第16話 百人分の戦い方
勇者を育てる名門「王立勇者学院」。
そこで最低評価を受ける落ちこぼれの少年には、誰にも言えない秘密があった。
彼にだけ、死んだ英雄たちの姿が見える。
剣聖、賢者、大魔導師、聖女、軍師。歴代最強と呼ばれた百人の英雄から教えを受け、最弱だった少年は仲間との友情や恋、冒険を通して成長していく。
しかし、百人の中には一人だけ「英雄ではない者」が紛れていた。
その正体は、かつて世界を滅亡寸前まで追い込んだ初代魔王。
なぜ英雄たちは少年を選んだのか。
そして、魔王の本当の目的とは。
これは落ちこぼれの少年が、百一人目の英雄を目指す物語。
開始三秒で、作戦は死んだ
『試合開始!』
その声から、三秒だった。
「前衛、予定通りだ!」
王立アストリア勇者学院の五人が、一斉に地面を蹴る。
前衛のセレスとディランが敵陣を崩し、中衛が穴を広げ、後衛が援護する。
何度も訓練した作戦だ。
少なくとも、開始三秒で壊れる予定ではなかった。
「……動かない?」
聖ルミナ魔法学院の五人は、一歩も前へ出てこない。
代わりに。
全員の足元へ魔法陣が浮かんだ。
五つの魔法陣が重なり合い、巨大な一つの術式へ変わっていく。
『悠真!』
エレノアの声が鋭く響く。
『作戦を捨てなさい!』
「え?」
『今すぐ!』
次の瞬間。
閃光。
「っ!」
視界が白く染まり、爆音が競技場を揺らした。
悠真は吹き飛ばされながら木剣を地面へ突き立てる。
顔を上げる。
そして、息を呑んだ。
競技場の中央を、巨大な光の壁が分断していた。
こちら側には悠真、槍使いのバルト、回復役のフィーナ。
向こう側にセレスとディラン。
完全に分けられた。
「セレス!」
返事はない。
「こんなの聞いてないぞ!」
味方の指揮役だったバルトが叫ぶ。
そりゃそうだ。
悠真だって聞いていない。
開始三秒。
用意してきた作戦は、全部死んだ。
そして。
『正面突破だ!』
『右へ回れ!』
『まず術者を落とせ!』
『視界を切りなさい!』
『回復役の位置を確認してください!』
『地面を見ろ!』
「ちょ、待って!」
百人。
百通りの声。
頭の中が一瞬で戦場になる。
昔の悠真なら、ここで止まっていた。
誰が正しい?
誰の言うことを聞けばいい?
けれど今は。
違う。
全部聞く。
全部覚える。
そのうえで。
選ぶ。
「まず、状況を見る」
敵は攻めてこない。
光の壁を作った直後なのに、追撃がない。
なぜ?
『悠真』
エレノアが問う。
『相手は何をしたい?』
答えをくれない。
最近、先生たちはそういう教え方をする。
「……俺たちを分断して」
いや。
それだけじゃない。
敵の魔法が飛ぶ。
「右!」
三人で伏せた。
続けて左から光弾。
逃げた先へ、また魔法。
一方向へ。
少しずつ。
誘導されている。
「止まれ!」
悠真が叫んだ。
バルトとフィーナが足を止める。
その直後。
一歩先の地面が爆発した。
「ひっ……!」
フィーナが息を呑む。
『罠だ』
クロウ。
悠真も同時に理解した。
「俺たちを罠まで追い込むつもりだったんだ」
「神谷」
バルトが悠真を見る。
「どうする?」
「……俺?」
「このままじゃ詰む」
指揮官じゃない。
学院最弱。
職業は《無職》。
自分一人で敵を倒せと言われても、自信なんてない。
それでも。
フィーナまで悠真を見ていた。
「何か分かったんでしょう?」
百人の先生の声がする。
百通りの答えがある。
でも。
仲間に届くのは。
悠真の声だけだ。
そこで初めて分かった。
今試されているのは。
自分が戦えるかじゃない。
自分が選んだ答えを。
仲間が信じてくれるかだ。
俺を信じて
「バルト」
「おう」
「敵の右端。短い杖の魔法使い、見える?」
「見える」
「三秒だけ突っ込んで」
「その後は?」
「逃げて」
「雑!」
「フィーナはバルトに防御魔法」
彼女が不安そうに眉を寄せる。
「私の防御じゃ、強い魔法は止められないよ」
「止めなくていい」
リリアから教わった言葉を思い出す。
治療役は、傷を消すだけじゃない。
致命傷にさせないのも仕事だ。
「一発だけ耐えられればいい」
フィーナが頷く。
「分かった」
バルトが飛び出した。
当然、敵が反応する。
火球。
「フィーナ!」
「《聖護壁》!」
光の膜がバルトを包む。
直撃。
「ぐおっ!」
吹き飛ぶ。
それでも、倒れない。
「今!」
悠真が走る。
『三歩目を小さく!』
『杖を見るな、肩だ!』
『距離を詰めろ!』
必要な声だけを拾う。
