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13/25

第13話 勇者候補なのに、デートすることになった

勇者を育てる名門「王立勇者学院」。

そこで最低評価を受ける落ちこぼれの少年には、誰にも言えない秘密があった。


彼にだけ、死んだ英雄たちの姿が見える。


剣聖、賢者、大魔導師、聖女、軍師。歴代最強と呼ばれた百人の英雄から教えを受け、最弱だった少年は仲間との友情や恋、冒険を通して成長していく。


しかし、百人の中には一人だけ「英雄ではない者」が紛れていた。


その正体は、かつて世界を滅亡寸前まで追い込んだ初代魔王。


なぜ英雄たちは少年を選んだのか。

そして、魔王の本当の目的とは。


これは落ちこぼれの少年が、百一人目の英雄を目指す物語。

学院第七位に勝った翌日、もっと難しい問題が発生した

「悠真。今日の放課後、空いている?」


学院ランキング第七位に勝った翌朝。


学院首席の美少女から、突然そんなことを言われた。


教室が静まり返った。


「……空いてるけど」


「なら、王都へ行くわよ」


「王都?」


「対抗戦用の装備を揃えるの。あなたも必要でしょう?」


「なるほど」


俺は納得した。


周囲は納得しなかった。


「二人で?」


誰かが呟いた。


別の誰かが続ける。


「それって……デートじゃない?」


「違うわ」


セレスが即答した。


「だよね!」


俺も即答した。


なぜか。


ほんの少しだけ胸が痛んだ。


その瞬間。


『デートだ!』


頭の中で剣聖ガルディオが叫んだ。


『間違いなくデートです!』


聖女リリアまで参戦する。


『男女二人で王都へ買い物。統計的にはかなり怪しいわね』


エレノアが眼鏡を押し上げる。


「違うから!」


思わず声が出た。


セレスが怪訝そうに俺を見る。


「何が?」


「……人生と話してた」


「あなたの人生、朝からずいぶん騒がしいのね」


「最近ずっとこんな感じ」


昨日。


俺は学院ランキング第七位に勝った。


百人の英雄から教わった技を、そのまま使ったわけじゃない。


ガルディオの《見切り》。


クロウの足運び。


別の英雄から教わった呼吸法。


それを俺なりに削って、混ぜて、どうにか勝った。


そして今日。


学院の廊下を歩くだけで。


「神谷だ」


「あいつが第七位に勝った?」


「《無職》なのに?」


そんな声が聞こえてくる。


昨日までとは。


明らかに違う。


俺を見る目が変わり始めている。


なのに。


俺自身だけが。


その変化についていけていなかった。


「悠真?」


「あ、うん」


「放課後、正門で」


「了解」


セレスはそれだけ言って、自分の席へ戻った。


『デートだな』


「まだ言うの?」


『デートですね』


「リリアまで!?」


『頑張れ』


クロウ。


「暗殺者から恋愛を応援される日が来るとは思わなかったよ!」


クラスメイトが。


また俺から少し離れた。


……慣れてくれ。


俺だって大変なんだ。


装備を買うだけなのに、距離が近い

放課後。


俺とセレスは王都の大通りを歩いていた。


商人の呼び声。


馬車の車輪。


焼きたてのパンの匂い。


剣や防具を並べた露店。


異世界へ来てしばらく経った今でも。


こういう景色には少し胸が躍る。


「悠真」


「ん?」


「離れないで」


「子供じゃないよ」


「そういう意味ではないわ」


セレスが前を見る。


かなりの人混みだ。


確かに。


少し油断すれば、見失うかもしれない。


「分かった」


そう答えた直後。


制服の袖が。


軽く引かれた。


「…………」


見る。


セレスの指が。


俺の袖をつまんでいた。


「何?」


「いや……」


近い。


普段より。


少しだけ。


『手を握れ!』


ガルディオ。


『今です!』


リリア。


『自然にね』


エレノア。


『人混みを利用しろ』


クロウ。


「暗殺者だけ発想がおかしい!」


「悠真?」


「人生が暴走してる!」


「そう」


セレスはため息をついた。


けれど。


俺の袖から。


指を離さなかった。


それだけなのに。


なぜか心臓が。


昨日の試合より忙しかった。


学院最弱、買い物では完全敗北する

最初に入ったのは。


冒険者向けの装備店だった。


剣。


盾。


革鎧。


ローブ。


靴。


手袋。


所狭しと並んでいる。


「……分からん」


「何が?」


「全部」


セレスが呆れた顔をした。


「一人で選べると言っていたでしょう」


「店に入るまでは選べる気がしてた」


「その自信はどこから来るの?」


俺にも分からない。


セレスは棚を見て回り。


一組の黒い手袋を取った。


「これ」


「普通の手袋に見えるけど」


「つけてみて」


手を通す。


「……お」


軽い。


手首を動かしても邪魔にならない。


木剣を握ってみる。


革が手のひらへ吸いつく。


「すごい」


「でしょう?」


セレスの口元が。


ほんの少し上がった。


俺は値札を見た。


「…………」


そっと戻した。


「何をしているの?」


「見なかったことにした」


「どうして?」


「高い」


「必要な装備でしょう?」


「俺の財布には致命傷なんだけど」


「命よりは安いわ」


強い。


正論が強すぎる。


俺は隣の安い手袋を取った。


「これで」


「滑る」


「じゃあ、こっち」


「縫製が甘い」


「これは?」


「硬すぎるわ」


「……店員さん?」


「違う」


最終的に。


最初の手袋へ戻ってきた。


セレスがそれを持つ。


「私は、これがいいと思う」


「でも高い」


「私が選んだのが嫌?」


「買います」


即答だった。


自分でも驚くほど速かった。


『弱い』


エレノアが呟く。


「うるさい!」


「誰に怒っているの?」


「自分の意志の弱さ!」


会計を済ませた。


財布が軽くなった。


でも。


新しい手袋をつけて。


もう一度、木剣を握る。


やっぱり。


しっくりくる。


「ありがとう、セレス」


「私は選んだだけよ」


「それでも」


俺は手袋を見る。


「俺、自分にこんないい装備が必要だと思ってなかったから」


「どうして?」


「だって俺、《無職》だし」


口にして。


しまったと思った。


昨日。


学院第七位に勝った。


それでもまだ。


心のどこかにいる。


学院最弱の俺が。


「どうせ俺なんか」と。


勝手に線を引いている。


セレスは。


笑わなかった。


「悠真」


「ん?」


「昨日、あなたは勝った」


「うん」


「偶然?」


「……違うと思いたい」


「私は違うと思っている」


迷いのない声だった。


俺を見る青い瞳にも。


迷いはない。


「なら」


セレスは言った。


「少しくらい、自分に期待してもいいんじゃない?」


胸の奥へ。


その言葉が。


静かに落ちた。


百人の英雄から。


何度も褒められた。


何度も怒鳴られた。


何度も教えられた。


でも。


同じ場所で戦っている誰かに。


こんなふうに言われるのは。


少し違った。


「……努力します」


「努力することなの?」


「急には無理なんだよ」


「そう」


セレスが。


少しだけ笑った。


「なら、少しずつでいいわ」


その笑顔を。


俺は。


いつもより少し長く見ていた。


今度は、俺が選ぶ

装備を一通り買い終え。


店を出たところで。


俺は一軒の露店の前で足を止めた。


髪飾り。


指輪。


首飾り。


小さな装飾品が並んでいる。


その中に。


銀色の髪飾りがあった。


派手じゃない。


高価な宝石がついているわけでもない。


小さな。


淡い青色の石。


なぜか。


目に止まった。


「…………」


セレスの目に。


似ていると思った。


『買え』


「うわっ」


ガルディオが突然現れた。


『買いなさい』


エレノア。


『絶対似合います!』


リリア。


『買え』


クロウ。


「なんでこういう時だけ意見が一致するんだよ!」


セレスが振り返る。


「どうしたの?」


「いや、何でも」


視線を戻す。


遅かった。


セレスも。


髪飾りを見た。


「……綺麗ね」


「うん」


沈黙。


なんだ。


この空気。


買うのか?


俺が?


セレスに?


