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第14話 初代魔王の先生は、勝ち方を教えない

勇者を育てる名門「王立勇者学院」。

そこで最低評価を受ける落ちこぼれの少年には、誰にも言えない秘密があった。


彼にだけ、死んだ英雄たちの姿が見える。


剣聖、賢者、大魔導師、聖女、軍師。歴代最強と呼ばれた百人の英雄から教えを受け、最弱だった少年は仲間との友情や恋、冒険を通して成長していく。


しかし、百人の中には一人だけ「英雄ではない者」が紛れていた。


その正体は、かつて世界を滅亡寸前まで追い込んだ初代魔王。


なぜ英雄たちは少年を選んだのか。

そして、魔王の本当の目的とは。


これは落ちこぼれの少年が、百一人目の英雄を目指す物語。

勝つ方法を教えて


「ゼル。勝つ方法を教えて」


英雄墓廟に、俺の声が響いた。


一番信頼している先生なら、きっと答えてくれる。


そう思っていた。


「嫌だ」


三秒で裏切られた。


「…………は?」


「嫌だよ」


「先生だろ!?」


昨夜。


四学院対抗勇者選抜戦の大会要項が届いた。


優勝学院への特別褒賞。


《英雄遺物》。


そこに刻まれていた紋章を見た瞬間、百人の先生たちは黙った。


そしてガルディオは言った。


『……俺たちのだ』


だったら。


取り戻したい。


何もできなかった俺に、戦い方を教えてくれた人たち。


何度転んでも、立ち上がらせてくれた人たち。


その先生たちの物なら。


今度は俺が取り戻したい。


「勝ちたいんだ」


俺はゼルを見た。


「英雄遺物を、先生たちに返したい」


墓石に腰掛けていたゼルは、頬杖をついたまま俺を見る。


「うん。知ってる」


「だったら」


「だから教えない」


「なんで!?」


ゼルは少しだけ笑った。


そして。


唐突に聞いた。


「悠真。勝つためなら、仲間を犠牲にできる?」


「…………」


答えは。


考えるまでもなかった。


「できない」


「でも、仲間を犠牲にすれば優勝できるとしたら?」


「しない」


「英雄遺物が手に入らなくても?」


一瞬だけ。


言葉に詰まった。


百人の先生たちを見る。


取り戻したい。


本当にそう思っている。


だけど。


「それでも嫌だ」


「どうして?」


頭に浮かんだのは。


昨日、俺の手袋を選んでくれた少女だった。


『少しくらい、自分に期待してもいいんじゃない?』


セレスの声が蘇る。


「仲間を犠牲にして手に入れた物を先生たちに渡しても、たぶん俺、嬉しくない」


静寂。


やがて。


ゼルが笑った。


「ほら」


「何が?」


「君は、勝つことが一番じゃない」


「…………」


「だから僕は、君に勝ち方を教えない」


ゼルは墓石から降りた。


「僕が答えを教えて、その通りに君が勝ったら」


俺の前まで歩いてくる。


「それは、君の勝利じゃない」


胸の奥に。


その言葉が落ちた。


昨日の試合を思い出す。


ガルディオの《見切り》。


クロウの足運び。


別の英雄から教わった呼吸法。


誰か一人の技を真似したんじゃない。


教わった。


選んだ。


組み合わせた。


そして。


俺自身が戦った。


「……自分で考えろってこと?」


「惜しい」


「違うの?」


