第18話「負けてもいいなんて、言わないで」
勇者を育てる名門「王立勇者学院」。
そこで最低評価を受ける落ちこぼれの少年には、誰にも言えない秘密があった。
彼にだけ、死んだ英雄たちの姿が見える。
剣聖、賢者、大魔導師、聖女、軍師。歴代最強と呼ばれた百人の英雄から教えを受け、最弱だった少年は仲間との友情や恋、冒険を通して成長していく。
しかし、百人の中には一人だけ「英雄ではない者」が紛れていた。
その正体は、かつて世界を滅亡寸前まで追い込んだ初代魔王。
なぜ英雄たちは少年を選んだのか。
そして、魔王の本当の目的とは。
これは落ちこぼれの少年が、百一人目の英雄を目指す物語。
2勝たなければ、届かない
「先生たちは、どうやって死んだの?」
昨夜。
悠真がそう尋ねたとき。
百人いた先生たちは。
誰一人、答えなかった。
そして。
悠真が最も信頼し始めていたゼルだけが言った。
『知らないほうがいい』
その言葉が。
朝になっても、頭から離れなかった。
「……眠れなかった」
『顔を見れば分かる』
クロウが容赦なく言う。
「そこは『大丈夫か』じゃない?」
『大丈夫ではない人間に、大丈夫かと聞いて何になる』
「正論が冷たい!」
『寝不足で試合に出る馬鹿にはちょうどいい』
「誰のせいで寝不足になったと思ってるの!?」
悠真が振り返る。
そこには。
ガルディオ。
クロウ。
エレノア。
リリア。
そして。
百人の英雄たち。
いつも通り。
いる。
いつも通りなのに。
昨夜から。
少しだけ違って見えた。
この人たちは。
全員。
死んでいる。
しかも。
ほとんど同じ時期に。
『悠真』
エレノアが静かに言った。
『今日、考えるべきことは別にあるでしょう』
「……分かってる」
学院対抗戦。
準決勝。
ここで負ければ終わり。
そして。
優勝賞品は《英雄遺物》。
先生たちが生きていた時代の紋章が刻まれたもの。
あれを。
もう一度。
先生たちのところへ持って帰りたい。
それに。
もっと知りたい。
百英雄のこと。
消された《魔王討伐》の記録。
そして。
ゼルが何を知っているのか。
「……勝たないと」
悠真は拳を握った。
『違う』
声がした。
ゼルだった。
「え?」
『勝たなければならない、と思って戦うな』
「でも」
『君は昨日から、勝つことしか見ていない』
「だって、英雄遺物が」
『悠真』
ゼルは。
いつもの穏やかな顔で言った。
『君は何のために戦う?』
悠真は。
答えられなかった。
まただ。
この男は。
答えを教えない。
いつも。
質問だけを残す。
「……先生なんだから、たまには答えを教えてよ」
『嫌だよ』
「即答!?」
『僕の答えで君が戦ったら、それは僕の戦いになる』
「……」
『今日は君の戦いだ』
悠真は黙った。
答えは。
まだ分からない。
でも。
時間は待ってくれない。
学院対抗戦準決勝。
開始まで。
あと一時間だった。
学院最弱が、準決勝まで来た
王都大闘技場。
観客席は。
これまでで一番埋まっていた。
「王立アストリア勇者学院!」
「首席のセレスがいるぞ!」
「ディランもだ!」
「それより、あの《無職》!」
「神谷悠真!」
「昨日、撃破数ゼロだった奴だろ?」
「なのに勝たせた奴だ!」
「褒められてるのか、けなされてるのか分からない!」
悠真は頭を抱えた。
「有名になるってこういうこと?」
『人気者だな!』
ガルディオが笑う。
「嬉しくない!」
「何を一人で騒いでいるの?」
「うわっ!」
横に。
セレスがいた。
銀髪。
青い瞳。
いつも通りの涼しい顔。
「セレス」
「寝不足?」
「……分かる?」
「分かる」
「そんなに?」
「ひどい顔」
「そこまで!?」
セレスがじっと悠真を見る。
「昨日のこと?」
「……まあ」
「英雄たちの記録?」
悠真は頷いた。
昨日。
二人で調べた。
百英雄の多くが。
ほぼ同じ時期に死んでいる。
そして。
歴史書の《魔王討伐》と《戦後処理》の間だけが。
何者かによって消されていた。
「気になるのは分かる」
セレスが言う。
「でも、今は試合」
「分かってる」
「本当に?」
「分かってるって」
セレスは。
まだ悠真を見る。
「何?」
「……あなた」
