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第17話 先生たちの名前を、俺は知らない

勇者を育てる名門「王立勇者学院」。




そこで最低評価を受ける落ちこぼれの少年には、誰にも言えない秘密があった。








彼にだけ、死んだ英雄たちの姿が見える。








剣聖、賢者、大魔導師、聖女、軍師。歴代最強と呼ばれた百人の英雄から教えを受け、最弱だった少年は仲間との友情や恋、冒険を通して成長していく。








しかし、百人の中には一人だけ「英雄ではない者」が紛れていた。








その正体は、かつて世界を滅亡寸前まで追い込んだ初代魔王。








なぜ英雄たちは少年を選んだのか。




そして、魔王の本当の目的とは。








これは落ちこぼれの少年が、百一人目の英雄を目指す物語。

百人の先生が、同じ時期に死んでいた


百英雄のほとんどが、同じ時期に死んでいる。


その事実に気づいた瞬間。


悠真は、ページをめくる指を止めた。


「……嘘だろ」


学院図書館。


机の上には、古びた歴史書が何冊も積まれている。


一冊なら、間違いかもしれない。


二冊なら、偶然かもしれない。


でも。


三冊目も。


四冊目も。


同じだった。


《英雄戦争史》


《王国創世記》


《魔王戦役年代記》


本によって年号には多少のずれがある。


名前の表記も違う。


それでも。


百英雄の多くが歴史から消えた時期だけは、ほとんど重なっていた。


「先生たち……」


悠真は顔を上げる。


ガルディオ。


クロウ。


エレノア。


リリア。


そして、名も知らない多くの英雄たち。


毎晩、英雄墓廟で会っている。


剣を教わった。


魔法を教わった。


戦い方を教わった。


どうしようもない失敗談まで聞かされた。


なのに。


悠真は知らなかった。


この人たちが。


どうやって死んだのか。


『悠真』


エレノアの声がした。


『今日は、そのくらいにしておきなさい』


「……なんで?」


返事はなかった。


その沈黙が。


どんな答えよりも、不自然だった。


《無職》が有名になった日


そもそも。


悠真が図書館へ逃げ込んだ理由は、歴史の謎ではなかった。


数時間前。


学院の廊下。


「神谷悠真だ」


「昨日の試合の?」


「《無職》のくせに、ずっと指示出してたやつ」


「撃破数ゼロだろ?」


「でも、あいつが指示してから流れが変わったらしいぞ」


悠真は足を速めた。


『人気者だな、小僧!』


「やめてよ」


ガルディオが豪快に笑う。


『昨日は見事でした』


リリアまで嬉しそうだ。


「俺、一人も倒してないけど」


『だからいいんじゃない』


エレノアが言った。


『あなたは自分が勝つのではなく、仲間を勝たせた』


昨日。


悠真は百英雄の教えを組み合わせた。


剣士の間合い。


盗賊の足運び。


魔術師の観察。


治療役の考え方。


全部を聞いて。


最後は、自分で選んだ。


その結果。


王立アストリア勇者学院は勝った。


撃破数。


ゼロ。


なのに。


試合後から、妙に名前を知られている。


「前より居心地悪くなってない?」


『贅沢な悩みだ』


「俺は静かに暮らしたいの」


「無理じゃない?」


「うわっ!」


突然横から声をかけられた。


銀髪。


青い瞳。


セレス・アルヴェイン。


「セレス!」


「何よ、その反応」


「いや、先生と話してて」


言ってから。


止まる。


セレスも止まった。


「先生?」


『馬鹿』


クロウが呟く。


「いや、その……人生の先生!」


「また?」


「またって何!?」


「あなた、人生の先生が多すぎない?」


「人生は学びの連続だから!」


セレスは数秒、悠真を見つめた。


「便利ね、人生」


「俺もそう思う」


『思うな』


百英雄から一斉に突っ込まれた。


セレスは小さく息を吐く。


それから。


「今日、時間ある?」


「あるけど」


「来て」


「どこへ?」


「英雄遺物の展示室」


その言葉だけで。


悠真の後ろにいた百英雄から、笑いが消えた。


英雄遺物


学院本館地下。


二重の魔法錠を抜けた先。


透明な防護障壁の中に、それは置かれていた。


古びた金属板。


盾の一部にも見える。


表面には、無数の紋章が刻まれている。


剣。


杖。


花。


獣。


翼。


炎。


「これが、今年の学院対抗戦の優勝賞品」


セレスが言った。


正確には、所有権ではない。


優勝学院には一年間の展示権と研究権が与えられる。


だが。


悠真にはそんな説明より。


百英雄の反応のほうが重要だった。


誰も喋らない。


ガルディオが。


一つの紋章の前に立っていた。


巨大な剣。


その横に炎。


『……俺のだ』


「え?」


『その紋章』


ガルディオが手を伸ばす。


指は。


金属板をすり抜けた。


死者だから。


触れられない。


『俺たちの部隊が使ってた』


いつもの大声ではなかった。


悠真は何も言えない。


リリアも別の紋章を見ている。


白い花。


『……懐かしいです』


エレノア。


クロウ。


そして。


他の英雄たちも。


それぞれの紋章の前に立つ。


百人が。


自分たちの生きた証を見ていた。


その光景を。


見えているのは悠真だけ。


「……本物なんだ」