いや。


違う。


手袋を選んでもらった。


そのお礼だ。


そう。


お礼。


それ以上ではない。


「セレス」


「何?」


髪飾りを手に取る。


「これ」


「……私に?」


「うん」


「どうして?」


「手袋のお礼」


『ヘタレ!』


ガルディオ。


「うるさい!」


「悠真?」


「人生!」


もう何回目だ。


俺は髪飾りを差し出した。


「高い物じゃないけど」


セレスは。


すぐには受け取らなかった。


青い瞳が。


髪飾りから。


俺へ移る。


「悠真が選んだの?」


「うん」


「自分で?」


「そこ確認する?」


「だって、あなたでしょう?」


「俺の信用どうなってるの?」


ほんの少し。


セレスが笑った。


そして。


髪飾りを受け取る。


その時。


指先が触れた。


一瞬だけ。


なのに。


やけに長く感じた。


「……ありがとう」


声が。


いつもより小さい。


「つけないの?」


「今?」


「うん」


「……今はいい」


「そっか」


なぜか。


ちょっと残念だった。


セレスは。


そんな俺の顔を見て。


何か言おうとした。


でも。


結局。


何も言わなかった。


ただ。


髪飾りを。


鞄の奥へしまうのではなく。


小さな内ポケットへ。


丁寧に入れた。


デートじゃない。たぶん

買い物を終える頃には。


王都が夕焼けに染まっていた。


俺たちは広場のベンチへ座った。


「疲れた……」


「昨日、第七位と戦った人間の台詞とは思えないわね」


「昨日戦ったから疲れてるんだよ」


「体力も鍛えたほうがいいわ」


「明日からにしよう」


「今日から」


「先生が増えた!」


『いい心がけだ』


ガルディオ。


「増えなくていい!」


セレスが横目で俺を見る。


「今日は特に騒がしいのね。あなたの人生」


「恋愛に詳しい人が多いらしい」


言ってから。


しまった。


セレスが。


こっちを向いた。


「恋愛?」


「いや」


逃げろ。


クロウ先生。


こういう時こそ何か教えてくれ。


『撤退しろ』


役に立たない!