少しだけ。
目を細める。
「また、一人で何とかしようとしてない?」
「してないよ」
「そう」
「信じてない?」
「全然」
「即答!?」
百英雄が笑う。
『完全に理解されているな』
「クロウ、黙って」
「また人生の先生?」
セレスが聞く。
「今日は人生が特に騒がしい!」
「便利ね、人生」
「このやり取り、定番化してない?」
セレスが。
ほんの少し笑った。
その顔を見て。
悠真の肩から力が抜ける。
「セレス」
「何?」
「勝とう」
「当然よ」
即答。
さすが学院首席。
でも。
セレスは続けた。
「ただし」
「?」
「一人で勝とうとしないで」
悠真は。
一瞬。
答えられなかった。
「……分かった」
「今、間があった」
「気のせい」
「覚えておくわ」
怖い。
でも。
少し嬉しかった。
準決勝、開始
『両学院、前へ!』
審判の声。
歓声が爆発する。
準決勝。
五対五。
相手は北方の名門。
ヴァルグレン勇者学院。
前衛三。
後衛二。
全員が。
アストリアの平均を上回る実力者。
『強いな』
ガルディオ。
『正面衝突は避けるべきです』
エレノア。
『左の弓兵から潰せ』
クロウ。
『怪我だけはしないでくださいね』
リリア。
「始まる前から四方向!」
さらに。
『前衛を崩せ!』
『いや魔術師だ!』
『地形を使え!』
『最初に防御!』
『攻めろ!』
『退け!』
「多い多い多い!」
百人の先生。
百通りの答え。
以前なら。
混乱するだけだった。
でも。
今は違う。
聞く。
比べる。
そして。
最後は。
自分で選ぶ。
それが。
この大会で悠真が覚え始めた戦い方だった。
『開始!』
「来る!」
敵前衛が。
一気に距離を詰める。
速い。
「ディラン、正面!」
「分かってる!」
「セレス、右!」
「ええ!」
「後衛、まだ撃たないで!」
「なぜだ!?」
「三秒!」
敵魔術師が杖を上げる。
一。
二。
三。
「今!」
味方の魔法。
敵ではなく。
地面へ。
爆発。
土煙。
「目隠しか!」
ディランが叫ぶ。
「左へ二歩!」
「見えないぞ!」
「いいから!」
味方が動く。
直後。
土煙を貫いて。
矢が飛んだ。
さっきまで。
ディランがいた場所へ。
「……!」
「敵の弓兵、射線を変えてない!」
悠真には。
見えていた。
いや。
教わっていた。
弓兵の癖。
剣士の間合い。
魔術師が杖を上げるタイミング。
百人分。
だから。
悠真自身が強くなくても。
戦場にある情報だけは。
誰より多く拾える。
「セレス!」
「分かってる!」
銀の髪が。
土煙を切り裂く。
セレスの剣。
一閃。
敵前衛。
一人脱落。
「よし!」
歓声。
いける。
悠真は。
そう思った。
その瞬間だった。
「後ろ!」
セレスの声。
振り返る。
敵の槍。
避けられない。
『右!』
クロウ。
悠真は。
地面を蹴った。
《零式歩法》。
視界が。
跳ぶ。
槍が。
空を切った。
「っ……!」
着地。
右脚に痛み。
まだ。
一回。
大丈夫。
『悠真』
ゼルの声。
『使いすぎるな』
「分かってる!」
本当に。
分かっていた。
この時は。
二度目
試合開始から。
七分。
こちら。
四人。
相手。
三人。
優勢。
だが。
相手の大将が動いた瞬間。
全部が変わった。
「なっ……!」
ディランの剣が弾かれる。
一撃。
速い。
重い。
「下がれ!」
悠真が叫ぶ。
遅い。
敵大将が。
ディランへ追撃。
「ディラン!」
間に合わない。
なら。
悠真が。
《零式歩法》。
二度目。
世界が。
一瞬だけ。
遅くなる。
いや。
違う。
自分が。
身体の限界を越えている。
ディランの前へ。
木剣を出す。
激突。
「ぐっ!」
腕が痺れる。
吹き飛ぶ。
「悠真!」
地面を転がる。
痛い。
でも。
立てる。
「大丈夫!」
「お前……」
ディランが。
信じられない顔で見る。
「なんで庇った?」
「仲間だから!」
「……」
「今それ聞く!?」
「いや……悪い」
ディランが立ち上がる。
「借りは返す」
「頼む!」
二人。
同時に。
敵を見る。
『小僧!』
ガルディオが叫ぶ。
『今のは悪くねえ!』
「褒めるならもっと素直に!」
『だがその技は使うな!』