「考えて、選ぶんだよ」


ゼルは俺の胸を指さした。


「百人の先生が百通りの正解を言っても」


その指が。


軽く胸を叩く。


「最後に選ぶのは、君だ」


「…………」


「それができるようになった時、先生の教えは君のものになる」


たぶん。


この人は。


最初からそれを教えたかったんだ。


答えじゃない。


答えの選び方を。


「ゼル」


「何?」


「たまには普通に教えてくれない?」


「嫌だ」


「そこは即答なんだな!」


ゼルが笑った。


その笑顔を見て。


俺も少しだけ笑った。


やっぱり面倒くさい。


でも。


だからこそ。


俺はこの先生を信頼している。


百人の正解


『なら俺が教える』


ガルディオが腕を組む。


『正面から全員斬れ』


「五対五なんだけど」


『五人斬れば終わりだ』


「計算だけは正しい!」


『毒を使え』


クロウ。


「大会だから!」


『見つからなければ問題ない』


「問題しかない!」


エレノアが眼鏡を押し上げる。


『敵の魔法使いを先に潰しなさい』


リリアも続く。


『味方の命を最優先です!』


「ほら!」


俺は頭を抱えた。


「もう全員違う!」


百人いれば。


百通りの正解がある。


以前の俺なら。


混乱して終わっていた。


でも。


今は違う。


「ガルディオ」


『なんだ』


「正面から崩すなら?」


『指揮役だ。頭を潰せば陣形は死ぬ』


「クロウ。正面から行けないなら?」


『視界を切れ。敵に状況を把握させるな』


「エレノア。魔法使いが多かったら?」


『発動前を見る。魔法陣が完成してからでは遅いわ』


「リリア」


『はい』


「勝利と味方の命。どっち?」


『命です』


迷いのない答えだった。


『勝利は取り戻せます。でも、命は取り戻せません』


「……うん」


俺は目を閉じた。


全部。


覚えておく。


でも。


全部は使わない。


必要な時に。


必要なものを。


俺が選ぶ。


目を開ける。


ゼルが。


少しだけ嬉しそうに俺を見ていた。


「これで合格?」


「何の?」


「今の授業!」


「さあ?」


「絶対そうだろ!」


墓廟に笑い声が広がった。


ゼルだけが知っている歩法


笑いが収まった頃。


ゼルが立ち上がった。


「じゃあ、授業の続き」


「まだあるの?」


「勝ち方は教えないけど」


ゼルが墓廟の中央へ歩く。


月明かりが。


その姿を白く照らした。


「一つだけ、技を教えてあげる」


「どっちなんだよ」


「悠真」


ゼルは俺から五歩ほど離れて止まった。


「僕に触ってみて」


「……それだけ?」


「肩に触れれば合格」


嫌な予感しかしない。


それでも。


俺は腰を落とした。


「本気で行くよ」


「どうぞ」


地面を蹴る。


五歩。


四歩。


三歩。


二歩。


届く。


そう思った瞬間。


ゼルが。


消えた。


「え?」


背後。


「遅い」


「うわっ!」


振り返る。


十歩以上離れた場所に。


ゼルが立っていた。


「何した!?」


「歩いた」


「嘘つけ!」


『本当だ』


ガルディオの声。


俺はゼルを見る。


魔法じゃない。


なら。


身体強化?


