第22話 最先端の機械と、変わらない現場
「あくまでも個人的な意見だけど、見守りセンサーを導入するために情報を集めて動く人って、施設長とか相談員とかなのよ。もちろん現場スタッフの意見を反映した上で、どのメーカーの見守りセンサーを選ぶか検討すると思うけど、導入後は誰かがリーダーシップを発揮してくれないと、なかなか定着が難しいと思うの」
それに、と言いながら西野は引き出しからチョコレートの箱を取り出した。
「施設長や相談員といった施設の運営を考える立場の人と、ケアを実際に行うスタッフは考えている視点が違うから、そこが上手くかみ合っていないのかもね」
石原はお礼を言って、西野が差し出したチョコレートを受け取りながら「どういうことですか?」と聞いた。
「昔の介護施設って、なかなか空きがなくって順番待ちだったらしいんだけど、今はそうでもないらしいのよ。入居者がご逝去されて空室ができても直ぐに埋まる時代だったのに、今では地域によっては空室を埋めるのが大変なんだって」
西野はチョコレートを口に放り込み、コーヒーを一口飲むとゆっくりと咀嚼した。
「施設長や相談員からすると、今いる入居者ができるだけ長く安全に過ごせるように配慮して、なるべく空室ができないようにしたいのよ。だから、うちのセンサーってデータ分析に特化しているから、評価されるんだけど、現場のスタッフは転倒とか、徘徊とか目の前の問題を解決することが最優先だから、データを活用するよりも、事故を防止することに目が行きがちだと思うの。データ分析を活用してケアに生かそうとしたら、実際、施設が一丸となって取り組まないとなかなか難しいと思うよ」
って、営業が言っていた、と西野は言い添えた。
石原はなるほど、と頷きながら、それでも勿体ない、と思った。最先端のAIを駆使したデータ分析は、入居者の健康維持に大いに役に立つ。伴走支援チームは五人いるがその中でも真壁はずば抜けて知識が豊富だ。
脳の仕組に関する最新の研究結果や、施設で行われている様々な取り組みを常にチェックし、それをデータ分析の報告書に具体的なアドバイスを添えて施設に提出している。真壁が作る報告書は社内外でも評価が高く、実際に真壁が取り組んでいる認知機能改善プログラムで、軽度認知障害の入居者の認知機能が正常に戻ったこともある。
もし、私の両親を介護施設に入れるなら、できる限り長生きできるようにデータ分析を活用している施設に入れたい。そう石原は思いながら、鳴り響いた電話の受話器をとった。
入居者が変わったので部屋名を変更したい、と施設でも対応できるはずの問い合わせをこなし電話を切ると、西野が深刻な表情で何度も「申し訳ございません」と謝罪していた。頭を下げるたびにつやつやの黒髪がサラサラと零れる。
何事か、とチラチラと視線を西野に送りながら、問合せ内容を履歴に入力する。西野が電話を切ったタイミングで「どうしたんですか?」と石原は身を乗り出した。
「ご逝去された方がいたんだけど、アラートが鳴らなかったんだって」
肝心な時に見守りセンサーが役に立たない現象に、石原は思わず顔をこわばらせた。
「え、それってセンサーの不具合ですか?」
「いや、そもそもアラートの設定をしていなかったのよ。施設側では、心拍異常を検知するアラートを設定していたんだけど、ご逝去された時にアラートが鳴るもの、って勘違いしていたみたい」
「マニュアル、見ないんでしょうか?」
導入した施設には必ず操作説明に関するマニュアルを配布している。少々見にくいが、かなり細かく記載されているはずだ。
看取り用のアラートは二種類ある。一つは心拍異常のアラート。これは指定した心拍値以外の数値を検知すると鳴る仕組みになっている。大体は心拍数百以上、四十以下だ。しかし、心肺停止した場合ではアラートはならない。そのため、看取り時期でも、トイレや食事でベッドを離れる方に使用して頂く。
もう一つのアラートは心肺停止した場合に鳴るものだ。このアラートはバイタルセンサーが振動を検知できなくなったらアラートが鳴る仕様のため、対象者がベッドから離れてもなってしまう。そのため、ベッドから離れることができなくなってしまった状態の方に使用して頂くものだ。
アラートの種類、発報条件など記載されたマニュアルを必ず施設には渡しているが、紙媒体なので紛失してしまう事もあるだろう。
「やっぱり、ウェブでマニュアルを見られるようにした方が良くないですか?それか、アラートを設定する時、『このアラートが鳴る条件はこれです』って説明書きを表示させとけば、勘違いも減りますよね?」
石原は自慢のネイルが施された指先で眉間をもみながらため息をつく。
「そうね。大島さん経由で開発にシステム改善の要望書を出そうか」
いつもは穏やかに微笑んでいる西野も、可愛らしく眉毛を下げながらパソコンに向かうと真剣な表情で提案書を作成し始めた。