「悠真?」


セレスが振り返る。


「何が?」


「いや……」


悠真は誤魔化すように展示資料を手に取った。


「この紋章って、誰のものか全部分かってるの?」


「いいえ。一部だけ」


「どうして?」


「記録が残っていないから」


悠真の手が止まる。


「百英雄なのに?」


「だからこそ不思議なのよ」


セレスは資料をめくった。


「英雄戦争期は失われた記録が多いの。名前だけ残っている人もいれば、紋章しか分からない人もいる」


名前。


悠真は。


百英雄を見回した。


ガルディオ。


クロウ。


エレノア。


リリア。


ゼル。


知っている。


でも。


百人いる。


毎晩会っているのに。


「……俺」


小さく呟いた。


「何にも知らないな」


『今さらか?』


クロウが言った。


「だって毎日いるから」


『だから聞かなかった?』


「……うん」


当たり前に。


明日も会えると思っていた。


だから。


過去なんて聞かなかった。


彼らは死者なのに。


悠真にとっては、いつの間にか。


死者ではなく。


先生になっていた。


名前のない英雄たち


その日の午後。


悠真は図書館へ向かった。


目的は単純だった。


先生たちのことを知りたい。


最初は。


それだけだった。


『英雄戦争史』


『勇者王国建国記』


『百英雄伝承』


片っ端から開く。


「ガルディオ、あった」


『おう!』


「《炎剣のガルディオ》」


『格好いいな!』


「炎使えた?」


『使えん』


「嘘じゃん」


『歴史が悪い!』


「クロウは《夜王クロウ》」


『採用』


「何に?」


『今日から俺をそう呼べ』


「嫌だよ」


『なぜだ』


「恥ずかしいから」


『お前が恥ずかしがるな』


思わず笑った。


百年。


それだけ時間が経てば、伝説も変わるのだろう。


笑いながら。


次のページへ。


その指が。


止まった。


年代表。


英雄の活動期間。


死亡年。


「……あれ?」


別の本を開く。


また。


同じ。


さらに一冊。


「待って」


悠真の声から笑いが消えた。


ガルディオを見る。


クロウを見る。


リリア。


エレノア。


ほかの英雄たち。


「先生たち……」


喉が乾いた。


「ほとんど同じ時期に死んでる」


誰も。


答えなかった。


消えた数ページ


「まだ調べてたの?」


顔を上げる。


セレスだった。


「うん」


「もう夕方よ」


「気づかなかった」


彼女は悠真の向かいへ座る。


机の上の本を見て。


「英雄戦争?」


「ちょっと気になって」


悠真は年代表を見せた。


「これ」


セレスの表情が変わる。


「……死亡時期?」


「近すぎない?」


彼女も別の本を開いた。


ページを追う。


「本当ね」


「大きな戦争があったとか?」


「でも、この年代なら……」


セレスが考え込む。


王都防衛戦。


北方遠征。


魔王軍との戦闘。


どれも微妙に合わない。


「変ね」


学院首席がそう言った。


それだけで。


悠真の違和感は確信に近づいた。


二人で書架を探す。


そして。


最上段から。


埃を被った一冊を見つけた。


『王国創世戦記』


セレスが慎重に開く。


古い。


紙そのものが崩れそうだ。


一ページ。


また一ページ。


やがて。


悠真が止めた。


「……セレス」


「ええ」


ページがない。


破れていた。


しかも。


一枚ではない。


何枚も。


まとめて。


前のページには。


《魔王討伐》


次のページには。


《戦後処理》


その間だけが。


きれいに消えている。


「偶然……じゃないよね」


「おそらく」


セレスが破れた部分を見る。


「かなり昔に破られてる」


「誰が?」


「分からない」


「なんで?」


「それも分からない」


悠真は。


破れたページを見つめた。


百英雄。


ほぼ同時期の死。


魔王討伐。


消えた記録。


点だったものが。


細い糸で繋がり始めている。


でも。


その先だけが。


見えない。


「悠真」


セレスが本を閉じた。


「今日はここまで」


「でも」


「明日は試合よ」


「……うん」


立ち上がろうとした悠真へ。


セレスが言った。


「それと」


「何?」


「一人で調べないで」


悠真は瞬いた。


「どうして?」


「どうしてって……」


セレスが少しだけ視線を逸らす。


「あなた、気になったら無茶するでしょう」


「しないよ」


「するわ」


即答だった。


「昨日もした」


「昨日は試合だから!」


「それを無茶っていうの」


反論できない。


セレスは本を抱える。


「続けるなら、私も手伝う」


「いいの?」


「あなた一人だと心配だから」


さらっと。


言われた。


悠真の心臓が。


一拍遅れて鳴る。


「……ありがとう」


「別に」


今度は。


セレスが先に歩き出した。


『悠真』


ガルディオ。


『今のは追え』


「なんで?」


『いいから追え!』


「図書館で叫ばないでよ!」


「悠真?」


「なんでもない!」


悠真は慌ててセレスを追った。


その後ろで。


百英雄の中。


ゼルだけが。


破られた本を見ていた。


笑っていなかった。


先生たちは、どうやって死んだ?