違う。


魔力の動きすら感じなかった。


「もう一回」


「いいよ」


今度は。


《見切り》を使う。


攻撃そのものじゃない。


攻撃が始まる前を見る。


足。


肩。


腰。


呼吸。


視線。


ゼルは動かない。


なのに。


次の瞬間。


また。


消えた。


「くそっ!」


今度は横。


「もう一回!」


三度目。


見る。


足だけじゃない。


全身。


呼吸。


重心。


関節。


その時。


見えた。


ゼルの身体が。


ほんのわずかに沈む。


膝だけじゃない。


足首。


腰。


背中。


肩。


全身が。


一瞬だけ。


一本のばねになった。


次の瞬間。


ゼルが消える。


いや。


違う。


見えた。


一歩。


たった一歩。


なのに。


人間の動きじゃない。


「……今の」


呼吸を忘れていた。


「見えた?」


「少しだけ」


ゼルが笑った。


「十分」


月明かりの下で。


彼は言った。


「《零式歩法》」


聞いたことのない名前だった。


「魔力を使わず、一瞬だけ身体能力の限界を越える」


「魔力なしで?」


「そう」


心臓が跳ねた。


俺は魔法が苦手だ。


魔力量も少ない。


でも。


これは違う。


これなら。


俺にも。


「教えて」


即答した。


「ゼル。それ、俺に教えて!」


その瞬間だった。


百人が同時に叫んだ


『それだけは教えるな!』


空気が。


震えた。


「……え?」


一人じゃない。


ガルディオ。


クロウ。


エレノア。


リリア。


今まで。


ほとんど話したことのない英雄まで。


百人全員が。


同時に叫んでいた。


初めてだった。


いつだって。


剣か。


魔法か。


逃げるか。


戦うか。


百人いれば。


百通りの意見が出る。


その百人が。


今だけは。


同じ答えを出した。


『ゼル』


ガルディオが前へ出る。


顔から。


いつもの笑いが消えていた。


『それは駄目だ』


「どうして?」


ゼルが静かに聞く。


『分かってるだろ』


二人の間に。


俺の知らない何かがある。


「待って」


俺は割って入った。


「その技、危険なの?」


「危険だよ」


ゼルはあっさり答えた。


「使い方を間違えれば、身体が壊れる」


「先に言って!?」


『だから止めているんです!』


リリアが叫ぶ。


『筋肉だけではありません。腱、関節、骨。身体そのものに無理やり限界以上の力を出させる技です』


「…………」


強い。


でも。


代償がある。


俺は自分の手を見る。


この技が使えれば。


もっと戦える。


英雄遺物へ。


近づける。


けれど。


さっき。


ゼルに聞かれたばかりだ。


勝つためなら。


仲間を犠牲にできるか。


できない。


だったら。


自分なら壊していいのか?


それも。


たぶん違う。


俺が倒れたら。


困る人がいる。


怒る人も。


きっといる。


銀色の髪が。


一瞬だけ脳裏をよぎった。


「ゼル」


「うん」


「危険性を全部教えて」


ゼルが少し目を見開く。


「それから、自分で決める」


「覚えたいんじゃないの?」


「覚えたい」


「勝ちたい?」


「勝ちたい」


「英雄遺物も?」


「欲しい」


だからこそ。


「自分で選びたい」


しばらく。


ゼルは何も言わなかった。


やがて。


その口元が緩む。


「……合格」


「やっぱり試験だったの!?」


「半分くらい」


「残り半分は!?」


「秘密」


「またそれかよ!」


でも。


百人の英雄は。


誰も笑わなかった。


「…………」


おかしい。


危険だから。


それだけじゃない。


この人たちは。


《零式歩法》そのものを嫌がっている。


いや。


恐れている?


「ゼル」


「何?」


「誰が作ったの?」


空気が。


凍った。


ガルディオの拳が。


ゆっくり握られる。


クロウが目を細める。


エレノアが黙る。


リリアは。


俺から視線を逸らした。


まただ。


《英雄遺物》を見た時と。


同じ沈黙。


百人が知っている。


俺だけが知らない。


「先生たち」


誰も答えない。


俺はゼルを見る。


ゼルだけが。


いつものように笑っていた。


でも。


その笑顔は。


どこか遠かった。


「ゼル」


もう一度。


聞く。


「この技を作ったのは、誰?」


ガルディオが低く言った。


『言うな』


ゼルは。


しばらく黙っていた。


月が雲に隠れる。


英雄墓廟から。


光が消えた。


やがて。


暗闇の中。


ゼルの声だけが響いた。


「名前は、まだ教えられない」


「どうして?」


「君が知るには早すぎるから」


「じゃあ、一つだけ」


俺は食い下がった。


「どうして百人全員が、この技を嫌がるの?」


長い沈黙。


そして。


ゼルは。


笑わなかった。


「この技を作った人間は、勇者じゃなかったからだよ」


第14話 完


次回 第15話

「天才少女は、ちょっとだけ嫉妬する」


学院対抗戦を前に、他学院の代表たちが集結する。


そこで悠真へ近づいてきたのは、明るく人懐っこい他学院の少女。


「ねえ悠真、今度一緒に訓練しない?」


「いいけど」


「…………」


「セレス?」


「別に」


百人の英雄たちだけが気づいていた。


学院首席の天才少女が。


ほんの少しだけ。


機嫌を悪くしていることに。

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