「先生たちが」


そこまで言って。


止まる。


セレスには。


百人の英雄が見えない。


俺が。


死んだ英雄たちから教わっていることも。


まだ話していない。


「……何でもない」


「そう」


セレスは。


それ以上聞かなかった。


夕暮れの風が。


銀色の髪を揺らす。


俺は。


ふと思った。


さっきの髪飾り。


絶対。


似合う。


「何?」


「え?」


「さっきから私を見ているでしょう」


「見てない」


「見てた」


「夕日を」


「夕日は反対側よ」


終わった。


逃げ道がない。


『言え!』


ガルディオ。


『今です!』


リリア。


『素直に』


エレノア。


『逃げろ』


クロウ。


「一人だけ方針が違う!」


「悠真?」


俺は観念した。


「……髪飾り」


「え?」


「似合うと思っただけ」


セレスが。


黙った。


夕焼けのせいだろうか。


頬が。


少しだけ。


赤く見えた。


「……そう」


それだけ。


それだけなのに。


心臓が。


妙にうるさい。


昨日。


学院第七位の剣を前にした時より。


ずっと。


どうしていいか分からなかった。


『デートだな』


ガルディオが。


勝ち誇ったように言った。


今度は。


否定する言葉が。


すぐには出なかった。


学院首席は、一人になると少しだけ弱い

その夜。


女子寮。


自室へ戻ったセレスは。


鞄から。


小さな髪飾りを取り出した。


銀色。


淡い青の石。


高価な物ではない。


魔法効果もない。


有名な職人の作品でもない。


ただの。


髪飾り。


セレスは。


しばらく見つめた。


やがて。


鏡の前へ立つ。


髪へ。


つけた。


「…………」


鏡を見る。


すぐに。


外す。


机へ戻そうとする。


手が。


止まる。


もう一度。


つける。


今度は。


少し角度を変える。


銀髪を整える。


鏡を見る。


「……何をしているの、私は」


答える者はいない。


それなのに。


鏡の中の少女は。


ほんの少しだけ。


嬉しそうに見えた。


セレスは。


その顔を見て。


さらに少しだけ。


頬を赤くした。


百人の英雄から、笑い声が消えた

同じ頃。


俺は英雄墓廟へ来ていた。


「見てください!」


買ったばかりの手袋を見せる。


『ほう』


ガルディオが腕を組む。


『悪くない』


「セレスが選んでくれた」


『デートだ!』


「結局そこ!?」


『髪飾りは渡したんですか!?』


リリアが食いついてくる。


「渡したよ!」


『反応は!?』


「普通だった」


『馬鹿者!』


ガルディオ。


「なんで怒られるの!?」


いつもの。


騒がしい墓廟。


百人の英雄が。


好き勝手に喋る。


ゼルだけが。


少し離れた墓石に座っていた。


「楽しかった?」


「買い物?」


「うん」


俺は。


少し考えた。


手袋。


人混み。


袖をつまんだ指。


髪飾り。


夕焼け。


「……楽しかった」


「なら、よかった」


ゼルが笑う。


いつもの。


何を考えているか分からない笑顔だった。


その時。


「神谷悠真!」


墓廟の入口から。


学院の使者が走ってきた。


「学院長から、代表候補者全員へ通達だ!」


「俺に?」


封書を渡される。


「四学院対抗勇者選抜戦の開催地から、正式な大会要項が届いた!」


「分かった。ありがとう」


使者が去ったあと。


俺は封を切った。


開催日時。


会場。


参加学院。


競技形式。


そして。


最後の項目で。


指が止まった。


「今年度優勝学院への特別褒賞……」


読み上げる。


「《英雄遺物》?」


その瞬間。


墓廟から。


音が消えた。


「……え?」


顔を上げる。


さっきまで。


デートだ。


髪飾りだ。


と騒いでいた百人の英雄が。


全員。


黙っている。


「先生?」


誰も答えない。


ガルディオ。


クロウ。


エレノア。


リリア。


全員の視線が。


俺の持つ紙へ。


正確には。


そこに描かれた。


英雄遺物の紋章へ。


向けられていた。


「ガルディオ?」


『…………』


「これ、何?」


しばらくして。