「分かってる!」
また。
そう答えた。
三度目
十二分。
味方三。
敵二。
セレス。
悠真。
ディラン。
敵大将。
そして魔術師。
「あと二人!」
ディランが笑う。
「押し切れる!」
でも。
悠真には分かった。
「待って!」
遅かった。
敵魔術師の足元。
魔法陣。
「罠!」
光。
爆発。
「セレス!」
セレスが。
巻き込まれる。
考えるより。
身体が動いた。
《零式歩法》。
三度目。
セレスの腕を掴む。
引く。
爆炎。
二人で転がる。
「っ……!」
脚。
痛い。
違う。
痛いなんてものじゃない。
筋肉が。
骨が。
身体そのものが。
やめろと言っている。
「悠真!」
セレスが起き上がる。
「大丈夫?」
「平気」
「嘘」
「平気だって」
立つ。
膝が。
落ちる。
「……っ」
セレスの顔が変わった。
「もう使わないで」
「分かってる」
「本当に?」
「大丈夫」
「大丈夫じゃない!」
でも。
敵は待ってくれない。
「来る!」
悠真は。
木剣を握った。
四度目
勝ちたい。
英雄遺物を。
先生たちへ。
持って帰りたい。
百英雄の過去を。
知りたい。
ゼルが何を隠しているのか。
知りたい。
だから。
負けられない。
敵大将が。
セレスへ向かう。
「セレス!」
間に合わない。
脚は。
もう動かない。
なら。
限界を越えればいい。
『悠真!』
ゼル。
『やめろ!』
初めてだった。
ゼルが。
答えではなく。
命令した。
でも。
「まだ……!」
悠真は。
地面を蹴った。
《零式歩法》。
四度目。
何かが。
切れた。
「っ……!」
右脚から。
感覚が消えた。
それでも。
セレスの前へ。
出る。
敵大将の剣を。
受ける。
衝撃。
木剣が飛ぶ。
悠真も。
地面へ叩きつけられた。
「悠真!」
立て。
立て。
立て。
右脚。
動け。
動かない。
なら。
左で。
「まだ……戦える」
手をつく。
起きる。
膝が落ちる。
「悠真」
「大丈夫」
「もういい」
「まだ」
「もういい!」
セレスが。
叫んだ。
観客席まで。
届くほど。
「まだ戦える!」
「戦えない!」
「勝たないと!」
「どうして!?」
「英雄遺物を!」
「そんなもの!」
セレスの声が。
震えた。
「そんなものより!」
悠真が。
止まる。
百英雄も。
止まった。
「先生たちの物なんだ!」
悠真は叫ぶ。
「俺は……!」
言葉が溢れる。
「先生たちのこと、何も知らなかった!」
「悠真……」
「毎日会ってたのに!」
剣を教わった。
戦い方を教わった。
笑った。
怒られた。
飯のことで喧嘩した。
なのに。
どうやって死んだのかすら。
知らなかった。
「せめて……あれくらい!」
英雄遺物。
あれだけでも。
「先生たちに返したいんだ!」
百英雄が。
黙っている。
ガルディオも。
クロウも。
エレノアも。
リリアも。
そして。
ゼルも。
「だから」
悠真は立とうとする。
「負けられない」
その腕を。
セレスが掴んだ。
「離して」
「嫌」
「セレス」
「嫌!」
強く。
握られる。
「負けてもいい!」
悠真の時間が。
止まった。
「……え?」
誰より。
勝利に厳しい。
学院首席。
セレス・アルヴェインが。
「負けてもいい!」
もう一度。
言った。
「そんなこと」
「悠真が負けるのが嫌なんじゃない!」
そして。
言ってしまった。
「あなたが傷つくのが嫌なの!」
沈黙。
闘技場の音が。
一瞬。
全部消えた気がした。
悠真。
硬直。
セレス。
硬直。
百英雄。
硬直。
『……今のは告白か?』
ガルディオ。
『九割くらい』
エレノア。
『黙れ』
クロウ。
「…………」
「…………」
悠真とセレスが。
見つめ合う。
セレスの顔が。
徐々に。
赤くなる。
「……違う」
「え?」
「今のは違う!」
「何が!?」
「そういう意味じゃない!」
「俺まだ何も言ってない!」
「顔が言ってる!」
「俺の顔そんなに喋る!?」
『悠真』
ガルディオ。
『そこは男として』
「先生は黙ってて!」
『俺!?』
緊張が。
ほんの一瞬。
ほどけた。
でも。
悠真は。
もう一度。
セレスを見る。
彼女の手。
まだ。
悠真の腕を掴んでいる。
震えていた。
