第26話 数字では測れない信頼
半澤はカウンターの真ん中に置いてある木箱を手で軽くたたいた。神社にあるお賽銭箱のようだな、と朝倉は思った。
「あと、目安箱を設置しているのも、効果が結構大きいのよ」
「目安箱ですか?」
「知らない?江戸時代、八代将軍の徳川吉宗が設置した目安箱。庶民の意見を広く聞くために、自由に意見書を入れることができる取り組み」
「すみません。不勉強なもので……」
恐縮して頭を下げると、気にしないで、と半澤は大きな声で笑った。
「毎月、職員同士で振り返りを行って、そこで色々意見を出し合うようにするけれど、やっぱり言いにくいことってあると思うのよ。それに、ご家族の方からも率直な意見を頂きたいから、この談話室に置いているの」
神社のお賽銭箱のような木箱には、立派な毛筆体で『目安箱』と書かれており、『ご自由に意見をお入れください』と書かれた板が隣に建てられている。
凄いですね、と心から朝倉は感嘆の息を吐いた。今まで様々な取り組みをしている施設を見てきたが、ここまで職員の働きやすさを第一に考えて実行している施設はなかなか珍しい。
二人に座って待っているように伝えると、半澤は立派な腕を振りながら廊下の角を曲がっていった。周りに職員がいないことを確認すると、朝倉は「いい施設ですね」と藤倉に耳打ちした。だろ、と得意げに笑う藤倉に笑い返す。
「半澤さん、元々は介護職員だったんだよ。だから現場のことをよくわかっている」
「職員から理事長に上り詰めるなんてすごいですね」
「まぁ、ご覧の通りにバイタリティがすごいから」
苦笑交じりに藤倉は言った。
「高校の頃から、あんなにバイタリティがすごいんですか?」
「そうだね。部長だったし。面倒見はいい人だよ」
「高校の知り合いが、お客様だなんて世間は狭いですね。俺、宮崎出身なんで、地元のやつとこっちで会うなんて、東京で流れ星を見るのと同じくらい奇跡です」
その例えが面白かったのか、クツクツと笑うと藤倉は少しばかり声を低くして忠告した。
「半澤さんとは旧知の仲ではあるけれど、センサーの導入に関しては厳しい目で見てくる。職員が主体の現場作りをしているから、俺と半澤さんが知り合いかどうか、はほとんど役に立たない。職員が評価しないと導入には結びつかないんだよ。昔、この施設に提案したが失注しているんだ」
「え、そうなんですか?」
「まだ、朝シバが入社するずっと前に開発された、旧型の見守りセンサー、見たことあるか?」
「あー、あの、すっごく精度が微妙な上に、反応速度がカメのように遅いやつですよね?」
思い出しながら率直な意見を言う朝倉に藤倉は「それを開発チームが聞いたら泣くぞ」と笑った。
「そのセンサーがうちの主力製品の時は、半澤さんに提案しても他社に負けた。その時、半澤さんはこう言ったよ。『ごめんね。昔のよしみで入れてあげたいんだけど、職員が選ぶべきだから』って」
「つまりもっといいセンサーがあったら、他社に乗り換えられてしまう可能性があるってことですね?」
合点が言ったように朝倉の顔が引き締まる。
「そうだ。ここの法人はでかい。このエリアじゃかなりの影響力がある。ここに導入できたおかげで、近隣の施設にも導入ができるようになった」
神妙な顔持ちで朝倉は頷いた。藤倉が築き上げてきた人間関係の上に決して胡座はかけないのだ。
再びやる気に鼻息をフンと熱くしたところで、半澤が細長い紙袋を下げて戻ってきた。
「藤倉さん、ちょっと早いけど退職祝い。今まで良くして頂いてありがとう」
私の親戚が酒蔵なのよ、と言いながら半澤が紙袋を藤倉に差しだした。驚きつつも嬉しそうに笑う藤倉は、営業統括部長の顔ではなく、ただの後輩のような雰囲気が漂う。
同郷の中とは言え、何十年にもわたって仕事を通して関係を築ける上司を羨ましく思いつつ、自分もこんな営業マンになりたい、と朝倉は憧憬の念を抱いた。
玄関まで見送ってくれた半澤が朝倉を真正面からとらえると、にっこり微笑んだ。
「今後は在宅を強化していきたいから、色々と相談させてくださいね」
「はい!こちらこそ、よろしくお願いいたします」
しっかりと頭をさげ、施設を後にすると運転席に乗り込む。藤倉は半澤から受け取った紙袋と鞄を後部座席に置くと、助手席に深々と腰かけて「昼飯、何食べたい?」と、問いかけた




