↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
10/26

第10話 百人目の先生

勇者を育てる名門「王立勇者学院」。


そこで最低評価を受ける落ちこぼれの少年には、誰にも言えない秘密があった。




彼にだけ、死んだ英雄たちの姿が見える。




剣聖、賢者、大魔導師、聖女、軍師。歴代最強と呼ばれた百人の英雄から教えを受け、最弱だった少年は仲間との友情や恋、冒険を通して成長していく。




しかし、百人の中には一人だけ「英雄ではない者」が紛れていた。




その正体は、かつて世界を滅亡寸前まで追い込んだ初代魔王。




なぜ英雄たちは少年を選んだのか。


そして、魔王の本当の目的とは。




これは落ちこぼれの少年が、百一人目の英雄を目指す物語。

「勇者にならなくてもいいんじゃない?」


百人の英雄を先生に持つ俺が。


百一人目の死者から最初に教えられたのは。


剣でも。


魔法でも。


必殺技でもなかった。


勇者にならないという選択肢だった。


「…………は?」


俺はゼルの顔を見た。


黒髪の青年は、いたって真面目だった。


「今、なんて?」


「勇者にならなくてもいいんじゃない?」


聞き間違いではなかった。


『貴様ァ!』


横からガルディオの怒声が飛んできた。


『悠真に何を吹き込んでいる!』


「何も」


ゼルは涼しい顔だ。


「本人の人生なんだから、本人が決めればいいと言っただけだよ」


『こいつは勇者になる!』


「どうして?」


『俺たちが育てるからだ!』


「それは君たちが決めたことだろう?」


『ぐっ……』


あ。


ガルディオが負けた。


百年前の剣聖。


口喧嘩、一敗。


「いや、待って」


俺は二人の間へ割って入った。


「ここ勇者学院だからね?」


「知ってるよ」


「俺、勇者になるためにここにいるんだけど」


「それも知ってる」


「じゃあなんで勇者にならなくていいんだよ!」


ゼルは少しだけ首を傾げた。


そして。


「悠真」


「何?」


「君は、なぜ勇者になりたい?」


まただ。


この男は。


答えの代わりに。


いつも質問を返してくる。


「強くなりたいから」


「なぜ?」


「人を守りたいから」


「誰を?」


「……」


言葉が。


止まった。


頭に浮かんだのは。


金色の髪だった。


青い瞳。


怪我をしても「大丈夫」と言い張る。


やたら強くて。


やたら真面目で。


たまに。


どうしようもなく不器用な少女。


セレス。


それから。


ミア。


学院の仲間。


百人の先生たち。


日本に残してきた家族。


いろんな顔が浮かんだ。


だから。


俺は答えた。


「……みんな」


ゼルが笑った。


「便利な言葉だね」


「うるさい!」


やっぱりこいつ嫌いかもしれない。


「じゃあゼルなら何て答えるんだよ」


「僕?」


「そうだよ」


今度は。


ゼルが黙った。


ほんの一瞬だった。


でも。


初めて。


この男の笑顔が消えた。


「僕は」


そして。


また笑う。


「もう、守れなかったから」


「え?」


「何でもない」


それ以上。


ゼルは答えなかった。


俺も。


なぜか。


聞けなかった。


強くなれと言わない先生

翌日。


俺はまた英雄墓廟へ来ていた。


百基の墓。


百人の先生。


そして。


「なんで普通にいるんだよ」


「いたら駄目?」


ゼルがいた。


『駄目だ!』


ガルディオが即答する。


「ガルディオには聞いてない!」


『聞け!』


「どっちだよ!」


エレノアが額を押さえる。


『朝からうるさいわね……』


クロウは離れた場所からゼルを睨んでいる。


リリアだけが困ったように笑っていた。


そして。


俺は木剣を握る。


「今日は何を教えてくれる?」


ゼルに聞いた。


『なぜそいつに聞く!』


「だって先生なんだろ?」


『違う!』


また即答された。


ゼルは苦笑する。


「僕は剣なんて教えないよ」


「じゃあ魔法?」


「それも教えない」


「何なら教えられるんだよ!」


「質問」


「いらねえ!」


俺が叫ぶと。


ゼルが木剣を指さした。


「それ、楽しい?」


「……は?」


「剣」


また。


変な質問。


「楽しいかって?」


「うん」


考える。


最初は。


大嫌いだった。


手の皮は剥ける。


腕は痛い。


ガルディオは容赦がない。


何度地面に転がされたか分からない。


でも。


昨日できなかったことが。


今日は少しできる。


見えなかった攻撃が。


ほんの少しだけ見える。


剣を振るたび。


自分が昨日とは違う人間になっていく。


「……ちょっと」


俺は木剣を見る。


「楽しくなってきた」


「なら、続ければいい」


「それだけ?」


「それだけ」


『指導になっていない!』


ガルディオが叫ぶ。


けれど。


ゼルは俺から目を逸らさなかった。


「ただし」


「?」


「剣が好きなことと、勇者になりたいことは別だよ」


俺の手が止まった。


「強くなることと、勇者になることも違う」


「……」


「敵を倒せることと」


ゼルは言った。


「誰かを守れることもね」


その瞬間。


昨日の問いが戻ってきた。


誰を守りたい?


