第27話 数字の向こう側にある暮らし
朝倉はラーメンと餃子で膨れたお腹をさすりながら、再び助手席に乗り込む。手際よく次の訪問先をカーナビに入れると、ゆっくりとアクセルを踏んだ。
次の訪問先は半澤が理事長を務める法人が運営している訪問介護の事業所だ。その事業所では五床分のセンサーを必要な人に使いまわしており、今日は引継ぎの挨拶もかねて、一床分のセンサーの移設を行う。
こぢんまりとした建物の割には無駄に駐車場が広い。朝倉はいつものように端っこに車を止めると、藤倉の後について事業所の入り口に立つ。藤倉がインターホンを鳴らすと、小柄な中年女性が直ぐにドアを開けた。
「ご無沙汰しております」
「ほんとよ!いつぶり?忘れちゃうところだったわ」
これまたザ・オバチャンといった雰囲気に朝倉はまごつきつつ、藤倉の後についてドアをくぐる。入居施設と違ってドアを開ければすぐに事業所があり、多くの書類やファイルが棚に収められている。壁には大きな地図が貼られ、ピンク色に塗られた箇所が複数あることから、訪問先の自宅だと推察される。
「もうすぐ出発するけど、私の車に乗っていく?センサーの回収はしてあるから、あとは設置すれば大丈夫よ」
手早く荷物をまとめながら小柄な女性は呼びかけた。
「すみません、その前にご挨拶させてください」
遠慮がちに言う藤倉に、そうだそうだ、と目を丸くしながら女性は朝倉の方に向き直る。慌てて懐から名刺入れをだし、引継ぎの挨拶をする。
「押山と申します。へぇ、下の名前、大地って言うのね。息子と同じだわ」
受け取った朝倉の名刺をまじまじと見つめながら押山が言った。そんな押山から受け取った名刺に押山美智子、と記載された名前を見て、「叔母と同じ名前です」と思わずつぶやけば、オバチャン特有の雑談が止まらない。
そのトーク力に圧倒されていると、藤倉が「押山さん、そろそろ」と助け舟を出してくれた。あらあら、ごめんなさいね、と全く悪気なく笑う押山に愛想笑いを返し、押山に言われるがままに押山の車に乗り込む。
「今から行くご自宅は、奥さんがほぼ寝たきりの状態で、旦那さんが世話をしているの。いわゆる老老介護ってやつね。多少のコミュニケーションはとれるけど、かなり認知機能が低下している。もうご自身では歩けないから徘徊の心配はないけど、そろそろ危ないから見守りセンサーを付けたほうが良いねって話になったの」
その奥さんの実家がお寺で、などと個人情報丸出しで説明している押山に藤倉は律儀に相槌をうち、会話を勧めている。流れるように話す押山を立てるようにして、会話を勧める藤倉を横目で見やりながら朝倉は、やっぱり藤倉さんって凄いな、と感心した。
相手を気持ちよく話させ、こちらの欲しい情報を引き出す。先ほど半澤が「在宅を強化したい」と言っていたが、現場の人間はどう感じているのか、それとなく会話を誘導し、押山はペラペラと話しだした。
そりゃあ、便利よ。まず空振りの訪問件数が減ったわね。約束の時間に訪問したのに、いないことなんてよくあったの。でも、センサーの履歴をみれば家にいるかどうか、だいたい把握できるから効率は良くなったわ。あと、お部屋の温度も測ってくれるでしょう?冬場なのに暖房をつけない人もいるんだもの。驚いちゃうわよ。そういうこともわかるのがいいわね。一昨年、ここら一帯がとんでもない積雪に見舞われてね。豪雪地帯だから雪には慣れているけど、駆けつけたくてもすぐに行けない時に生存確認できることはありがたいわ。一昔なら考えられなかったことよね。
本当はカメラもつけたいところだけど、施設と違って何かと反対意見が多くってね。え?反対しているのは職員じゃなくて、ご本人やご家族の方よ。
今はバイタルセンサーと離床センサーを使いまわしているけど、本当はもっと使いたい人はたくさんいるのよ。できることなら全員につけたいわね。半澤が言っていたわよ。データ分析がすごいんですってね。私は小難しいことは分からないけど、御社が掲げている寝たきりの状態を作らない、地元で社会生活を続けるって考えは素晴らしいと思うわ。そのデータとやらを活用したら、利用者にとってもいい状態がキープされるだろうからさ。そういったセンサーを介護予防に生かしたら、介護を必要とする人が減って結果的には国の財政負担も減るだろうから、万々歳じゃない?ってこれはさすがに極端すぎたか。
半澤のように押山はアハハと明るく笑うと「たくさん買うからその分安くして頂戴ね」と弾んだ声で言った。ミラー越しに片目を痙攣させながら口角を上げた押山が、ウィンクをしようとしていたことに朝倉が遅れて気がついたのは、目的地に着くころだった。