ガルディオが。


低い声で言った。


『……俺たちのだ』


「え?」


聞き間違えたと思った。


『その紋章』


ガルディオの拳が。


ゆっくり握られる。


『俺たちが生きていた時代のものだ』


背中が。


ぞくりとした。


もう一度。


大会要項を見る。


《英雄遺物》。


百年以上前のものと推定。


由来不明。


優勝学院へ授与。


「じゃあ」


俺は。


百人の先生を見る。


「これ……先生たちと関係あるの?」


誰も。


答えなかった。


その沈黙が。


答えだった。


そして。


もう一人。


いつもと違う人間がいた。


ゼル。


何を聞いても。


すぐには答えず。


楽しそうに笑いながら。


俺へ問いを返してくる男。


そのゼルが。


笑っていない。


英雄遺物の紋章を。


じっと見ていた。


「ゼル?」


呼びかける。


ゼルの黒い瞳が。


ほんの一瞬。


遠い場所を見た。


懐かしむように。


あるいは。


失った何かを見るように。


そして。


小さく。


呟いた。


「……まだ、残ってたんだ」


「え?」


ゼルが。


俺を見る。


いつもの笑顔へ戻った。


「何でもないよ」


「いや、今」


「悠真」


逆に。


ゼルが聞いた。


「それ、欲しい?」


紙に描かれた。


英雄遺物。


俺は。


百人の先生を見る。


ガルディオ。


クロウ。


エレノア。


リリア。


名前も。


生きた時代も。


伝説も。


少しずつ知ってきた。


でも。


俺は。


この人たちがどう死んだのかすら。


ほとんど知らない。


この人たちが。


何を失ったのかも。


知らない。


だったら。


せめて。


「欲しい」


答えた。


「先生たちの物なら」


大会要項を握る。


「取り戻したい」


墓廟が。


静かになった。


ガルディオが。


俺を見る。


『簡単に言いやがる』


「簡単じゃないよ」


俺は笑った。


「俺、学院第七位に勝つだけで死にそうだったんだから」


『なら諦めるか?』


「まさか」


手袋を。


ぎゅっと握る。


セレスが。


選んでくれた手袋。


昨日までの俺なら。


きっと言っていた。


無理だ。


俺なんかじゃ。


勝てない。


でも。


今は。


少し違う。


「先生が百人もいるんだろ?」


百人の英雄を見る。


「だったら」


息を吸う。


「百人分、教えてよ」


一瞬。


静寂。


そして。


『だから百倍揉めるんだ!』


ガルディオが叫んだ。


「そこは百倍強くなるところだろ!」


墓廟に。


笑い声が戻った。


だけど。


その輪の向こうで。


ゼルだけは。


英雄遺物の紋章を。


静かに見つめていた。


その表情の意味を。


俺はまだ知らない。


英雄遺物と。


百人の先生。


そして。


初代魔王ゼル。


三つが。


どこでつながっているのかも。


まだ。


何も知らなかった。


ただ。


一つだけ。


決まった。


学院対抗戦。


俺は。


勝ちたい。


先生たちの過去を。


取り戻すために。


そして。


そのために俺は。


翌日。


一番信頼している先生へ。


こう頼むことになる。


「ゼル。勝つ方法を教えて」


その答えが。


まさか。


「嫌だ」


だとは。


この時の俺は。


知る由もなかった。


第13話 完

次回 第14話

「初代魔王の先生は、勝ち方を教えない」

英雄遺物を取り戻したい。


だから悠真は。


最も信頼する先生へ頼む。


「ゼル。勝つ方法を教えて」


しかし。


初代魔王は笑って答えた。


「嫌だ」


「先生だろ!?」


そしてゼルは。


いつものように。


答えではなく。


一つの問いを差し出す。


「勝つためなら、仲間を犠牲にできる?」


さらに。


ゼルが悠真へ教えようとした一つの技を見た瞬間。


百人の英雄が。


初めて同時に叫ぶ。


『それだけは教えるな!』


魔力を使わず。


一瞬だけ。


人間の限界を越える禁断の歩法。


《零式歩法》。


そしてゼルは。


誰も知らない言葉を口にする。


「この技を作った人間は、勇者じゃなかったからだよ」

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