まだ。


答えはない。


「ゼル」


「何?」


「答え、教えてくれないの?」


「僕の答えを?」


「うん」


ゼルは笑った。


「嫌だよ」


「なんで!?」


「だって」


胸の奥を見透かすような目だった。


「僕の答えで生きたら、それは悠真の人生じゃないだろう?」


言葉が。


出なかった。


ガルディオは。


俺を強くしようとしてくれる。


エレノアも。


リリアも。


クロウも。


百人全員が。


俺を勇者にしようとしてくれる。


でも。


ゼルだけだった。


俺が勇者になりたいのか。


そこから聞いてきたのは。


「……変な先生」


「だから先生じゃないって」


「じゃあ」


俺は笑った。


「今日から先生な」


ゼルの表情が。


止まった。


百一人目

『悠真!』


ガルディオが叫んだ。


『やめろ!』


冗談じゃない。


本気だった。


「なんで?」


『そいつだけは駄目だ!』


「でも」


俺はゼルを見る。


「俺、こいつと話すの好きだよ」


「……」


ゼルが。


珍しく黙った。


「ガルディオはすぐ走れって言うし」


『必要だからだ!』


「エレノアは実験したがるし」


『研究よ』


「クロウはすぐ逃げろって言う」


『生存術だ』


「リリアは料理しようとする」


『どうして私だけ扱いが違うんですか!?』


「だって死人が出る!」


『ひどいです!』


墓廟が騒がしくなる。


いつもの。


俺の先生たちだ。


笑って。


怒って。


馬鹿みたいなことを言って。


でも。


本気で俺を強くしようとしてくれる。


俺は。


この人たちが好きだった。


だからこそ。


ゼルは違った。


「百人の先生は、俺を強くしてくれる」


俺は言った。


「でもゼルは」


青年を見る。


「俺が何になりたいかを考えさせる」


ゼルの笑顔が消えた。


「だから」


少し恥ずかしい。


それでも。


言った。


「百一人目でいいじゃん」


「……」


「俺の先生になってよ」


しん。


墓廟が静まり返った。


ゼルが。


俺を見ていた。


いつもの余裕のある顔ではなかった。


「悠真」


「何?」


「後悔するかもしれないよ」


「何を?」


「僕を先生にしたことを」


その言葉だけ。


妙に冷たく聞こえた。


「どうして?」


「いつか」


ゼルは。


少し寂しそうに笑った。


「僕が何者なのか知った時に」


やっぱり。


何か隠している。


名前のない墓。


迷宮の隠し通路。


百人の先生たちの反応。


分からないことだらけだ。


だから。


俺は言った。


「その時に決める」


「……え?」


「今決める必要ないだろ?」


俺は笑う。


「それ、ゼルが俺に教えたことじゃん」


ゼルが。


目を見開いた。


そして。


しばらくして。


「……一本取られたな」


小さく。


笑った。


その顔は。


少しだけ。


嬉しそうだった。


「誰を守りたい?」の答え

墓廟を出ると。


廊下の壁に。


セレスがいた。


「遅い」


「なんでいるの!?」


「待っていたから」


「それを普通に言うの怖いから!」


セレスは俺を見る。


「何をしていたの?」


「修行」


「また?」


「今日は剣じゃない」


「魔法?」


「人生」


「……」


セレス。


無言。


「その顔やめて!」


「あなた、疲れているの?」


「正常です!」


並んで歩く。


セレスの脚は。


まだ完全には治っていない。


だから。


無意識に。


俺は彼女の歩幅へ合わせていた。


しばらくして。


セレスが聞いた。


「悠真」


「ん?」


「何かあった?」


「どうして?」


「顔」


「そんなに出てる?」


「普段より三割ほど賢そう」


「普段の俺どうなってんだよ!」


セレスが。


小さく笑う。


俺は。


昨日からずっと。


胸に引っかかっている問いを思い出した。


「セレス」


「何?」


「誰かを守りたいって思うのと」


彼女を見る。


「勇者になりたいって思うのは、同じなのかな」


セレスが。


足を止めた。


俺も止まる。


「……分からないわ」


意外だった。


何でも答えられる。


学院首席。


天才少女。


そんな彼女が。