夜。


英雄墓廟。


百の墓石。


百人の先生。


いつもと同じ場所。


なのに。


今夜だけは。


違って見えた。


悠真は墓石の前に座った。


「ねえ」


『なんだ』


ガルディオが答える。


「聞いていい?」


『内容による』


クロウ。


悠真は。


少し迷った。


でも。


聞いた。


「先生たちって」


百英雄を見る。


「どうやって死んだの?」


沈黙。


ガルディオが目を逸らした。


リリアは俯く。


エレノアは何も言わない。


クロウまで。


黙っていた。


百人いるのに。


誰一人。


答えない。


「……魔王との戦い?」


空気が変わった。


ほんの少し。


でも。


悠真には分かった。


「関係あるんだ」


『悠真』


ガルディオの声。


低い。


『今日は帰れ』


「なんで?」


『明日は試合だ』


「答えになってないよ」


『いいから』


初めてだった。


百英雄が。


悠真の質問を拒んだ。


「……分かった」


悠真は立ち上がる。


そのとき。


墓廟の奥に。


一人だけ。


いつもと変わらない顔をした男がいた。


黒髪。


穏やかな笑顔。


ゼル。


悠真が。


最も信頼するようになった先生。


「ゼル」


「何?」


「教えて」


「何を?」


「先生たちは」


悠真は聞いた。


「どうやって死んだの?」


ゼルは。


いつものように微笑んだ。


「知りたい?」


「うん」


「どうして?」


「先生たちのことだから」


「それだけ?」


「それじゃ駄目?」


「駄目じゃないよ」


ゼルは。


少しだけ目を細めた。


いつもなら。


ここからまた質問が返ってくる。


悠真はそう思った。


でも。


その夜。


ゼルは初めて。


質問で返さなかった。


「知らないほうがいい」


「……え?」


悠真は聞き返した。


ゼルの笑顔は。


変わらない。


「そのままの意味だよ」


「どうして?」


「知ることが、いつも人を強くするとは限らないから」


「先生たちの死と関係ある?」


答えない。


「魔王討伐と関係ある?」


一瞬。


ゼルの目から。


笑みが消えた。


本当に。


一瞬だけ。


でも。


悠真は見た。


「ゼル……?」


次に瞬きをしたときには。


いつもの笑顔に戻っていた。


「明日は試合だろ?」


「待って」


「今日は休んだほうがいい」


「先生たちは何を隠してるの?」


百人いる。


それでも。


答えは。


返ってこなかった。


悠真は。


百の墓石を見回した。


毎晩。


安心して来ていた場所。


なのに今夜は。


初めて。


その墓石の意味を考えてしまった。


ここにいるのは。


先生たちだ。


そして。


百人全員。


死んでいる。


「……おやすみ」


悠真は。


墓廟を出ていった。


誰も。


引き止めなかった。


まだ早いよ、悠真


足音が完全に消えてから。


ガルディオが口を開いた。


『いつまで隠す』


ゼルは答えない。


『あいつは気づき始めてる』


「うん」


『百人が死んだ時期も』


「うん」


『消された記録も』


「そうだね」


『だったら』


「だからだよ」


ゼルは。


悠真が去った方向を見る。


「悠真は今、自分で選ぶことを覚え始めた」


『それが何だ』


「真実を知れば」


ゼルの声が。


ほんの少しだけ低くなった。


「選べなくなることもある」


ガルディオが黙る。


月明かりが。


百の墓石を照らす。


『いずれ知るぞ』


「分かってる」


『俺たちが、どうして死んだのか』


ゼルの笑顔が消えた。


『そして、お前が――』


「ガルディオ」


静かな声だった。


それだけで。


ガルディオは言葉を止めた。


ゼルは。


一人。


古い墓石へ手を置く。


死者の手は。


石をすり抜けた。


「まだ」


呟く。


誰に聞かせるでもなく。


「まだ早いよ、悠真」


悠真は知らない。


百英雄が。


なぜ同じ時代に死んだのか。


歴史書から。


なぜ《魔王討伐》の先だけが消されたのか。


そして。


その答えを知っている男が。


自分が最も信頼し始めた先生だということを。


第17話 完


次回 第18話

「負けてもいいなんて、言わないで」


学院対抗戦、準決勝。


英雄遺物を手に入れたい。


先生たちの過去を知りたい。


そのためにも。


負けられない。


悠真は《零式歩法》を使う。


一度。


二度。


身体が悲鳴を上げても。


「まだ戦える!」


だが。


そんな悠真を止めたのは。


誰より勝利に厳しいはずのセレスだった。


「負けてもいい!」


「悠真が負けるのが嫌なんじゃない!」


そして。


言ってしまう。


「あなたが傷つくのが嫌なの!」

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