第18話 問い合わせ
社内に電話の音が鳴り響いた。右手側に置いてある電話のディスプレイに表示された市外局番を石原美咲はちらりと見て、埼玉の施設かなと思いながら受話器を取った。
カスタマーサクセス部サポートチームに配属されて丸二年。毎日のように全国各地から問い合わせの電話を受けているおかげで、各エリアの市外局番をある程度把握できることが、取るに足らない事とわかっていても彼女のささやかな特技であり、相手が施設名を名乗るまで都道府県を頭の中で当てるのが、石原のささやかなマイブームだ。
「はい。お電話ありがとうございます。イマココの石原が承ります」
できる限り上品に聞こえるよう、ワントーン声色を上げる。相手の施設名を伺い、想定した通り埼玉県にある施設からの問い合わせであることに、石原はにっこり微笑んだ。
『一〇六号室のセンサーなんですが、本人はベッドで寝ているのにモニターでは『ベットにいません』ってなるんです』
「承知いたしました。ただいま、確認するのでお待ちください」
電話の子機を顔と肩で挟みながら、素早く対象施設のモニター画面を自分のパソコンに映し出す。イマココの見守りセンサーはウェブで指定のURLにアカウント情報を入れてログインするか、携帯にアプリをインストールするかどちらかで閲覧が可能だ。そのため、アカウント情報さえ分かれば、どこででもログインできる。
介護職員が業務中に見守り状況を確認するとしたら、携帯のアプリが圧倒的に便利だ。なぜなら見守りセンサーの導入と並行して、電子カルテ、インカムの導入も増えており、異なるメーカーの情報を同時に活用しようとすると、従来のピッチではとても対応できない。一般人がスマホにアプリをインストールして使用するように、近年では介護施設でもスマホに必要なアプリをインストールして、業務にあたるところが増えている。
インカムで職員同士の連携を取るだけでなく、音声入力で電子カルテに介護記録を入力しているというのだから、十数年前の介護業界とは比べ物にならないくらいIT化が進んでいる。
石原は問い合わせが来ている施設の一〇六号室のバイタルセンサーのデータにざっと目を通した。おそらく、ゲートウェイに挿さっているはずのバイタルセンサーの有線が抜けているのだろう。こういった場合の復旧方法としては、ゲートウェイに挿さっているバイタルセンサーのプラグを差し直してもらう。それでも復旧しなければ内部断線の可能性があるため貸出機を送る必要がある。
プラグを抜いて差し直す、という簡単な作業でも石原は細かく丁寧に説明をするよう心掛けている。バイタルセンサーは振動を検知し、それを解析してモニターに表示させる仕組みになっており、振動を検知する棒状の本体の先端から出ている有線をゲートウェイに差す必要がある。間違って棒状の本体と接している有線を抜いてしまうと、中の銅線がちぎれて断線の原因になってしまう。
この説明をイマココを導入している施設には必ず行うのだが、全ての職員に浸透させることはなかなか難しい。
以前、他の施設から、バイタルセンサーの問い合わせがあった時、石原はマニュアルに従ってプラグの抜き差しを依頼した。しかし、対応した職員がゲートウェイに差してあるプラグの方ではなく、本体から有線を引っこ抜いてしまったのである。結果的に完全に断線してしまい、修復不可の状態になったため施設の責任者から「説明の仕方が悪い」とクレームが来たのだ。
この件に関して石原は反省したものの、内心では納得がいっていなかった。バイタルセンサーの本体に繋がっている有線は、滅多なことでは抜けないよう設計されているため、かなり力を入れなければ抜けることはまずない。そして、イマココを導入して一年以上経つ施設なのに、どうしてこんな初歩的なことが理解できないのかわからなかった。
とはいえ、自分の説明不足が原因だったことは間違いない。素直に謝罪したものの、先方の責任者から「おたくからお金をもらっているわけでもないのに、なぜ見守りセンサーの不具合対応をしなければならないんだ」と言われた時には危うく「はぁ?」と言いそうになった。
メンテナンスを必要としない機器などあるものか。機器である以上、どうしても不具合は生じてしまう場合がある。それが起こらないように、運用保守チームが遠隔でメンテナンスを行い、私たちサポートチームが定期的に現地訪問をしている。
しかし、居室の掃除をしたりベッドを移動したりすると、どうしても有線である以上、バイタルセンサーのコードがゲートウェイから抜けかけたりしてしまうのだ。そうなった場合、プラグの抜き差しくらい、どの施設も対応してくれている。
この出来事を斜め向かいに座っている先輩の西野ことねに話すと、彼女はつやつやの黒髪を揺らしながら穏やかに仏のごとく微笑んだ。
「仕事が忙しくてイライラしているのかもね。気にしない、気にしない」
のんびり言いながらチョコレートをくれたが、石原はどうしても西野のように流すことができずに、モヤモヤだけが残った。