怒っているんじゃない。
怖かったんだ。
悠真が。
壊れることが。
「……ごめん」
悠真は言った。
セレスが。
目を見開く。
「何が?」
「一人で勝とうとしてた」
朝。
言われた。
一人で勝とうとしないで。
約束した。
なのに。
また。
自分だけで背負った。
「俺」
悠真は。
仲間を見る。
セレス。
ディラン。
まだ戦える。
そして。
自分の後ろには。
百人の先生がいる。
誰か一人の答えじゃない。
百人分の教え。
それを選ぶのは。
自分。
でも。
戦うのは。
一人じゃない。
「セレス」
「何?」
「頼っていい?」
セレスは。
ほんの少し。
驚いた。
そして。
笑った。
「遅い」
俺が倒さなくてもいい
試合再開。
悠真は。
前へ出なかった。
「ディラン!」
「おう!」
「敵大将、右足を庇ってる!」
「見えてる!」
「セレス!」
「分かってる!」
敵魔術師。
詠唱。
『三拍後』
エレノア。
一。
二。
三。
「今!」
セレスが動く。
魔法が放たれる直前。
死角へ。
だが。
敵大将が。
セレスを止める。
「悠真!」
セレスが叫ぶ。
以前なら。
助けに行った。
《零式歩法》。
無理やり。
身体を壊して。
でも。
今は。
「ディラン!」
「任せろ!」
ディランが。
敵大将へ突っ込む。
剣。
激突。
「セレス!」
「ええ!」
セレスは。
敵魔術師へ。
一直線。
「くっ!」
敵魔術師。
杖を向ける。
「左!」
悠真。
セレスが。
迷わず左へ。
魔法。
外れる。
「次、下!」
跳ぶ。
「今!」
セレスの剣。
敵魔術師の杖を弾いた。
『脱落!』
残るは。
敵大将。
一人。
「三対一!」
観客席。
歓声。
でも。
敵大将は。
笑った。
「無職」
「何?」
「お前、何もしてないな」
悠真は。
一瞬。
黙った。
剣で倒していない。
魔法も使っていない。
今。
まともに歩くことすらできない。
以前なら。
その言葉は。
刺さった。
《無職》。
役立たず。
何もできない。
ずっと。
そう言われてきたから。
でも。
今は。
「うん」
悠真は。
笑った。
「俺が倒さなくてもいい」
「何?」
「仲間が勝てば」
セレスを見る。
ディランを見る。
「俺たちの勝ちだから」
敵大将の顔から。
笑みが消えた。
「ディラン!」
「おう!」
「正面!」
「了解!」
「セレス!」
「右から!」
「分かってる!」
二人が。
同時に動く。
敵大将。
ディランの剣を受ける。
右。
空く。
そこへ。
セレス。
「はああああっ!」
一閃。
木剣が。
敵大将の胸へ。
止まった。
沈黙。
そして。
『勝者!』
審判の声。
『王立アストリア勇者学院!』
大歓声。
「……勝った」
悠真が呟く。
『勝ったな』
ガルディオ。
「俺」
悠真は。
自分の手を見る。
「最後、何もしてない」
『馬鹿』
クロウ。
「また!?」
『お前が二人を動かした』
「でも」
『悠真』
エレノア。
『自分で敵を倒すことだけが、戦うことではないわ』
前の試合でも。
同じだった。
撃破数。
ゼロ。
それでも。
仲間を勝たせた。
強さは。
一つじゃない。
「……そっか」
悠真は。
やっと。
少しだけ。
それを信じられた。
忘れなさい
試合後。
治療室。
「痛っ!」
「動かないでください!」
リリアが怒っている。
「ごめんなさい!」
『《零式歩法》を四回!?』
「流れで」
『身体の限界突破を流れで使わないでください!』
「はい!」
もっとも。
リリア本人は死者なので治療できない。
実際に悠真の脚を治療しているのは学院の治療魔術師。
なのに。
一番怒っているのはリリアだった。
『ゼル!』
「はい」
『なぜこんな危険な技を教えたんですか!』
「本人が使うとは限らないから」
『使いました!』
「四回も使うとは思わなかった」
「先生」
悠真。
「そこは止めて」
「止めたよ?」
「……そうだった」
四回目。
ゼルは。
確かに。
やめろ。
そう叫んだ。
いつも。
悠真へ答えを与えない男が。
あの時だけは。
迷わなかった。
「ゼル」
「何?」
「心配した?」
「どうだろう」
「そこは認めてよ!」
ゼルは笑う。
いつも通り。
でも。
悠真には。
ほんの少しだけ。
