第29話 寒空の下の会話
見守りセンサーを導入した施設への伴走支援のメニューの一つに、定期訪問がある。これは施設を訪問し、メンテナンス、質疑応答、データ分析の報告会を行い、スムーズに見守りセンサーを活用できるように半年から一年かけて行われるプログラムだ。
まずは、導入してから一ヶ月目に訪問し、あとは二ヶ月に一度のペースで訪問を行う。半年から一年以内にある程度は施設側で運用できるよう、手離れを目指して支援を行う。
再び群馬県に向かった真壁は駅に着くと、真正面からの強風にあおられて身を縮めた。
「さっっむ!!」
コートの襟をかき抱いて思わず目をつぶった。
「群馬では赤城おろし、って言うらしいですよ」
へぇ、と言いたくなる雑学を披露した朝倉は防寒バッチリだ。サッカー選手が試合の時に着るようなフード付きのベンチコートに手袋を嵌めている。
「ずいぶんとあったかそうだな」
「俺、宮崎出身なので寒いの苦手なんですよね」
恨めし気な視線に気づくそぶりもなく、朝倉はテクテクと歩き出す。
「真壁さん、北海道出身ですよね?寒さには強いんじゃないんですか?」
「北海道と関東の寒さは質が違うんだよ」
自然と早歩きになりながら予約していたレンタカーに乗り込むと、「暖房をマックスにしてくれ」と手をこすり合わせながら真壁は自分の吐息を手元に吐いた。
生暖かい風が吐き出され、真壁が手をかざしている間に朝倉が手際よくナビを入れていく。
「少し時間に余裕があるので、コンビニでコーヒーでも飲みましょうか」
そう言って朝倉はアクセルを踏み出した。
訪問先近くのコンビニの喫煙所で真壁はホットコーヒーを飲みながら煙草を吸っていると、トイレを済ませた朝倉が身を縮めながらやってきた。真壁の隣に立つと当然のようにポケットから電子煙草を取り出し、上手そうに吸っている。
「え、煙草吸うんだっけ?」
「アイコスですけど」
「知らなかったな」
「だって、喫煙者って女性ウケ悪いじゃないですか」
「じゃあ、彼女の前では吸わないのか?」
「それがこの前ふられたんですよ。クリスマス前なのにあり得なくないですか?」
「どんまいだな」
短く吐き出した煙があっという間に後方に流されていく。ガックリと肩を落としながら、朝倉は上目遣いで真壁を見上げた。
「真壁さん、誰か知り合いを紹介してください。容姿は問いませんから」
「お前……、そういうところだと思うぞ」
あきれた様子の真壁を気にすることなく朝倉は唇を尖らせた。
「だって、どんなに美人でも年を取ればしわくちゃになるじゃないですか」
ムスッとしながら朝倉は「やっぱり人間、中身ですよ」と言った。
「サポートチームの女性たちはどうだ?ほとんど独身だろ」
「無理ですよ。サポートチームの人たちって人当たりはいいけど、厳しいんですもん」
それはお前が書類の不備が多すぎるからだろ、という言葉は敢えて飲み込んだ。黙って残り短くなった煙草を肺に充満させていると、朝倉も上手そうにアイコスの煙を吐き出している。
「煙草って暑い時より寒い時の方が美味しく感じるのって、なんでなんでしょうね?」
「燃焼温度が低くなるからだろ」
当たり前のことを言うように真壁はゆっくりと煙を吐き出した。
「そもそも煙草の旨味は煙草の葉に含まれる成分が気化することで味わうことができる。燃焼温度が高すぎると、その旨味成分も燃えてしまうんだ。寒い場所だと、吸引するときの空気の温度が冷たくなるから、香り成分が燃え切らずに残りやすいんだよ」
漂う煙を目で追いながら説明する真壁をポカン顔で見つめていた朝倉が、おかしそうに体を揺らしながら目に浮かんだ涙をぬぐった。
「真壁さんって何でも分析しますよね。さすがすぎます。チーム名を伴走支援チームじゃなくて、分析屋にした方が良いですよ」
一回り以上も年下の後輩に笑われ、真壁はムッとしながらも悪気が無いことは分かっているので貴重な一服を心行くまで楽しんだ。
すっかり紅葉の葉が落ちた寂しい道を車で進むと、目的地である有料老人ホームが見えてきた。他の来客者の邪魔にならないよう、いつものごとく朝倉は車を駐車場の端っこに止めると施設の入り口に向かって足早に歩く。