「分からない」と言った。


「私も」


少し。


視線を落とす。


「強くなれば、もう誰も失わないと思っていた」


姉。


その言葉は。


口にしなかった。


でも。


俺には分かった。


「でも」


セレスは顔を上げる。


「強くなることと、誰かを守れることが同じなのかは」


少しだけ。


困ったように笑った。


「最近、分からなくなった」


「そっか」


「あなたは?」


「俺も」


二人で。


笑った。


答えは。


何も出ていない。


なのに。


少しだけ。


安心した。


「じゃあ」


セレスが言う。


「一緒に考えればいいんじゃない?」


「え?」


「あなた一人だけ先に答えを見つけたら」


青い瞳。


俺を見る。


「ずるいでしょう?」


どくん。


心臓が。


妙な音を立てた。


近い。


いや。


昨日より。


セレスとの距離が。


なんとなく。


近い。


「……分かった」


「何が?」


「いや」


俺は前を向く。


「一緒に考えよう」


誰を守りたい?


まだ。


答えられない。


でも。


その問いを考えた時。


最初に浮かぶ顔が。


誰なのかだけは。


もう。


分かっていた。


世界を滅ぼした男

その夜。


英雄墓廟。


悠真の足音が。


完全に消える。


石扉が閉じる。


そして。


静寂。


シャッ。


一振りの剣が抜かれた。


ゼルの胸へ。


剣先が向けられる。


ガルディオだった。


続いて。


エレノア。


杖。


クロウ。


短剣。


リリア。


祈り。


槍。


弓。


斧。


魔法陣。


百人の英雄が。


一斉に。


武器を構える。


一人の死者へ。


ゼルだけが。


動かなかった。


「またこれか」


『もう誤魔化すな』


ガルディオの声は。


低い。


「何を?」


『悠真に近づく目的だ』


「向こうから来るんだよ」


『ふざけるな!』


剣聖の怒声が。


墓廟を震わせた。


『お前が何をしたのか』


剣を握る手に。


力が入る。


『俺たちが忘れたと思ったか』


ゼルの笑顔が。


消えた。


「……思っていないよ」


『なら答えろ』


ガルディオが。


さらに一歩。


踏み込む。


『なぜ』


剣先。


ゼルの心臓。


『世界を滅ぼした初代魔王が』


静寂。


エレノアが目を伏せる。


クロウの殺気が膨れ上がる。


リリアは。


悲しそうにゼルを見ていた。


そして。


百年以上。


誰も口にしなかった名を。


ガルディオが告げる。


『ゼル=ヴァルディア』


空気が。


凍った。


『なぜ英雄の墓にいる』


ゼルは。


答えなかった。


代わりに。


閉ざされた扉を見る。


その向こうには。


もう。


悠真はいない。


それでも。


まるで。


少年の背中が見えているように。


ゼルは笑った。


「ガルディオ」


『何だ』


「今日」


少しだけ。


嬉しそうだった。


「あの子が僕を先生って呼んだよ」


『……だから何だ』


「嬉しかった」


その一言に。


ガルディオの顔が。


わずかに歪む。


「百年前は」


ゼルが続ける。


「誰も僕を、そんなふうには呼ばなかったから」


『貴様……』


「だから知りたいんだ」


ゼルは。


百人の英雄を見る。


「いつか」


静かに。


笑った。


「僕が何者なのか、悠真が知った時」


ガルディオの剣先へ。


指を添える。


「僕と君たち」


そして。


初代魔王は問いかけた。


「悠真は、どちらを信じると思う?」


誰も。


答えられなかった。


それは。


悠真が百一人目の先生から出された。


最初の問いではない。


百人の英雄へ出された。


初代魔王からの問いだった。


第10話 完

第1部「英雄墓廟編」完

次回 第11話

「学院対抗戦」

百一人目の先生を得た悠真。


しかし、地上では彼の知らないところで、新たな戦いが始まろうとしていた。


王立アストリア勇者学院に届いた、一通の知らせ。


そして悠真はまだ知らない。


学院の外には、死んだ英雄たちの助言が届かない戦いがあることを。


第2部「学院対抗戦編」へ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。