分かるようになってきた。
この人は。
何でも笑って誤魔化す。
百英雄の死についても。
自分自身についても。
そして。
悠真を心配していることさえ。
「悠真」
声。
セレス。
「セレス」
「脚は?」
「数日は無茶禁止だって」
「当然ね」
「はい」
「反省してる?」
「かなり」
「本当に?」
「ものすごく」
「ならいい」
セレスは。
ベッドの横へ座った。
沈黙。
「……セレス」
「何?」
「さっきの」
セレスの肩が。
ぴくり。
動いた。
「忘れなさい」
「まだ何も」
「忘れなさい」
「いや、でも」
「忘れなさい!」
「無理じゃない!?」
「無理でも忘れるの!」
「どうやって!?」
「努力!」
「精神論!?」
百英雄。
ニヤニヤ。
「先生たち!」
『何も言ってないぞ』
ガルディオ。
「顔が言ってる!」
『俺たちの顔が見えるのはお前だけだ』
「そうだった!」
セレスが。
不思議そうに悠真を見る。
「また人生?」
「今日の人生、めちゃくちゃうるさい」
「そう」
少し。
間。
「……でも」
セレスが。
小さな声で言った。
「何?」
「言ったことは」
視線を逸らす。
「取り消さない」
「…………」
「あなたが傷つくのが嫌」
今度は。
叫ばなかった。
だからこそ。
さっきより。
胸に響いた。
「……うん」
悠真は。
それしか言えなかった。
セレスが立ち上がる。
「じゃあ、休んで」
「セレス」
「何?」
「ありがとう」
セレスは。
振り返らない。
「……明日も試合なんだから」
それだけ言って。
出ていった。
扉。
閉まる。
沈黙。
悠真は。
天井を見る。
『悠真』
ガルディオ。
「何?」
『今のは十割だ』
「何が!?」
『知らん』
「絶対分かってるだろ!」
治療室に。
笑い声が響いた。
それでも、勝ちたい
夕方。
悠真は。
一人。
窓の外を見ていた。
正確には。
一人ではない。
百英雄がいる。
そして。
ゼルもいる。
「ゼル」
「何?」
「朝の質問」
「何だっけ?」
「忘れたふりしないで」
悠真は笑う。
「何のために戦うか」
「うん」
「まだ」
少し考える。
「分からない」
英雄遺物のため。
先生たちのため。
自分が強くなるため。
学院のため。
セレスのため。
仲間のため。
どれも。
嘘じゃない。
でも。
一つには決められない。
「それでいい?」
悠真が聞く。
ゼルは。
肩をすくめた。
「僕に聞くの?」
「……そうだった」
答えを。
先生へ求める。
また。
やってしまった。
「自分で決めろ、だよね」
「僕は何も言ってないよ」
「言ってるようなもんだよ」
ゼルが笑う。
悠真も笑った。
そして。
窓の外を見る。
「でも」
「うん?」
「勝ちたい」
今度は。
はっきり言えた。
「負けてもいいって言われた」
「うん」
「それでも」
拳を握る。
「俺は勝ちたい」
「どうして?」
また。
質問。
でも。
今度は。
少しだけ答えられた。
「一人で勝つんじゃなくて」
セレス。
ディラン。
仲間たち。
そして。
百人の先生。
「みんなで勝ちたいから」
ゼルは。
何も言わなかった。
ただ。
少しだけ。
嬉しそうに笑った。
その夜。
準決勝を突破した王立アストリア勇者学院の名が。
決勝進出校として掲げられた。
そして。
悠真はまだ知らない。
次の戦いでは。
剣よりも。
魔法よりも。
《零式歩法》よりも。
ずっと難しいものを。
自分の口で認めることになる。
怖い。
たった二文字を。
誰かに伝えることが。
これほど難しいなんて。
今の悠真は。
まだ知らなかった。
第18話 完
次回 第19話
「最弱と最強」
決勝前夜。
《無職》と笑われていた悠真は、初めてセレスへ本音を漏らす。
「怖い」
強くなることではない。
負けることでもない。
期待されることが、怖い。
セレスは励まさない。
正しい答えも言わない。
ただ、隣に座って告げる。
「怖いなら、私も一緒に怖がってあげる」
そして夜。
ゼルが悠真へ、これまでで最も残酷な授業を始める。
「明日は、僕たちの声を聞かないで戦ってみない?」
百人の先生から答えを教わってきた少年が。
ついに。
自分だけの答えを選ぶ。