敵の杖が悠真へ向く。
魔法陣。
発動寸前。
右。
左。
伏せる。
先生たちの声が重なる。
悠真が選んだのは。
前。
「っ!」
懐へ飛び込む。
木剣を振る。
しかし。
遅い。
敵は後ろへ跳んだ。
悠真の剣は空を切る。
「くそっ!」
『悠真』
クロウが笑う。
『誰が、お前が倒せと言った?』
「え?」
敵の背後。
「おおおおっ!」
バルトの槍が走った。
穂先が胸当てへ触れる。
判定魔法が光った。
『聖ルミナ魔法学院、一名脱落!』
歓声が爆発する。
「やったぞ、神谷!」
バルトが笑った。
「お前の作戦だ!」
悠真は立ち尽くした。
倒したのは。
自分じゃない。
なのに。
勝敗を動かした。
百人分の戦い方
敵が一人減る。
同時に、光の壁が揺らいだ。
「悠真!」
セレスの声。
「セレス!」
壁が消える。
向こう側から、セレスとディランが現れた。
二人とも無事だ。
ただし。
ディランは全身煤だらけだった。
「……何があったの?」
「聞くな」
セレスが即答する。
「罠を三つ踏んだわ」
「アルヴェイン!」
「全部じゃん!」
「三つしかなかった!」
「全部だよ!」
試合中なのに、少しだけ笑いそうになる。
その瞬間。
敵四人の視線が。
一斉に悠真へ向いた。
「……え?」
「アストリアの《無職》を落とせ!」
「なんで!?」
魔法が集中する。
「悠真!」
セレスが飛び込んだ。
剣閃。
迫る火球を斬り裂く。
爆風の中。
銀髪が舞う。
「無事?」
「助かった!」
「狙われてるわ」
「分かってる!」
「人気者ね」
「嬉しくない!」
二発目。
三発目。
悠真は走る。
逃げながら。
味方を見る。
セレス。
ディラン。
バルト。
フィーナ。
そして。
俺。
何でも中途半端な《無職》。
違う。
何でも。
選べる。
「セレス!」
「何?」
「左の二人、五秒!」
「任せて」
迷いがない。
彼女はすぐ走った。
敵二人の意識がセレスへ寄る。
「ディラン、右から回って!」
「俺に命令するな!」
「三秒後に防御が左へ寄る!」
ディランが悠真を見る。
一瞬だけ。
「外したら許さん!」
それでも走る。
「バルトは中央!」
「おう!」
「フィーナ、セレスを見て!」
「分かった!」
声を出すほど。
戦場が繋がっていく。
剣士を見れば、ガルディオ。
足運びならクロウ。
魔力の流れならエレノア。
傷ついた仲間ならリリア。
これまでバラバラだった教えが。
一つの戦場で。
一つの答えへ変わっていく。
「今だ、ディラン!」
「言われなくても分かっている!」
右から剣。
敵の防御が崩れる。
『一名脱落!』
「セレス、下がって!」
「まだいける!」
「駄目!」
彼女が止まる。
「魔力を使いすぎてる!」
「……」
セレス自身も気づいていなかったらしい。
「フィーナ!」
「《治癒光》!」
光がセレスを包む。
彼女が悠真を見る。
「よく見てるのね」
「先生たちがうるさいから!」
『誰がうるさい』
いっぱい。
「それで?」
セレスが剣を構える。
「次は?」
学院首席が。
自分に判断を求めている。
悠真の胸が鳴る。
怖い。
間違えれば負ける。
自分の判断で。
仲間が傷つくかもしれない。
『悠真』
ゼルの静かな声。
『百点の答えを探してる?』
「……うん」
『そんなもの、戦場にはないよ』
「じゃあ、どうすればいい?」
ゼルが笑った。
『選ぶんだ』
悠真は息を吸った。
四人を見る。
「みんな!」
視線が集まる。
「俺を信じて!」
敵を倒さない戦い方
そこから。
戦場は加速した。
セレスが敵を引きつける。
ディランが空いた側面へ入る。
バルトが中央を潰す。
フィーナが全員の傷と魔力を見る。
悠真は。
走る。
見る。
選ぶ。
「セレス、右!」
「了解!」
「ディラン、下がれ!」
「また命令を」
「罠!」
「もっと早く言え!」
爆発。
「踏んでるじゃん!」
「神谷!」
「バルト、三歩前!」
「最初からそう言え!」
叫びながら。
不思議な感覚があった。
自分が強くなったわけじゃない。
敵の動きが遅くなったわけでもない。
ただ。
みんなが。
悠真と同じ戦場を見始めている。
「フィーナ!」
「もう張ってる!」
防御魔法。
「バルト!」
「中央だろ!」
槍が走る。
「ディラン!」
「左だ!」
剣が敵を追い込む。
そして。
最後の一人。
魔法使いが杖を掲げる。
詠唱。
距離がある。
『零式歩法なら届く』
ゼルの声。
悠真の身体が。
反射的に前へ出ようとする。
使えば。
自分で倒せる。
でも。
必要か?
