう式典嫌いだろ!」
『大嫌いだ!』
「ほら!」
笑い声。
いつもの墓廟。
俺は鞄から。
英雄遺物を取り出した。
百英雄の表情が変わる。
「これ」
両手で持った。
「先生たちの物だろ?」
誰も答えない。
ガルディオが。
ゆっくり近づいた。
手を伸ばす。
指先が。
英雄遺物を通り抜けた。
死者だから。
触れられない。
分かっていた。
だから。
俺は遺物を少し持ち上げた。
「俺が持つよ」
ガルディオを見る。
「見たいところがあったら言って」
『……小僧』
「何?」
しばらく。
沈黙。
それから。
『ありがとな』
「…………」
『なんだ』
「いや」
笑ってしまった。
「珍しく素直だなと思って」
『返せ』
「触れないじゃん」
『貴様!』
「感動を返して!」
『そこへ直れ!』
「今日優勝したんだけど!?」
百英雄が笑った。
俺も笑う。
笑いながら。
思った。
今日。
俺は先生たちの声を聞かなかった。
でも。
「先生」
『なんだ』
「今日さ」
英雄たちを見る。
「先生たちがいなくても、戦えた」
少し。
言葉を探す。
「いや」
違う。
「いなかったわけじゃないんだ」
剣を見れば。
ガルディオの言葉を思い出す。
逃げる時には。
クロウがいる。
相手を観察すれば。
エレノアがいる。
誰かの命を考えれば。
リリアがいる。
迷った時には。
ゼルの問いがある。
全部。
もう。
俺の中にある。
「先生がいなくても戦える」
俺は笑った。
「でも、先生に教えてもらった俺は、ずっとここにいる」
ガルディオが鼻を鳴らす。
クロウは目を閉じた。
リリアが微笑んだ。
エレノアが静かに頷く。
そして。
ゼルが言った。
『じゃあ』
「何?」
『今日の授業は合格だ』
「今日だけ!?」
『今日だけ』
「厳しい!」
また。
百人が笑った。
俺も笑った。
先生たち。
まだ。
知らないことはたくさんある。
どう生きたのか。
何を守ったのか。
どうして。
百人とも死んだのか。
いつか。
教えてもらえる。
俺は。
そう思っていた。
第百一勇者
深夜。
悠真が墓廟を去ったあと。
笑い声は消えていた。
月明かりだけが。
英雄遺物を照らしている。
その前に。
ゼルがいた。
一人。
いや。
『触るな』
ガルディオが現れた。
ゼルは振り返らない。
「まだ怒ってる?」
『百年程度で忘れるか』
「そうだね」
『お前は忘れたのか』
ゼルは答えなかった。
ただ。
英雄遺物を見る。
そこには。
百英雄の紋章が刻まれている。
その端。
不自然に削られた場所。
誰かが。
意図的に消した痕跡。
ゼルが。
その傷を見つめる。
『見るな』
「もう見たよ」
『ゼル』
いつもの笑顔。
いつもの軽い声。
それなのに。
今だけは。
何かが違った。
「まだ残ってたんだ」
雲が流れた。
月光が。
削られた部分へ落ちる。
そこに。
文字があった。
傷だらけで。
ほとんど消えている。
それでも。
読めた。
《第百一勇者》
そして。
その下。
一人の名前。
《ゼル=ヴァルディア》
ガルディオの顔が強張った。
『その名前は死んだ』
ゼルの笑顔が。
消えた。
「違うよ」
静かな声だった。
怒鳴りもしない。
責めもしない。
だからこそ。
冷たかった。
「死んだんじゃない」
ガルディオを見る。
「君たちが消したんだ」
風が吹いた。
月が。
再び雲に隠れる。
英雄墓廟が。
闇へ沈んだ。
その中で。
消された文字だけが。
百年ぶりに。
物語を始めようとしていた。
《第百一勇者 ゼル=ヴァルディア》
百英雄は。
本当に。
百人だったのか。
そして。
勇者だった男は。
なぜ。
歴史から消されたのか。
第20話 完
第2部「学院対抗戦編」完
次回 第21話
「目の前にいる人、の意味を聞かれた」
学院対抗戦、優勝。
英雄遺物も手に入れた。
これで悠真にも、ようやく平穏な学院生活が戻ってくる。
……はずだった。
「神谷悠真! 決勝で公開告白したって本当か!?」
「違う!」
しかし問題は、そこでは終わらない。
セレスが悠真へ尋ねる。
「ねえ、悠真」
「何?」
「私じゃなくても、同じことをした?」
「…………え?」
答えられない悠真。
そして英雄遺物の調査から、さらに奇妙な事実が浮かび上がる。
百英雄。
その名の通り。
英雄は百人。
そのはずなのに。
なぜ英雄遺物には。
百一人分の刻印が存在した痕跡があるのか。