違う。
悠真は足を止めた。
「セレス!」
彼女が振り返る。
「任せた!」
ほんの一瞬。
セレスの目が見開かれる。
すぐに。
笑った。
「ええ!」
迷いはなかった。
地面を蹴る。
銀色の閃光。
敵の魔法が完成する直前。
セレスの剣先が胸当てへ触れた。
判定魔法が光る。
一瞬の静寂。
そして。
『聖ルミナ魔法学院、全員戦闘不能!』
観客席が揺れる。
『勝者! 王立アストリア勇者学院!』
大歓声。
悠真は。
その場に立ち尽くした。
「……勝った」
「勝ったぞ!」
バルトに背中を叩かれる。
「痛っ!」
「お前、すげえな!」
「神谷君の指示がなかったら、危なかったよ」
フィーナも笑っている。
「勘違いするな」
煤だらけのディランが来た。
「お前の指示は雑だ」
「そこ! とか言ったもんな」
「あと俺だけ罠を二回踏んだ」
「それはディランの問題じゃない?」
「神谷!」
怒鳴られる。
そこで。
「悠真」
セレスが来た。
頬に煤。
髪も少し乱れている。
それでも。
笑っていた。
「ありがとう」
「え?」
「最後」
彼女が剣を見る。
「私に任せたでしょう」
「ああ」
「どうして?」
悠真は少しだけ考えて。
答えた。
「セレスなら、できると思ったから」
彼女の目がわずかに揺れる。
「俺が無理に行くより、絶対にセレスのほうがいい」
「……それだけ?」
「それだけって?」
セレスが少しだけ顔を逸らす。
「なんでもない」
耳が赤い。
『悠真』
ガルディオ。
『今のはあと一言だ』
「何が?」
『黙れ馬鹿』
クロウ。
『本当に分かっていませんね』
リリア。
「先生たち、何の話?」
「先生?」
セレスが首を傾げる。
「いや、人生の先生というか」
「また人生が複数いるの?」
「最近増えた」
「便利ね、あなたの人生」
危ない。
悠真は視線を逸らした。
その先に。
観客席がある。
学院の旗。
立ち上がって歓声を送る生徒。
教師。
そして。
ただ一人。
座ったままの学院長。
笑っていなかった。
じっと。
悠真を見ている。
撃破数、ゼロ
夜。
学院長室。
机の上には第一試合の戦闘記録が置かれていた。
王立アストリア勇者学院。
勝利。
学院長は一人の名前を見つめる。
《神谷悠真》
職業。
《無職》。
撃破数。
ゼロ。
「ゼロ……」
敵を一人も倒していない。
それなのに。
試合が動いた瞬間には。
必ず。
彼の声があった。
剣士の間合い。
槍の特性。
魔法陣の構造。
回復役の魔力管理。
罠への警戒。
戦術。
どれも。
一人の学生が短期間で身につけられる量ではない。
もっと異様なのは。
戦い方に統一性がないことだった。
ある瞬間は剣士。
ある瞬間は魔術師。
次には盗賊のように罠を読み。
その次には。
何十年も戦場を見てきた軍師のように人を動かした。
学院長は。
記録映像を止める。
画面の中。
悠真が叫んでいる。
――俺を信じて。
その一言で。
四人が動いた。
学院長の視線が。
窓の外へ向く。
学院の奥。
今では立ち入る者もほとんどいない。
古い英雄墓廟。
月明かりの下。
百の墓石が並んでいる。
学院長は。
静かに呟いた。
「神谷悠真」
そして。
戦闘記録へ視線を戻す。
「君は――」
ほんのわずかに。
目を細めた。
「誰に教わっている?」
第16話 完
次回 第17話
「先生たちの名前を、俺は知らない」
百人の英雄から、毎晩教わっている。
戦い方も。
考え方も。
馬鹿みたいな失敗談も。
なのに悠真は。
彼らが何者だったのかを、ほとんど知らない。
そして。
百英雄の時代を調べ始めた悠真は。
歴史書から不自然に消されたページに気づく。
「先生たちは……どうやって死んだんだ?」
その問いに。
ゼルだけが。
笑わなかった。




